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20 . Prisoner
Prisoner ⑩
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早いもので、六月も三週目の日曜日。
それは唐突に動き出した。
『は…はる、さんッ! た、すけ…て……』
萌からSOSを訴える電話。
不気味なくらい静まり返っていた変質者が、ここに来てようやく動き出した。
十玖と晴日はGPSを頼りに、萌の現在地へとひた走る。
小さい体つきとは言え、萌ならそこいら辺りの男よりも早く走れるだろうが、同じ土俵上であればの話だ。仮に相手が車を移動手段に用意していれば、状況が大きく変わってしまう。
直ぐ駆け付けられるように、萌から大きく間を空けてはいないが、十玖でも流石に車が相手では勝ち目がない。
「萌ッ! 追い詰められないように、脇道入んなよ!!」
予期していた事でも、晴日の声に焦りが滲む。
数か所、袋小路になっている場所がある。二人が到着する前に追い込まれてしまえば、小柄な萌を捕まえて攫うことは不可能ではない。
受話口からは途切れず走る音と、恐怖に乱れる萌の息遣いが聞こえてくる。
「晴さんッ! 先行きます!!」
「…っざけんな!」
スピードを上げた十玖に遅れつつも、晴日が喰らいつくように追う。
途中で黒の軽ワゴンが斜めに停められて放置され、萌の前方を塞いだことが想像された。彼女は直ぐに方向転換したようで、コースを外れていたがまだ移動している。
前方に追い駆けられる萌を発見し、二人は怒声を上げながら男に向かって一層走りを速めた。
振り返った男の慌てた眼差し。
地面を蹴り、飛び掛かる十玖と晴日。
振り返らず必死に逃げる萌。
どさりと倒れ込む音がして、間もなく十玖が「ケーサツ!!」と声を上げた。
振り返った萌が見た光景は、十玖に蹴り倒され、逃げる隙もなく彼に右腕と背中を踏み付けられている姿と、ゲシゲシ踏み潰す晴日の姿。
一気に脱力して、萌はその場にへたり込んだ。
「スタンガンなんか持ちやがって、あっぶねーヤツ」
十玖に踏み付けられた右手に握り締めたスタンガンを見、晴日は般若と見紛うばかりの怒りを露にして警察に電話をしている。
必死に逃げようとする男の上に乗っかったまま、十玖は男の左腕を後ろに捩じ上げ、同じように右も捩じ上げると、ジャージのポケットから徐に取り出した結束バンドで、無理矢理に背中で合掌させた親指と中指を縛り付けていく。関節の硬い人間にはかなりツライ拷問だろう。
早朝とは言え、車通り人通りが全くない訳ではない。
不審な物でも見る好奇の眼差しに耐えつつ、路肩に寄って警察の到着を待ち、犯人と凶器を引き渡すと、これまでの経緯と現場検証に付き合わされ、後日、事情聴取に呼ばれるかも知れないと言い含められて、ようやく解放された。
警察官の中に、少林寺の道院の顔見知りが居たお陰で、比較的現場検証の聴き取りは早く済んだ方かもしれない。が、勧誘が長かった。
当然、晴日が固辞し続けたけれど。
それから数日後、犯人の聴取で余罪が判明した。
これまで小学生ばかり狙い、行方不明の子もいる。身近にそんな人間がいた事に驚き、萌が大きな被害に遭わなくて済んだことを皆が安堵したと言うのに、当事者の萌は、小学生と一括りにされたことに、酷くプライドを傷つけられ激怒していた。
大事にならなかったからこそだが、周囲は反応に困りつつ納得し、生温かい微笑みで彼女を慰め、却って怒りを買ったのは余談である。
ずっと付け狙っていたら、萌が小学生ではないのは直ぐに知れたそうだが、余程ジャストミートだったのだろう。彼女にとってはいい迷惑である。
こうして三人を悩ませた事件は落着した。
片や美空はライヴ翌日の土曜から、お使いに行く店を変えた。
コンビニより少し遠くなるが、最寄りのスーパーまで足を運ぶことにした。
藤田との接触は可能な限り避けるように、A・D全員から口酸っぱく言われたのだ。でなければ十玖と晴日が仕事をサボってもガードしに行くと、謙人、竜助、筒井に断言されたら、嫌だと言うことなんて出来ない。
アシスタントそのものを禁止されなかっただけ、美空は有難いと思うしかない。
一週目の土曜はそれで躱した。
二週目の金曜日、藤田は知人と思われる男とBEAT BEASTにまた現れ、美空はその日ホールに出ることを避け、翌土曜日もコンビニには行かなかった。
三週目の日曜日、ようやく萌を付け狙っていた犯人が捕まり、一安心だと胸を撫で下ろしたのだけど。
日常の違和感は、異変と姿を変えた。
月曜の朝、登校時間になって家を出た美空は、門扉を見て一瞬思考を停めた。
鉄製の門扉の上に、カラフルな個包装された飴がずらり並んで置かれている光景は珍妙で、思わず写真を撮ってグループLINEし、晴日を叩き起こして引っ張って来ると、不機嫌だった彼も呆気に取られた後、腕を組んで唸っていた。
誰が置いたのかも判らない飴は、気持ちが悪いので即座に処分されたが。
門扉に飴が並べられる奇妙な出来事は翌日も続き、これが次の日も続くなら隠しカメラを付けようかと相談した途端、ピタリと止んだ。
晴日は『飴もタダじゃないしな。大方飽きたんじゃね?』なんて、暢気に笑って気にも留めていないようだ。
飴を残して行った魂胆が解らない。
しばらく美空の胸にモヤモヤが滞っていたが、気味が悪いだけで実害があったわけでもないし、そのうち彼女の頭の片隅に押しやられていった。
その日、朝っぱらから三嶋家の玄関先で母 咲の罵声が上がった。
男四人が何事かと玄関に雁首を並べると、憤怒の形相の咲が「ゴミ袋! 早くッ!」と振り向きざまに声を荒げた。
うっかり忘れていた新聞を取りに来た咲が思わず悲鳴を上げ、罵った原因が玄関先で異臭を放ちながら散乱し、男四人が息を止めて顔をしかめる。
四十五リットルの袋に入っていただろう可燃ゴミが、門扉から玄関前までご丁寧に広げられた惨状を見たら、咲じゃなくても罵声を上げるだろう。
寝間着姿のまま自室から素っ飛んできた亜々宮が、片時も手放さないスマホで写真を撮っている間に、ランニングウェアの十玖がゴミ袋を取りに走り、一気に目が覚めた天駆は、うげっと吐き気を堪えた歪んだ顔で、咲から箒とチリトリを半ば奪うようにして、ゴミを掃き集め出した。
人一倍臭いに敏感な十玖が口鼻にタオルを巻き、臭いが滲みて涙目になりながら、洗車用のホースを引っ張ってくると、水圧でゴミを一カ所に巧く集め、天駆が掬い取る。
「汚水、出来るだけ道路に流さないようにしてね」
咲に言われ、極力息を止めていたい十玖が無言で何度も頷く。
そうこうして僅かなアプローチが綺麗に片付けられ、ランニング前にも拘わらず十玖は一目散に風呂場に駆け込んだ。その後を追うようにして天駆が入って来る。
「朝っぱらから噸でもない目に遭ったな」
十玖からシャワーヘッドを奪い取った天駆が言う。
「くさいくさいくさい! お湯お湯ッ!」
そう言って奪い返そうとする十玖の顔にお湯を掛け、「こおゆー時、鼻の良さが仇となるな」と顔をゴシゴシ擦る弟を苦笑する。
「しっかし、悪戯にしてもタチ悪いな」
「ホントだよ。お陰で今朝はもう走ってる時間なくなった」
シャンプーのポンプをガコガコ押し、そのまま頭で泡立てる。苛ついた仕草でザッと洗い、濯いでまた直ぐにシャンプーを手に取った。今度は引き伸ばす程度に泡立て、丁寧に洗いだす。
天駆は掌でシャンプーを泡立てながら、
「恨み買ってるの誰だろな?」
十玖はしばし考える。
普通に考えたら、ご近所トラブルの線で考えるところだが、『ご近所さんはみんな友達』と豪語する通り、好かれているあの母に限ってないように思えた。それは父も同様である。何しろ温厚が服を着て歩いているような人だ。
そうなると思い浮かぶのは……。
「……亜々宮?」
「あいつは、唯我独尊だからな」
兄二人が片付けていても、一切手を出すとかしなかったばかりか、気が付いたら姿が消えていた。汚れ仕事に自ら進んで、なんて事を末弟に求めても無駄なことだ。
「知らない間に恨み買ってそうだよね」
「言えてる。いっそ清々しいほど、自分に忠実だからな。あいつが無条件で優しくするのなんて、母さんと智ちゃんくらいなもんだろ?」
同性の級友にも辛辣な発言をする亜々宮に、友人と呼べる相手はそう多くない。まあ本人が気にしてないようなので、とやかく言う心算は、この兄たちにはない。
奪い合いながらシャワーを済ませ、二人がダイニングに顔を出すと、しれっとした顔で黙々と朝食を口に運ぶ亜々宮。チラッとこちらを窺ったと思ったら、僅かに眉を動かしただけで、労いの言葉ひとつない。
「二人ともご苦労だったね」
父 晄が新聞を折り畳んで、二人に微笑んでいるというのに、末っ子のなんと不貞不貞しいことか。
絶対コイツだと、暗黙で頷きあう兄二人であった。
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