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9. Love Holic 【R18】
Love Holic ⑥
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五月三週目、月曜日。
通勤通学ラッシュの最中、家を出た十玖の背中を「おはよぉ」と苑子と太一が力いっぱい叩いた。毎朝の光景だ。
が、この日いつもと違っていた。
十玖の動きが一瞬止まった。しばし間があって、「おはよ」と返してくるなんて明らかに違ったのだが、違和感を感じたのはほんの一瞬で、いつも通りの十玖だったから、二人はそれ以上気にも留めなかった。
途中合流した晴日と竜助が、やっぱりいつも通り背中を叩いた瞬間に、十玖は前屈みになって膝に手を着いた。
美空は、そんな十玖の姿を見るやたじろいだ。
「どうした十玖?」
そう言いながら背中を竜助が擦ると、手の動きに沿って小刻みに震え、背筋を逸らして膝をついた。晴日にはピンときたようで、「難儀よのお」と薄笑いを浮かべてる。
そこに先に家を出たはずの亜宮が、智子を伴って現れ、膝を着いてる十玖の背後に徐に立った。
げしっっっ!
そこにいた全員が、不意の出来事に茫然自失で成り行きを眺めている。
「とおーくっ! デカい図体して道塞ぐなやっ!!」
げしげしげしっ!!
十玖の背中をこれでもかと言うくらい亜々宮が踏みつけ、足元で十玖が灰になっている。智子が止めても無視して踏みつけ、気を取り直した美空が慌てて割って入った。
「亜々宮くん。もお止めて」
美空の制止を受けて、不服そうに亜々宮は会釈すると智子と立ち去った。
「大丈夫? 十玖」
膝をついて顔を覗き込んでくる美空に、手を挙げて「平気」と答えたが、ダメージは大きそうだ。どう見ても大丈夫そうには見えない。
晴日が十玖の背中をめくり上げ、絶句する。一緒に背中を見た竜助が、視線を美空に移して「むごい」と呟いた。目が完全に美空を非難し、太一と苑子は言葉なく美空を見て、バツの悪い笑顔を浮かべた。
みんなの非難する眼差しに、恥ずかしさのあまり顔を覆った美空。
無数のひっかき傷。ミミズ腫れから深く抉れたもの、叩かれ蹴られて裂傷になったもので、大変な事になっていた。
「とにかくここに居たって仕方ない。保健室で手当てするしかあんめえ」
座り込んだ十玖の腕を引っ張って、晴日が彼を立たせた。
十玖と美空が朝一で保健室に行くと、有理はそこにいなかった。今頃、職員会議の最中だろう。
「十玖。上脱いで」
棚からガーゼを見つけ出し、ワゴンの上の消毒液の蓋を開ける。
上半身裸になった十玖の背中を見て、言葉を失った。
しがみ付くことに必死で、爪を立て、引っ掻いていたのは薄々気付いてはいたのだが、傷ついた背中をじっくり見たのは、いまが初めてだった。
昨日は二人で寝コケてしまい、起きた瞬間、頭の中は “ヤバイ” で一杯で、慌ててアリバイ工作し、帰る時まで終始緊張していたから、十玖も痛みを感じなかったのだろう。美空もすっかり忘れていた。
ピンセットに挟んだ脱脂綿を消毒液に浸す。
「ごめんね。夕べ痛かったよね? 眠れた?」
眠れたよと、と言いかけた十玖の背中を荒っぽく消毒する。沁みるし痛いしで、肩を震わせる彼の言葉を封じ、美空は不機嫌な声で言う。
「正直に答えてよ」
「…痛かった。張り付いたシャツが動いた瞬間に剥がれた時、めちゃくちゃ痛くて、何度も目が覚めた」
「ごめんなさい」
十玖は肩越しに振り返って、美空の手首を掴んだ。
「謝らないでよ。無理矢理抱いた代償なんだから。それに、実感するんだ。夢じゃなかったって。美空は完全に僕の一部になってくれたって」
許された瞬間、どうしようもなく泣けてきた。
望んでも手に入らないと諦めかけていた美空の全てを、抱きしめる事が出来た。
くいっと手首を引っ張り、前屈みになった美空にキスする。
「こぉら。何してる」
二人は驚いて声の方を振り返ると、入り口に腕を組んで寄りかかる有理がいた。十玖の手を解いて、さり気なく背中を隠す。
有理はつかつかと歩み寄り、美空を押し退けた。傷を見て、深いため息を漏らす。
「あんたらねえ」
見たら何の傷か一目瞭然だ。
有理は美空の前に手を出し、ピンセットの催促をした。美空は大人しく渡すと、場所を空けた。
「ヤリたい盛りの男女にヤルなって言ったって無意味だけど、これは酷過ぎない?」
「ゆ…有理。言ってる事は間違ってないんだけど、全面僕が悪い」
「襲ったの?」
「……ほぼ」
聞くや否や、十玖の後頭部をスナップ利かせて叩きつけた。そのまま流れで消毒しようとした手をハタと止めて、
「ちょっと待て。って事は、十玖。あんた避妊してないんじゃ?」
有理は考えたくもない事をしでかしたかも知れない義弟を睨み据える。
「どうなの!?」
「…してな」
返答を最後まで聞かないうちに、有理の鉄拳が十玖の横っ面を捉えた。頭を振られて上半身が傾いだが、十玖は踏ん張って持ち堪えた。
「あんた女の子の体を何だと思ってるの!? リスクを負うのは彼女なのよ!?」
激怒する有理。また手を挙げた彼女を美空が止めに入った。
「あたしがっ! あたしが十玖を追い詰めたから。だから十玖だけが悪いんじゃないです」
有理に抱き着いて、殴ろうとする彼女を押し止めた。
十玖は切れた唇を指で拭い、美空を見て、有理に注視すると白状した。
「妊娠すればいいって思った」
「はあっ!?」
「妊娠すればいいって思ったんだよ! そしたらもう絶対に離さないから」
「あんた何考えてるの? そんな事になったら、美空ちゃんの人生変わっちゃう。あんただってそうよ! 十玖。あんた…おかしいわよ。前はそんな道理が通じない奴じゃなかったでしょ? しっかりしなさいよ!」
前から抱いていた危惧。
壊れかけている心をひた隠しにする原因が、美空なのは知っている。それを素直に白状するわけがないのは承知だ。
「あたしが、苦しくて十玖から逃げ出そうとしたから」
十玖の答えは期待してなかったが、美空が答えてくれるとも思ってなかった。
「だからってやっていい事じゃない」
「レイプされたんです。去年の夏」
思いがけない美空の告白。有理は愕然とし、微動だに出来なくなった。
十玖は美空を抱きしめた。
「言わなくていい」
言わないで、と美空を抱きしめる十玖が小さく見える。
そっと十玖を突き放し、美空は微笑んだ。
「大丈夫。十玖がいるから、もう大丈夫だから。ねっ?」
「美空…」
十玖を座らせ、有理に向き直る。ずっと持ったままのピンセットを有理から貰い、新しい脱脂綿を抓んだ。椅子を回転させて、十玖の背中を自分に向けると、訥々と話し始めた。
「夏の事件、覚えてますか?」
息を飲んで頷く有理。
「あの日です。…何度も死のうとしたけど死ねなくて、どん底から救ってくれたのは十玖です。いつもあたしを大切にしてくれるけど、普通の恋人同士みたく抱き合う事も出来なくて、我慢してる十玖に申し訳なくて、同時に逃げ出したくて、彼を追い詰めるような事、言いました。だからもし妊娠したとしても、あたしはそれを受け止めなきゃ」
ガーゼに軟膏を取り、傷の深いものに貼っていく。
「十玖の事、誰よりも愛してるから」
美空は穏やかだ。
十玖があれ程までに殺意を抱いた理由を、二人の葛藤や心の傷を知った。恋人を何度も失いかければ、病的な執着も頷ける。
互いを必要とするなら、いずれは乗り越えなければならなかった壁。
有理はガーゼを取り、美空と一緒に背中に貼っていく。
「教育者としては、妊娠してない事を祈るけど、義姉としては二人の気持ちは分かった。何かあったら相談に乗るし協力もするから、忘れないで」
「ありがと有理」
「お姉さまとお呼び。馬鹿者。あたしより先に結婚なんて許さないわよ?」
「有理…お姉さまは、再来年ですか?」
「…どうだかね」
「もたもたしてると追い越すよ?」
「はあ? ふざけた事を言うと、傷口にメントールの消炎剤塗り込むわよ?」
「それは止めて。ホントマジ死ぬから」
「鈴田先生と十玖って、本当に仲いいですよね。ちょっと妬ける」
ビタッ! と叩きつけるようにガーゼを貼る。十玖の声にならない叫びを聞いて、有理は引き攣った笑いを漏らした。
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