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13. The love is instinct

The love is instinct ②

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「十玖って、音楽に対する環境に恵まれていると思うんだよね」

 そう言ったのは淳弥だ。
 昼休みの屋上で、いつものメンバーにプラス三人。
 高本淳弥、青木悠馬、近藤拓海。映画のメインキャスト六人のうちの三人だ。

 淳弥はベビーモデルから始まって、芸歴と年齢はほぼ一緒の俳優であり、モデルだ。二つ上の兄、力は舞台俳優で、一つ上の姉のSERIは引っ張りダコのモデル。
 青木悠馬と近藤拓海はダンスユニット “edge” のメンバーで、映画は初出演になる。

「堯先生に由加利先生、柊子先生が近くにいてさ。叔父さんも昔バンドやってたから、理解あるし。なのにレスキューになるって言った日には、つまんない奴になったと思ってがっかりしたんだけど」
「レスキューはつまんなくないから! 命懸けだよ!?」
「命懸けんのは、大事な人だけでいいでしょってことを言いたいの、僕は」
「…まあね」
「でしょ?」
「なんか、目を閉じて聞いてると、十玖同士の言い合いに聞こえるのは、俺だけか?」

 竜助が、十玖と淳弥を交互に見ながら言った。悠馬と拓海も頷き、悠馬が言う。

「俺も淳弥が二人みたいだと思った。声もだけど、言い回しとか、言葉遣い、イントネーションそっくりだよな」

 言われて十玖と淳弥はお互いを見た。

「「従兄弟だから」」

 ステレオのような二人の異口同音。
 何となく、つまらない事ことを言って済みません、と言いたくなるのは何故だろう。
 晴日は、さっきから仏頂面している萌の頭を撫で、「どうした?」と訊ねた。
 萌に先んじて口を開いたのは淳弥。

「僕がいるから機嫌悪いんだよね、萌は」
「悪い?」
「悪いとは言ってないよ?」

 にっこり笑って十玖と肩を組み、萌の顔がさらに険しくなるのを見て、淳弥が意地悪く笑う。十玖はため息をついて淳弥の腕を退けた。

「やめなさいね。二人とも」
「とーくちゃんは黙ってて。萌と淳ちゃんとの間には、埋まらない溝が横たわってるの」
「えー。僕にはそんなのないのに」
「だからやめなさいって」

 十玖は今にも掴みかかって殴りそうな萌の額を押し、晴日に目で助けを求める。晴日はここぞとばかりに萌を抱きしめ、膝に乗せた。
 淳弥は「ふーん」と晴日と萌を見る。

「そういう仲なの?」
「そうだけど」

 肯定した晴日を見て、淳弥は感嘆の声を上げて拍手をした。

「十玖命の萌をよくぞ。ありがとうございます」
「礼を言われる事か?」
「もちろん。これでも心配してたんですよ」
「嘘つき! またとーくちゃん独り占めする気でしょ。淳ちゃんってちっちゃい時からとーくちゃん独り占めして、絶対ズルい!」

 今度は淳弥に向かって届かない蹴りを入れる。淳弥は「短足~う」とケラケラ笑って、

「そうそう。今日から僕、十玖の部屋に泊まるから」
「えっ!? とーくちゃん! 萌もとーくちゃんの部屋に泊まる!!」
「ちょっ萌!? それダメ。許さねえから!」
「やーっ! 泊まる――――っ!!」
「うるさいっ!!」

 十玖の喝が飛び、三人は大人しくなった。恐る恐る十玖の顔を確認する。
 淳弥の顔をキッと睨み、

「萌を揶揄からかうの悪い癖だよ。こんなことするなら、亜々宮あーくの部屋に泊まって貰うけど?」
「亜々宮~? 僕、あれ苦手なのに。天駆兄てんくにいの部屋ならまだしも」
「天駆の部屋には五分といられないじゃん」
「…あの人、絶対おかしいよね?」
「分かってる」
「あの、天駆さんがおかしいって?」

 美空の素朴な疑問。二人は引き攣った顔をして美空を眺めたまま、代わりに答えたのは太一だった。

「天駆兄、この二人がメチャクチャ可愛いらしくてさ、ちっちゃい頃から構い過ぎて、嫌厭されてるのに、すぐ抱き着いてキスするんだよ」
「はあ!? そんな風に見えないけど…」

 あからさまに美空が引いてる。彼女の眼差しは何とも言い難く、いっそこのまま消えられたどんなに良いだろう。
 この調子で、次から次へと色んな事がバレて行くんだろう。ならば下手に言い訳めいたことを言うより、さっくっと認めてしまおうと腹を括った。
 十玖は嘆かわしそうにため息をつき、躊躇いがちに口を開いた。

「…最近は、酔っぱらってる時だけになったけどね」
「僕たちが可愛い過ぎたからいけないんだよね」

 ポンポンと十玖の肩を叩き、にっこりと笑う淳弥の、次に言わんとすることが分かってしまい、慌てて口を塞いだのだが、太一がするっと口を滑らせた。

「二人とも、三歳まで女の子の恰好させられてたもんな」

 十玖はガックリとコンクリートの床に手を着いた。
 初耳の四人が「ぶふっ」と吹き出し、二人の顔を確認しながら腹を抱えて笑い出した。ひーひー言う四人に淳弥が追い打ちをかける。

「十玖を女の子だと思ってた男子園児が」
「淳弥。頼むからやめて」

 必死に口を塞ごうとする十玖を躱し、

「集団失恋したってくら……もごっ……たいっちゃんもその一人…むぐっ」

 淳弥は十玖と太一に押さえられ、コンクリートに転がった。
 四人は腹が捩れそうな勢いで笑ってる。

「やっぱ引っ掻き回しに来たでしょッ!?」
「違うよぉ。仲良くなるためのコミュニケーションは必要でしょ?」

 そう言って二人を押し退けると、苦笑している美空を見た。

「彼女は知ってたんだ?」
「知ってた」

 頷く美空を見て、淳弥はあからさまにがっかりした顔をした。

「なーんだぁ。つまんないの」
「やっぱ引っ掻き回しに来てるじゃん」
「だから違うって。これはついで」
「何のついで?」

 胡乱な眼差しを向ける従弟に一瞬苦笑して、すぐ真面目な表情を見せた。

「役作り。堯先生たち居ないなら、十玖とたいっちゃんがヴォイトレに付き合ってよ。あと十玖の筋トレにも付き合わせて。いまどんな事やってるか教えてよ」

 これが本来の目的らしい。
 十玖は有無を言わせず、淳弥の腹に手を当てた。それから腕を掴み、脚を掴む。

「それなりにやってるみたいだけど、付いて来られる? 淳弥のペースには合わせないよ?」
「冷たいなあ」
「うん。今はこれも仕事の一環だから」

 真剣な眼差しで淳弥を見る十玖に、彼は深く頷いた。

「分かった。その時は置いて行っていいから」

 さっきまでとは打って変わって、淳弥も真剣な顔をしている。
 そう言えばさ、と笑い過ぎて涙を浮かべてる拓海が口を開いた。

「さっきから先生先生って言ってるけど、誰?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ」

 うっかりな年下の先輩に、拓海は情けなさげな視線を送る。淳弥はへへへと笑った。

「堯先生と由加利先生はたいっちゃんの両親で、世界的な声楽家。子供の時、高本芸能三人組のヴォイトレしてくれた先生。柊子先生は苑ちゃんのお母さんで、ピアノの先生だよ。因みにたいっちゃんの両親と苑ちゃんのお母さんは、音大の同期生」

 そうなんだ、と今更ながらに知った晴日と竜助をチラリと見、淳弥は「余談だけど」と続けた。


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