【R18】不器用な僕たちの恋愛事情

優奎 日伽 (うけい にちか)

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18. 君を想うと……

君を想うと…… ①

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 元気ですか?
 姿を見る度に、届かない想いを投げかけた。
 手を離してしまった事への後悔がないと言ったら嘘だけど、きっと良かったんだと思える時が来ると……。



 須藤真弓は朝の通勤通学ラッシュを避けるため、昨日より早い地下鉄の電車の中にいた。鮨詰めの昨日よりはマシだが、それでもそれなりに乗客は乗っており、重怠い溜息を吐く。
 動きが取れるだけ昨日よりは良いか、と視線を巡らせる。

 中途入社で漸く職をもぎ取り、「すぐにでも」と十月の最終週から出勤して二日目。
 昨日は満員電車で飛んでもないことになり、初出社は疲労困憊から始まった。その教訓を活かし、二本早い電車に乗った。

(しかし見事に学生とOLばかりだなぁ)

 自分と同じことを考えて早い電車に乗っているんだろうか、何となくそう考えてた。

 それにしても。視線がこちらに集まっている気がするのは何故だろう?

 チラチラと窺い見る視線に、真弓は居心地の悪さを覚えて、場所を移動しようとしたその時だった。
 お尻の辺りがもぞもぞする。

(ち……痴漢ッ!?)

 血がすうっと下がって行く。
 痴漢に遭うなど学生以来だ、そう考えてからハタとする。

(違う…そうじゃないでしょ、あたしの馬鹿!)

 お尻ではまだもぞもぞと動き回っている。
 肩越しからゆっくり振り返ると、男子学生たちが声を潜めて笑っていた。
 お尻を触って笑っているなんて、何も出来ないと高を括っているのか。

(これはもお決まりでしょ! あたしを甘く見ないで頂戴ッ!!)

 真弓は勢いよく身を翻し、痴漢と思しき男子に怒鳴りつけた。

「ちょっと! 先刻から黙ってれば人のお尻触って!!」

 真後ろに立っていた男子の腕を引っ張り、こちらを向かせて、真弓は一瞬息を呑んで相手に見入ってしまった。
 百八十は軽く越しているであろう長身。切れ長の双眸と通った鼻梁に薄い唇。そして何より目を惹いたのが、彼のオレンジの髪色だった。
 思わず見惚れてから、ハッとした。

 目の前の少年は見る間に不機嫌な顔つきになって、真弓を見下ろしてきた。それと同時に沸き起こる周囲からの怒声。

(いやちょっと待って。この場合、非難されるのはこのオレンジ男子の筈だよね?)

 なのに何故だか真弓が罵倒されている不可解な現実に困惑していると、友達だと思しき金髪男子が豪快に笑いだし、黒髪男子とツンツン髪の男子が口に手を当てて肩を震わせている。
 いずれも見応えのある美少年ばかりで、つい眼福と思ってしまったが、致し方ない事だろうと自分に言い訳した。
 そんな彼女にオレンジ男子が威嚇の目を向けてくる。

「俺がなんだって?」

 真弓は一瞬怯んだものの、ぐっと目に力を込めて睨み上げた。

「あたしのお尻に触ったでしょ!」
「はあっ!? ふざけんな。俺はそんなに暇じゃねえ」
「暇だったら触んのか?」

 ニヤニヤした金髪男子が茶々を入れると、オレンジ男子が「殴んぞ!」と拳を金髪男子に向けた。

「竜ちゃん落ち着いて」

 どこぞから女の子の声がして、真弓は視線を泳がした。
 林立する巨木に囲まれた中に、その姿を見付ける。他にもう一人の女の子。

 色素の薄い茶髪に鳶色の大きな瞳。白い肌にぷっくりとした唇は血色の良い紅色で、混血だと一目でわかる美少女が、オレンジ男子改め “竜ちゃん” から金髪男子に目を移し「お兄ちゃんも余計な事言わないの」と叱り付けている。

 それにしても何故、周囲は彼を擁護するのか?

 真弓が視線を向けた先の女子高生たちが、

「欲求不満なんじゃないの!?」
「有りもしないことで騒いでリュウの気を引きたいわけ!?」
「おばさん自意識過剰だから!」
「リュウから離れろバカぁ」

 散々な言われようである。

「お…おばっ……」

 確かに彼女らからすればおばさんかもしれないが、面と言われるとかなり堪える。
 真弓はぷるぷる打ち震えながら、“竜ちゃん” を肩越しに見上げた。
 分かったことは、“竜ちゃん” はやたらモテることだ。

「あの」

 美少女が巨木の間から顔を覗かせて、真弓に話しかけて来た。

「竜ちゃんは触ってないですよ?」
「なんでそんな事言えるの? 実際に触られたから言ってるのに」
「うん。でも無理なんです。だってこの三人、スマホで曲の打ち込みしていた所ですから」

 美少女に言われて、改めて “三人” と指差された彼らの手元を見た。間違いなく三人とも手にスマホを握っていて、彼ら六人はそれぞれ片耳にイヤホンをしていた。

「彼らもそこそこ名前が知られてるバンドメンバーなんで、警察沙汰になるようなことはしませんから」

 はっきり言い切られた。
 でもお尻に触られたのは事実で。
 近くにいる男はこの “竜ちゃん” しかいなくて。

 また腰をさわさわ触れて来た。けど “竜ちゃん” の両手は目の前にある。
 真弓はゆっくりとそれに手を伸ばし、捕まえた。手に伝わる感触は人で有り得ない硬質な手触りをしていた。握りしめた手に目を落とし、大きな溜息と共に「ごめんなさい」と謝罪する。そして手を持ち上げると、真弓の隣から驚く女性の声が聞こえた。
 それはカバーケースに入ったラケットのグリップ部分だった。

「ちゃんと確かめもしないで疑って済みませんでした」

 スペースの許す限り頭下げて謝罪した。
 尚も周囲から罵倒する声は聞こえてくるが、それは仕方ない。自分が間違えて、この “竜ちゃん” にとんでもない濡れ衣を着せたのだから。

 頭上から大きな溜息が漏れ聞こえてきて、真弓は身を強張らせた。
 彼から罵声を浴びせられても、甘んじて受けるしかないと覚悟したのに、一向にその気配はなく、恐る恐る顔を上げた。
 彼と目が合う。

「分かってくれたんならもおいい」

 ついっと視線を外して、仲間の方に向き直ってしまった。
 真弓は居た堪れなさにその場を離れ、隣の車両に移ると己の短絡さに見悶えた。

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