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1. 残念美女は野獣の元に送り出される
残念美女は野獣の元に送り出される ④
しおりを挟む力を京平の方へ押し遣って空いたソファの端っこに座ろうとしたが、二人の想定内だったか呆気なく失敗に終わった。
全力で四兄を押し退けようとしたのが敗因だ。
力にいきなり立ち上がられてソファの上にズッコケたその瞬間を、あっという間の捕獲だった。
(……京平の膝上回避しただけでも由として、腰に手を回されるくらい…大した事、ない……ダメ無理。鳥肌止まんないッ!)
躰を強張らせながらも距離を取ろうと腕を突っ張るが、京平の左脇でがっちり腰に回された腕はびくともしない。白い包帯が巻かれた手をいっそ叩いてやろうかと睨んでいたら、隣では再び腰掛けた力が「諦めろ」とニヤニヤしている。
(力、後で絶対シメるッ!!)
そんな事を心の中で固く誓っていると、晃が「さて」と居住まいを正して京平を見、瀬里にチラリと視線を寄越した。一瞬怯んだ彼女の隣で、晃に釣られるように京平も背筋を伸ばすと、深々と頭を下げながら晃は今回の怪我のお詫びと、娘を助けて貰った感謝の言葉を口にした。
自分の事で頭を下げる父に申し訳ないと思う反面、“頼んでないけどね” と可愛げのない事を考えていたら、何かを感じたのか晃にジロリと睨まれた。
誤魔化しの愛想笑いを浮かべて、目の焦点を微妙に逸らす。
(……だって。どっからともなく湧いて出て来たんだから、あたしにはどうにも出来ないと思う。てかさぁ。華子さん並みにあたしの予定を把握してるなんて、最早立派なストーカーでしょ? それに恩を感じるって、絶対におかしいって)
なんて事を考えていても、声には決して出さない。反論した傍から誰彼問わずお小言を貰いそうだ。こっそり溜息を吐くと隣から微かな笑い声が聞こえてムッとする。唇を尖らせかけて晃と目が合い、瀬里はバツが悪そうに目線を下に逸らした。
やれやれとばかりの晃の小さな溜息。
「担当医の健くんから、瀬里に説明して貰えますか?」
「はい」
促した父に長兄が頷くのに目を向ける。十六歳年の離れた長兄は父親とよく似た柔和な表情を引き締め、それまで読んでいた医学情報誌を小脇に置くと、自分の手をモデルに使いながら瀬里に説明を始めた。
外科医向きの長く器用な指先に自然と目が引き付けられる。穏やかな口調で繰り出される少し低めのテノールに耳を傾けた。
左手の小指側、甲に掛かった側面から掌に掛けての裂傷による屈筋腱損傷で、腱の接合手術を行った事。縫い合わせた腱が周囲と癒着しないように直ぐに動かす必要があり、きちんと指が曲がるようにする為には、三か月ほどリハビリが必要な事などの説明を受けた。
思っていた以上の大怪我だった事に、瀬里は息を詰めて長兄に見入った。
項の辺りが逆毛立つようにザワザワして、妙な胸騒ぎがする。
確かに出血で顔色は悪かったけれど、怪我をしたのにも拘わらず、殴り飛ばしたくなるほど京平が平常運転だったので、そこまで酷いとは思っていなかった。
ちょっと縫ったら終わり、くらいの感覚だったのだ。
(……全治三ヶ月、とかって……マジかぁぁぁ)
当初の予想通り “ちょっと縫って終わり” だったら、抜糸まで一週間。京平だったらもしかしたらもっと早く完治するかも知れないと、軽く考えていた。
(いっつもヒラヒラ躱してあたしには殴らせない癖に、何であたし庇って大怪我してんのよ。ばっかじゃない)
もしかしたら、京平もここまで大事になるとは思ってなかったのかも知れない。
悪いのは春休みの日中に、歩行者天国で凶行に及んだ犯人だ。
しかし。
ほんの一瞬、振り上げられた刃物の反射光のせいで、反応が遅れたことをとやかく言っても仕方ないと、頭では解っていても悔やまれる。
(何であそこで呆けたかな、あたしっ! 拳の一発や二発は捩じ込むべきとこだったのにッ! ああっ迂闊ッ!!)
正当防衛を捥ぎ取って、犯人を半殺し程度には痛めつけたであろう京平を横目に盗み見て、代わりに京平殴ってやりたい、と怪我人相手に不穏な事を考えていたら、少し声高に彼女を呼ぶ父の声で意識が切り替わった。
「……っふぁい」
咄嗟に出た間抜けな返事に、晃が額を押さえて盛大な溜息を吐いた。
「人の話はちゃんと聞きなさい」
「すみません。……で? どんな、お話だった…でしょう、か?」
これっぽっちも聞いてませんでしたと顔に書いて、怖ず怖ずと訊いてみる。
真顔になって瀬里を見返してくる晃がもう一度溜息を吐いた。彼の右隣に座っている母 利加香が宥めるように晃の腕を擦り、その手をポンポンと軽く叩くと小さく頷いて口を開いた。
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