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雨
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男子高校生の夏は過酷だ。じめじめした梅雨が明けたと思えば今度は灼熱地獄。田んぼの間にバス停がポツンとあるような田舎の公立高校には冷房などないし、かといって制服のボタンを開けると注意される。一応は受験生だというのに勉強にもいまいち身が入らない。
運動部はほとんどが試合シーズンで、練習にも熱が入る。三年生の引退も近い。
僕はグラウンドのサッカー部の声を聞きながら、新聞部の部室でパソコンを睨んでいた。適当に浮かんだ言葉を打っては消し、また考え込む。屋内とはいえうだるような暑さに頭も回らない。
新聞部は月一回の定期新聞と、各部員が持ち回りで特集を組む号外を校内に張り出している。新聞部は試合こそないが、三年生は夏休みが終われば実質の引退だ。引退前に夏休み明けの号外の枠をもらっておきながら、僕はそのテーマを決めかねていた。ここ最近はもっぱらその悩みで部活の時間が終わってしまう。
大会でいい成績を取りそうな部活や、注目すべき生徒がいれば格好のネタになるのだが、どこもぱっとしないし、そんな中で誰か1人を特集すればやっかみを受けそうだ。
どうにもうまくいかず、パソコンから目線を外して思い切り伸びをした。
「あの、先輩」
今だ、と言わんばかりに声をかけてきた後輩に、下校時間が近づいていると指摘された。夏休み前の定期試験までちょうど一週間だ。試験休み前最後の部活は、部長として原稿の最終チェックをしただけで結局何も進展は得られなかった。
僕は小学校からの親友のタツと、いつもより重い体を持て余して帰った。タツはサッカー部のエースで、将来は体育教師になるのが夢だという。
そんなタツを、僕は羨ましいと思っていた。
僕はとりたてて将来に夢を持っているというわけでもない。特技があるわけでもないし、将来特にやりたい仕事があるわけでもない。成績の都合でなんとなく理系コースを選んではみたものの、進路を決めかねていた。
僕は徒歩、タツはバス通学。僕たちが一緒に帰るとバス停で別れることになるが、大抵はタツのバスが来るまで僕も待っている。
「カケル聞いてるか、二組の安部がさ、」
タツがたまらないという様子で切り出した。
「その話はもう聞いたよ。君がその子に告白されたけど断ったって話だろう」
「それがさ、あいつそのあと俺のことなんて好きじゃなかったなんて言い出したらしいんだ。確かに顔は可愛いけどさ、やっぱり性格も良くないとダメだよな」
タツは好みの女子が通ると目で追う。おかげで僕はなんとなく彼の好みのタイプがわかるくらいだ。僕は思わず吹き出した。
「君、相当可愛い子じゃないと褒めないくせに、そんなこと言ってると誰もいないんじゃないのか。性格っていったって、じゃあどんな子ならいいんだよ」
軽く小突いた僕にタツが何か言い返そうとしたとき、急に雨が降り始めた。
バス停の屋根の下に駆け込むと先客がいた。猫だ。少し暗めの灰色で、大きな目をしている。こちらをじっと見ていたが、やがて飽きたというように丸まりあくびをした。
雨はすぐに止むだろうと思っていたが、バスの来る時間が近づいても止みそうになかった。
「あーあ、傘持ってきてないんだよなあ」
お前はバスだからいいだろうけど、とぼやくと、タツはカバンを開けて折りたたみ傘を出した。薄いオレンジ色だ。
「これ使えよ。俺はバスだし、どうせ降りる前に止むだろから」
「夕焼けの色か。なんだ、かわいい色だな。これは性格もいいのかい。いや、ありがとう」
彼とは似つかない色の傘に僕が笑うと、タツはすました顔で傘を開いて猫に近づき、
「そう、猫にも優しいんだ」
と言って猫に傘を差し掛けてみせ、すぐに馬鹿らしいと吹き出した。猫があくびをして側の花がちらりと揺れた。
運動部はほとんどが試合シーズンで、練習にも熱が入る。三年生の引退も近い。
僕はグラウンドのサッカー部の声を聞きながら、新聞部の部室でパソコンを睨んでいた。適当に浮かんだ言葉を打っては消し、また考え込む。屋内とはいえうだるような暑さに頭も回らない。
新聞部は月一回の定期新聞と、各部員が持ち回りで特集を組む号外を校内に張り出している。新聞部は試合こそないが、三年生は夏休みが終われば実質の引退だ。引退前に夏休み明けの号外の枠をもらっておきながら、僕はそのテーマを決めかねていた。ここ最近はもっぱらその悩みで部活の時間が終わってしまう。
大会でいい成績を取りそうな部活や、注目すべき生徒がいれば格好のネタになるのだが、どこもぱっとしないし、そんな中で誰か1人を特集すればやっかみを受けそうだ。
どうにもうまくいかず、パソコンから目線を外して思い切り伸びをした。
「あの、先輩」
今だ、と言わんばかりに声をかけてきた後輩に、下校時間が近づいていると指摘された。夏休み前の定期試験までちょうど一週間だ。試験休み前最後の部活は、部長として原稿の最終チェックをしただけで結局何も進展は得られなかった。
僕は小学校からの親友のタツと、いつもより重い体を持て余して帰った。タツはサッカー部のエースで、将来は体育教師になるのが夢だという。
そんなタツを、僕は羨ましいと思っていた。
僕はとりたてて将来に夢を持っているというわけでもない。特技があるわけでもないし、将来特にやりたい仕事があるわけでもない。成績の都合でなんとなく理系コースを選んではみたものの、進路を決めかねていた。
僕は徒歩、タツはバス通学。僕たちが一緒に帰るとバス停で別れることになるが、大抵はタツのバスが来るまで僕も待っている。
「カケル聞いてるか、二組の安部がさ、」
タツがたまらないという様子で切り出した。
「その話はもう聞いたよ。君がその子に告白されたけど断ったって話だろう」
「それがさ、あいつそのあと俺のことなんて好きじゃなかったなんて言い出したらしいんだ。確かに顔は可愛いけどさ、やっぱり性格も良くないとダメだよな」
タツは好みの女子が通ると目で追う。おかげで僕はなんとなく彼の好みのタイプがわかるくらいだ。僕は思わず吹き出した。
「君、相当可愛い子じゃないと褒めないくせに、そんなこと言ってると誰もいないんじゃないのか。性格っていったって、じゃあどんな子ならいいんだよ」
軽く小突いた僕にタツが何か言い返そうとしたとき、急に雨が降り始めた。
バス停の屋根の下に駆け込むと先客がいた。猫だ。少し暗めの灰色で、大きな目をしている。こちらをじっと見ていたが、やがて飽きたというように丸まりあくびをした。
雨はすぐに止むだろうと思っていたが、バスの来る時間が近づいても止みそうになかった。
「あーあ、傘持ってきてないんだよなあ」
お前はバスだからいいだろうけど、とぼやくと、タツはカバンを開けて折りたたみ傘を出した。薄いオレンジ色だ。
「これ使えよ。俺はバスだし、どうせ降りる前に止むだろから」
「夕焼けの色か。なんだ、かわいい色だな。これは性格もいいのかい。いや、ありがとう」
彼とは似つかない色の傘に僕が笑うと、タツはすました顔で傘を開いて猫に近づき、
「そう、猫にも優しいんだ」
と言って猫に傘を差し掛けてみせ、すぐに馬鹿らしいと吹き出した。猫があくびをして側の花がちらりと揺れた。
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