子孫繁栄なんて知らないわ! ~悪役令嬢として生まれた私は、婚約者を自分好みの男の娘にして可愛がる~

矢立まほろ

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 -14『最弱の騎士』

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「きゃっ!」

 私のものとは思えないほどか弱い悲鳴が漏れ、咄嗟に頭をかばった。

 剣が激しくたたきつけられる音が響く。けれど、覚悟していた痛みが私を襲うことはなかった。

 細めた目を見開いて、私はゆっくりと目の前を見やる。

 そこには、まるで私を庇うように立ちふさがた一つの影があった。

「大丈夫、ユフィ?」

 スポットライトの逆光でするえっ戸だけが浮かんだその眼前の背中から優しい声が届いてきた。

 それはひどく聞き慣れた、けれどいつになく頼もしさのある、我が婚約者の声だった。

 フェロは倒れこんだ私の目の前に飛び出してきて、落ちていたモンタージュの杖を拾い上げ、長ネギの一撃を果敢に受け止めていた。

 逃げた臆病者の従者の再登場。それは台本にないはずのことだった。

「お前……」

 驚きに目を見開いて長ネギがたじろぐ。しかし何より驚いていたのはきっと私だっただろう。

 頼りないほど華奢な四肢に、虫も殺せなさそうな柔和な顔立ち。そんな少年が、今にもかみつく猛犬のような表情を浮かべていきり立っていた。

 こんなフェロは初めて見る。

「どういうつもりだ、フェロ」

 振り下ろした剣を戻し、長ネギは奥歯を噛んで吐き捨てた。

 長ネギがフェロを睨むように見つめる。いや、私も、ライゼも、舞台袖の生徒達も、会場の観客すら。

 音楽がとぎれ、ライトは行方を失い、視線も、関心も、ただただ壇上に立ち尽くすフェロに、ここにある全てが注がれていた。

 劇は止まっている。
 予定外のことに舞台裏の生徒達は騒然としている。観客も、不自然に間の空いた現状を不審に思い始めていることだろう。

「台本にねえ動きをするんじゃねえよ。劇をぶっこわしたいのか」

 凄みをきかせた長ネギの声に、しかしフェロも一切の臆病を覗かせずにらみ返す。

「ユフィを傷つけることは台本通りだっていうの?」
「主人公の仲間達によって悪党モンタージュは苦戦を強いられる。一発や二発食らうくらい、台本通りじゃねえか」
「ここまでする必要がどこにあるんだ!」

 普段のフェロからは考えられないくらいの怒声が飛び出していた。その感情が手元の杖に宿ったように、剣を持つようにして構える。目は長ネギへと据えられている。揺るぎはない。

「これ以上彼女を傷つけるなら、僕が相手だ」
「弱虫フェロのくせに生意気言いやがって」

 フェロに乗せられたように長ネギも剣を構えた。

「やめないか」とライゼが叫んだ声をちょうど掻き消すように、二人は同時に前に詰め寄り、杖と剣を交錯させた。

 それからはもはや手のつけようのない剣劇の応酬だった。

 素人じみていながらも力のある長ネギ。力は弱くとも、綺麗な構えからまっすぐに無駄なく一撃を放つフェロ。

 二つの武器が壇上でぶつかり、火花が見えそうなほど苛烈さを増していく。

 長ネギの繰り出す連撃に、しかしフェロは全く怯まずに受け止めきっていた。

「このっ。フェロのくせに。フェロのくせにっ」

 長ネギの苛立ちが見える。

 それも当然だ。
 格下だと見下していたひ弱な少年が、全力で剣を振るってもまったく倒れないのだ。

 長ネギが上段から袈裟に振り下ろす。しかしそれは横にかわされ、返しの刃を横腹に見舞おうとしてくる。かろうじて腕を戻して防ぐが、合わせるようにフェロもまた杖を引き戻し、今度は鳩尾めがけて素早く突いてくる。受け止めるのは間に合わず、体を思い切り捻って退くことでどうにか回避することができていた。

 二人の素早い立ち回りの攻防。

 行き先を迷わせたスポットライトは、引きつけられるように彼らの動きを追いかけ照らしていく。

 まるでそれそのものが一つの演目のようだった。
 観客も、そして私やライゼまでもが、まるで劇の続きを見ているようにぼうっと眺めてしまっていた。

 食い下がってくるフェロに、長ネギの表情は次第に焦りへと変わり始めていく。

「なんだよ。何なんだよ、お前。弱虫フェロのくせしやがって。なんで急にそんなヤル気なんだよ」
「僕が弱虫だって言われるのは別にいい。……でも、ユフィを傷つけるのだけは僕が許さない」
「なんだよ。ナイト気取りか? フェロのくせにっ!」

 わざと大袈裟に強く剣を振って空振りさせ注意を引いた長ネギが、不意をついて強烈な殴打をフェロの脇腹に叩き込んだ。

 綺麗に決まり、フェロの体がよろめく。しかし、

「……守るんだ」

 倒れはしなかった。

 構えた杖も一切下がっていない。ぎらめく瞳は変わらず長ネギへと据えられている。

「守られてばかりじゃイヤなんだ。僕はずっと、ずっと、守られてきた。僕が弱いから。情けないから。今日も、この前も……まだ小さかったあの時だって、ずっとユフィに守られてたんだ」
「……えっ?」

 傍観していた私は耳を疑った。

「だから僕は、今度は僕が守れる側になろうって決めたんだ。そのために一生懸命稽古をした。大切な人に降りかかる災いを、僕が払いのけられるように!」

 高らかに言い放ったその少年の姿を、私は見開いた目で見つめていた。
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