こちら異世界交流温泉旅館 ~日本のお宿で異種族なんでもおもてなし!~

矢立まほろ

文字の大きさ
17 / 46
○2章 あやめ荘の愛おしき日常

 -5 『先駆け』

しおりを挟む
 あれほど騒いで誰にも気づかれないはずがなかった。

 俺と千穂は事務所の隣にある応接間で二人並んで正座させられていた。
 正面の黒革のソファにはふみかさんが腰掛け、ストッキングを穿いた脚を艶かしく組ませている。

「事情はわかったわ。つまり、今朝にハルくんが忘れてきたと思っていたカードキーを、千穂ちゃんがこっそりと持ち出していたのね」

 今朝の千穂の様子が変だったのはそのせいだろう。
 ふみかさんに咎められ、千穂も素直に頭を垂れて反省しているようだった。

 しかし問題は、こと重要機密事項である異世界のことを千穂が知ってしまったことにあった。

 俺たちが事務所に向かう最中、口の悪いリザードマンやゴーレム嬢、他にもいくつかの人外種の異世界人を見かけた。もはや言い逃れなどできはしない。

 ふみかさんが上司の人と電話で連絡を取り、しばらく待った結果、仕方なく千穂にも異世界のことを教えることになった。ただし両親や俺、ふみかさんによる厳重な口止めとサポートを行うことが条件だった。

「千穂ちゃんにはどうにせよ、ハルくんみたいにいずれ知らされる可能性もあったから特別に認められただけよ。本来は決して口外してはいけないことなの。だから今後は本当に気をつけてね。最悪、私たちだけの責任問題ってどころじゃ済まなくなるから」

「責任問題どころじゃないって?」

「つまりは私たちだけの首どころじゃない、この旅館自体の廃止だってあり得るということよ。情報漏えいばかりで不利益が続くと政府に判断されればハルくんのような一般人を従業員として利用することもなくなるだろうし、最悪、この施設がよほど効果を見込めないと思われれば取り壊されることだってあり得るの。この旅館の経営にだって相当なお金がかかるもの」

「けっこう切実な事情ですね」
「そうよ」とふみかさんは頷いたが、言葉の内容に反してどこか軽い調子で言葉を続ける。

「まあ、この旅館に関しては異世界側の権力者にも許可を得なければいけないから、そうそう簡単に潰れたりはしないでしょうけどね」
「権力者?」
「ええ。この旅館のそばに異世界との『門』を繋いだ張本人よ。素性に関してはあまり口外しないように約束されているけれど」

 権力者、そんな大層な人物がいるなんて初耳だった。
 シエラのように衣服に装飾品を携えた高貴な印象の客は幾人か見かけたことはあるが、そのうちの誰かなのだろうか。

 それにしても、政府の判断によっては旅館が取り壊されるなんて物騒な話だ。

「千穂が知ったのは確かにまずかったですけど。魔法とかで記憶を消したりって、そういうのできないんですかね」

「さあ、どうかしら。私だって向こうの世界の魔法を全て把握しているわけじゃないわ。ただネットなどでの情報の規制は工作員を使って行われているし、いざ悪意のある方法で広められてしまっても、その情報のパンデミックを引き止める手段はいくつか用意しているみたい。一介の小学生の女の子一人が口を滑らせたところで、信じる人なんていないでしょうね」

「意外としっかりしてるのか、してないのか。よくわからないですね」
「まあ、異世界との正式な交流が開始されてまだ二十年も経っていないから。それを担当している部署も、多少の手探り感は仕方ないわよ」

「二十年ってもうけっこうな年数にも思いますけど」
「こっちの常識が通じない、まさしく経験がゼロから始まったようなものだもの。言葉や人種どころか世界が違うのだから、そんな相手とたった二十年足らずでここまで近づけたのは十分すぎる進歩だと思うわ」

 たしかにこの世界と異世界ではまるで文化形態が違うかもしれないのだ。
 更には彼らの外見はヒトだけでなく、トカゲ人間や岩石人間、更には背の小さな小人族などもいる。

 俺たちの世界の常識とはかけ離れている存在だと、一目見ただけですぐに実感できる。

『異世界人がやって来ました。みなさんこれから仲良くしましょう』と総理大臣が全国放送したところで、それを二つ返事に頷ける人間なんてそう多くはないだろう。

 誰だって最初は恐いと思うし、怪しいと思うし、大丈夫なのかと心配になるものだ。

「異世界人たちのことはこれからゆっくりと公表されていくわ。ここ、あやめ荘は、そんな異世界交流の出発点なのよ。だからハルくん、あなたたちはその第一人者。先駆けよ」
「……先駆け」

 自分が特別な異世界との使者になったかのように言葉に、不思議と悪くない気分だった。幸いにもシエラやエルナト、それにあの無愛想な女の子とも少しは仲良くなれている気がする。

 前向き思考は大事だな、と深く考えることもなく楽観的に思っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最弱Sランク冒険者は引退したい~仲間が強すぎるせいでなぜか僕が陰の実力者だと勘違いされているんだが?

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
冒険者のノエルはSランクパーティーの荷物もちだった。 ノエル自体に戦闘能力はなく、自分のことを足手まといだとすら思っていた。 そして、Sランクになったことで、戦うモンスターはより強力になっていった。 荷物持ちであるノエルは戦闘に参加しないものの、戦場は危険でいっぱいだ。 このままじゃいずれ自分はモンスターに殺されてしまうと考えたノエルは、パーティーから引退したいと思うようになる。 ノエルはパーティーメンバーに引退を切り出すが、パーティーメンバーはみな、ノエルのことが大好きだった。それどころか、ノエルの実力を過大評価していた。 ノエルがいないとパーティーは崩壊してしまうと言われ、ノエルは引退するにできない状況に……。 ノエルは引退するために自分の評判を落とそうとするのだが、周りは勘違いして、ノエルが最強だという噂が広まってしまう。 さらにノエルの評判はうなぎのぼりで、ますます引退できなくなるノエルなのだった。 他サイトにも掲載

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...