こちら異世界交流温泉旅館 ~日本のお宿で異種族なんでもおもてなし!~

矢立まほろ

文字の大きさ
36 / 46
○3章 旅館のあり方

 -8 『理由』

しおりを挟む
 ――住む世界が違う。

 先ほどの話によって浮かんだ言葉がいつまでも俺の頭から離れないでいた。

 考えれば考えるほど、その言葉がずっと脳内を堂々巡りしている。
 中條が場を去った後も、まるで足元に彼の気配がこびりついているようだった。

「どうしたの、ハル」

 エルナトが、気が滅入っている俺を見かねて恐る恐る顔を覗かせた。

「ああ、いいや。なんでもないよ」

 俺は咄嗟に笑顔を浮かべて取り繕うが、ぎこちなさに頬が強張る。こんな調子では駄目だとわかっているが、どうにも気持ちが追いついてくれない。

 エルナトやマリーディアの暴走があったとはいえ、問題を引き起こしたきっかけは俺のようなものだ。エルナトの件はともかく、シエラを押し倒したのは間違いなく俺の不注意である。

 旅館の空気を悪くしてしまったのは俺だ。疫病神以外の何者でもない。

 俺がいたから中條が来た。
 従業員たちが堅苦しい空気に縛られるようになった。

 俺が、いるから。

 上の空な返事しか返せないに俺に、シエラまでが神妙な面持ちを浮かべる。

「あの、ハルさん」
「どうした、シエラ」
「実は……失礼かとは思ったのですが、お二人の会話を盗み聞きさせていただきました」
「え?」

「ちょっとした介入魔法です。本来は言葉を発した人が翻訳魔法を通して通訳するものですが、お二人の会話を独自に解読し、正確ではありませんが自分で理解できる範囲に無理やり翻訳させるものです」

「そんなこともできるのか」
「申し訳ありません。でも、ただ事ではないような様子でしたので」

 シエラが頭を下げる。

「ということは、さっきの話の内容がだいたい知られてるってことか」

 俺が落ち込んでいる理由もある程度は察してしまっているわけだ。

「今回の件、私たちにも大いに責任があります。もしよろしければお話をお聞かせください。なにかお助けできるかもしれません」
「そうだよ。ボクたちとハルの仲じゃん」

 エルナトも、事情はわかっていない様子だったが心配そうに側に寄り添ってくれている。

 旅館側の事情に客である二人を巻き込んでいいものかと思い悩んだが、俺に一人で抱えきるほどの強さはなかった。

 彼女たちの優しさに甘え、俺は中條のこと、そして彼がどうしてここにやって来たのかなどを掻い摘んで説明した。

 こんなことを一介の客に話すべきではないのはわかっている。

 だが、シエラならば俺のどんな愚痴や弱音でも温かく受け止めてくれるだろうし、エルナトなら軽快な言葉で俺の沈んだ気分も蹴り飛ばしてくれるだろうと思ったからだった。

「――それでさ。俺、なんでここで働いてるんだろうって思ったんだ。ここで働いている理由ってやつ」
「理由ですか?」
「……そう、理由」

 中條の言っていることは至極もっともで、反論の余地が無さそうに思える。

 ――お金が欲しい?

 ならば別のバイト先を探せばいい。
 この町は田舎だけれど、スーパーやコンビニくらいはある。
 悪くない時給の深夜バイトの募集張り紙だって見たことはある。

 ――両親のコネでラクだから?

 仕事の内容は決してラクでは無いし、何も考えずに一日五時間だけレジ打ちや品出しをしていたほうがずっとラクに違いない。馬鹿みたいに一日中働かされて、経営者の息子だからとこき使われて、そんな苦労を買う意味なんてないはずだ。

 それなのに俺は、中條の言葉を受けて戸惑っている。
 彼の言葉を認めたくないと必死に抗おうとしている。

 別にいいじゃないか。
 ここにいたっていいじゃないか、と。

 俺は、ここに固執しようとしている。

 でも俺にはここにいる理由がない。
 ここで働き続ける理由がないのだ。

「曖昧な理由でしかここに居ない俺がこれ以上ここにいたら、もっとみんなの迷惑になるのかもしれない」

 背負うものがなさ過ぎて、あまりにも軽すぎて、勢いだけが空回って転んでしまうような。

 結局、俺のネガティブな呟きはシエラたちを余計に困惑させるだけだった。

 やがて休憩時間が終わり、俺は仕事に戻ることにした。
 シエラたちは最後まで俺を気遣ってくれていたが、ありがとう、と上辺だけのような言葉を送ることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...