こちら異世界交流温泉旅館 ~日本のお宿で異種族なんでもおもてなし!~

矢立まほろ

文字の大きさ
35 / 46
○3章 旅館のあり方

 -7 『値踏み』

しおりを挟む
「ボク、将来は三人くらいほしいな」

 まだ両手を顔に当てて恥ずかしそうにしながら勝手な妄想を暴走させ続けさせていたエルナトに、俺はもはやどう突っ込んでいいのかわからず、そのまま放っておくことにした。

 なるほど。
 誤解のない正確な意思疎通のためにも、そして俺の健全な将来のためにも、マナと魔法はとても重要だということがよくわかった。

「マナというのはその土地の生命力のようなものです。大地には一定のマナが保たれていて、植物たちはその根ざした大地のマナを吸い上げて成長します。私たちの世界はマナが非常に豊富なので、大地から飽和してあふれ出したマナを利用して魔法を行使することができるんです。それに対してこちらの世界ではマナが少なく、悪く言えば枯渇気味、よく言えば生命が生きる必要最低限のマナしか存在していないようです」

「なるほどなあ。つまり、こっちのマナが完全に枯渇すると言葉も通じなくなるわけか」
「言葉以前に、生活することすら困難になると思います。マナがなくなるということは自然の生命力が枯渇するということ。大地が枯れ、人が生きるには苛酷な環境となってしまいます」

「もしそうなったら、ハルはボクたちの世界に来ればいいよ。一族そろって歓迎するよ。両親に顔合わせしないとだしね」

 いつの間にか翻訳魔法をかけなおしたエルナトがぼそぼそ呟いているのを、俺はきっと何かの翻訳ミスだということにしておいて聞かなかったことにした。

「そうなると、向こうの世界の魔法を使って何かするってのも難しい話になっちゃうんだな」
「個人差はあれど体内に貯蓄できるマナの量は少ないですからね。こちらではすぐに枯渇するでしょう。体内のマナを使い切れば最悪、死にいたります」

 随分と怖い話だ、と呑気に思っていると、

「キミが噂の春聡くんだったんだねえ」

 ふと背後から声をかけられた。
 振り返ると、派手なアロハシャツを目立たせた査察官の中條がいた。

 一見すると穏やかな初老の男性という雰囲気だが、役職が彼の陰にちらついてか、その微笑んだ瞳の奥には鋭く睨むような圧を感じられる。

「そうですけど。なんですか、査察官さん」
「なあに。ただちょっと様子を見に来たって程度のつもりなんだが」
「それだけですか」

 俺が尋ね返すと同時に、中條は俺の喉元へと手を伸ばしてきた。

 軽く触れ、彼が小さく言葉を呟く。
 翻訳魔法の解除だと、さっきのシエラを思い出して悟った。

 シエラやエルナトに聞かせないように、翻訳をさせないつもりだ。
 意図はわからないが、俺はそのまま大人しく話を聞くことにした。

「報告を見せてもらったけれど、なんでも今回の一件はキミが深く関わっているらしいねえ」
「はい。事件を起こしてしまったことは反省してます。ふみかさんにも謝りましたし、あの後、事後処理の始末書だって書かされました。これからは気をつけます」

「別に俺はキミを責めに来たわけじゃないんだ。ただ、気になっただけだよ。こんな大人の事情がてんこもりの職場にわざわざ深く顔を突っ込んで、ろくに責任を取れるような年齢ってわけでもないというのにその場に居続ける。そんな気の座った子のことが、ね」

 中條の言葉には明確な悪意が含まれていた。
 表情も声の調子も笑っているのに、隠すつもりもない棘が突き出していた。

 まだ子どもでしかない俺は、ここにいること自体が場違いだとでも言うような物言いだ。

 実際その通りなのかもしれない。
 問題を起こした後もこうして普通に働けているのは、両親やふみかさんが俺の知らないところで庇ってくれているからなのだろう。

「それはつまり、僕に辞めろって言ってるんですか」

「そういうわけじゃあないさ。ただ、自分の役割を満足に果たせない人間に、その場所に留まり続ける権利は無いというだけだよ。旅館にとってキミはどういう存在なのか。キミがいる意味とは何なのか。その有無が大事ってことさ」
「この旅館にとって……俺がいる意味……」

 確かに何も思いつかなかった。
 ただ両親の斡旋のおかげで働かせてもらっているだけのアルバイトだ。

 そんな責任を背負いきれない中途半端な存在が、国家機密を相手に働いている。あまりにも自分の身の丈にあっていないことを今更になって痛感させられる。

 いや、一般人である自分には不似合いな場所だとはわかってはいた。

 わかっていたが、気にしないようにしていた。
 ここで働かせてもらえて、いつの間にか、異世界人に対してはまるでその重要性も忘れるほどに親しみを覚えてしまっていたからだ。

 アーシェを見ても、シエラを見ても、エルナトを見ても。
 ゴーレム嬢や他の客たちだってそうだ。魔法のおかげで言葉も通じて意思疎通も容易い、ちょっと変わったお客さんという程度の認識でしかなかったのだ。

「まだ若い。やりたいことだってあるだろう。短いながらもここでお金を得たのだし、それを資金に街へ出て、色んな趣味や人脈を広げていけばいい。ごく普通の一般人としてね。何も困ることはないだろう。なにせ、ちょっとおかしかった非日常が普通の日常に戻るだけなんだ」

 その提案は、俺としては願ったり叶ったりなことのはずだった。
 田舎町を離れて都会に出る。そう思ってバイトをしていたはずなのに、どうしてか今の俺にはその言葉が酷く鼻についた。

「それでもし僕がこの旅館を出て行くことになった場合、どうなるんですか」
「どう、とは?」

 中條がわざとらしく肩をすくめて首を傾げる。

「ご両親のことかな、キミの後釜のことかな。それとも単純に――キミ自身のことかい?」
「……はい、僕のことです」

 俺は頷いた。
 視界の端でエルナトとシエラが息を呑んでこちらを見守っていた。

 エルナトに関しては今すぐにでも身を乗り出して何かを言いたそうにうずうすしていたが、それを我慢しているようだった。

 言葉は通じなくても、浮かない表情ばかり続けている俺を見て、あまりいい話をしているわけではないことは伝わってしまっているらしい。

「ここの出来事って国家機密なんですよね。そんな情報を持ったまま、僕がここを出て行っていいんですか」

 俺の問いに、ああそういうことか、と中條は乾いた笑みを浮かべた。

「なるほど。まあ心配は要らないさ。辞めてしばらくは多少の監視はつくだろうが、それもすぐに終わる。なにしろ向こうの世界には相手の記憶を操作する魔法まで存在するらしい。手間がかかって多様は難しいらしいがね。だからキミが辞める時も、何も思い残すことも心配する必要もないということさ」

「……子ども一人相手に至れり尽くせりですね」

 俺は口許を歪めて苦しい皮肉を返すのが精一杯だった。

 ――俺は、ただの一般人だ。

 わかっていた言葉が今更俺に圧し掛かる。
 一般人の、しかもただの子どもにできることなんて高が知れている。

 ふみかさんに「キミは異世界交流の先駆けよ」と言われて、自分がなにか特別なのだと勘違いしていたのだろうか。

 けれども俺には、別に何かできるような特別なことなんてなにもない。
 両親がそこで働いていて役割を斡旋してくれただけの、普通の高校生なのだ。

「ま、変な話をして悪かったな」

 中條はこれまでの神妙な面持ちが嘘のように、素っ頓狂に思えるような軽い口調で言った。俺と中條自身の翻訳魔法を再び起動し、何事もなかったと言わんばかりに調子よく笑う。

「お嬢さん方も失礼。用事も済んだので、しがないおじさんは若人の邪魔にならないうちに帰らせていただきますよ、っと」

 急に話を振られたエルナトとシエラが何を答えるよりも早く、中條はさっさと背を向けて遠ざかっていってしまった。

 査察官の後姿を、俺はただぼうっと眺めて見送ることしかできなかった。

 何も考えられなかった。
 今までも何も考えていなかったと自覚してしまった。

 そんな虚しさに打ちひしがれた。

「なんなのあの人、感じ悪い。ボク、あの人嫌いだ」

 エルナトが頬を膨らませてぶうたれる。
 シエラもまったく微動だにしない俺に、大丈夫ですか、と優しく声をかけてきてくれた。

「そうだ」とエルナトが何かを思いついたのか表情をにやけさせる。すると自分の喉元に手を当て、先ほどのシエラや査察官のように翻訳魔法を消し取ったかと思うと、

「○○○○」

 わからない異世界語で、遠ざかっていく査察官の背中目掛けて短く叫んだ。

「ふう、すっきり」

 また翻訳魔法を戻して、エルナトが満足そうに額を拭いて息をつく。

 と、中條がふとこちらに振り向いた。
 口許を不気味に引き上げ、口を開く。

「キミ。そんな女の子みたいな声で『馬鹿』なんて言われると、おじさん興奮しちゃうぞ」と。

「な、なんでバレたの?」

 たじろぐエルナとを余所に中條はまた踵を返すと、不敵に笑い声を上げて去っていった。

 エルナトは確かに翻訳魔法を切っていた。
 それなのに中條は理解しているようだった。

 すでに異世界言語を習得しているのだろうか。
 それとも何か魔法でも使っていたのだろうか。

 どちらにせよ、政府から派遣されたというだけあって只者ではないということだ。一般人である俺との差を見せ付けられたようで、いよいよもって彼との立場の違いを肌身に感じた。

「俺みたいな普通の人間とはまさに住む世界が違うってことか」

 呟いた言葉に小首を傾げるエルナトとシエラを余所に、俺はひしひしと、自分の場違いさを痛感するばかりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最弱Sランク冒険者は引退したい~仲間が強すぎるせいでなぜか僕が陰の実力者だと勘違いされているんだが?

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
冒険者のノエルはSランクパーティーの荷物もちだった。 ノエル自体に戦闘能力はなく、自分のことを足手まといだとすら思っていた。 そして、Sランクになったことで、戦うモンスターはより強力になっていった。 荷物持ちであるノエルは戦闘に参加しないものの、戦場は危険でいっぱいだ。 このままじゃいずれ自分はモンスターに殺されてしまうと考えたノエルは、パーティーから引退したいと思うようになる。 ノエルはパーティーメンバーに引退を切り出すが、パーティーメンバーはみな、ノエルのことが大好きだった。それどころか、ノエルの実力を過大評価していた。 ノエルがいないとパーティーは崩壊してしまうと言われ、ノエルは引退するにできない状況に……。 ノエルは引退するために自分の評判を落とそうとするのだが、周りは勘違いして、ノエルが最強だという噂が広まってしまう。 さらにノエルの評判はうなぎのぼりで、ますます引退できなくなるノエルなのだった。 他サイトにも掲載

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...