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○3章 旅館のあり方
-6 『確信犯』
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昼下がりの休憩時間。
「修復もけっこう終わったねー」
両手を頭の後ろに組ませたエルナトが、旅館のあちこちで行われている魔法による施設の修復を眺めながら言った。
「マリーディアにも責任は大いにありますから、私たちの関係者もこちらに呼んで修復の手伝いをさせています。微力ながら助けにはなっているかと」
「シエラってすっごいねー。声をかけただけですぐ向こうから信者が駆けつけるんだもん」
「そんなに大したことはありませんよ」
うふふ、と品よく微笑むシエラは、みるからに良いとこのお嬢様のようだ。翼のある天族という種族からして上品さは申し分ない。
俺はそんな二人の会話を傍らで眺めながらほっと息をついていた。
旅館の様子が変わっても、二人は変わらない。それが心を落ち着けてくれた。
シエラの分け隔てのない優しさといい、エルナトの能天気さといい、その場にしゃがみ込んでしまいそうな心を無理やり引っ張ってくれるようで心強い。
「それにしても大変ですね。マリーディアにも修復に従事させていますが、まだ全部は直りきりません。マナが少ないですから、個人が使える魔法にも制限があるあたり厳しいものです」
「制限、か」
シエラがマナを具現化させたり、アーシェが靄のような魔法を使っていたのを思い出す。
魔法を使うには体内のマナを消費させる必要がある。
向こうの世界ではマナが潤沢なためすぐに体内へ補充されるが、こちらでは一度放出すれば再充填に時間が掛かるらしい。
「でも体内にマナがあれば少しは使えるんだよな」
「使えますよ。その証拠に、いまこうして私たちが会話できているのもそのおかげです」
「ボクたちの世界とは言語体型が違うからね。自動的な翻訳魔法が施されているんだよ」
エルナトが注釈を入れてくれる。
「え、じゃあ俺たちって話すたびにマナを使ってるってことになるのか」
マナは生物の生命力だという。
人間や動物、植物にいたるまで、マナが枯渇すれば生きてはいられない。
酸素と同じように必要とされるものだという。それはこちらの世界でも同じだ。
つまりマナが薄いこちらの世界で喋り続けていたら、マナの浪費で最悪、死に至る可能性もあるのではないだろうか。マナを大量に使えば補充の目処などない。
「それに関しては問題ありません。翻訳魔法程度ではマナが枯渇することはありませんよ。マナ消費が少ないために、こちらの世界でも問題なく機能するのです」
「なるほどな。じゃあ魔法を解除したらまったく別の言葉に聞こえるってことか」
「そうですよ。試してみますか」
興味本位で俺は頷いた。
シエラがなにやら自分の喉元を撫でると、無声音で何かを呟く。それから俺へと向き直ると口を開いて音を発した。
「●■▲★――」
数秒に渡ってシエラは何かを話し続けた。
だが一つも聞き覚えがあるような単語はなく、まるで赤ん坊が舌足らずに喚いてるような音にしか感じ取ることができなかった。声は彼女のものだが、ただ理解はできない。シエラが異世界の人間なのだと、改めて強く実感する。
「いかがでしたか」
また彼女は自分の喉元を一度だけ擦ると、今度はしっかりと意味のわかる言葉で微笑んだ。
「すごいな。本当になにもわからなかった」
なんて便利なんだと感銘を受けた。
ぜひともこっちの世界にも普及して欲しい。
「じゃあ俺の言葉もわからなかくなるってことか?」
「そうですね。これは向こうの世界では初級魔法で、喉元に指を当てながら呪文を唱えれば誰でも簡単にできるんです。私がさっきやったのは、その翻訳魔法を一時的に解いただけです」
なるほど、と俺は感嘆の息を漏らした。
旅館の外観を変えて認識阻害させるなど魔法そのものを見たことはあったが、こうして直接肌身に感じるのは初めてだ。今更ながら魔法というのは興味深い。
「じゃあ、今度は俺から言ってみてもいいか」と提案するとシエラは頷いた。
エルナトが身を乗り出し、
「あ、じゃあボクに言ってみて」と進んで手を挙げる。
翻訳されないというのならば、俺が何を話してもエルナトにはわからないということだ。
どんなことを言ってやろう。ついつい悪戯心がほくそ笑んでしまう。
「よし、じゃあいくぞ」
言うと、エルナトは自身の首元に手を触れてから頷いた。
さあ、どうやって面白がってやろうか。と俺はしたり顔で口を開く。
「エルナトはとても仲がいい『男友達』だ」
内容を理解できないエルナトはこんなことを言われても呆然としたままだろう――と思っていた俺は浅はかだったらしい。
言語を理解できていないはずのエルナトが、俺の言葉を聞いて反応を示した。しかしどういうわけか、どこか照れるように頬を染めて破顔している。
どうしてそうなっているのかがわからない。
なにか偶然にも向こうの世界の言語と似た発音をしてしまったのだろうか。
試しにもう一言。
「エルナトは『男友達』だ。俺は男の娘よりもどちらかといえばマッチョが好きだ。だから婚約はありえない」
まったく違うことも付け足してみたが、またもエルナトは顔を綻ばせ、もじもじと手をくねらせながら落ち着きない様子で俺を見つめてくる。まるで恋する乙女のように上目遣いだ。
一体どうなっているのか。くそう、もう一回だ。
「エルナトは間違いなく正真正銘の『男』だ」
三度目の正直。
今度こそ本当に言葉が通じていないなら照れるような反応は示せないはずだ。
と思ったが、エルナトはやはり照れくさそうに頬を紅潮させた。
うっとりと恍惚に浸ったような笑顔で幸せそうに呆け、しばらくして何かを決意したように頷く。
ジェスチャーでエルナトに翻訳機能を復活させ、詰め寄るように「お前には一体何が聞こえていたんだ」と問いただした。
するとエルナトはまたさっきのように顔を赤らめ、
「お前が好きだ。結婚して欲しい。俺の子どもを作ってくれないか……って」
「絶対に違うだろ!」
俺が頭を叩いて突っ込むと、えへっ、とエルナトは舌を出しておどけた顔をしてみせていた。
「修復もけっこう終わったねー」
両手を頭の後ろに組ませたエルナトが、旅館のあちこちで行われている魔法による施設の修復を眺めながら言った。
「マリーディアにも責任は大いにありますから、私たちの関係者もこちらに呼んで修復の手伝いをさせています。微力ながら助けにはなっているかと」
「シエラってすっごいねー。声をかけただけですぐ向こうから信者が駆けつけるんだもん」
「そんなに大したことはありませんよ」
うふふ、と品よく微笑むシエラは、みるからに良いとこのお嬢様のようだ。翼のある天族という種族からして上品さは申し分ない。
俺はそんな二人の会話を傍らで眺めながらほっと息をついていた。
旅館の様子が変わっても、二人は変わらない。それが心を落ち着けてくれた。
シエラの分け隔てのない優しさといい、エルナトの能天気さといい、その場にしゃがみ込んでしまいそうな心を無理やり引っ張ってくれるようで心強い。
「それにしても大変ですね。マリーディアにも修復に従事させていますが、まだ全部は直りきりません。マナが少ないですから、個人が使える魔法にも制限があるあたり厳しいものです」
「制限、か」
シエラがマナを具現化させたり、アーシェが靄のような魔法を使っていたのを思い出す。
魔法を使うには体内のマナを消費させる必要がある。
向こうの世界ではマナが潤沢なためすぐに体内へ補充されるが、こちらでは一度放出すれば再充填に時間が掛かるらしい。
「でも体内にマナがあれば少しは使えるんだよな」
「使えますよ。その証拠に、いまこうして私たちが会話できているのもそのおかげです」
「ボクたちの世界とは言語体型が違うからね。自動的な翻訳魔法が施されているんだよ」
エルナトが注釈を入れてくれる。
「え、じゃあ俺たちって話すたびにマナを使ってるってことになるのか」
マナは生物の生命力だという。
人間や動物、植物にいたるまで、マナが枯渇すれば生きてはいられない。
酸素と同じように必要とされるものだという。それはこちらの世界でも同じだ。
つまりマナが薄いこちらの世界で喋り続けていたら、マナの浪費で最悪、死に至る可能性もあるのではないだろうか。マナを大量に使えば補充の目処などない。
「それに関しては問題ありません。翻訳魔法程度ではマナが枯渇することはありませんよ。マナ消費が少ないために、こちらの世界でも問題なく機能するのです」
「なるほどな。じゃあ魔法を解除したらまったく別の言葉に聞こえるってことか」
「そうですよ。試してみますか」
興味本位で俺は頷いた。
シエラがなにやら自分の喉元を撫でると、無声音で何かを呟く。それから俺へと向き直ると口を開いて音を発した。
「●■▲★――」
数秒に渡ってシエラは何かを話し続けた。
だが一つも聞き覚えがあるような単語はなく、まるで赤ん坊が舌足らずに喚いてるような音にしか感じ取ることができなかった。声は彼女のものだが、ただ理解はできない。シエラが異世界の人間なのだと、改めて強く実感する。
「いかがでしたか」
また彼女は自分の喉元を一度だけ擦ると、今度はしっかりと意味のわかる言葉で微笑んだ。
「すごいな。本当になにもわからなかった」
なんて便利なんだと感銘を受けた。
ぜひともこっちの世界にも普及して欲しい。
「じゃあ俺の言葉もわからなかくなるってことか?」
「そうですね。これは向こうの世界では初級魔法で、喉元に指を当てながら呪文を唱えれば誰でも簡単にできるんです。私がさっきやったのは、その翻訳魔法を一時的に解いただけです」
なるほど、と俺は感嘆の息を漏らした。
旅館の外観を変えて認識阻害させるなど魔法そのものを見たことはあったが、こうして直接肌身に感じるのは初めてだ。今更ながら魔法というのは興味深い。
「じゃあ、今度は俺から言ってみてもいいか」と提案するとシエラは頷いた。
エルナトが身を乗り出し、
「あ、じゃあボクに言ってみて」と進んで手を挙げる。
翻訳されないというのならば、俺が何を話してもエルナトにはわからないということだ。
どんなことを言ってやろう。ついつい悪戯心がほくそ笑んでしまう。
「よし、じゃあいくぞ」
言うと、エルナトは自身の首元に手を触れてから頷いた。
さあ、どうやって面白がってやろうか。と俺はしたり顔で口を開く。
「エルナトはとても仲がいい『男友達』だ」
内容を理解できないエルナトはこんなことを言われても呆然としたままだろう――と思っていた俺は浅はかだったらしい。
言語を理解できていないはずのエルナトが、俺の言葉を聞いて反応を示した。しかしどういうわけか、どこか照れるように頬を染めて破顔している。
どうしてそうなっているのかがわからない。
なにか偶然にも向こうの世界の言語と似た発音をしてしまったのだろうか。
試しにもう一言。
「エルナトは『男友達』だ。俺は男の娘よりもどちらかといえばマッチョが好きだ。だから婚約はありえない」
まったく違うことも付け足してみたが、またもエルナトは顔を綻ばせ、もじもじと手をくねらせながら落ち着きない様子で俺を見つめてくる。まるで恋する乙女のように上目遣いだ。
一体どうなっているのか。くそう、もう一回だ。
「エルナトは間違いなく正真正銘の『男』だ」
三度目の正直。
今度こそ本当に言葉が通じていないなら照れるような反応は示せないはずだ。
と思ったが、エルナトはやはり照れくさそうに頬を紅潮させた。
うっとりと恍惚に浸ったような笑顔で幸せそうに呆け、しばらくして何かを決意したように頷く。
ジェスチャーでエルナトに翻訳機能を復活させ、詰め寄るように「お前には一体何が聞こえていたんだ」と問いただした。
するとエルナトはまたさっきのように顔を赤らめ、
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