おいでませ あやかし旅館! ~素人の俺が妖怪仲居少女の監督役?!~

矢立まほろ

文字の大きさ
29 / 44
○4章 守りたい場所

 -7 『決断』

しおりを挟む
 停電の翌日も強面たちは旅館に居座り続け、相変わらず飲めや騒げやの好き放題を繰り返していた。

 朝食の準備をしてくれていたクウは、配膳の間、ずっと彼らに対する悪態を隠そうともせずに怒り顔を浮かべていた。

「あいつら、いったいいつになったら帰るんだよ。女将さんもがつんと言ってやればいいのに」
「いろいろあるんだよ、女将さんも」

 俺がなだめる言葉を投げかけても、不服そうに口を尖らせるばかりだ。

 女将さんもクウたち三人のためを思って頑張っている。

 だが、クウが憤りを募らせているのも理解できる。
 まだ帰る気配のない強面たちのせいで、いつ女将さんが身体を壊してもおかしくはないのだ。

 手遅れになってからでは遅いという焦りと、自分たちが半人前であるという不甲斐なさに身痒い思いをしているのだろう。

 口々に苛々を噴出しながらも、それでもクウは俺の世話をしてくれている。

「もう。こぼすなよ。片づけが大変なんだから」
「悪い。というか、これでも一応は客だぞ。練習なんだから言葉遣いも気をつけないと」
「ちゃんと仕事は身についてるからいいんだよ。それに、あんたに今更丁寧に言うのも、その……腹立つし」

 強面たちへの苛立ちが俺にも飛び火しているようだ。
 配膳などの仕事内容は非常に丁寧なのだが、声には怒気が込められていて、まるで接客という態度とはかけ離れている。

「ああー、もう。米粒ついてるぞ。みっともない」

 そう言ってクウが指を突き出してくる。

 頬のあたりに指先を当てる。
 クウの柔らかい指の感触にくすぐったくなる。

 人差し指で米粒を掬い取ったクウは、しばらくそれを見つめてからさっと背後を振り返った。そしてまたすぐにこちらを向いた時には米粒は消えていた。何故か顔は真っ赤になっている。

「なあ、クウ」
「な、なにさ」

 朝食の箸を置いて、クウに声をかける。挙動不審に視線を泳がせながら、赤くなった顔をこちらに向けた。

「もしあの連中を追い払える手段があるって言ったら、どうする」
「あるの?」
「……なんとなく、だけど。思いついたのが一つあるんだ」

 尻すぼみに声音を下げながら俺は言った。

 きっかけは昨夜の停電だった。
 それと、強面たちの仲間であるボインと出会ったこと。

 その晩、部屋に戻ってからなんとなく考え、一つの案としてまとめてみた。
 それがどれほど現実的なものかはわからないが、何もしないよりかはずっとマシだろうと思う。

 ただ、それには仲居娘たちの協力が必要だ。急な準備に忙しくもなる。

「どんな手段なの」
「けっこうトンでもないお願いをすることになるけど、それでもいいのなら」

 クウは迷わず頷いた。
 まっすぐな目で俺を見ている。

「じゃあ言うよ。俺の作戦は――」


 おおざっぱに掻い摘んで、俺の空想の中の案をクウに説明した。

 俺の考えた作戦を実行するとなると、そのほとんどが仲居たち三人娘に託される。俺は裏方としてサポートするだけで、どうしても負担はどうしても彼女たちに強いてしまうことになるだろう。

 実のところ、クウには断られると思っていた。
 特にクウにとっては簡単に決められるほど軽いものではないだろうからだ。

 だから、もし断られても仕方がないと諦めるつもりだった。

 と、突然にドタドタと足音が部屋へと飛び込んできた。

「おー、せんせー。なにおもしろそーな話してるのー?」

 サチだった。
 どうやら外から盗み聞いていたらしい。
 彼女の後には、足音を消してこっそりと入ってくるナユキの姿もあった。

 サチが俺に飛んで抱き付いてくる。

「せんせー、なにするのー。なんでもするよー」
「お前は何をするのかわかって言ってるのか。いっつも能天気なんだから」
「わかってるよー」

「本当か」
「ほんとだよー」
「……わ、わたし、も」

 ナユキまで頷く。

「……がんばり、たい。女将さんの、ため。ここ、好き、だから。守る」

 搾り出すような懸命な言葉。クウの時だってそうだ。

 喋ることは苦手なはずなのに、それでも、仲間のことを想うと頑張ろうとする。もう、俺と目が合って逃げ出そうとはしていない。必死にそこに踏ん張っている。

「でも、どれだけ現実的かまだわからないんだぞ。やったところで意味がないかもしれない。もしかしたら何か悪い方向に悪化するかも――」
「せんせーは、ずっとそのままで満足なの」

 それはサチの無邪気な問いだった。

 悪意はない。敵意もない。
 けれども、その短い一言が、俺の心の奥を深く抉るように突き刺した。本当に痛みが走ったような感覚だった。

「サチは、恐いとかって思わないのか。失敗したらどうしようって」

 それは誰もが抱く自然な感情だ。
 俺なんて何の権力も財力もないただの人間なのだ。

 失敗した尻を拭うにも限度がある。
 取り返しのつかないミスだって世の中にはたくさんあるのだ。
 しかも俺だけじゃなく、仲居娘たちや女将さんまで巻き込みかねない。

 尻込みして何が悪い。

 しかしサチの返事は尚もとてもシンプルだった。

「ないよ」と、ただそれだけ。無垢に、心からの言葉だとわかった。

「でも、もし失敗したら、後戻りできなくなることだってあるんだぞ」
「そうなったらまた次のことをするだけだもん」
「まだ子どもだからそう思うんだ。大人になると色々考えることになる。そんな能天気な考え方じゃ――」

「そりゃあサチはせんせーみたいに凄くないよ。まだ子どもだもん。仲居のお仕事だっていっつも失敗ばかりだよ。でも、おかーさんが言ってたんだ。いっぱい失敗しても、ちゃんと反省して、もう一度やればいいって。むしろやらないと怒られるもん。いつまでそこでいじけて固まってるんだーって。だから、失敗してももういっかいするの」

 ふん、とサチが大笑いして胸を張る。

「失敗したら、もういっかいだよ!」
「……もう、いっかい」

 そのもう一回をできずに挫折した人間がいったい世界にどれほどいるだろうか。

 サチはまだ子どもだから気楽に物事を言えるのだ。
 でも、本当にそれだけだろうか。こんな時でもサチが笑っていられるのは、ただ単に何も考えない能天気なだけなのだろうか。

 そういえばこの旅館で彼女と出会ってから、サチはずっと楽しんでいた。それがどんな状況でも。

 女将さんに怒られた時も。強面たちに迷惑をかけられている今だって。

 クウたちと違って、一度も自分を曲げたことはなかった。
 目の前の楽しいことを、嬉しいことを、目一杯に感じ取る。無邪気な子どものように純粋に受け止める。

 俺は、そんなサチにいつしか羨ましさを覚えていた。
 そして、彼女を見ていると不思議と笑顔になれた。迷っている自分が馬鹿らしく思えてた。

 俺の心のもやもやも、全て笑い飛ばしてくれるように。

 彼女が人間ではない何かなのだとするならば、幸せの妖精といったところだろうか。サチは知らないと言うが、本当にそういった妖怪なのかもしれない。

 サチのように、俺は前向きになれるのだろうか。

 隣で考え込むように黙り込んでいたクウがようやく顔を持ち上げる。

「いいよ。やろう」

 クウの返事はとても簡潔で、確かなものだった。

「本当にいいのか?」

「女将さんのためだったら頑張れる。妖怪の血が薄くてほぼ人間同然の女将さんには、妖怪としてボクたちを育てるのは難しいんだ。だから妖怪としてじゃなく人間としてでもちゃんと生活できるように、ボクたちに仲居の仕事を教えてくれてる。事情はいろいろだけど、ボクたちはみんな女将さんに拾われた。そしてこうして生きる術を学ばせてくれてる。だからその恩は返したい。ボクにできることならなんだってやる。それが女将さんへの恩返しになるのなら」

 芯のある強い返事だった。
 クウのつぶらな瞳は俺をしっかり見据えていて、どこまでも真剣だった。

「わたしも……やり、ます……。がん、ばる!」

 いつの間にか傍に駆け寄ってきていたナユキが俺の袖を引っ張りながら言う。

 一番怖がって逃げたそうな彼女ですら、何故か今にも泣きそうなほど目を潤ませているが、懸命に俺を見つめようとしている。

 三人とも、女将さんのために頑張りたいと思っているのだ。

 決めあぐねていたのは俺自身だったのかもしれない。
 失敗したらどうしよう。今度はどこへ逃げよう。そんな臆病風に吹かれて怯えていたのだろう。

 俺も前を向かなければいけない。この子達のように。

 まずは、前に少しでも進むための、一歩を。

「わかった。やってみよう」

 俺の言葉に、三人はそれぞれ深く頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...