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○4章 守りたい場所
-19『我が子』
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夜更け。
消灯したロビーにランタンの灯りが点いていた。
温かいオレンジ色の光に照らされながら、ソファに腰掛けた女将さんは、自分の膝に乗っかった頭を優しくさする。
彼女の手元ではいまボインが眠っていた。
穏やかな女将さんの手つきが安心するのか、静かな寝息を繰り返している。
虫の声たちが子守唄のように響く。
女将さんの細い指先がボインの前髪を払い、泣き続けて赤くなった目尻をそっと撫でた。
対面でそんな光景を眺めていた俺は、彼女に深々と頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
「いいえ。もう過ぎたことです」
女将さんの口調は穏やかなままだ。
俺を責め立てる訳でもなく、膝元のボインに目を落としたままだ。
失望されただろうか。
自分が頑張って強面たちを相手していたのに、そんなつもりはなくとも、俺たちの作戦はその努力を無駄にするような形にしている。
彼女が必死に守ってきた体裁をぶち壊してしまったのだ。
怒られても仕方がないとは思っていた。
そうなってでも、彼女をあの状況から助けたかったと強く思ったから。
それに後悔はしていない。どんな罵声も受け止める覚悟だった。
「やっぱり、怒って……いますか?」
「もちろんです」
ひどく穏やかな返答。それが逆に怖い。
「そう、ですよね」
「はい」
言葉につまり、重たい沈黙が流れる。
しかし彼女は急にくすりと微笑んだ。
「本当はわかっているんです。あの子たちだって、本気で私のことを心配してやってくれたんだって。もちろん、悠斗さんも。でも私は、一人で勝手に躍起になってしまっていたんだと思います。この旅館の主は私だから。あの子たちを守れるのは私だけだから。そう考えて、ずっとあの子たちを過小評価し続けていたんです。まだ無理だ。まだ守らなきゃ。そうやって、私が、自分が頑張らなきゃって気を張っていたんです」
女将さんの口許が少しずつ持ち上がっていく。
「私、あの子たちがあそこまで強く育っているって気づきませんでした」
あそこまでというのは、ついさっき女将さんに俺たちが怒られたときのことだ。
どうして今回の騒ぎになったのかと女将さんに問い詰められたとき、俺は自分の立案だと打ち明けた。
この騒ぎによって客足が遠のく事態になったり、なにより万が一にも強面たちによってサチたちが危ない目にあったらどうするつもりだったのか、とひどく怒られたのだ。だが、そんな俺の前に、三人が大手を広げた立ちはだかった。
『せんせーは悪くないよ! これはサチたちも頑張って決めたことだもん』
『ボクたちは女将さんを助けたかったんだ。あんな理不尽な思いをしてまでボクたちを庇ってる姿なんて、もう見たくなかったんだよ』
『だから……私も、がんばった、よ。女将さん……大好き、だもん』
サチたちが、三者三様に、俺を庇うように女将さんへと言い張ったのだ。
その背中は子どもとは思えないほどに大きく見えた。
怒声を張る女将さんに少しも物怖じせずに踏ん張っている。
あのナユキですら、だ。
『だから、怒るならサチたちにして!』
堂々たる彼女たちの姿に、女将さんの激しい怒号は勢いを削がれ、それきり女将さんも押し黙ってしまった。
「あの子たちももう、守られるばかりじゃないんですね。立派に育って……なにより、私を手助けしようとしてくれているんですね」
仲居娘たちのことを思い返す女将さんの微笑の中に、一筋の雫が流れ落ちる。
ずっと曇天が続いてた夜空には微かに月が覗き、射光が窓を通して彼女の潤んだ瞳をきらきらと反射させた。
「悠斗さん。本当にありがとうございます。きっと、貴方がいたからあの子たちも頑張れたんだと思います」
「いや、そんなことは」
「そうですよ。さすが、サチが招いただけのことはありましたね」
「え?」
それはどういうことだろうと聞き返すよりも先に、女将さんは言葉を続ける。
「とはいえ、お客様が減ってしまったことは事実です。数少ない常連さんがいなくなるのは、私たちみたいな小さな旅館としては手痛いですね」
「そ、それはまあ。その件についてはほんと、すみません」
ふふ、と女将さんが笑い声を漏らす。
「過ぎてしまったことはどうしようもありません。これからのことを考えなければいけませんね」
困ったようにそう言う女将さんの顔は、しかし正反対に、嬉しそうな、ほっとした笑顔を浮かべていたのだった。
消灯したロビーにランタンの灯りが点いていた。
温かいオレンジ色の光に照らされながら、ソファに腰掛けた女将さんは、自分の膝に乗っかった頭を優しくさする。
彼女の手元ではいまボインが眠っていた。
穏やかな女将さんの手つきが安心するのか、静かな寝息を繰り返している。
虫の声たちが子守唄のように響く。
女将さんの細い指先がボインの前髪を払い、泣き続けて赤くなった目尻をそっと撫でた。
対面でそんな光景を眺めていた俺は、彼女に深々と頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
「いいえ。もう過ぎたことです」
女将さんの口調は穏やかなままだ。
俺を責め立てる訳でもなく、膝元のボインに目を落としたままだ。
失望されただろうか。
自分が頑張って強面たちを相手していたのに、そんなつもりはなくとも、俺たちの作戦はその努力を無駄にするような形にしている。
彼女が必死に守ってきた体裁をぶち壊してしまったのだ。
怒られても仕方がないとは思っていた。
そうなってでも、彼女をあの状況から助けたかったと強く思ったから。
それに後悔はしていない。どんな罵声も受け止める覚悟だった。
「やっぱり、怒って……いますか?」
「もちろんです」
ひどく穏やかな返答。それが逆に怖い。
「そう、ですよね」
「はい」
言葉につまり、重たい沈黙が流れる。
しかし彼女は急にくすりと微笑んだ。
「本当はわかっているんです。あの子たちだって、本気で私のことを心配してやってくれたんだって。もちろん、悠斗さんも。でも私は、一人で勝手に躍起になってしまっていたんだと思います。この旅館の主は私だから。あの子たちを守れるのは私だけだから。そう考えて、ずっとあの子たちを過小評価し続けていたんです。まだ無理だ。まだ守らなきゃ。そうやって、私が、自分が頑張らなきゃって気を張っていたんです」
女将さんの口許が少しずつ持ち上がっていく。
「私、あの子たちがあそこまで強く育っているって気づきませんでした」
あそこまでというのは、ついさっき女将さんに俺たちが怒られたときのことだ。
どうして今回の騒ぎになったのかと女将さんに問い詰められたとき、俺は自分の立案だと打ち明けた。
この騒ぎによって客足が遠のく事態になったり、なにより万が一にも強面たちによってサチたちが危ない目にあったらどうするつもりだったのか、とひどく怒られたのだ。だが、そんな俺の前に、三人が大手を広げた立ちはだかった。
『せんせーは悪くないよ! これはサチたちも頑張って決めたことだもん』
『ボクたちは女将さんを助けたかったんだ。あんな理不尽な思いをしてまでボクたちを庇ってる姿なんて、もう見たくなかったんだよ』
『だから……私も、がんばった、よ。女将さん……大好き、だもん』
サチたちが、三者三様に、俺を庇うように女将さんへと言い張ったのだ。
その背中は子どもとは思えないほどに大きく見えた。
怒声を張る女将さんに少しも物怖じせずに踏ん張っている。
あのナユキですら、だ。
『だから、怒るならサチたちにして!』
堂々たる彼女たちの姿に、女将さんの激しい怒号は勢いを削がれ、それきり女将さんも押し黙ってしまった。
「あの子たちももう、守られるばかりじゃないんですね。立派に育って……なにより、私を手助けしようとしてくれているんですね」
仲居娘たちのことを思い返す女将さんの微笑の中に、一筋の雫が流れ落ちる。
ずっと曇天が続いてた夜空には微かに月が覗き、射光が窓を通して彼女の潤んだ瞳をきらきらと反射させた。
「悠斗さん。本当にありがとうございます。きっと、貴方がいたからあの子たちも頑張れたんだと思います」
「いや、そんなことは」
「そうですよ。さすが、サチが招いただけのことはありましたね」
「え?」
それはどういうことだろうと聞き返すよりも先に、女将さんは言葉を続ける。
「とはいえ、お客様が減ってしまったことは事実です。数少ない常連さんがいなくなるのは、私たちみたいな小さな旅館としては手痛いですね」
「そ、それはまあ。その件についてはほんと、すみません」
ふふ、と女将さんが笑い声を漏らす。
「過ぎてしまったことはどうしようもありません。これからのことを考えなければいけませんね」
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