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○エピローグ
仲居娘たち
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会長たちオカルトサークルの面々がチェックアウトした後も、俺は旅館に残り続けていた。
――旅館中の大掃除。
何の相談もなく今回の騒ぎを起こした罰として、女将さんが仲居たち三人にそう言い渡した。小さな旅館とはいえ全てを掃除するには相当な重労働だ。
雑巾がけや窓拭き、庭の落ち葉拾い。
途方もないような作業を、どういうわけか俺も手伝わされていた。
遊戯スペースにある卓球台や古いゲーム機にハタキをかけながら、俺は深い溜め息をついた。
「なんで俺まで」
「せんせーもこの旅館の一員だもん」
すぐそばで同じように埃を叩いていたサチが少しの屈託もない笑顔で答える。その素直な返事に俺はまんざらでもない気分だった。
作戦の立案者は俺なのだから、連帯責任も仕方がないといえばそこまでである。
「仕方ない。よし、さっさと終わらせるぞ」
「おー」
遊戯スペースの掃除を終えてロビーに移ると、以前使ったパソコンを見かけた。
「相変わらず随分と埃かぶってるな」
「だって使う人もいないし。サチがこの前勝手にちょっと使ったくらいだもん。お客さんはあることすら知らなかったりするしねー」
「まさかあの検索履歴、お前か。妖怪ばっかり調べてたの」
「え、なんでー。なんでわかったのー? あ、もしかしてせんせー、後ろで見てたー?」
「そんなわけないだろ。というか、その頃はまだここにいなかったし」
「そっか。サチはね、サチがどんな妖怪なのか、これで調べたらわかるかなって思ったんだー。結局よくわからなかったけど」
「そりゃあわかるわけないよな」
どれだけ世界的に有名な検索エンジンでも探し当てることは不可能だろう。
「でももうわかったよ。サチ、座敷童子なんだって。おかーさんがさっき教えてくれたー」
「そうか。随分と可愛らしい妖怪だな」
「えへへー。可愛いって言ってもらったー。でも、座敷童子ってなにをすればいいのかよくわかんないや」
そう言うサチに、俺は彼女の背を叩いて答える。
「そのままのサチでいれば大丈夫だよ」と。
サチは未だよくわかっていない様子だったが、それで良いのだろう。
いつ見ても呑気に笑顔を浮かべてばかりいるサチの顔を見やる。
いつも笑顔ばかりだ。
どれだけ面倒ごとが目の前にあっても、笑顔だけは忘れないでいたように思う。
そんな自然体な彼女であるからこそ、きっと俺たちまで一緒にいて笑顔にさせられてしまうのだ。
「なあ、サチ。ちょっと前にさ、どこかの掲示板でこの旅館のことを書き込んだりしたか」
「けいじばん? パソコンの中にそんなのがあるのー?」
とぼけている様子はなく、純粋な疑問としてサチは首をかしげていた。
「なにも覚えはないのか」
「えー、ないよー。サチがなにかしちゃったのかなー」
本当にわからないようだ。とすれば、あのオカルト掲示板にこの旅館のことを書いたのはいったい誰なのだろうか。
サチ以外の人。
いや、もしかするとサチの座敷童子としての力が俺を呼び寄せたのか。
そうだとすれば大したものだ。
この旅館にいるみんなを幸せにした。
それだけじゃない。
俺だって、ここに来て少し前を向くことができた。
それが全て彼女の力ということになる。
――もしかすると、本当に。
「サチ、何か悪いことしちゃってたー?」
不思議そうに目を丸めるサチに、俺は「まあいいや」と頭を撫でた。
疑問は残るが、明確な答えなんてきっと出ないのだろう。
ただでさえ奇妙なことで溢れているこの旅館だ。今更疑問の一つが増えたところで他愛もない。
サチの座敷童子の力が旅館の幸せのために呼び寄せたのだとしても、それとは関係のない誰かの仕業だとしても、ただただ感謝するほかない。おかげで俺はこの旅館に来られたのだから。
「そういや座敷童子ってことは、サチはずっと子どものままなのかな」
「え、そうなの?!」
大袈裟に思うほどサチが驚く。
俺まで釣られて吃驚していると、サチが詰め寄るように顔を近づけてきた。
「それじゃあ大人になってせんせーのお嫁さんになれないじゃん!」
「ええっ」
笑顔はしっかりと浮かべながらも至極真面目そうに言うサチに、思わず俺は顔を赤くしてしまう。だが、もっと顔を真っ赤にしているやつがいた。
さっきから俺たちのすぐそばで戸棚を拭いていたクウだ。
「お、おい! ちょっと待て! 先生のお嫁さんってどういうことなんだ、サチ」
「どうって、そのままの意味だよ、クーちゃん。せんせーっていい人だから、この旅館にもっとずっといてくれるように、サチが繋ぎとめておくんだー。きせーじじつ、ってやつ」
いや、それは意味が違うぞ。
「なななな、なんだよ、それ」
「え? じゃあ、クーちゃんがせんせーと結婚するー?」
「ふぁ?!」
ふとクウと俺の目が合う。
途端にクウは熟れたトマトよりも赤らんだような顔から湯気を立たせ、
「ば、馬鹿野郎おおお」と一目散に走り去っていってしまった。
いやちょっと待て。
お前は男ではないのかと突っ込みたくなる。
いちいち挙動が女の子すぎて忘れてしまいそうになるが。
「サ……サチ、ちゃん」
いつの間にか、柱の影からナユキがこちらを覗きこんできていた。
彼女は俺たちを見ながらぐっと胸に握りこぶしを掲げて、
「……ま、負け、ない」と消え入るような声で呟いていた。
それを見たサチは全力疾走でナユキへと駆け寄っていく。
慌てて逃げようとしたナユキだがあっけなく捕まった。サチに顔をこねくり回され、頬を引っ張られて涙目になっていた。
――旅館中の大掃除。
何の相談もなく今回の騒ぎを起こした罰として、女将さんが仲居たち三人にそう言い渡した。小さな旅館とはいえ全てを掃除するには相当な重労働だ。
雑巾がけや窓拭き、庭の落ち葉拾い。
途方もないような作業を、どういうわけか俺も手伝わされていた。
遊戯スペースにある卓球台や古いゲーム機にハタキをかけながら、俺は深い溜め息をついた。
「なんで俺まで」
「せんせーもこの旅館の一員だもん」
すぐそばで同じように埃を叩いていたサチが少しの屈託もない笑顔で答える。その素直な返事に俺はまんざらでもない気分だった。
作戦の立案者は俺なのだから、連帯責任も仕方がないといえばそこまでである。
「仕方ない。よし、さっさと終わらせるぞ」
「おー」
遊戯スペースの掃除を終えてロビーに移ると、以前使ったパソコンを見かけた。
「相変わらず随分と埃かぶってるな」
「だって使う人もいないし。サチがこの前勝手にちょっと使ったくらいだもん。お客さんはあることすら知らなかったりするしねー」
「まさかあの検索履歴、お前か。妖怪ばっかり調べてたの」
「え、なんでー。なんでわかったのー? あ、もしかしてせんせー、後ろで見てたー?」
「そんなわけないだろ。というか、その頃はまだここにいなかったし」
「そっか。サチはね、サチがどんな妖怪なのか、これで調べたらわかるかなって思ったんだー。結局よくわからなかったけど」
「そりゃあわかるわけないよな」
どれだけ世界的に有名な検索エンジンでも探し当てることは不可能だろう。
「でももうわかったよ。サチ、座敷童子なんだって。おかーさんがさっき教えてくれたー」
「そうか。随分と可愛らしい妖怪だな」
「えへへー。可愛いって言ってもらったー。でも、座敷童子ってなにをすればいいのかよくわかんないや」
そう言うサチに、俺は彼女の背を叩いて答える。
「そのままのサチでいれば大丈夫だよ」と。
サチは未だよくわかっていない様子だったが、それで良いのだろう。
いつ見ても呑気に笑顔を浮かべてばかりいるサチの顔を見やる。
いつも笑顔ばかりだ。
どれだけ面倒ごとが目の前にあっても、笑顔だけは忘れないでいたように思う。
そんな自然体な彼女であるからこそ、きっと俺たちまで一緒にいて笑顔にさせられてしまうのだ。
「なあ、サチ。ちょっと前にさ、どこかの掲示板でこの旅館のことを書き込んだりしたか」
「けいじばん? パソコンの中にそんなのがあるのー?」
とぼけている様子はなく、純粋な疑問としてサチは首をかしげていた。
「なにも覚えはないのか」
「えー、ないよー。サチがなにかしちゃったのかなー」
本当にわからないようだ。とすれば、あのオカルト掲示板にこの旅館のことを書いたのはいったい誰なのだろうか。
サチ以外の人。
いや、もしかするとサチの座敷童子としての力が俺を呼び寄せたのか。
そうだとすれば大したものだ。
この旅館にいるみんなを幸せにした。
それだけじゃない。
俺だって、ここに来て少し前を向くことができた。
それが全て彼女の力ということになる。
――もしかすると、本当に。
「サチ、何か悪いことしちゃってたー?」
不思議そうに目を丸めるサチに、俺は「まあいいや」と頭を撫でた。
疑問は残るが、明確な答えなんてきっと出ないのだろう。
ただでさえ奇妙なことで溢れているこの旅館だ。今更疑問の一つが増えたところで他愛もない。
サチの座敷童子の力が旅館の幸せのために呼び寄せたのだとしても、それとは関係のない誰かの仕業だとしても、ただただ感謝するほかない。おかげで俺はこの旅館に来られたのだから。
「そういや座敷童子ってことは、サチはずっと子どものままなのかな」
「え、そうなの?!」
大袈裟に思うほどサチが驚く。
俺まで釣られて吃驚していると、サチが詰め寄るように顔を近づけてきた。
「それじゃあ大人になってせんせーのお嫁さんになれないじゃん!」
「ええっ」
笑顔はしっかりと浮かべながらも至極真面目そうに言うサチに、思わず俺は顔を赤くしてしまう。だが、もっと顔を真っ赤にしているやつがいた。
さっきから俺たちのすぐそばで戸棚を拭いていたクウだ。
「お、おい! ちょっと待て! 先生のお嫁さんってどういうことなんだ、サチ」
「どうって、そのままの意味だよ、クーちゃん。せんせーっていい人だから、この旅館にもっとずっといてくれるように、サチが繋ぎとめておくんだー。きせーじじつ、ってやつ」
いや、それは意味が違うぞ。
「なななな、なんだよ、それ」
「え? じゃあ、クーちゃんがせんせーと結婚するー?」
「ふぁ?!」
ふとクウと俺の目が合う。
途端にクウは熟れたトマトよりも赤らんだような顔から湯気を立たせ、
「ば、馬鹿野郎おおお」と一目散に走り去っていってしまった。
いやちょっと待て。
お前は男ではないのかと突っ込みたくなる。
いちいち挙動が女の子すぎて忘れてしまいそうになるが。
「サ……サチ、ちゃん」
いつの間にか、柱の影からナユキがこちらを覗きこんできていた。
彼女は俺たちを見ながらぐっと胸に握りこぶしを掲げて、
「……ま、負け、ない」と消え入るような声で呟いていた。
それを見たサチは全力疾走でナユキへと駆け寄っていく。
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