家出令嬢の温泉旅館繁盛記! ~婚約破棄のために、素人令嬢は寂れた旅館を復興させます!~

矢立まほろ

文字の大きさ
11 / 53

 -11『常連』

しおりを挟む
 予約の客がやって来た。

 紅葉などの見所がない今の時期では数少ない客だ。

 やって来た男性三人組を、私はロロや獣人たち従業員一同揃ってロビーでお迎えした。

「この度は当旅館にお越しくださいまして誠にありがとうございます」

 ロロが前に出てお辞儀をする。
 そんなロロに、お客様の男の一人は気だるげそうに「おう」と答えていた。

「ご予約いただいたゲローテ様ですね」
「ああ、そうだ」
「ではこちらにて記帳を」

 フロントで宿泊者名簿に筆を走らせる男は、体格がよく、目つきの鋭い顔をしていた。他の二人も人相は悪く、ガムを噛んでいたり煙草を吸おうとしていたりと、どうにも柄の悪い連中だった。

 見るからに荒くれ者だが、お客様はお客様だ。

「お客様。館内は禁煙となっていますのでお煙草は……」と、咥えた煙草に火をつけようとしている男に私が言うと、彼は凄みをきかせて「ああ?」と睨んできた。

 それでも私は怯まず、逆に睨み返す気持ちで、しかし声調は柔らかく作って言い返す。

「当館は木造です。万が一にも火事となれば大問題ですので。無いとは思いますが、そのお煙草で火災でも起これば、この施設の修復費および営業停止期間中の賠償を請求させていただくことになりかねません。敷地外でしたら問題ありませんので、念のために館内ではお控えください」

「ちっ……うっせーな」

 男は不服そうながらも、咥えていた煙草をケースへとしまった。

 私を小娘と思って甘く見たのだろうが、そうそう簡単に負けるつもりはない。私はここに将来をかけているのだから。

「おい、部屋はどこだ。さっさと案内しろ」

 受付を済ませた男が不機嫌そうに声を荒げる。

 接客の応対はフェスだ。
 どう見ても素性が悪そうな男達を相手にやれるだろうかと不安にある。

 従業員の列に混じっていた当のフェスは、引きつった表情を浮かべていたものの、

「は、はひっ!」と前に出ていった。

「お、お荷物を、その」
「なんだ」
「いいい、いえ。あの、お部屋までお持ちしますので」
「もっと早く言えよ」

 フェスは男が肩に提げていた旅行鞄を放り投げられ、彼女の体の半分はありそうなそれを、小さな体をよろめかせながらどうにか受け止めていた。

「「大丈夫?」と私がこっそり声をかけるが、フェスは平気だと気丈に笑顔を浮かべた。前もほとんど見えず、足元もふらついているが、それでも頑張って堪えている。

 残りの客の分は私とロロが運び、男達を客室へと案内した。

 ひとまず部屋に収めて一段落――という訳にもいかないようで、荷物を置いて腰を落ち着けてからも、男達は乱暴な物言い無茶なことを言ったり茶化したりと、フェスを何度も困らせていた。

「あ、あの。まずはこの旅館の説明を」
「あ? そんなのいいって」
「で、ですが。お風呂の時間など、注意事項などもありますので……」
「うるせえな。疲れてるんだよ。ゆっくりさせろよ」
「は、はい。すみませんっ」

 そうやって話を聞かないのはまだ良いほうだ。男達はフェスが気弱なのをいいことに、好き放題に暴言を吐きつけていた。

 出されたお茶がぬるい。もてなしの茶菓子が不味い。仲居の声が小さくて聞こえない。子供の獣人の仲居が役立たず。まあ、最後のは少し一理あるかもだけど。

 それでも一切の遠慮のない悪態に、来館の説明を終えて部屋を出てきたフェスはしょんぼりと肩を落として私のところに戻ってきていた。

「よしよし。よく頑張ったわね」

 頭をなでてやる。
 フェスの萎れた耳がぴょこりと持ち上がり、柔らかそうな尻尾がふさりと揺れる。

「が、がんばりますよ」と拳を握って懸命に搾り出したフェスは、そのまま仕事へと向かっていった。

 挫けてはいないようだ。
 気弱そうな彼女の性格にしては頑張ってくれている。

 ただフェスばかりに負担をかけていては、いつ折れてしまうか不安になる。代わりになれる仲居がいればいいのだが――。

「あんたはハルさんじゃないんだ。あたしは知らないよ」

 仲居頭であるミトは苦労する私達を遠目に見るばかりで、現状でなんとかするしかなかった。

 さらにはロロいわく、

「あの人達は常連なんだ。三ヶ月に一回くらいの頻度でやってくるんんだけど、いつもあんな感じで……」

 名の知れた問題客というわけだ。
 そうとわかっていればフェス一人に任せなかったものを。

 仲居頭のミトが彼らの名前を覚えていないはずがなく、それでも予約の名前を見て何も言わなかったのは私への当てつけだろうか。

「どうしよう、シェリー」とロロが不安に尋ねてくる。しかし私はその気持ちを取っ払うように気丈に笑み、「なんとかするわ」と返してみせた。

 こみ上げる焦燥は決して悟られないように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...