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-4 『アンジュ』
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突然やって来たアンジュは、初めての一人旅を満喫するかのように旅館での生活を楽しんでいた。
温泉に食事。
町の散策まで。
私の改革が始まってから、旅館は大きく変わっていた。
温泉施設の拡充もそうだし、食事の提供の仕方から献立の改善まで。私一人ではとてもわからない分野も、他の従業員や商工会と相談をすることでより一層のブラッシュアップを重ねることができた。
中でも入浴のみの温泉プランは大人気だ。
町内だけでなく、それを目当てに近隣の町の住人や宿泊客も、日帰りでちょっとだけ脚を運んでみた、という人が増え始めている。商工会とつながったことにより町外への宣伝も力が入ったせいだろう。
おかげで日中の旅館は、人がまったくいない、というかつての殺風景さをすっかり忘れるほどになっていた。
「すごくいい場所ね。温泉も気持ちいいし、食べ物も美味しいし」
アンジュも、多少の賑わいを見せる旅館の雰囲気を満悦に味わっているようだった。
家族風呂を一人で予約して何時間も独占していたこともあった。他に予約がなかったから私も許可したが、随分と温泉が気に入ったようだ。
浴衣姿でほっこりと顔を上気させながら出てきた妹の姿は、実家の屋敷にいる時よりも心なしか朗らかに砕けて見えた。
やはり温泉旅館というものは、人の心を緩ませ、安らげる。外とはまた違った人の一面が見られる場所だと、私は思う。
「ここは何かしら」
「こ、ここはバーです。あの、お酒を飲むところですので、アンジュ様はちょっと……」
「いいじゃないフェス。中にはいるだけなら」
「それもちょっと……」
アンジュの監視と見守りもかねてフェスが付き添ってくれている。
背丈も似通っていてどちらも幼げな二人が並んで歩いていく様子は、まるで姉妹や友達同士のようで微笑ましくもあった。
「これおもしろそうね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ」
「あ、あれは何かしら」
「ああー、それは触っちゃだめですー!」
「どうしてよ、ケチ」
「どうしてもです」
「むう……」
「ひゃあっ?! 尻尾を掴まないでください!」
フェスがすっかりアンジュに振り回されていて、対等という感じはあまり無いけど。
お父様達の目がなくなって自由になったせいもあって、随分と伸び伸びしているようだ。
「あんまり調子に乗って羽目を外しすぎないといいけれど」
そう懸念を抱く私の不安はあたってしまった。
「きゃあっ!」
そんな叫びと共に、何かが砕けるような甲高い音が響いた。
私が大慌てでそこに駆けつけると、ロビーの片隅で、フェスが悲愴な顔を浮かべていた。付き添っていたフェスも、あわあわと動揺している。
「どうしたのよ、これ」
「ち、違うの……違うんです、お姉様。アンはただ、ちょっと見ようと思って手にしただけで」
そう言う彼女の足下には、粉々に砕かれた鉄細工の破片が散らばっていた。
おそらく鳩を模した立体的な細工品だったのだろう。しかしその細やかな羽や脚などが千切れ、無惨たらしく転がっている。
ヴェルが鞄に入れていたものだ。彼がいないうちにそれを勝手に持ち出し、眺めていたということか。
「どうしたんだい」と、遅れてすぐにヴェルがやって来てしまった。
彼はアンジュの目の前に広がる参上を見て、一瞬だけ目を見開くと、しかしすぐに目尻を垂らして微笑を浮かべた。
すっと私達の前を通り、その砕けた鉄細工を拾い上げていく。
「あ、あの……」
「危ないよ。動かないで」
「……っ」
さすがにアンジュの表情も血の気が引いたように青ざめていた。慌てて一緒に拾おうとするも制止され、ただ申し訳なさそうに見守っていた。
「あの……ごめんなさい」
「ああ、いいよ。これは失敗してたんだ。ほら、クチバシのところがちょっと曲がってるでしょ。これじゃあ価値はない。失敗作さ」
ふっとヴェルは笑ってみせると、アンジュへと歩み寄り、彼女の手を取った。。
「それよりも、怪我はなかったかな。せっかくの綺麗な指に傷が付いてはそれこそ問題だ」
「だ、大丈夫っ!」
急に指に触れられ、上擦った調子でアンジュが答える。耳は真っ赤だ。目の高さを合わせるようにやや屈み込んだヴェルに、アンジュは目も合わせられずそっぽを向いてしまっていた。
「あまり気にしなくていいよ。あれくらいならすぐに作れる」
「ほ、本当?」
「本当さ。疑うなら、見にくるかい?」
「……ちょっと、興味ある、かも」
視線を泳がせながら照れくさそうに言うアンジュに、ヴェルは大人びた余裕のある笑顔を浮かべながら、
「それじゃあ、ぜひ。ご案内しますよ、お姫様」と優しく声をかけていた。
温泉に食事。
町の散策まで。
私の改革が始まってから、旅館は大きく変わっていた。
温泉施設の拡充もそうだし、食事の提供の仕方から献立の改善まで。私一人ではとてもわからない分野も、他の従業員や商工会と相談をすることでより一層のブラッシュアップを重ねることができた。
中でも入浴のみの温泉プランは大人気だ。
町内だけでなく、それを目当てに近隣の町の住人や宿泊客も、日帰りでちょっとだけ脚を運んでみた、という人が増え始めている。商工会とつながったことにより町外への宣伝も力が入ったせいだろう。
おかげで日中の旅館は、人がまったくいない、というかつての殺風景さをすっかり忘れるほどになっていた。
「すごくいい場所ね。温泉も気持ちいいし、食べ物も美味しいし」
アンジュも、多少の賑わいを見せる旅館の雰囲気を満悦に味わっているようだった。
家族風呂を一人で予約して何時間も独占していたこともあった。他に予約がなかったから私も許可したが、随分と温泉が気に入ったようだ。
浴衣姿でほっこりと顔を上気させながら出てきた妹の姿は、実家の屋敷にいる時よりも心なしか朗らかに砕けて見えた。
やはり温泉旅館というものは、人の心を緩ませ、安らげる。外とはまた違った人の一面が見られる場所だと、私は思う。
「ここは何かしら」
「こ、ここはバーです。あの、お酒を飲むところですので、アンジュ様はちょっと……」
「いいじゃないフェス。中にはいるだけなら」
「それもちょっと……」
アンジュの監視と見守りもかねてフェスが付き添ってくれている。
背丈も似通っていてどちらも幼げな二人が並んで歩いていく様子は、まるで姉妹や友達同士のようで微笑ましくもあった。
「これおもしろそうね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ」
「あ、あれは何かしら」
「ああー、それは触っちゃだめですー!」
「どうしてよ、ケチ」
「どうしてもです」
「むう……」
「ひゃあっ?! 尻尾を掴まないでください!」
フェスがすっかりアンジュに振り回されていて、対等という感じはあまり無いけど。
お父様達の目がなくなって自由になったせいもあって、随分と伸び伸びしているようだ。
「あんまり調子に乗って羽目を外しすぎないといいけれど」
そう懸念を抱く私の不安はあたってしまった。
「きゃあっ!」
そんな叫びと共に、何かが砕けるような甲高い音が響いた。
私が大慌てでそこに駆けつけると、ロビーの片隅で、フェスが悲愴な顔を浮かべていた。付き添っていたフェスも、あわあわと動揺している。
「どうしたのよ、これ」
「ち、違うの……違うんです、お姉様。アンはただ、ちょっと見ようと思って手にしただけで」
そう言う彼女の足下には、粉々に砕かれた鉄細工の破片が散らばっていた。
おそらく鳩を模した立体的な細工品だったのだろう。しかしその細やかな羽や脚などが千切れ、無惨たらしく転がっている。
ヴェルが鞄に入れていたものだ。彼がいないうちにそれを勝手に持ち出し、眺めていたということか。
「どうしたんだい」と、遅れてすぐにヴェルがやって来てしまった。
彼はアンジュの目の前に広がる参上を見て、一瞬だけ目を見開くと、しかしすぐに目尻を垂らして微笑を浮かべた。
すっと私達の前を通り、その砕けた鉄細工を拾い上げていく。
「あ、あの……」
「危ないよ。動かないで」
「……っ」
さすがにアンジュの表情も血の気が引いたように青ざめていた。慌てて一緒に拾おうとするも制止され、ただ申し訳なさそうに見守っていた。
「あの……ごめんなさい」
「ああ、いいよ。これは失敗してたんだ。ほら、クチバシのところがちょっと曲がってるでしょ。これじゃあ価値はない。失敗作さ」
ふっとヴェルは笑ってみせると、アンジュへと歩み寄り、彼女の手を取った。。
「それよりも、怪我はなかったかな。せっかくの綺麗な指に傷が付いてはそれこそ問題だ」
「だ、大丈夫っ!」
急に指に触れられ、上擦った調子でアンジュが答える。耳は真っ赤だ。目の高さを合わせるようにやや屈み込んだヴェルに、アンジュは目も合わせられずそっぽを向いてしまっていた。
「あまり気にしなくていいよ。あれくらいならすぐに作れる」
「ほ、本当?」
「本当さ。疑うなら、見にくるかい?」
「……ちょっと、興味ある、かも」
視線を泳がせながら照れくさそうに言うアンジュに、ヴェルは大人びた余裕のある笑顔を浮かべながら、
「それじゃあ、ぜひ。ご案内しますよ、お姫様」と優しく声をかけていた。
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