家出令嬢の温泉旅館繁盛記! ~婚約破棄のために、素人令嬢は寂れた旅館を復興させます!~

矢立まほろ

文字の大きさ
37 / 53

 -11『その先の未来』

しおりを挟む
 アンジュがヴェルの言葉を理解したのは、言われて数秒ほど経ってからだった。

「いや、付き合うってどういうことよ! 言ったでしょ。アンはお父様にもう縁談を結ばされてて――」
「その相手がボクなんだ」
「……え?」

 呆けたようにアンジュの動きがぴたりと止まる。

「ボクの師匠――父さんに今回の旅行を許されたとき、この旅館に婚約相手がやって来るということを聞かされたんだ。どうやら向こうの父君がそれを教えてくれていたみたいで。その父君いわく、娘はまだ年端も行かず急に婚約者を対面してもきっと動揺する。だから正式に決まる前に会ってみて欲しい、と。そう言われていたみたい」

「そんな……」

 それはよほど衝撃の事実だったのだろう。アンジュはまだ理解しきっていない様子で放心してしまっている。

 それでもヴェルは言葉を続ける。

「だからボクはキミに会いにここにやってきた。キミがここにやって来た時、すぐにこの子だってわかったよ。幼いけれど、とても可憐で可愛らしい女の子。ボクは相手がどんな人かを知り、互いに顔を見せただけで十分なつもりだった。顔見知りの知人程度で済ませて、これから少しずつ会う機会を増やせれたらって。けれど仕事も任され、その間、キミとたくさん話すことができた。キミは落ちこぼれだと嘆くボクの作品達をとても褒めてくれた。それがどれだけ嬉しかったことか。そしてずっと、キミがどうすれば喜んでくれるかと思いながらこの鳩を作っていたんだ」

 饒舌にそう語るヴェルの瞳は真剣で、それでいて口許は柔らかかった。

 そう。
 ヴェルはお父様が取り決めたアンジュの婚約相手だった。

 私がそれを知ったのはアンジュが旅館にやって来たとき、執事のエヴァンスに教えられてだった。

 ヴェルは本来ならばアンジュと少しだけかぶるようにして先に退館する予定だったのだが、偶然にも私が仕事を依頼してヴェルを引き留め、一緒に多くの時間を過ごすこととなっていたのだった。

 それを知っていたからこそ、ヴェルも無理に滞在期間を延ばして仕事を引き受けてくれたのかもしれない。

 そんな彼の優しさ、親切さを知っているからこそ、私もアンジュとの仲がうまくいくように見守っていたのだった。極力二人を会わせ、仲良くさせ、時間を作った。

「領主の娘だからキミに近づいたんじゃない。キミを知りたくなったんじゃない。アンジュさん。キミだから、ボクはこの鳩を作りたくなったんだ」
「アン……だから……」

「キミの父君は決してキミを縛ってなんかいない。籠の扉は開かれていたんだ。どこにだって行ける。どうするかも自由さ。後はキミがそこから飛び出すだけ」

 膝を突き、ヴェルはアンジュへと頭を垂れて手を差し出す。

「どうか、ボクのところへと飛び立ってくれないか」

 心がくすぐったくなるような告白だった。
 見ている私まで気恥ずかしくなってくる。けれどヴェルの言葉はとても真剣で、まっすぐで、だからこそアンジュも動揺した様子で固まっていた。

「……あ、アンは」

 アンジュの口から上擦った声がかすかに漏れる。

「アンはまだ、そういうの、わからない。婚約とか、付き合うとか。だってまだ子供だもの」

 それはそうだ。
 まだ年端もいかない少女なのだから。

「でも――」

 もじもじと、アンジュは目を泳がせながら指を絡める。それから顔を真っ赤にさせると、その忙しない指をぱっと広げ、

「ヴェルと一緒にいるのは楽しいわ。だから、これからもアンにいろんな楽しいものを、綺麗なものを見せてちょうだい……って、思う」

 尻すぼみにそう声を絞り出すと、アンジュはその小さな手をそっとヴェルに重ねたのだった。

「今度は、貴方もアンのお屋敷に来るといいわ。綺麗な百合の花を見に」
「うん。見に行かせてもらうよ」
「それと、ヴェルの仕事場も見てみたい」
「見るくらいならいくらでも」

「あとは、あとは……」

 色々と言おうとして、けれどもこんがらがって、アンジュは目が回っているかのようにあたふたしていた。

 けれどもそんな彼女をヴェルが優しく落ち着かせるように相づちを打っていく。

「アンジュさんが成人するまでまだ時間がある。それまでに少しずつボクを知っていって欲しい。そして、アンジュさんのことを知っていきたい」
「そ、そうね。その頃には気が変わってるかもしれないし」

「そうならないようにボクも励むよ。一流の彫金師になって、キミにもっとすごい鉄細工を見せてあげられるようになるから」
「まあ、期待はしておくわ。……ちょっとね」

 二人の目が合い、気恥ずかしそうにぷいっとアンジュが顔を背ける。それでも二人の手は繋がったままで、もうずっと離れないような、そんな力強さを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...