家出令嬢の温泉旅館繁盛記! ~婚約破棄のために、素人令嬢は寂れた旅館を復興させます!~

矢立まほろ

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 -11『その先の未来』

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 アンジュがヴェルの言葉を理解したのは、言われて数秒ほど経ってからだった。

「いや、付き合うってどういうことよ! 言ったでしょ。アンはお父様にもう縁談を結ばされてて――」
「その相手がボクなんだ」
「……え?」

 呆けたようにアンジュの動きがぴたりと止まる。

「ボクの師匠――父さんに今回の旅行を許されたとき、この旅館に婚約相手がやって来るということを聞かされたんだ。どうやら向こうの父君がそれを教えてくれていたみたいで。その父君いわく、娘はまだ年端も行かず急に婚約者を対面してもきっと動揺する。だから正式に決まる前に会ってみて欲しい、と。そう言われていたみたい」

「そんな……」

 それはよほど衝撃の事実だったのだろう。アンジュはまだ理解しきっていない様子で放心してしまっている。

 それでもヴェルは言葉を続ける。

「だからボクはキミに会いにここにやってきた。キミがここにやって来た時、すぐにこの子だってわかったよ。幼いけれど、とても可憐で可愛らしい女の子。ボクは相手がどんな人かを知り、互いに顔を見せただけで十分なつもりだった。顔見知りの知人程度で済ませて、これから少しずつ会う機会を増やせれたらって。けれど仕事も任され、その間、キミとたくさん話すことができた。キミは落ちこぼれだと嘆くボクの作品達をとても褒めてくれた。それがどれだけ嬉しかったことか。そしてずっと、キミがどうすれば喜んでくれるかと思いながらこの鳩を作っていたんだ」

 饒舌にそう語るヴェルの瞳は真剣で、それでいて口許は柔らかかった。

 そう。
 ヴェルはお父様が取り決めたアンジュの婚約相手だった。

 私がそれを知ったのはアンジュが旅館にやって来たとき、執事のエヴァンスに教えられてだった。

 ヴェルは本来ならばアンジュと少しだけかぶるようにして先に退館する予定だったのだが、偶然にも私が仕事を依頼してヴェルを引き留め、一緒に多くの時間を過ごすこととなっていたのだった。

 それを知っていたからこそ、ヴェルも無理に滞在期間を延ばして仕事を引き受けてくれたのかもしれない。

 そんな彼の優しさ、親切さを知っているからこそ、私もアンジュとの仲がうまくいくように見守っていたのだった。極力二人を会わせ、仲良くさせ、時間を作った。

「領主の娘だからキミに近づいたんじゃない。キミを知りたくなったんじゃない。アンジュさん。キミだから、ボクはこの鳩を作りたくなったんだ」
「アン……だから……」

「キミの父君は決してキミを縛ってなんかいない。籠の扉は開かれていたんだ。どこにだって行ける。どうするかも自由さ。後はキミがそこから飛び出すだけ」

 膝を突き、ヴェルはアンジュへと頭を垂れて手を差し出す。

「どうか、ボクのところへと飛び立ってくれないか」

 心がくすぐったくなるような告白だった。
 見ている私まで気恥ずかしくなってくる。けれどヴェルの言葉はとても真剣で、まっすぐで、だからこそアンジュも動揺した様子で固まっていた。

「……あ、アンは」

 アンジュの口から上擦った声がかすかに漏れる。

「アンはまだ、そういうの、わからない。婚約とか、付き合うとか。だってまだ子供だもの」

 それはそうだ。
 まだ年端もいかない少女なのだから。

「でも――」

 もじもじと、アンジュは目を泳がせながら指を絡める。それから顔を真っ赤にさせると、その忙しない指をぱっと広げ、

「ヴェルと一緒にいるのは楽しいわ。だから、これからもアンにいろんな楽しいものを、綺麗なものを見せてちょうだい……って、思う」

 尻すぼみにそう声を絞り出すと、アンジュはその小さな手をそっとヴェルに重ねたのだった。

「今度は、貴方もアンのお屋敷に来るといいわ。綺麗な百合の花を見に」
「うん。見に行かせてもらうよ」
「それと、ヴェルの仕事場も見てみたい」
「見るくらいならいくらでも」

「あとは、あとは……」

 色々と言おうとして、けれどもこんがらがって、アンジュは目が回っているかのようにあたふたしていた。

 けれどもそんな彼女をヴェルが優しく落ち着かせるように相づちを打っていく。

「アンジュさんが成人するまでまだ時間がある。それまでに少しずつボクを知っていって欲しい。そして、アンジュさんのことを知っていきたい」
「そ、そうね。その頃には気が変わってるかもしれないし」

「そうならないようにボクも励むよ。一流の彫金師になって、キミにもっとすごい鉄細工を見せてあげられるようになるから」
「まあ、期待はしておくわ。……ちょっとね」

 二人の目が合い、気恥ずかしそうにぷいっとアンジュが顔を背ける。それでも二人の手は繋がったままで、もうずっと離れないような、そんな力強さを感じていた。
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