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-12『これからも』
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こうしてアンジュはヴェルと共に旅館へと戻っていった。
もう二人は大丈夫だろう。
もともと勝手に築き上げていった絆なのだ。ほんのちょっとのことで綻んだところで、お互いがその気になればすぐに結び直すことはできる。
すっかり調子を取り戻したみたいに会話を弾ませながら並ぶ姿は、背格好こそ親子のように差があるが、見るからに仲睦まじく思えた。
「これで一件落着ね……あ、そうだ」
ふと私はあることを思いつき、二人を強引に引っ張っていった。
連れてきたのは、修理さればかりの大時計だ。まだ動いていないその大時計の前に二人を並ばせる。
「告白してちょうだい」
「……え?」
アンジュとヴェルの声が重なって返ってきた。
「大時計の前で誓うの。みんなに聞こえるようにね」
「なっ?! お、お姉様、なんでそんなことをしなくちゃならないの?」
「さすがにボクも恥ずかしい、かな」
ロビーには、クッキーで集まった子供達こそすでに帰ってはいるものの、宿泊客はまだ数名残っている。各々にくつろぎ、ゆったりと時間を過ごしていた。
そんな彼らの前で私は強要している。
「いいから」
「いいって、お姉様ぁ……」
「ヴェル。貴方は私に、協力してもらった恩義があるでしょ」
どれくらいあるかはわからないが、とりあえずそう言ってみる。
すると律儀で真面目なヴェルは、観念した風に肩を落として頷いた。
「ヴェ、ヴェル?!」
たじろぐアンジュを前に、ヴェルがかしずくように膝をつく。
「アンジュさん。改めて、ボクと共にこれからも一緒に歩んでいただけますか」
「え、ちょっと……」
突然かしこまってそう言いだしたヴェルに、同じロビーにいたお客様達もなにごとかと視線を向ける。
「どうですか、アンジュさん」
笑顔で答えを催促するヴェルに、アンジュは困ったように眉をしかめさせる。こんな衆人環視の前で堂々としている彼の正気を疑うように。
気づけばアンジュの顔はさっきよりも真っ赤で、今にも茹で上がりそうなほどに上気させていた。
しかし逃げられないとやがて観念したのだろう。
「……はい」
そう言ってアンジュが手を差し出すと、ヴェルはその小さな手の甲に短く口づけをしたのだった。
その光景に、見ていたお客様達もざわついて沸き立つ。
「二人の誓いは私が――そしてこの大時計が見届けたわ。この大時計が時を刻み続ける限り、二人は末永く幸せに暮らすことでしょう」
そう言って私が大時計の針を今の時間に合わせると、しばらくして大時計はゆっくりと時を刻み始めたのだった。
「よくわからないけど、おめでとう」
「なんだ。プロポーズか?」
お客様達が口々にそう言い、祝福の拍手を二人に向けたり、茶化した野次のように口笛を吹き鳴らす。
「そうです。お客様達の皆様は本日、この二人の証人となったことでしょう。どうか二人が末永く、良い関係となりますようにお祈りくださいませ」
わざとらしく大仰に言ってのける私に、お客様達は盛大に祝いの言葉などをアンジュ達へと向けてくれていた。
まだはっきりと婚約が決まったわけではないが、実質的に同じだろうと私は思う。きっと二人ならばこのまま同じゴールへとたどり着くだろう。
突然のお祝いに包まれたアンジュ達も、とても恥ずかしそうに身をよじらせながらも、まんざらでもないような笑顔を浮かべていたのだった。
そうしてまるで結婚式でもあったかのような手厚い祝福も終え、ヴェルは一足先に荷物をこしられて旅館をチェックアウトした。
その頃にはもう陽も傾き始めていたが、玄関先にはロロやジュノス達が竜馬を用意して待ってくれていた。
「ありがとう、オカミさん」
「だから女将じゃないって」
「ははっ、わかっています。でも――」
荷物を積み込んで竜馬の馬車から顔を出したヴェルが、私に耳打ちするように言う。
「いつかはオカミさんになるんでしょう?」
「……さあ、どうかしら」
「また来ます」
「ええ、待っているわ」
最後まで柔らかな笑みを浮かべたまま、そうしてヴェルは、ロロが同乗する竜馬の客車に揺られて走り去っていってしまったのだった。
「見送らなくてよかったの?」
旅館で一人、外にすら出ずにロビーに腰掛けていたアンジュに私は声をかける。
振り返った彼女の瞳は、とても生き生きと輝いていた。
「どうせすぐ、会おうと思ったら会えるもの。お父様が外出を許してくれなくてもあの人はきっと会いに来てくれるし、私も勝手に抜け出して会いに行くわ。お姉様のように。ね、そうでしょ?」
剛胆にそう言い切った妹に、姉ながら私は頼もしくなったものだと感心して微笑んだ。
「そうね」
「うん」
アンジュは咲き誇るような眩しい笑顔を浮かべてそう言うと、目の前にそびえ立つ大時計を見やる。
とても綺麗な装飾がつけられ、目を奪われるほどの輝きが彫金された金具からあふれ出る。振り子の揺れる足下につけられた幸運の花の細工と共に、彼女の手元に置かれた幸運を運ぶ一羽の鳩の鉄細工が並ぶ。
二人の幸せがそこに刻まれたよう。
それらをアンジュは眺めながら、満足そうにはにかんでいたのだった。
大時計の針は、それからもゆっくりと、止まることなく時を刻み続けていく。
もう二人は大丈夫だろう。
もともと勝手に築き上げていった絆なのだ。ほんのちょっとのことで綻んだところで、お互いがその気になればすぐに結び直すことはできる。
すっかり調子を取り戻したみたいに会話を弾ませながら並ぶ姿は、背格好こそ親子のように差があるが、見るからに仲睦まじく思えた。
「これで一件落着ね……あ、そうだ」
ふと私はあることを思いつき、二人を強引に引っ張っていった。
連れてきたのは、修理さればかりの大時計だ。まだ動いていないその大時計の前に二人を並ばせる。
「告白してちょうだい」
「……え?」
アンジュとヴェルの声が重なって返ってきた。
「大時計の前で誓うの。みんなに聞こえるようにね」
「なっ?! お、お姉様、なんでそんなことをしなくちゃならないの?」
「さすがにボクも恥ずかしい、かな」
ロビーには、クッキーで集まった子供達こそすでに帰ってはいるものの、宿泊客はまだ数名残っている。各々にくつろぎ、ゆったりと時間を過ごしていた。
そんな彼らの前で私は強要している。
「いいから」
「いいって、お姉様ぁ……」
「ヴェル。貴方は私に、協力してもらった恩義があるでしょ」
どれくらいあるかはわからないが、とりあえずそう言ってみる。
すると律儀で真面目なヴェルは、観念した風に肩を落として頷いた。
「ヴェ、ヴェル?!」
たじろぐアンジュを前に、ヴェルがかしずくように膝をつく。
「アンジュさん。改めて、ボクと共にこれからも一緒に歩んでいただけますか」
「え、ちょっと……」
突然かしこまってそう言いだしたヴェルに、同じロビーにいたお客様達もなにごとかと視線を向ける。
「どうですか、アンジュさん」
笑顔で答えを催促するヴェルに、アンジュは困ったように眉をしかめさせる。こんな衆人環視の前で堂々としている彼の正気を疑うように。
気づけばアンジュの顔はさっきよりも真っ赤で、今にも茹で上がりそうなほどに上気させていた。
しかし逃げられないとやがて観念したのだろう。
「……はい」
そう言ってアンジュが手を差し出すと、ヴェルはその小さな手の甲に短く口づけをしたのだった。
その光景に、見ていたお客様達もざわついて沸き立つ。
「二人の誓いは私が――そしてこの大時計が見届けたわ。この大時計が時を刻み続ける限り、二人は末永く幸せに暮らすことでしょう」
そう言って私が大時計の針を今の時間に合わせると、しばらくして大時計はゆっくりと時を刻み始めたのだった。
「よくわからないけど、おめでとう」
「なんだ。プロポーズか?」
お客様達が口々にそう言い、祝福の拍手を二人に向けたり、茶化した野次のように口笛を吹き鳴らす。
「そうです。お客様達の皆様は本日、この二人の証人となったことでしょう。どうか二人が末永く、良い関係となりますようにお祈りくださいませ」
わざとらしく大仰に言ってのける私に、お客様達は盛大に祝いの言葉などをアンジュ達へと向けてくれていた。
まだはっきりと婚約が決まったわけではないが、実質的に同じだろうと私は思う。きっと二人ならばこのまま同じゴールへとたどり着くだろう。
突然のお祝いに包まれたアンジュ達も、とても恥ずかしそうに身をよじらせながらも、まんざらでもないような笑顔を浮かべていたのだった。
そうしてまるで結婚式でもあったかのような手厚い祝福も終え、ヴェルは一足先に荷物をこしられて旅館をチェックアウトした。
その頃にはもう陽も傾き始めていたが、玄関先にはロロやジュノス達が竜馬を用意して待ってくれていた。
「ありがとう、オカミさん」
「だから女将じゃないって」
「ははっ、わかっています。でも――」
荷物を積み込んで竜馬の馬車から顔を出したヴェルが、私に耳打ちするように言う。
「いつかはオカミさんになるんでしょう?」
「……さあ、どうかしら」
「また来ます」
「ええ、待っているわ」
最後まで柔らかな笑みを浮かべたまま、そうしてヴェルは、ロロが同乗する竜馬の客車に揺られて走り去っていってしまったのだった。
「見送らなくてよかったの?」
旅館で一人、外にすら出ずにロビーに腰掛けていたアンジュに私は声をかける。
振り返った彼女の瞳は、とても生き生きと輝いていた。
「どうせすぐ、会おうと思ったら会えるもの。お父様が外出を許してくれなくてもあの人はきっと会いに来てくれるし、私も勝手に抜け出して会いに行くわ。お姉様のように。ね、そうでしょ?」
剛胆にそう言い切った妹に、姉ながら私は頼もしくなったものだと感心して微笑んだ。
「そうね」
「うん」
アンジュは咲き誇るような眩しい笑顔を浮かべてそう言うと、目の前にそびえ立つ大時計を見やる。
とても綺麗な装飾がつけられ、目を奪われるほどの輝きが彫金された金具からあふれ出る。振り子の揺れる足下につけられた幸運の花の細工と共に、彼女の手元に置かれた幸運を運ぶ一羽の鳩の鉄細工が並ぶ。
二人の幸せがそこに刻まれたよう。
それらをアンジュは眺めながら、満足そうにはにかんでいたのだった。
大時計の針は、それからもゆっくりと、止まることなく時を刻み続けていく。
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