3 / 69
○1章 手汗魔王と旅立ちの朝
-2 『獣人の少女に出会いました』
しおりを挟む
結局、どこに連れて行かれるのかもわからないまま、ボクはエイミという少女についていくことになった。
怪しいけれど、ずっと森で引き篭もっているよりはいいのかもしれない。
なにより、沢山の人が住む『町』を訪れるのは生まれて初めてで、行き交う人々の喧騒や大きな家屋が並ぶ様子に、ボクは目を輝かせながらひたすら圧倒されていた。
「ここはカイックという町よ。昔は金属の採掘が多く行われていて、鉄鋼業が栄えていたらしいわ」
エイミに手を引かれて町を訪れたボクは、そんな説明も耳に入らないほど、目新しいいろんなことに没入していた。
「すごいね。人がいっぱいいるよ」
「ここはまだ中規模なほうよ」
「そうなんだ。町に入ったのって初めてだから」
ねずみ色のとんがり頭が特徴的な山の麓にあるこのカイックという町は、建物の色合いこそ地味ではあるが、夕暮れ前だというのに随分と活気付いていた。
町ではそれが当たり前なのだと思って眺めていたが、どうやら違うらしい。
「相変わらず、仕事が終わる時間でもないのに呑んだくれてる人の多い町ね」
呆れ調子にエイミは言う。
その視線の先は、人で溢れかえっている酒屋だった。
まだ日も高いのに、大きなジョッキを片手に飲めや歌えやの大騒ぎ。喧騒と酒の臭いが町の入り口にまで届いてくるほどだった。
そんな呑んだくれる客達に呼ばれ、店員が酒を追加していく。
その店員は彼らとは違い、みんな獣の耳や尻尾が生えていた。
獣人。
ずっと昔は人間達の奴隷として迫害されていた歴史を持つ種族だ。
今ではその制度も廃止され、獣人にも一般的な権利を与えられていることはボクでも知っている。
けれどこの町は、酒屋だけでなく他の店すら、働いているのは獣人ばかりだった。人間はみんな仕事もせずに酒を飲んだりしているようだ。
「この町は元々鉱山だったから、昔から獣人による奴隷労働の多かったところなの。今はその制度はなくなったけれど、働き口をなくした獣人を助ける意味でも、人間が彼らを雇用して働かせる資本主義が発展した町なの」
「へえ、そうなんだ。だから獣人の人ばかり働いてるんだね」
「支払われる金額も悪くはないらしいわ」
「へえ、いいね」
「まあ、良いとは一概には言いきれないらしいけれど」
「え?」
どこか含みのあるエイミの言葉に首をかしげていると、
「ひゃああああ!」
と唐突に悲鳴が聞こえた。
かと思った瞬間、背後で物凄い金属音が響く。
町の人たちは驚いてその音の方へ顔を向けたが、それを確認すると「またか」と苦笑して視線を戻していた。
なんだろうと思って振り返ってみると、一人の女の子が、盛大に籠の中の大量の鍋を道にぶちまけ、前のめりに倒れこんでいた。
受身も取らず顔面からだ。すごく痛そう。
「大丈夫?」と思わず駆け寄ろうとしたが、エイミと手を繋いでいるせいで、腕がピンと張られて届かなかった。
さすがに町中で手を離すわけにはいかない。
もしそうすれば、制御できない無差別なオーラが通行人たちを殺してしまうだろう。
エイミがやっと歩み寄る。
「随分と派手に倒れたわね」
そう言って、転んだ少女を起き上がらせた。
「えへへ。すみませんです」と笑いながら立ち上がった少女は、やや黄色がかった茶色の髪から二つの触覚のように狐耳が突き出ている、獣人の女の子だった。
ふさふさの丸い尻尾がぴょこぴょこ犬のように大きく揺れる。小麦色の肌と、耳と尻尾の先が微かに白いのが特徴的だ。
ボクやエイミと同じくらいの年齢だろうか。
エイミは十六歳と言っていた。おそらくその前後だろう。
獣人少女は気恥ずかしそうにはにかみ、継ぎ接ぎのボロ布でできた服の土埃をはたいた。
その間に、ボクも空いた手で転がった鍋たちを籠に戻していく。
「申し訳ありません、見ず知らずなのに」
「いいのよ。それにしても大荷物ね」
「はい。これを運ばないといけないのでございますです」
落ちた鍋を全て拾いきって、少女がまた胸に抱える。
彼女の顔を隠すほどには大きな籠いっぱいの鍋だ。
歩きづらそうだし、重さだって相当なものだろう。
「大丈夫なの?」とボクが尋ねると、少女は、
「大丈夫なのですよ。ちょっと疲れてただけなのでございますです」と気前よく笑顔を作って頷いて見せた。
そうして彼女はまた深くお辞儀をすると、物凄い速さで走っていったのだった。
怪しいけれど、ずっと森で引き篭もっているよりはいいのかもしれない。
なにより、沢山の人が住む『町』を訪れるのは生まれて初めてで、行き交う人々の喧騒や大きな家屋が並ぶ様子に、ボクは目を輝かせながらひたすら圧倒されていた。
「ここはカイックという町よ。昔は金属の採掘が多く行われていて、鉄鋼業が栄えていたらしいわ」
エイミに手を引かれて町を訪れたボクは、そんな説明も耳に入らないほど、目新しいいろんなことに没入していた。
「すごいね。人がいっぱいいるよ」
「ここはまだ中規模なほうよ」
「そうなんだ。町に入ったのって初めてだから」
ねずみ色のとんがり頭が特徴的な山の麓にあるこのカイックという町は、建物の色合いこそ地味ではあるが、夕暮れ前だというのに随分と活気付いていた。
町ではそれが当たり前なのだと思って眺めていたが、どうやら違うらしい。
「相変わらず、仕事が終わる時間でもないのに呑んだくれてる人の多い町ね」
呆れ調子にエイミは言う。
その視線の先は、人で溢れかえっている酒屋だった。
まだ日も高いのに、大きなジョッキを片手に飲めや歌えやの大騒ぎ。喧騒と酒の臭いが町の入り口にまで届いてくるほどだった。
そんな呑んだくれる客達に呼ばれ、店員が酒を追加していく。
その店員は彼らとは違い、みんな獣の耳や尻尾が生えていた。
獣人。
ずっと昔は人間達の奴隷として迫害されていた歴史を持つ種族だ。
今ではその制度も廃止され、獣人にも一般的な権利を与えられていることはボクでも知っている。
けれどこの町は、酒屋だけでなく他の店すら、働いているのは獣人ばかりだった。人間はみんな仕事もせずに酒を飲んだりしているようだ。
「この町は元々鉱山だったから、昔から獣人による奴隷労働の多かったところなの。今はその制度はなくなったけれど、働き口をなくした獣人を助ける意味でも、人間が彼らを雇用して働かせる資本主義が発展した町なの」
「へえ、そうなんだ。だから獣人の人ばかり働いてるんだね」
「支払われる金額も悪くはないらしいわ」
「へえ、いいね」
「まあ、良いとは一概には言いきれないらしいけれど」
「え?」
どこか含みのあるエイミの言葉に首をかしげていると、
「ひゃああああ!」
と唐突に悲鳴が聞こえた。
かと思った瞬間、背後で物凄い金属音が響く。
町の人たちは驚いてその音の方へ顔を向けたが、それを確認すると「またか」と苦笑して視線を戻していた。
なんだろうと思って振り返ってみると、一人の女の子が、盛大に籠の中の大量の鍋を道にぶちまけ、前のめりに倒れこんでいた。
受身も取らず顔面からだ。すごく痛そう。
「大丈夫?」と思わず駆け寄ろうとしたが、エイミと手を繋いでいるせいで、腕がピンと張られて届かなかった。
さすがに町中で手を離すわけにはいかない。
もしそうすれば、制御できない無差別なオーラが通行人たちを殺してしまうだろう。
エイミがやっと歩み寄る。
「随分と派手に倒れたわね」
そう言って、転んだ少女を起き上がらせた。
「えへへ。すみませんです」と笑いながら立ち上がった少女は、やや黄色がかった茶色の髪から二つの触覚のように狐耳が突き出ている、獣人の女の子だった。
ふさふさの丸い尻尾がぴょこぴょこ犬のように大きく揺れる。小麦色の肌と、耳と尻尾の先が微かに白いのが特徴的だ。
ボクやエイミと同じくらいの年齢だろうか。
エイミは十六歳と言っていた。おそらくその前後だろう。
獣人少女は気恥ずかしそうにはにかみ、継ぎ接ぎのボロ布でできた服の土埃をはたいた。
その間に、ボクも空いた手で転がった鍋たちを籠に戻していく。
「申し訳ありません、見ず知らずなのに」
「いいのよ。それにしても大荷物ね」
「はい。これを運ばないといけないのでございますです」
落ちた鍋を全て拾いきって、少女がまた胸に抱える。
彼女の顔を隠すほどには大きな籠いっぱいの鍋だ。
歩きづらそうだし、重さだって相当なものだろう。
「大丈夫なの?」とボクが尋ねると、少女は、
「大丈夫なのですよ。ちょっと疲れてただけなのでございますです」と気前よく笑顔を作って頷いて見せた。
そうして彼女はまた深くお辞儀をすると、物凄い速さで走っていったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる