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○1章 手汗魔王と旅立ちの朝
-11『少女のピンチです』
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「よかったのかな、あのままで」
傷だらけになっていた獣人の店主をそのままに、ボクたちはまた元の道へ戻っていた。
「自分でその境遇を受け入れているのだもの。私たちの関わる問題じゃないわ」
「そう、なのかな」
「そうよ。人間一人が見れる面倒は一人まで。他人の世話なんて見てられないわ」
「そっか。そうだよね」
「この町に雇われている獣人はまだマシな方だとも聞くわ。獣人の奴隷売買は今でも裏で続いているって耳にするし」
「そう、なんだ」
「拒める自由がある分、雇用関係というのは良いものね」
「うん。そうだね」
頷くボクに、エイミは呆れたような顔で呟いた。
「拒めるものなら、だけどね」と。
ボクの頭にはまだ、あの蹴られていた獣人の店主が頭から離れていなかった。
もやもやした感情を押し殺しながら歩いていると、
「大変だ!」
不意に大声が静かな夜の町を騒がせた。
傍にいた住民たちが何事かと声の方向を探って周囲を見回しはじめる。
同じように騒ぎを聞きつけたのか、民家の窓から顔を覗かせる住人達もいる。
そんな彼らの視線に導かれるように路地を駆けていくと、町外れの小さな広場に人だかりが出来ていた。
「いったい何の騒ぎなの」
まばらに集まった人を避けつつ、その中心にボクたちも向かう。
周囲の視線を一身に受けたその先に、大きな巨躯を持った何かがいた。
そこにいたのは魔獣だった。
犬のような外見だが、その数倍は大きく、鋭い牙と爪を持っている。
ぎらぎらと焼けるような赤い瞳に、鋼のように鋭い黒い体毛。唸る声は地鳴りのように低く、重たく鼓膜を揺らしてくる。
その巨大な獣は、巻かれた首輪についた鎖が断ち切れており、なににも拘束されていない状態だった。
「どうして魔獣がこんなところに」
さすがのエイミも驚きを隠せないでいた。
魔獣と呼ばれる生き物は、家畜や愛玩動物とは違い、魔力によって異常な進化を遂げた動物の総称だ。普通は人の手が及ばない遥か奥地に生息していて、一般的な平民が出くわすことはまず無い。せいぜい旅人が街道に迷い出た魔獣に遭遇してしまう程度だ。
そんな稀有な生き物が町の中にいるという異常に、エイミも、町の住人たちも激しい動揺を浮かべていた。
「おいおい、やばいんじゃないかこれ。魔獣って人を喰らうんだろ」
誰かが言う。
その声に、更に大きなどよめきが走った。
そんな中、一際大きな声が響く。
「早くワシのワッフーを捕らえんか。お前達の仕事だろう」
その声の主は、少し距離をとった所で眺めている小太りの中年の人間だった。随分と高価そうな服を着ていて、首や手には多くの宝石が巻かれている。見るからの金持ちそうな男である。
そんな彼の前には数人の獣人の姿。縄や鍬などを構え、魔獣と相対してる。おそらく彼に雇われている人たちだろう。
「どうやらあの男が飼ってる魔獣が脱走したようね」
「ええっ、飼ってるの?」
「一部の富豪が権力の誇示のために、辺境からわざわざ捕まえて連れてきてるっていうのは聞いたことがあるわ」
「そんな理由で町の中に連れてきたなんて」
獰猛な魔獣は人間すら襲う。それに非常に力強く、剣を立てても簡単には刺さらないほどに強靭な肉体を持っている。
今でこそ警戒して威嚇しているだけだが、すぐにでも誰かに飛びつきそうなほどにいきり立っている様子だ。
魔獣を捉えようとしている獣人たちも、迂闊に近づけずに尻込みしている。
しかし、一向に動きを見せないことに焦れてか、雇った獣人たちに叱責の声を投げ続けていた。
「何をやっとるか。さっさとワッフーを捕まえるのだ!」
「そ、そうは言っても。なあ……」
行きたくても、食べられるかもしれないという恐怖心が彼らの表情からひしひしと伝わってくる。
獣人たちは揃って屈強な体つきをしているが、目の前の猛獣に比べれば赤子のようなものだ。
「さっさと行くんのだよ! なんのためにお前達を雇っていると思っているのだ」
「無理ですってばご主人。こんな怪物、ただの使用人の俺達になんて」
「ワッフーの世話役として雇ってるんだからお前達がなんとかするのは道理だろうが。どうせ逃げたのも、お前達がいい加減な仕事をして管理を怠ったせいなのだろう」
「ち、違いますよ。たまたま鎖が老朽化してたみたいで――うわぁっ!」
雇い主の男と話をしていて注意を削いでいた獣人の一人に、ついに魔獣が襲い掛かった。
「うわああああっ!」と獣人の男の悲鳴が上がる。
その叫びに、周囲の野次馬達は驚き、大慌てに立ち去っていく。
「た、たすけてくれ」と他の獣人に頼るが、魔獣の鋭い牙が彼の胴に深く噛み付いているのを見て、他の連中はみんな恐怖に腰を抜かしてしまっていた。
「な、なにをやっとる! お前ら、さっさと捕まえい!」
離れたところで指示を出すだけの雇い主に急かされ、獣人たちがやっと魔獣へ立ち向かう。
襲われた仲間を助けるように、鍬で魔獣の顔を突く。
しかし切っ先はまったくその皮膚を貫けず、むしろ反感を買ってしまった。
――ぐおおおおおっ!
咆哮が響き、続いて他の獣人に襲い掛かる。
獣人は魔獣になすすべなく組み伏され、首元をに爪を立てられて絶叫の声を漏らしていた。
大惨事である。
それはもう、あっという間の出来事だった。
気が付けば、魔獣を囲おうとしていた獣人数人が、瞬く間に傷つき倒れこんでしまっていた。
「こ……この給料泥棒どもめが」
制圧し、魔獣の視線が今度は雇い主へと向けられる。
目が合い、
「フゴォッ!」とみっともない声が彼から漏れる。
そして慌ててあたりを見渡すと、
「お、おい。お前。お前も雇われ者ならばワシを守らんか」
そう言って傍にいた従者の少女へと怒鳴り散らした。
「は、はいっ!」と上擦った声を上げたその従者を見て、ボクとエイミが同時に目を見開く。
「リリオ!」
小太りの雇い主の傍に侍っていたのは、ボクたちのよく知る獣人少女だった。
「よく失敗をするお前のことだ。もしかして、ワシの可愛いワッフーが逃げたのもお前のミスのせいなんじゃあないのか」
「そ、そんなこと……」
「口答えはいいわい! さっさとどうにかせい!」
怒鳴られ、リリオは怯えた風に肩を縮こまらせる。
「リリオの雇い主があの男なのね」
「そうみたいだね。でも、このままじゃ」
リリオまで魔獣に襲われかねない。
彼女は雇い主にきつく怒鳴られ、その華奢な身体で前に出されようとしていた。
みすぼらしいボロ布の服に、手には箒しか持っていない。とてもその細腕で魔獣をどうこうできるはずもないだろう。
しかし雇い主の男はまったくそれを考慮せず、
「お前も獣人なのだろう! 高い金を払ってるんだ。ワシの盾にならんか!」と無理を言われている。
リリオを壁にしてその隙に逃げるつもりだろうか。
あまりに理不尽だとわかっているはずなのに、しかしリリオも、それを拒否しないでいる。足を震わせながら、涙を目尻に浮かべ、箒を片手にして魔獣の前に立ち塞がっていた。
まるで先ほどの酒場の店主の獣人と同じだ。
どれだけ理不尽な命令を受けても、それを断れない。
絶対的な雇用関係を信じているのだ。
それは獣人という種に根付く奴隷体質が原因なのか。
組み立てられた上下関係を絶対と思い込み、理不尽とわかっていても抗えない。
「……断る権利なんて、誰にだってあるはずなのに」
エイミが唇を噛み締める。
じりじりとリリオに歩み寄る魔獣。その牙が鈍色に光り、涎が滴り落ちる。
「……ひ、ひぃ」
鋭い眼光に睨まれ及び腰で震えるリリオを見て、さすがにボクも我慢が出来なくなる。
「エイミ」
「ええ」
声をかけると、すぐに彼女も返した。
「ボクたちが助けよう」
そう互いに頷きあい、飛び出そうとした時だった。
「ここは俺様の出番のようだな!」
威勢が良いような軽い声が響き、さっと人影がボクたちの前を遮った。
傷だらけになっていた獣人の店主をそのままに、ボクたちはまた元の道へ戻っていた。
「自分でその境遇を受け入れているのだもの。私たちの関わる問題じゃないわ」
「そう、なのかな」
「そうよ。人間一人が見れる面倒は一人まで。他人の世話なんて見てられないわ」
「そっか。そうだよね」
「この町に雇われている獣人はまだマシな方だとも聞くわ。獣人の奴隷売買は今でも裏で続いているって耳にするし」
「そう、なんだ」
「拒める自由がある分、雇用関係というのは良いものね」
「うん。そうだね」
頷くボクに、エイミは呆れたような顔で呟いた。
「拒めるものなら、だけどね」と。
ボクの頭にはまだ、あの蹴られていた獣人の店主が頭から離れていなかった。
もやもやした感情を押し殺しながら歩いていると、
「大変だ!」
不意に大声が静かな夜の町を騒がせた。
傍にいた住民たちが何事かと声の方向を探って周囲を見回しはじめる。
同じように騒ぎを聞きつけたのか、民家の窓から顔を覗かせる住人達もいる。
そんな彼らの視線に導かれるように路地を駆けていくと、町外れの小さな広場に人だかりが出来ていた。
「いったい何の騒ぎなの」
まばらに集まった人を避けつつ、その中心にボクたちも向かう。
周囲の視線を一身に受けたその先に、大きな巨躯を持った何かがいた。
そこにいたのは魔獣だった。
犬のような外見だが、その数倍は大きく、鋭い牙と爪を持っている。
ぎらぎらと焼けるような赤い瞳に、鋼のように鋭い黒い体毛。唸る声は地鳴りのように低く、重たく鼓膜を揺らしてくる。
その巨大な獣は、巻かれた首輪についた鎖が断ち切れており、なににも拘束されていない状態だった。
「どうして魔獣がこんなところに」
さすがのエイミも驚きを隠せないでいた。
魔獣と呼ばれる生き物は、家畜や愛玩動物とは違い、魔力によって異常な進化を遂げた動物の総称だ。普通は人の手が及ばない遥か奥地に生息していて、一般的な平民が出くわすことはまず無い。せいぜい旅人が街道に迷い出た魔獣に遭遇してしまう程度だ。
そんな稀有な生き物が町の中にいるという異常に、エイミも、町の住人たちも激しい動揺を浮かべていた。
「おいおい、やばいんじゃないかこれ。魔獣って人を喰らうんだろ」
誰かが言う。
その声に、更に大きなどよめきが走った。
そんな中、一際大きな声が響く。
「早くワシのワッフーを捕らえんか。お前達の仕事だろう」
その声の主は、少し距離をとった所で眺めている小太りの中年の人間だった。随分と高価そうな服を着ていて、首や手には多くの宝石が巻かれている。見るからの金持ちそうな男である。
そんな彼の前には数人の獣人の姿。縄や鍬などを構え、魔獣と相対してる。おそらく彼に雇われている人たちだろう。
「どうやらあの男が飼ってる魔獣が脱走したようね」
「ええっ、飼ってるの?」
「一部の富豪が権力の誇示のために、辺境からわざわざ捕まえて連れてきてるっていうのは聞いたことがあるわ」
「そんな理由で町の中に連れてきたなんて」
獰猛な魔獣は人間すら襲う。それに非常に力強く、剣を立てても簡単には刺さらないほどに強靭な肉体を持っている。
今でこそ警戒して威嚇しているだけだが、すぐにでも誰かに飛びつきそうなほどにいきり立っている様子だ。
魔獣を捉えようとしている獣人たちも、迂闊に近づけずに尻込みしている。
しかし、一向に動きを見せないことに焦れてか、雇った獣人たちに叱責の声を投げ続けていた。
「何をやっとるか。さっさとワッフーを捕まえるのだ!」
「そ、そうは言っても。なあ……」
行きたくても、食べられるかもしれないという恐怖心が彼らの表情からひしひしと伝わってくる。
獣人たちは揃って屈強な体つきをしているが、目の前の猛獣に比べれば赤子のようなものだ。
「さっさと行くんのだよ! なんのためにお前達を雇っていると思っているのだ」
「無理ですってばご主人。こんな怪物、ただの使用人の俺達になんて」
「ワッフーの世話役として雇ってるんだからお前達がなんとかするのは道理だろうが。どうせ逃げたのも、お前達がいい加減な仕事をして管理を怠ったせいなのだろう」
「ち、違いますよ。たまたま鎖が老朽化してたみたいで――うわぁっ!」
雇い主の男と話をしていて注意を削いでいた獣人の一人に、ついに魔獣が襲い掛かった。
「うわああああっ!」と獣人の男の悲鳴が上がる。
その叫びに、周囲の野次馬達は驚き、大慌てに立ち去っていく。
「た、たすけてくれ」と他の獣人に頼るが、魔獣の鋭い牙が彼の胴に深く噛み付いているのを見て、他の連中はみんな恐怖に腰を抜かしてしまっていた。
「な、なにをやっとる! お前ら、さっさと捕まえい!」
離れたところで指示を出すだけの雇い主に急かされ、獣人たちがやっと魔獣へ立ち向かう。
襲われた仲間を助けるように、鍬で魔獣の顔を突く。
しかし切っ先はまったくその皮膚を貫けず、むしろ反感を買ってしまった。
――ぐおおおおおっ!
咆哮が響き、続いて他の獣人に襲い掛かる。
獣人は魔獣になすすべなく組み伏され、首元をに爪を立てられて絶叫の声を漏らしていた。
大惨事である。
それはもう、あっという間の出来事だった。
気が付けば、魔獣を囲おうとしていた獣人数人が、瞬く間に傷つき倒れこんでしまっていた。
「こ……この給料泥棒どもめが」
制圧し、魔獣の視線が今度は雇い主へと向けられる。
目が合い、
「フゴォッ!」とみっともない声が彼から漏れる。
そして慌ててあたりを見渡すと、
「お、おい。お前。お前も雇われ者ならばワシを守らんか」
そう言って傍にいた従者の少女へと怒鳴り散らした。
「は、はいっ!」と上擦った声を上げたその従者を見て、ボクとエイミが同時に目を見開く。
「リリオ!」
小太りの雇い主の傍に侍っていたのは、ボクたちのよく知る獣人少女だった。
「よく失敗をするお前のことだ。もしかして、ワシの可愛いワッフーが逃げたのもお前のミスのせいなんじゃあないのか」
「そ、そんなこと……」
「口答えはいいわい! さっさとどうにかせい!」
怒鳴られ、リリオは怯えた風に肩を縮こまらせる。
「リリオの雇い主があの男なのね」
「そうみたいだね。でも、このままじゃ」
リリオまで魔獣に襲われかねない。
彼女は雇い主にきつく怒鳴られ、その華奢な身体で前に出されようとしていた。
みすぼらしいボロ布の服に、手には箒しか持っていない。とてもその細腕で魔獣をどうこうできるはずもないだろう。
しかし雇い主の男はまったくそれを考慮せず、
「お前も獣人なのだろう! 高い金を払ってるんだ。ワシの盾にならんか!」と無理を言われている。
リリオを壁にしてその隙に逃げるつもりだろうか。
あまりに理不尽だとわかっているはずなのに、しかしリリオも、それを拒否しないでいる。足を震わせながら、涙を目尻に浮かべ、箒を片手にして魔獣の前に立ち塞がっていた。
まるで先ほどの酒場の店主の獣人と同じだ。
どれだけ理不尽な命令を受けても、それを断れない。
絶対的な雇用関係を信じているのだ。
それは獣人という種に根付く奴隷体質が原因なのか。
組み立てられた上下関係を絶対と思い込み、理不尽とわかっていても抗えない。
「……断る権利なんて、誰にだってあるはずなのに」
エイミが唇を噛み締める。
じりじりとリリオに歩み寄る魔獣。その牙が鈍色に光り、涎が滴り落ちる。
「……ひ、ひぃ」
鋭い眼光に睨まれ及び腰で震えるリリオを見て、さすがにボクも我慢が出来なくなる。
「エイミ」
「ええ」
声をかけると、すぐに彼女も返した。
「ボクたちが助けよう」
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