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○4章 手汗魔王と繋いだ手
-3 『いま、ここにある幸せです』
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頬に暖かい感覚があることに気付いて、ボクはふと眠りから覚めた。
またエイミが寝ぼけて、今度は抱きつきでもしてきたのかと目を開ける。
だが、ボクの目の前に合ったのは、白く透き通るような細い手の甲だった。
それに頬ずりをするように、ボクの顔の前に持って抱え込んでしまっていた。
はっ、と顔を持ち上げる。
「この子どもは随分と甘えん坊さんね」
その抱きかかえた手の持ち主――エイミが、ベッドから起き上がり、嘲笑を浮かべながらボクを見下ろしていた。
「よっぽど怖い夢でも見たのかしら」
「あ、いや……これは、その」
ボクの全身から血の気が引いていくのがわかった。
「どうしたのかしら。随分と人肌恋しそうだったけれど。寂しい夢でも見たのかしら?」
茶化した風にエイミは言ってくる。真っ赤になったボクの顔を見てここぞとばかりに笑ってくる彼女はなんだか楽しそうだ。
「そんなに私の手をいじって、口許が寂しいのかしら? 指でも舐める?」
白く丸い彼女の親指を口に当てられ、その柔らかい感触にドキドキする。
「まだ慣れないのね……」
「え?」
「手汗」
「うわぁ?!」
またいつの間にか手汗がべとべとになってしまっていた。
「口に当てられたら誰だってこうなるよ」
手汗はひどくはならないかもだけど。
そんな下らないやりとりをしているところに、リリオがドアをノックしてやってきた。
「お嬢様、アンセル様、朝食のご用意ができましたですよ」
「わらわはもうお腹が空いたのじゃ!」
リリオのしっぽに抱きつきながらミレーナも顔を出す。
ボードの町での騒ぎから二日。
ボクたちは新しい町の宿屋でひとまずの休息をとっていた。ボクの体力が回復しきるよう念のためと、パーシェルが天使族の長老へ今回の件を報告に行くための暇だった。
さすがに調停者である天使族としては放ってはおけない事態だったのだろう。
全ては偶然ではあるが、大規模な反乱を初期に食い止めということで、パーシェルはまた天使族の仲間から大手柄を褒められたらしい。
ミレーナも、国家騎士団やボードの町に居合わせた傭兵たちの間で「凄腕の幼女魔術師が町を救った」なんて騒がれて、随分と鼻高々としていたくらいだ。
けれどもボクとしては大事にして目立ちたくないので、事件の後はそそくさと別の町に逃げてきたのだった。
部屋で簡単に着替えを済ませ、宿の食堂に向かう。
そこにはいつの間にか天使族の集会から戻っていたパーシェルが、ナイフとフォークを片手に口を尖らせて待ちくたびれていた。
「もー、みなさん遅いですよー。待ちくだびれてお腹がぐうすかぐーですよー」
腹の虫を元気に鳴らし、子供のように身体を揺らして椅子に座っている。
ボクを監視に来たという目的を彼女は果たして覚えているのだろうか。そう思ってしまうほどに抜けた顔だ。
すっかりボクたちの一員という風になっているけれど、まあ面白いし、他のみんなも自然と受け入れていた。
みんな揃って朝食をいただく。
パンにスープ。それにあっさりと薄く味付けられた野菜の煮付け。色合いこそ質素なものだが、手作り感もあってなかなかに美味しい。
「あれーアンセルさん、お箸の使い方が下手ですねー。百年に一度の下手くそとおじい様に言われたパーシェルよりもずっと下手です」
不慣れな左手で食事を取るボクを横目に見て、パーシェルがくすくすと笑む。
「お姉さんであるパーシェルが食べさせて上げましょうか。ほら、あーんですよ。おっとと、つい手が滑ってパーシェルの口に」
「あ、ちょっと。ボクのご飯!」
「すみません。これも神の御意思ということで」
「意味がわからないよ」
咄嗟にパーシェルの皿から、盗られた彼女の分の食べ物を奪い返す。それを口に運んで噛み締めると、パーシェルが「ひゃあああパーシェルのご飯んん!」と悲鳴を上げて泣きだしていた。
とんでもない食い意地だ、この天使。
そんなボクたちの机の向かいには、隣り合って座ったリリオとミレーナ。
「ミレーナちゃん、スープが口の周りから垂れてますですよ。お口拭き拭きしますですか」
「や、やめるのじゃ。一人でできる。わらわを子供扱いするでない!」
リリオはなにかと理由をつけてミレーナを撫でたり甘やかしたりしようとしている。その度にミレーナが嫌がって大騒ぎするのが決まった流れだ。
ここ最近、彼女たちのおかげで賑やかさには事欠かない。
そんなボクたち四人を見て、静かに食事を続けていたエイミがふと微笑をこぼしていた。
「どうしたの、エイミ?」
「いいえ……」
彼女の目尻が蕩けたように優しく下がる。
「なんだかいいな、って思っただけよ」
本当にそうだと、ボクも思った。
久しぶりに思い出した夢の中の暗い昔話も、すっかり記憶の隅に忘れ去ってしまえるくらい、ボクはこの騒がしさに落ち着きを覚えていた。
またエイミが寝ぼけて、今度は抱きつきでもしてきたのかと目を開ける。
だが、ボクの目の前に合ったのは、白く透き通るような細い手の甲だった。
それに頬ずりをするように、ボクの顔の前に持って抱え込んでしまっていた。
はっ、と顔を持ち上げる。
「この子どもは随分と甘えん坊さんね」
その抱きかかえた手の持ち主――エイミが、ベッドから起き上がり、嘲笑を浮かべながらボクを見下ろしていた。
「よっぽど怖い夢でも見たのかしら」
「あ、いや……これは、その」
ボクの全身から血の気が引いていくのがわかった。
「どうしたのかしら。随分と人肌恋しそうだったけれど。寂しい夢でも見たのかしら?」
茶化した風にエイミは言ってくる。真っ赤になったボクの顔を見てここぞとばかりに笑ってくる彼女はなんだか楽しそうだ。
「そんなに私の手をいじって、口許が寂しいのかしら? 指でも舐める?」
白く丸い彼女の親指を口に当てられ、その柔らかい感触にドキドキする。
「まだ慣れないのね……」
「え?」
「手汗」
「うわぁ?!」
またいつの間にか手汗がべとべとになってしまっていた。
「口に当てられたら誰だってこうなるよ」
手汗はひどくはならないかもだけど。
そんな下らないやりとりをしているところに、リリオがドアをノックしてやってきた。
「お嬢様、アンセル様、朝食のご用意ができましたですよ」
「わらわはもうお腹が空いたのじゃ!」
リリオのしっぽに抱きつきながらミレーナも顔を出す。
ボードの町での騒ぎから二日。
ボクたちは新しい町の宿屋でひとまずの休息をとっていた。ボクの体力が回復しきるよう念のためと、パーシェルが天使族の長老へ今回の件を報告に行くための暇だった。
さすがに調停者である天使族としては放ってはおけない事態だったのだろう。
全ては偶然ではあるが、大規模な反乱を初期に食い止めということで、パーシェルはまた天使族の仲間から大手柄を褒められたらしい。
ミレーナも、国家騎士団やボードの町に居合わせた傭兵たちの間で「凄腕の幼女魔術師が町を救った」なんて騒がれて、随分と鼻高々としていたくらいだ。
けれどもボクとしては大事にして目立ちたくないので、事件の後はそそくさと別の町に逃げてきたのだった。
部屋で簡単に着替えを済ませ、宿の食堂に向かう。
そこにはいつの間にか天使族の集会から戻っていたパーシェルが、ナイフとフォークを片手に口を尖らせて待ちくたびれていた。
「もー、みなさん遅いですよー。待ちくだびれてお腹がぐうすかぐーですよー」
腹の虫を元気に鳴らし、子供のように身体を揺らして椅子に座っている。
ボクを監視に来たという目的を彼女は果たして覚えているのだろうか。そう思ってしまうほどに抜けた顔だ。
すっかりボクたちの一員という風になっているけれど、まあ面白いし、他のみんなも自然と受け入れていた。
みんな揃って朝食をいただく。
パンにスープ。それにあっさりと薄く味付けられた野菜の煮付け。色合いこそ質素なものだが、手作り感もあってなかなかに美味しい。
「あれーアンセルさん、お箸の使い方が下手ですねー。百年に一度の下手くそとおじい様に言われたパーシェルよりもずっと下手です」
不慣れな左手で食事を取るボクを横目に見て、パーシェルがくすくすと笑む。
「お姉さんであるパーシェルが食べさせて上げましょうか。ほら、あーんですよ。おっとと、つい手が滑ってパーシェルの口に」
「あ、ちょっと。ボクのご飯!」
「すみません。これも神の御意思ということで」
「意味がわからないよ」
咄嗟にパーシェルの皿から、盗られた彼女の分の食べ物を奪い返す。それを口に運んで噛み締めると、パーシェルが「ひゃあああパーシェルのご飯んん!」と悲鳴を上げて泣きだしていた。
とんでもない食い意地だ、この天使。
そんなボクたちの机の向かいには、隣り合って座ったリリオとミレーナ。
「ミレーナちゃん、スープが口の周りから垂れてますですよ。お口拭き拭きしますですか」
「や、やめるのじゃ。一人でできる。わらわを子供扱いするでない!」
リリオはなにかと理由をつけてミレーナを撫でたり甘やかしたりしようとしている。その度にミレーナが嫌がって大騒ぎするのが決まった流れだ。
ここ最近、彼女たちのおかげで賑やかさには事欠かない。
そんなボクたち四人を見て、静かに食事を続けていたエイミがふと微笑をこぼしていた。
「どうしたの、エイミ?」
「いいえ……」
彼女の目尻が蕩けたように優しく下がる。
「なんだかいいな、って思っただけよ」
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久しぶりに思い出した夢の中の暗い昔話も、すっかり記憶の隅に忘れ去ってしまえるくらい、ボクはこの騒がしさに落ち着きを覚えていた。
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