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覇権争い

首脳

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2017年12月4日 学園千葉にて。
「この会談には全く意味が無いわ。強いていうなら時間稼ぎ。あいつらだって最後通牒を出した以上は引き下がれない。それを理解した上で茶番を繰り広げるわよ。」
美咲は近衛として未来を引き連れて、学園本校との首脳会談をしようとしていた。東京で会談をすることは一種の外交的屈服であり、横浜で行うのは論外。どちらにも着きそうにもない学園千葉にて、東京の首脳、アーサーを待つ。
「…時間通りに来ないね。」
「よくあることよ。精神的余裕はこっちにあると見せつけたいんでしょ。」
未来は美咲との仲は取り持ったとは言え、なんとも微妙な関係ではある。気まずい時間がしばし続き、予定時刻を1時間を超えた辺りで彼らはやってきた。
「おぉ、いやいや済まないですな。すこし遅れてしまったようだ。久しぶりですなぁ、高橋さん。会長就任おめでとうございます。」
「恐縮極まるわ。さて、社交辞令はこれまでにして、単刀直入に言うわ。こちらは譲歩する準備がある。イリイチとイリーナのうち、イリイチは差し出してもいい。」
美咲はなんとも嫌味な笑顔でイリイチを差し出すと言う。実際差し出してもいいものであるのだが。
「…おいおい、舐めてんのか?2人居なきゃ意味無いでしょうが。そういうのは譲歩とは言わないですよ。そちらさんは自分たちの手じゃ操れない超能力者を本校に投げようとしているだけだ。それにイリイチはイリーナのだ。本校としてはイリーナのほうが重要なのでね。」
よくもここまで本音で言えるものだ。あくまで会長同士の会談は対等な筈なのに。こうなると仕方がない。
「…じゃあ、イリーナを差し出せば圧力をかけるのはやめてくれると?」
「そういうことですなぁ。私とイリイチの問題はこの際どうでもいい。本校会長として、こういう背徳行為を許す訳にはいかないんでねぇ!」
アーサーの言っていることは当然嘘だ。イリーナを確保するのは容易だろうが、そうすればイリイチは東京まで取り返しに向かう。そこで逮捕して彼の復讐を成し遂げればいい。見え透いた嘘の前に美咲も流石に乾いた笑いが出てくる。
「やはりジョンブル英国人紳士のジョークは一流ですな。ま、それが本音だとすれば、我々も少し考えざるを得ない。…そして。」
美咲は息を吸い込む。吸い込んだ息の割には大きくはなく、だが確実にドスの効いた声で口を開く。
「あんまり横浜を舐めないで頂きたい。我々が他の学園のように看板だけで屈服すると思ったら大間違いだ。」
「…随分と啖呵を切ってくれたじゃあないか。私は今まで貴方を理想主義者だと軽く見ていたが、考えを改めよう。そして、懲罰大隊に送り込まれてもそんな啖呵を切れるかどうかを見させて貰おうか…!」
不気味な笑いが2人に生じる。共に会長として生徒を死地に送り込む覚悟はとうの昔に済んでいる。そしてそれに敗れて懲罰大隊に送り込まれる覚悟もだ。
「ま、茶番なのは分かっていた。こちらとしてはイリーナだけでも確保すれば勝利だがな。簡単には引っかからないか。」
阿部もアーサーも外交的茶番であることを理解した上でわざわざ千葉まで来たのだ。総長の意向が強いものの、少しでも解決の糸口が見つかればと思っていた。そして、これは茶番劇では終わらないのだ。
「……まさか!」
同時期に東京では、横浜が根拠を確保するために行動が進んでいた。
「学園東京第2校と学園横浜は攻守同盟を結びました!!ついで学園埼玉も中立を維持するとの事です!!さらに…!」
アーサーの電話先からは悲痛な叫びが聞こえてくる。もはや嗚咽にも近い叫びはさらなる困難を告げてくる。
「学園兵庫は学園横浜と相互援助条約を結びました!!!1部の情報筋によると、自動参戦義務があるとのことです!!!」
アーサーと阿部はそれを聞いて頭を抱えた。東京本校には、横浜と第2校と本校に匹敵する伝統がある兵庫を相手にする余裕は、ない。
「アーサー会長殿!困難なときでも諦めないでくださいねぇ!!」
美咲の大声の煽りと高笑いに対応出来ないほどに、アーサーの余裕は音を立てて崩れ去った。
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