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覇権争い

失敗

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「よぉ、改まってどうしたんだ?リーコン。」
よりにもよって1番裏切ることを心配していなかった人間に裏切られたという事実はリーコンを激昴させるには十分だった。学園横浜が大きく動いている中、本来なら職場に居なくてはならない会長代理を、委員長が呼び出すという事態は並大抵のことではない。
「イリイチのことだよ!記憶喪失だぁ?ふざけてんのか?それを報告しねぇことも、それを対処しねぇこともだよ!」
医者が意地をかけて護っていたイリイチとイリーナの秘密は本来なら日の目を見ることも無く、消え去っていたのだろう。なまじ優秀なリーコンはそれを見逃すことが出来なかった。
「あぁ、そうだな。ふざけてる。もう知っているならいいか…。端的に言うとイリイチのシックス・センスは大幅弱体化。イリーナはそんなのことを放っては置けない。本校が2人の身柄を要求した時には、もうこうなっていた。だからよ…。」
「何がだからよだ?なんでそんなに都合のいい状態を俺に報告しなかった?あいつの思考力とシックス・センスが弱まった時を狙っていたってのによ!上手くいけば人工脳髄で学園最強の対超能力者兵器にできたってのに!」
リーコンはイリイチの凄まじい力を見てから、同時に彼の脳内回路がパンクするのはそう遅くはないと思っていた。東京で旧友と会って、空間能力者の中でも最強格の創成平和維持軍ピースキーパー所属、アレキサンダーによって脳がパンク寸前になったことも、その後の記録が錯綜したこともだ。
「…あいつはまだ入院しているのか?しているなら今すぐにでも人工脳髄をぶち込む。支配回路を埋め込むのは不可能としても、学園横浜にいる最高戦力の1人が戦場で暴れて貰わないとこちらが破綻する…。大智、お前が少しでも翔や柴田を誑かしてろくに使えなくしたことに罪悪感を感じるんなら、とっととイリイチを施術するように学園横浜病院に要請しろ…。」
学園横浜は本校攻略戦のために、生徒会が制御できる限りの超能力者生徒を送り込んでいた。予備兵力とは言えないほどに士気の低い生徒が予備兵力という寒い現状に、リーコンも現実的な手段を取るしかない。
「…イリーナのことを考えれば胸が張り裂けそうになる。あの子は1人で生まれて1人で生きてきた。兄貴がようやく出来たってのに、それを手放すようにするのか?イリイチが元の暴力装置に戻ればあの子はまた1人ぼっちだ。」
「…なぁ、お前がどぉんなにイリーナやイリイチのことを心配しようがな、現実は変わらねぇんだよ。そういう涙ぐましい言葉はTwitterにでも呟いていろや!あの大量殺人鬼に情でも移ったのか?学園にいなければ確実に銃殺刑になるような野蛮人に?…お前さ、。」
どうにも同情心に浸っている大智の隙だらけな顔面に思い切りメリケンサックを付けた拳がめり込む。鼻血を垂らして倒れた大智の頭を脳震盪が起こるぐらいに蹴る。
「なぁ!なぁ!舐めてんのかって聞いてんだよ?意味のねぇ情に振りまわされて、横浜の罪なき生徒が本校の糞野郎どもに嬲り殺しにされるってのに、なんだお前?なぁ!偽善並べやがって!」
「…その嬲り殺しにされる命令を出したのは…俺たちだろうがよ!」
立ち上がった大智はリーコンの顔をめがけて頭突きを食らわせる。それを食らって少し前の大智の状態を繰り返した。リーコンの眼鏡が何処かに飛んで行った音を聴き、互いに冷静さを取り戻す。
「…厨房みてぇに殴りあってる場合じゃない。イリイチの施術は致し方ない…。洗脳回路を組む時間もない。純粋にあいつがさらに強くなる。制限時間付きではあるがな!……畜生!」
千載一遇の機会だった「イリイチを従僕にする」にするための計画が破綻したことを認めて、今取れる手段を取ることにしたリーコンは悔しさに溢れた口調だった。
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