田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件

マルルン

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1年目の春~夏の件

満を持して夏休みの家族行事が催される件

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 紗良と姫香が懐かしの我が家へと帰って来て、一番驚いたのは壁を這う赤い布切れだった。それは普段は薔薇の形をしているのだが、実用的にはマントらしい。
 香多奈の我がままで、2人が不在の間にハスキー軍団をつれて敷地内ダンジョンの探索をしたそうで。そこで入手したらしく、本当にお騒がせもあったモノだ。

 何故に装備が勝手に動くのか、暗がりで見たら割とホラーである。それでも見た目は本当に綺麗だし、箱に仕舞おうとすると嫌がるそう。
 仕方なく好きにさせているらしいのだが、姫香が試しに装着しようとしたら拒否と言うか逃げられてしまった。

 香多奈も顔をむくれさせながら、叔父さんにしかなつかないんだよと批難している。マントが懐くとか懐かないとか、その時点で日本語が破綻している気も。
 紗良はそう思うのだが、最近は常識も怪しい来栖邸である。

 妖精ちゃんの話では、寂しがり屋だけど普通に強い装備なので大事に使エ? だそう。護人が出掛けようとすると、すかさず首に巻き付いて一緒に外出を目論もくろむ、この寂しがり屋マントなのだが。
 性能は良いそうで、5層で入手したにしては儲けモノらしい。

「そうは言っても、ああ毎回首を絞められたらなぁ……農作業をマントを着てする訳にも行かないし、参ったよなぁ。それよりお土産有り難う、姫香。
 カープの昔のユニフォームなんて、良く手に入ったね」
「ダンジョン産だけどね、それより午後からお隣さんとお茶会だっけ? 帰ってみたらお隣さんが出来てるなんて、かなりビックリだったよ!
 それにしても、民泊希望者2組目かぁ……」

 姫香にしては感慨深いのだろうが、それより叔父がお土産をいたく気に入ってくれた方が嬉しそう。香多奈も朝からそれに着替えているし、まぁ研修に出掛けた甲斐はあったと思う姫香。
 そして紗良の買って来たお土産も、今日から形にする予定で本人は忙しそう。形にすると言うのは、買って来た『清快布(耐久)』を犬達のベストへと仕上げる事だ。

 つまりは裁縫仕事で、しかも魔法のアイテムを縫って忍ばせると言う。妖精ちゃんに確認したところ、『力の尾羽根』と『護りの玉石』はそう言う使い方で合っているらしい。
 つまり服なり布なりに縫い付けるだけで、これらは効果を発揮する模様。『力の尾羽根』は着用者の攻撃力をアップして、『護りの玉石』は防御力を向上させるそうだ。

 鑑定の書の結果にも出ているので、その効果は間違いは無さそう。後は配分だが、怪我の多いコロ助は防御重視が良いかも。
 ツグミも同じく、ただし彼女は魔法での支援やサポート役が多い。護人とも相談して、レイジーの服は『力の尾羽根』×2枚使用の攻撃モードに仕上げる事に。

 それからコロ助のは『力の尾羽根』と『護りの玉石』を1個ずつ、ツグミのは『護りの玉石』を1個忍ばせる事に。やや不公平だが、数が足りないので仕方が無い。
 そしてコロ助のは、香多奈の『応援』効果の巨大化も想定して、ゴム帯を多用して対処する仕上げに。お昼からその作業に取り掛かっている紗良だが、もう1~2日は掛かりそう。

 それでもこんな作業も楽しそうなのは、家族のため故だろうか。ハスキー軍団のが終わったら、ミケや妖精ちゃんの服も作っても良いかもとか考えつつ。
 紗良は幸せそうに、お針子に従事するのだった。


 そして3時過ぎに、お隣さんの神崎夫婦と妹の3人組はやって来た。暑い中をご苦労様と迎え入れた護人は、新生活の状況をお客達に訊ねる。
 まだ色々と揃って無い物が多くてと、案の定の向こうの返し。それもそうだろう、確か入居したのはつい先日の事だった筈。

 何ともスピーディな決定に、自治会長も喜んでいたけど。こちらとしては、事情を知らない紗良と姫香への説明が大変だった。
 それでもこんな田舎町に新住民が増えるのは、特別なイベントには違いなく。最大限のもてなしをと、護人は子供たちに頼み込んでいた。

 つまりは紗良の負担が増える訳だが、お茶の準備程度なら姫香や香多奈だって出来る。とにかく皆がほぼ初顔合わせなのだ、何とか平穏にお茶会を進行したい。
 なるべく波乱の無い様に、なごやかな今後を築けるように。

「いやぁ、お招きいただいてありがとう、凄く良いお家だね! 向こうはまだ家具も揃って無くて、バタバタしている所なんだけど。
 取り敢えずはお嬢さん達も戻って来たそうだし、お隣さんへの挨拶は先にしなくちゃと思ってね。可愛いお嬢さんが3人もいるんだね、華やかで良いじゃないのっ!」
「お姉ちゃん、親爺みたいな物言いしないで、恥ずかしい……あっ、これはつまらない物ですがお土産です!」
「ああ、有り難う……どうぞ、中に入って下さい」

 賑やかな一行をリビングに招き入れ、取り敢えずは着席をうながす。それから紗良と姫香が用意してくれたお茶を、着席した皆で楽しみ始める。
 リビングで皆で勢揃いして、お茶とお菓子を手に世間話など。話題はこの町の事や探索業について、それから神崎姉妹と森下がこの町に流れ着いた経緯など。

 以前は彼女たちも、6人チームの探索で生計を立てていたらしい。そこが林田兄妹と同じく、チームが揉めて空中分解を起こしたそうな。
 その後にも色々と騒動があった挙句に、神崎姉と森下が5年越しの恋愛の末に電撃的に入籍して。おめでたが発覚したらしく、もう少ししたら姉の方は探索業を休業予定との事。

 それは本当にめでたいねと、子供たちはその事実に興奮している。赤ん坊見てみたいなと、無邪気な香多奈の言葉は本心だろう。
 私はフリーだけどねと、神崎妹がさり気なく護人に独身アピールし始める。それを目撃した姫香は、途端にあからさまに不機嫌に。

 紗良は心得たように、さり気なく話題を切り替える。ウチのチームの構成とかどうですかと、アップした動画を見たよとの返しに質問する素振り。
 それからチームのスキル取得情報を、追加で説明などしてみたり。考えてみると、この4ヶ月で家族揃って立派に成長したモノである。

「へえっ、香多奈ちゃんは凄いな……スキル3つ所持は、色んな探索者を知ってるけど滅多にいないからね。最初は割と、みんな2つまでは覚えるんだけどさ。
 その次の3つ目の所持となると、3割くらいの確率になっちゃうのかな?」
「そうだね、広島市のA級ランカーが10個以上覚えて化け物級なんて騒がれてるけど。3つ目の壁ってのは、本当にあるらしいね。
 僕らも揃って2つ覚えて、それ以降はさっぱりだよ」

 なとど、香多奈の鑑定の書を眺めながらの神崎夫婦の発言に。私凄いのかなと、何だか調子に乗りそうな末妹の雰囲気。
 護人は渋い顔で、レイジーやミケの方が凄いよと話題転換。戦闘に関して言えば、それはまぎれもなく本当の話には違いない。

 向こうも子供を調子に乗せたと気付いたのか、ここは自然も壮大で山並みが美しいねと良く分からないヨイショ発言。
 そして神崎妹の恋歌れんかが、畑をやりたいねと話題提供。

「それに手を付けると、本当に日々が忙しくなって来るかな? こちらも青空市の準備や何やらで、今週はあれこれ忙しいんですけど。
 時間が出来れば、畑づくりを手伝いますよ。今からなら大根や白菜の植え付けは余裕で間に合いますから。全面は無理でも、少しずつ拡げて行くのも楽しいですよ」
「わあっ、それは楽しみ……紗良ちゃんや姫香ちゃんも、是非ともお願いねっ!」

 ここに来て、家族の序列的な雰囲気を思い切り察知した恋歌は、子供達のご機嫌取りに舵を切り始め。紗良もその対応を綺麗に受け入れ、仲良くしましょうアピール。
 姫香も今後付き合いの続くお隣さんなのだと、遅ればせながら気が付いたのだろう。そうですねと素直に応じながら、紗良が始めた先日の研修旅行の話をサポートし始める。

 一度聞いて顛末を知っている護人も、それに機嫌よく耳を傾ける。特に姫香がリーダーとなって、チームを率いて広域ダンジョンを5層まで攻略するシーンは圧巻。
 まさに親バカっぽい満面の笑顔で、聞き惚れる護人である。その姿を見て、ようやく姫香の機嫌も完全に回復した模様。

 それを感じた紗良もホッと胸を撫で降ろし、この義理の妹の感情は何なのだろうと勘繰かんぐってみたり。果たして親娘おやこの情なのか、それとも更に深い情愛なのか。
 それを敢えて暴こうとは思わないし、愛しい妹の応援もしたいと紗良は思っている。何しろ護人は保護者の責務を全うするため、恐らくは末妹の香多奈が成人するまでは結婚をしないつもりらしいのだ。

 自分も家族の一員に迎えて貰っている手前、皆が幸せになる方法を積極的に探して行きたい。探索も同様で、チームの安全は自分が支える気持ちは物凄く強い紗良である。
 そんな事を考えつつも、器用に広島市での宿泊旅行を語り終える姉妹。

 心配されたお隣さんとの顔合わせだが、何とか無事に終了にぎつけた。別れ際には、落ち着いたら引っ越し先にも遊びに来てとの恒例の挨拶を交わしつつ。
 護人も遠慮せず、また遊びに来てとの社交辞令を口にする。まぁ実際、長く交流が続くに越した事は無いなと内心では思ってみたり。
 ただしそれも、向こうの事情次第でもある。

 ――そんな内心を隠しつつ、お茶会は無事に終了したのだった。




 次の日の午前中、護人はDIY作業に時間をてて、裏庭に奇妙な土台を作っていた。目的は前の探索で入手した、『魔法の鬼瓦』を設置する為である。
 香多奈もちゃっかり手伝っていて、これも夏休みの図工の代わりに画像提出する予定だとの事。最近の学校は、作品を提出しなくても写真だけでオッケーなケースもあるらしい。
 そんな訳で、その作品は途中から迷走を始めていた。

「もっと台を高くして、台の下に予備の武器を収納出来るようにしようよ、叔父さん! その方が格好良いし、モンスターが出て来たとしても戦えるでしょ?
 一石二鳥の、お庭のアイデア便利台だよっ!」
「なるほど、それは良いかもな……」

 そんな訳で、台座は段々と細長い形状になって武器の収納付きになりそうな気配。ちなみに『魔法の鬼瓦』の効果は、永続的な敵の威圧らしい。
 それを台の上に設置して、裏庭ダンジョンの入り口に向けておく予定。そんな考えで始めた工作だが、最終的にはペンキも塗って素敵仕様に。

 更に台の下には、シャベルやポンプ式液剤銃を掛けておけるフック付き。それは良いのだが、最初の設計図とはかけ離れてしまった。
 そして姉2人は、自宅のリビングでこれまた作業に従事していた。今週末に迫った青空市の準備やら、犬達のベスト製作やら色々である。

 姫香は協会の日馬桜ひまさくら町支部にテレビ電話して、今回出すアイテムの適正価格を能見さんに相談している。そして値札を製作したり、売り先を企業に変更したり。
 はたまた後で、再鑑定して貰う品を仕分けたり。何しろ直売なので、下手に価値の定かでない物を相手に売りつける訳にも行かない。

 ダンジョン産ってだけで気を遣うのだ、変にトラブルにしたくはない。それは協会も一緒で、値段設定やアイテム鑑定には慎重である。
 『鑑定』スキルが欲しいですねと、5分に1度はどちらかが口にする始末。そんな中、紗良はひたすら縫い物を進めていた。

 そして午後には、作業はようやく落ち着いた……筈が、家族のイベント企画のために妙に盛り上がり始める子供たち。
 つまりは夕飯を庭でバーベキュー、その後に花火をする計画なのだ。その用意を、早々に始めるテンションの高過ぎる末妹。

 それに釣られて、ハスキー軍団も庭を駆け回って凄い騒ぎに発展する。田舎のポツン家なので、うるさくして隣人に怒鳴られる事が無いのが幸い。
 そして夕方過ぎの、割と早い時間に始まったバーベキュー。畑でとったばかりの野菜たちを、護人は炭火で次々と焼いて行く。

 夏は始まったばかりなのに、気の早いヒグラシの鳴き声が周囲の山から大音響で降り注いで来る。紗良がお肉やソーセージを取り出して、網の半分の領地で焼き始める。
 犬達が途端に色めき立って、香多奈の側を陣取って給仕をせがみ始める。この中で、一番わきが甘いのは末妹なのは周知の事実。

 お陰で香多奈の食べるペースは遅々として進まず、中庭での夕食は1時間以上に及ぶ破目に。それも織り込み済み、と言うかこの後には花火大会が待っている。
 護人も野菜も食べなさいと子供たちに説教しつつ、気付けば缶ビールは2本目に突入。滅多に飲まない割には、実はそんなに弱くは無い体質の護人である。

 宵闇が迫る中、護人は陽気に酔いながら子供たちと他愛ない会話を続けている。デザートのスイカを食べ始める頃には、周囲はいつの間にかすっかり暗闇におおわれていた。
 それを受け、姉たちが旅行中に香多奈が買い揃えた花火セットをようやく開封して行く。犬達も興味津々で、次はどんな食べ物だろうと顔を近付ける素振り。

 それが派手に火花を飛ばし始めた瞬間に、驚いて逃げ始めるハスキー達。探索中にはあんなに勇敢なのに、この態度はどうしたモノか。
 それを笑いながら追いかける香多奈、酔ってる護人もその姿を見て笑っている。一番ビビっているのはコロ助で、レイジーとツグミは火花が収まるとすぐ戻って来ていた。

 そして火が付くと、また大慌てで駆け出している……怖いと言うより本能なのか、何か見ていて和む。そして花火の種類は段々と派手になって行き、子供たちの歓声もまたしかり。
 護人も内心で、ようやく夏っぽいイベントが出来たなと一安心。




 ――暗闇の向こうで、また家族の1ページが刻まれた瞬間だった。





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