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始まりの森編
銀風亭と幼馴染たち
しおりを挟む与太話を交えつつ、途中で幼馴染と別れて俺は単身で表通りへと進んで行く。そんな俺のバイト先だが、近所でも評判の個人経営の喫茶店である。
個人経営と言っても、店内は割と広くてテーブル数も微妙に多い。なので喫茶店経営の老夫婦とは別に、常時バイトさんが2人~3人入っている規模である。
客数も平日でも多くて、昼時や夕食時は物凄い混み様だ。接客業って甘くない、相手のある仕事は常にストレスとの戦いだし。
そう言いつつも、この喫茶店『銀風亭』のマスターとおかみさんは、とっても良い人には違いない。そして客層も、紳士淑女率が高くて変な人はほとんどいない。
何より俺は、子供の頃から濃い性格の知り合いには慣れている。そんな訳で、滅多なストレスではへこたれないと自負している次第。
そして今の仕事は、大変な接客業とは言え割と楽しくて好きだ。マスター夫婦とは、一応仕事とは別に知り合いの仲だからね。
マスター夫婦は嘉村さんと言う名前で、詳しく言うと琴音の両親の親戚筋に当たる。ウチの生前の両親とも面識があったようで、そのツテで仕事を紹介されたのだ。
こちらは学生の身なので、学校もあるしとても毎日入れるような余裕はない。特に進学校だし、試験やら学校行事も色々とある訳だからね。
そこら辺も融通を効かせてくれるし、色々と親切にしてくれる。何の文句も無い勤め先である、そんな訳で週3日のバイト生活を行なってるのが現状だったり。
高校1年の時から始めているので、もう丸1年は続けている算段だ。他のバイトの人とも仲良くやっているし、嘉村夫婦にも親切にして貰っている。
入学祝いも貰ったし、仕事の終わりには妹達にとお土産も持たせてくれる。今では本当に、親戚みたいな付き合いで、琴音の両親より親しいかも知れない。
まぁ、それを言ったら琴音に怒られるから言わないけど。
そして今日は土曜日だ、この週末の曜日には俺だけに任されている特別な任務が待っている。それは『銀風亭』の客層や客入りにも、大いに関係しているので無下にも出来ない。
何故に俺だけそんな任務を背負っているかと問われると、まぁこの件も琴音とその両親が関わっている。その辺は複雑なので、この話はまた後ほどと言う事で。
世の中って、本当に複雑怪奇に出来ているよね。
ともあれ、お店に裏口が無いので俺は表から挨拶しながらお店に入る。マスター夫婦やバイト仲間、そして常連さんからも温かい挨拶のお返しが。
何と言うか、この職場はとてもアットホームな空間には違いない。それから奥の控え室兼事務所的な小部屋で、タイムカードを切って素早く着替えて身ごしらえ。
自分専用のカッターシャツとエプロンを装備して、これで戦闘準備は完了だ。それからいざ戦場へ、颯爽とした身のこなしでフロアへと躍り出る。
店内はお昼独特の混み具合、もう少し時間が経てば落ち着いて来るのだが。そこまで行かないと休憩が取れないので、お昼抜きでの仕事となってしまう。
そこはぐっと我慢、何しろマスターの軽食は空腹と言う調味料が無くても絶品なのだ。実際喫茶店じゃ無くても、レストランでも充分にやって行けそうな腕前である。
ちょっと勿体無いが、このお店を支えている原動力には違いない。ちなみに喫茶店のアルバイトの内容は、ホールに限って言えば割と簡単だ。
カップやお皿を下げたり、注文された品を間違いなくテーブルに運んだり。注文を取ったりお客様をテーブルに案内したり、そんな感じの接客全般をこなして行く。
レジ仕事やお皿洗いなどは、おかみさんの仕事なので滅多に自分達はやらない。そしてコーヒーを淹れたり料理を作るのは、当然マスターの仕事だ。
お客さんありきの仕事なので、当然混んでいる時は凄く忙しい。オーダーを間違いなくこなすのも一苦労、でもまぁ俺的にはそう言う記憶術にはかなり自信がある。
滅多な事ではオーダーミスなど起こさない、最初の頃は多少のヘマはやらかしたけどね。今ではほぼ完璧な仕事振り、矜持を持って仕事に当たっている。
それが仕事を楽しむコツだ、客受けも良いし社会勉強にもなる。
「高校生活はどんな感じ、恭輔君? 2年生だと修学旅行やら学校行事やら、色々あったりするんじゃない?」
「今日は美人の恋人さんと妹さん達、遊びに来るのかい? もし来るんなら、それまで粘っちゃおうかなぁ?」
「あれっ、もう春メニュー終わって夏メニューが出始めてるの? 一品頼んじゃおうかな……それじゃあコレとコレお願い!」
高校生活はそれなりに楽しいし、学力の維持はもちろん大変だ。進学校なら尚更だが、うちは何故か校風も特に堅苦しくないので助かっている。
先生にしても生徒にしても、割と大らかで素直な性格の人達ばかりで肌に合ってる。成績を気にして、堅苦しい学校生活を送る奴なんてほんの一握りかな。
だから学校行事に関しても、毎年の盛り上がりはなかなかのモノである。常連の会社員の中にも、ウチの学校の卒業生は割と多いって話である。
そんな訳で、俺の学生生活は割と盛り上がる話のネタの1つではある。マスターも、お客さんとの立ち話は大いに推奨してるしね。
彼らはここに、癒しと寛ぎと美味しいコーヒーを求めて来るのである。無論騒ぎ過ぎは他の客に迷惑だが、会話で寛いでくれるに越した事はない。
俺にしても、そんなOBとの繋がりは大事にしたいし。
美人の恋人に関しては、どうもいる設定になってしまっているらしい。琴音とマスターの嘉村さんは、親戚筋なのでもちろん親しい間柄である。
そして物凄い甘やかし振り、嘉村さん夫婦に子供がいないのも理由の1つだと思う。俺がバイトの時は、大抵顔を見せるのですっかりこの店の名物になっていると言う現状が。
それも仕方がない、まぁ妹達を含めて下手に声を掛けたら出禁という風潮があるから良いけどね。そこら辺はしっかりしている、マスターは信頼のおける人物なのだ。
そして京悟と美樹也も、この店ではしっかり顔を売ってるし。
無論、この2人の存在は下手な虫除けよりも効果は抜群である。高校生になって、この2人の外見は一応それなりの落ち着きは見せた。
ただし、醸し出す雰囲気は何と言うか昔気質の流しの流浪人みたい。特に美樹也が酷い、恐らく映画か何かで触発されたのだろう。
俺とその知り合いに手を出したら火傷じゃ済まないぜ的な空気を、周囲に漂わせる技を覚えてしまっている。或いは、バーチャルゲーム『ミクブラ』の影響なのかな?
だとしたら、俺もそれに染まらないように気を付けねば。
6月だけど既に夏メニューは始まっている、こう言うのは飲食業界では大抵早めが定番らしい。涼しげなミント系のメニューに加え、冷麺系の品も出現していた。
賄いでも食べさせて貰えるので、お客さんに自信を持ってお奨めも出来る。今日も割と好評な様子、ランチにオーダーを通す回数も増えて来ている。
そんな感じで、俺は仕事開始からの混雑を乗り切るのだった。
そしてようやく小休憩と賄いの時間だ、腹ペコで働いていたので感激もひとしおな時間。とは言えそんなに休憩時間は長くないので、急いで食べる必要も出て来る。
俺に限っては、この後“コーヒー配達”と言う土曜日限定のお仕事が待っている。これはマスターとある人物が盟約? を結び、俺に白羽の矢が立った重要な任務である。
まぁ、俺にも全く関係が無い訳では無い人物の、ご機嫌伺い的な? その人物は、この喫茶店の割と近所の、大通りに面する大きなビルの持ち主である。
不動産で成り上がって、それからITやら何やらに進出し、今では総合商社の会長職と言う。一代でここまで会社を大きくしたのは、その爺様の貢献度と言うかワンマン度が物凄く高かったお陰みたい。
その名前を能義原孝明老と言い、実は琴音の母方の祖父だったりする。だからマスターとも繋がりがあると言う、ばらしてしまえば簡単な謎。
この2人の密約の内容は、つまりはこういう事らしい。孝明老が自分の所の社員に、積極的に『銀風亭』を利用するようにと社令を下す。
嘉村マスターは、代わりにバイトの俺を会長の元に相談役として週1で向かわせる。実は“コーヒー配達”は、言ってみれば隠れ蓑みたいなモノである。
一介の高校生に70過ぎのご老人が相談とか、世間体とか宜しくないのでこうなった次第。地域でも有名な人物だからね、その辺は仕方が無い。
無論だが、俺にもメリットはある……孝明老に差し出されている1時間の間、時給が何と4倍もアップするのだ。他の人にはもちろん内緒、この盟約チーム内だけの秘密。
大人だね、こう言う密約の仲間に入れて貰えるのは、それだけで楽しい。
もっとも、楽しいだけじゃ済まないんだけどね。今は取り敢えず休憩を終えて、前もってマスターの用意してくれてた配達セットを持った所。
中身は保温ポットに入ったコーヒーと、軽食のサンドイッチか何かだろう。毎回微妙に中身は違うけど、大抵は俺も食べる事になっている。
そして行って来ますの挨拶と共に、小散歩の開始だ。実際、1分足らずで表通りに出てから2分程度歩いた先なので、合計で5分も掛からない場所ではある。
だから社員の足も、普通にこのお店に伸びて来る感じだろう。6月の気温は生温かくて、今年は空梅雨との噂はどうも本当らしい。
車の行き交う大通りに出ると、そんな不快指数はグンと上昇をみせる。ビルの中は快適なんだけどね、それにしてもいつ見ても大きな構えの建物である。
美人の受け付け嬢にも顔を覚えられていて、予約は毎回バッチリである。ほんの数秒で、会長のいる目的階を告げて貰える。
大抵は会長室で、向こうがこの時間を指定してるから当然なんだけど。大人の都合で、仕事が入っている場合もあったりと、少々待たされる場合もある。
今回はそんな事も無い様子で、素直に最上階の会長室へと直行しても良いみたい。こんな場違いな場所への戸惑いも、今はもう無くなっている。
――さてさて、今日も人生相談の時間の始まりですな。
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