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始まりの森編
絶縁父娘とコーヒー配達人
しおりを挟む会長室のあるフロアは、廊下から既に他の階と違って豪奢である。敷かれてるパネルの紋様とか、照明や調度品も一風変わっていたりして。
さすが成り上がり、と言うかやはり外面は大事なのだろうと毎回思っている。これが会長室に入ると、フカフカの絨毯や立派過ぎる調度品に圧倒される。
これは今日に至るまで、全く慣れる事は無いと言うね。そんな小市民の俺を、孝明老は毎回まるでVIP扱いしてくれる。
この秘密の会合が始まって半年とちょっと、余程の用事が無い限り律儀に時間を空けてくれている。そんな琴音の祖父の外見は、何と言うか気難しそうな老人そのまんま。
昔気質の人ではあるし、若い頃は見た目の通りに短気でおっかない性格だったらしい。今でも生き馬の目を抜く、生きた情報を扱う会社の会長である。
まぁ馬鹿みたいに親切とかお人好しとか、そんな日和見な性格で荒波社会を渡って行ける筈がない。現に俺にもこっそりと、喫茶店に訪れる社員のデータ取りとかを頼んで来ている次第。
その社員の性格もそうだが、会社をどう思っているかとか、不満不平が無いかどうかとか。そう言う意味では、俺は密告屋の役割も担っていたりする。
ただし告げ口が嫌なら、無理して言う必要は無いとも告げられている。
まぁ個人情報はともかくとして、会社の改革や世間体を客観的に見るのなら、そう言う情報網は必要かも知れない。無能上司のパワハラやセクハラも、このシステムで判明した事だってあるしね。
会社内の風通しを良くするって意味では、なるほど画期的な方法だと思う。ただし実は、そんなのは後付けの口実に過ぎなかったりする。
つまりはこれも、割と世間体的を気にしての俺の役職みたいな? そんな俺の役割だが、表向きには“コーヒー配達”少年である。
それに加えて、孝明会長は若い人と世間話をしたがってる的な……会社の受け付け嬢などは、間違いなくそんな感じに思っている筈。
裏の顔を隠すために、ってか俺に毎週ここに来てもらう為に、さっきの密告業務は存在する。何だか小難しい話だが、それは俺がその本来の相談事をゴネたせいもあったりして。
その役目ってのが、つまりは親子喧嘩の仲介役なのだ。
親子と言うのは、要するに孝明老が親で琴音の母親が子供と言う意味である。この親子、大昔に大喧嘩をして絶縁騒動のまま現在に至っているらしい。
騒動の原因ってのは、まぁありきたりな「私この人と結婚する!」「どこの馬の骨だ、許さん!」的なアレである。そして琴音の母親は現旦那さんと駆け落ち、今に至ると言う。
俺から見てもとっても良い人なのにね、琴音のパパさんって。それから紆余曲折あって、2人は密かに結婚して琴音が誕生した訳だ。
孝明老の奥さん、つまりは琴音の祖母はそこまで娘の恋愛に理解の無い人では無かったらしい。陰でコッソリと援助していて、それもあって琴音家族は離れた土地に姿をくらます事はしなかったそうな。
それでも父と娘&孫娘の交流は全く無し、そして月日は過ぎて行き。ある日秘密の祖母の援助が孝明老にバレて、激昂から話は更にややこしくなったそうな。
それから数年後に孝明老の奥さんが他界して、その葬式の際にも老人は娘に家の敷居を跨がせなかったそう。そんな感じで、決定的に拗れた父娘仲、何しろ琴音の母親も祖父に似て激高屋なのだ。
そうして向こうからも縁切り宣言、今後こちらに近寄ったら法的に訴えてやると。それはもちろん、孫の琴音も含まれての言い渡しな訳である。
そんな経緯の仲直りの仲裁役、さてアナタなら引き受けますか?
俺だって嫌だよ、何だよその過酷な人生相談役! ただの高校生にムチャ振りし過ぎだよ、そんなの『某ぐーたら美食新聞社員物語』のコミックでしか読んだ事無いよ!
人生は難題だらけだ、時にはこんな難問クエストにもぶち当たるってね。ちなみにそのカーッとなる性格、見事に琴音も受け継いでいるのは周知の事実。
今度はあの母娘が、変に拗れなければ良いけどね。とにかくそんな孝明老に変化があったのは、数年前に自身が大病に伏せった時だったらしい。
入院して見舞いに訪れたのが、実際は遺産目当ての親戚ばかりと言う事実に。病で気が弱っていた所に、自身の長生きすら望まれていない事に気付いてしまったのだ。
それからガラリと気質が変わり、孝明老は今では好好爺となってしまったそうな。そして力不足ながらも、俺はそんな老人のお手伝いをしている所だ。
例えば琴音の写真を提供したりとかね……これが何と、一枚500円で買って貰える。バイト代と併せて良い商売だ、琴音の写真なんてスマホで撮り放題だからな。
ところが肝心の絶縁関係の修復だけど、全く上手く行っていない始末。ママさんの怒りはあれから10年経っても治まっておらず、特に母親の件が尾を引いている様子。
確かにそんなママさんの気持ちも分かるだけに、こちらも強く出れないと言う。そして琴音に関しても、自分の祖父に合うのは強い抵抗がある様子。
何となく訊いてみただけなので、彼女の心情は推測でしかないのだが。どうやらママさんに強く言い含められているっぽい、祖父は自分達を捨てた酷い存在だと。
そんな感じで現在に至る修復作業、進行状況は遅々として進まずってな感じ。仕方ないの一言で済ますのは簡単だ、そこを何とかするのが腕の見せ所。
ってか、上手く行く道筋が全く見当たらないんですけど? 長年にわたって蓄積された恨み辛みである、簡単に行かないのは孝明老も分かっていると思う。
そんな訳で、ここは時間を掛けて雪解けを待つのが最善かも。
「待っておったぞ、恭輔君……で、どうじゃ? なにかこう、進展みたいなモノはあったかの?」
「いやぁ、それが……琴音から崩そうにも、彼女も見事に頑固者の血を引いちゃってるから。あっ、そうだ……孝明会長は知ってますか、今話題の賞金付きのオンラインゲームの事。
琴音に勧められて、今週から俺もする事になっちゃって」
「おお、知っとるぞ……何やら同業者の成金社長が、会社を乗っ取って企画を立ち上げたらしいな。乗っ取りも素早かったが、今回の企画も相当に素早い世間出しじゃったな!
これは確信犯じゃな、その場の思い付きで出来るスピードじゃありゃせんわ」
顔を合わせてすぐに、こんな調子での早口の会話である。時は金なりと言うか、せっかちなのは孝明老の治らない性格らしい。
ちなみに俺は、彼を孝明会長と呼んでいる。
仕事の時は、公明老は取引相手にはそう呼ばせているらしい。自身でも収まりが良いみたいである、会社に身を置く限りはこのスタイルで行くと決めているっぽい。
良いけどね、俺もそっちの方が話しやすいし。それにしても、やっぱり耳が早いと言うか、打てば響く太鼓のような情報網を持っているのはさすがである。
知っているかなとは思っていたが、なかなかに興味深い話を聞けてしまった。乗っ取った金持ちも破天荒らしい、社長としてもなかなか腕は立つとの話。
孝明会長のお墨付きなのだし、そこら辺は間違いないだろう。ただし、孝明老にもその乗っ取りの経緯や真意は分からないのだそう。
只の酔狂なのか、はたまた何か深い目的があるのか……ただ単に趣味が高じてとの噂もあるみたいだ。その新社長は、なかなかのゲーマーだったとの噂もある模様。
さすがにそれは無いと、俺なんかは思うんだけどね?
「いやいや、金の価値なんか人それぞれじゃからなぁ……儂もこの歳になって、金の価値観はガラリと変わったぞ?
あの世まで持って行けないのなら、金なんて紙屑も同然じゃしなぁ」
「金持ちの意見はどうでも良いです、何ですか嫌味ですか? 土日を潰して働いてる、一介の勤労少年を前にして……琴音の写真、もう売ってあげませんよ?」
「いやいや、済まんかった……! 今のは一般論じゃよ……誰しもある日、世の中には金よりも大事な物があると気付くんじゃ。
それが恐らく、歳を取ると言う事なんじゃろうなぁ」
しみじみと語る孝明老、俺も本気で拗ねた訳じゃ無いし、許してとっておきの1枚を譲ってあげようか。今回は何と、ママさんと琴音が一緒の写メである。
ついでにウチの妹達も一緒だが、理由が思い浮かばなかったのだから仕方が無い。妹達が入れば、ウチの家族写真との良い訳が立つのだ。
その写真を見て、一際感激の様子の孝明老である。
「あっ、それ……今回のは、1枚千円で買い取りお願いします」
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