隣の席のヤンデレさん

葵井しいな

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逃げられない(物理)

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 「さてと、帰ろっかな」

 本日の日程も無事にこなし、私はカバンを背負った。
 部活動は特にやっていないし、居残りをさせられるようなこともない。

 ルンルン気分で教室を出ようとすると、ふいに肩を掴まれた。
 ギシギシと骨のきしむ嫌な音がする……気がする。

 「――私を置いて、どこに行くの?」

 やだぁ、真白ちゃんたらすでに瞳が濁ってらっしゃる。

 「どこって、家に帰るつもり……」
 「一緒に帰ろう、って誘ってくれないの」
 「ご、ごめんね。い、一緒に帰ろっか?」

 ちょっと青ざめながら言うと、真白ちゃんはパッと花が咲いたような笑みを浮かべた。
 ふぅ、どうやら危機を脱したらしい。

 「良かったぁ。準備するから待っててね」

 準備? はて、なんのことだろう?

 というのも、真白ちゃんはすでにカバンを肩にかけているので、荷物はまとめ終わっているものだと思ってた。
 眺めていると、カバンから何かを取り出した。
 銀色に光るそれは、手錠のようだ。

 「千歳ちゃん、手だして」
 「ん、いいけど」

 言われた通りに腕を伸ばした瞬間、カチャリという音が聞こえた。
 あれぇ、なんで私手錠をかけられてるの?

 「真白ちゃんこれ、どういう」
 「えいっ」

 説明を求める間もなく、自分自身の腕にも手錠をかける彼女。
 両サイドがお互いに繋がっている状態になる。

 え、え、なにしてるの。
 呆然としている私に、真白ちゃんは言う。

 「これなら、一緒に帰れるよね、千歳ちゃん?」
 「あ、そうだね。……斬新な方法だと思うけど」
  
 別に逃げたりなんかしないんだけどなぁ。
 呑気なことを考えている私をよそに、真白ちゃんは歩き出した。
 
 繋いだ手(錠)越しにぐいぐいと引っ張られる。
 ジャラジャラという音さえ聞こえなければ、周りからはきっと微笑ましい光景に映っていることだろう。


 笑顔を浮かべる真白ちゃんに引かれながら校門を出ると、彼女は私の方を振り返ってきた。

 「千歳ちゃんの家って、私の家と反対方向だったよね?」
 「そうだよ。だから、ここでお別れかな」

 手錠のかかった腕を持ち上げながらそう宣言する。
 すると彼女は、悲し気に目を伏せた。

 「ごめんね。実は……手錠を外すためのカギを家に置いてきちゃったの」
 「えぇ? ほんとに?」
 「うんっ」
 
 それはつまるところ真白ちゃんの家に行かないといけないってこと。
 ……疑うのは良くないんだけど、わざとじゃないよね?
 
 チラチラ視線を向けてみるが、真白ちゃんが申し訳なさそうにしている姿しか目に入らない。
 うーん、どうやらわざとではなさそう。

 「それなら仕方ないね。真白ちゃんの家にお邪魔することになっちゃうけど」
 「うんっ! ぜひぜひ!」

 瞬間、キラッキラと瞳を輝かせる彼女にちょっとばかし邪念を抱きそうになるけど、心の奥底に押し込んだ。
 そのままぐいぐい手を引かれながら、私はめまぐるしく変わる景色をぼんやりと眺めていた。
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