1 / 1
ただそれだけの話
しおりを挟む
靴の上でハムスターを飼っている。
両足に一匹ずつ。
ハムちゃんとスターくんというTHE・安直な名前で飼っている。
「なぜ靴の上で?」という声もあると思うが、飼っているのだから仕方ない。
受け入れていただきたい。
「え?靴の上で飼えるの?」という声もあると思うが、現に飼えている。
これも受け入れていただきたい。
それを踏まえた上で今回は、友達の圭の家に遊びに行く話をしよう。
ここ半年で急に動物博愛主義に目覚め、思いつく限りの動物を屋内にほぼ野放しで飼い始めた圭の家にである。
なぜ手に余る程の動物を飼うのか、それは逆に動物を軽視していないだろうかと個人的には思うのだが、以前それをふと口走ったらすごい形相で睨まれたので彼なりのポリシーがあるのだと察して静観を決め込むこととしている。
また、ただ野放しで飼っているだけなら危険を伴うためお邪魔したくはないのだが、躾をしっかりしているのか動物たちは節度ある距離感を保ってくれているので誘いに応じている。
だがもし節度ある距離感を超え、あまつさえ牙を剥き襲いかかってこようものならば、その時は金輪際家には近付かないと決めている。
そんな誓約を胸に秘めつつ、ハムちゃんとスターくんと共に訪れた圭の家の室内は、より動物が住むのに適した形に変貌を遂げていた。
小さなジャングルを思わせる植林スペースや湿度が管理された湿地スペースなど、屋内でありながら一定の生態系が築かれているであろう佇まいに私は眉をひそめた。
ありていに言うと、ドン引きした。
とりあえずハムちゃんとスターくんは靴の中に避難させることにして二階へ上がってみると、二階部分は一般的な住居の体裁を保っていたためひとまず安心した。
やはり家族と同居している手前、大掛かりな改装工事はできなかったと見える。
突飛なことを言い出し、いつもどのような距離感で接したらいいか困らされている圭の家族だが、今回ばかりは感謝する他ない。心よりのありがとうを送ろう。
そしてだいたい2時間程度圭とテレビゲームに興じて夕刻の頃、お腹がすいたので近くのショッピングモールPORCAへ食事をしに出掛けることとなった。
この家は動物に優しい反動として人間に厳しい環境を作っているのか、まるで人間が食べるに値するものがないのだ。
あるのはビタミン系の錠剤とホエイプロテインと冷凍食品の類だけ。
圭の弟が自給自足で作っている野菜はなぜか動物たちの飼料になっている。
圭の弟は野菜を育てるのが好きなだけで消費するのには関心がないらしいのだが、それにしてもほぼ全てが飼料として消費されている現実には納得しているのだろうか。
もし仮に私が丹精込めて育てた野菜が飼料として消費されたら、発狂し、そんな無礼極まりないことをしでかした奴を見つけ次第、今度の人生を野菜と離縁して過ごしたくなるほど執拗にとやかく言う自信があるのだけれど。
人の家の事情に首をつっこむのは主義ではないので胸に秘めておくとしても、不思議な感覚をどうしても感じてしまうのは許して欲しいところである。
そんなことをうだうだ考えつつ出掛けようとした時、圭の母に呼び止められた。
どうやらスマホの画面をプロジェクタで壁に映したいのだが、機械が苦手で映せないらしい。
どうしてスマホの画面を壁に映したいのかと聞くと、今大人気のソシャゲ「プリンセスステージ」通称プリステの画面をプロジェクタで映しながらガチャを引くとSSレアが出るジンクスがあるとのことだった。
「なんだそれ」とは思ったが、いつもお邪魔している手前頼られたら応えたいのが心理である。
プロジェクタ内蔵のシーリングライトとの接続とのことで難しさはあったが、 Wi-Fi接続を使えばしっかりプロジェクタとの接続できたので問題は解決した。これで存分にガチャってくれと思いながら、一階へ降りた。
一階に降りると靴の中に避難させていたハムちゃんが消えていた。
焦る私に圭は淡々と「そこにいるぞ。」と告げた。
どうやら、玄関横のハムスター用のケージに移動したようで、そこで圭のハムスターのひまわりの種を奪い取って我が物顔で食べていた。
誰に似たんだ。太々しい。
ただ、このままここに置いて出掛けてしまえば圭のハムスターの餌を食べ尽くし兼ねない。
どこか違う場所に移動してから出掛けたいのだが、こうウロチョロするんじゃ間違って鷹などのエサ箱に入って食われてしまうかもしれない恐怖はどうしても感じてしまう。
連れて出掛けるしかないのか。
靴の上が大好きなハムちゃんは靴の上に、そこまででもないスターくんは圭の手の中に収めて出掛けることとなった。
しかし出掛けるや否や圭は表情を曇らせた。
どうやら手の中のスターくんが執拗に自分の手を舐めてくるので不快に感じたらしい。
許してくれ、圭。
この子たちは毎日靴の上で生活しており、靴からでも栄養を摂るべくペロペロガシガシしてしまうのだ。
それにより、靴に付着したタンパク源や炭水化物、脂質を摂り込んで生命を繋いでいる。
いわば舐めることは習慣であり、生存戦略なのだ。
「ガシガシするのは申し訳ない」とこの子なりに気を遣っているのだから、ペロペロには目を瞑って愛でてやってくれ。
そのような祈りに似た視線を圭に送った後、私の靴の上にいるハムちゃんに視線を移す。
何もない。
靴の上には誰もいない。
え?ハムちゃん?!
焦る。
さっきの圭の家で失踪したのとは勝手が違う。ここは屋外で、圭の家以上に危うさがそこら中に転がっている。
なぜ?
いつも靴にしっかり掴まってついてきてくれていたじゃあないか。
どうして?
なにゆえに靴の上にハムちゃんがいない。周りを見回しても、そこには道ゆく人々が歩いているだけ。
身体中から血の気が引いて冷たく硬くなっていく。私は真冬のコンクリートと混ざり合う。
そんな最中、圭がある一点に指をさした。
「あそこにいる女の子二人の中心にいるの、お前の探しているハムちゃんじゃねぇの?」
視線を移すと、確かにそこには女子大生くらいの女の子二人とその中心に何か動物らしき影が見える。
血相を変え急いでその場に向かうと、そこにいたのはネコだった。
しかしそのネコはただのネコではなく、エスプレッソカップサイズのとても小さな子ネコで、あろうことか女の子とおしゃべりをしている。
大変奇妙なことではあるが、ネコならば用はない。
私が探しているのはハムスターのハムちゃんだ。ネコではない。
しかし、なぜだかそのネコから意識をそらすことができない。
そのネコがハムちゃんと同じくらいの大きさの子ネコだからなのだろうか。
ここでこいつをハムちゃんではないと決定付けてこの場を離れてしまったならば、この時の決断を一生後悔するような確信に似た落ち着かない肌触りを感じる。
私は仕方なくこの極めて小さな子ネコに話しかけた。
「お前はなんだ?」
「にゃんだとは不躾にゃんじゃにゃいかご主人。うちがこの可愛いおんにゃの子逹と楽しくおしゃべりしているところに割って入ってきておいて、開口一番その言い草は頂けにゃいにゃぁ。」
よくしゃべりおるな、このネコっころ。
だがしかし、この横暴なしゃべり口は、勝手に自分の居場所の靴から離れて圭のハムスターのケージに入り、我が物顔でひまわりの種を独占していたハムちゃんに重なるところがあるように感じる。
そう思いたいだけなのかもしれないが、とりあえず話を続けてみる。
「体のいい言葉で煙に撒くな。私はお前に『お前は何者だ』と聞いているんだ。素直に答えろ。」
「命令口調が気に食わにゃくて傷付くってのに、それだけじゃにゃくうちのことも忘れちゃったにゃんて、ダブルで心抉られちゃうにゃぁ。はぁ。察しの悪いご主人に懇切丁寧に教えてやると、うちはご主人が愛して止まにゃいハムちゃんその人なんだにゃ!さあ、歓喜に咽び泣くにゃ!」
いや、お前は人じゃなくてハムスターだろ、いや今はネコなのか!などと一瞬頭を過ぎったが、どうやらこいつが私が探していたハムちゃんのようだった。
その証拠として、この勝手にいなくなった癖に悪びれていない唯我独尊を地でいく姿勢は、私が長きに渡ってハムちゃんと過ごしてきた中で感じていたそれに違いなかった。
何度ケージに入れて逃げ出さないように頭を捻ってみても、その創意工夫を嘲笑うかの如く、いつの間にかスターくんを引き連れて靴の上に鎮座ましましていたハムちゃんの憎たらしさは、今思い出しても腸が煮えくり返るほどに脳裏に焼き付いている。
また、話すと何故か強く当たってしまうことからも、こいつがハムちゃんであると言えるのではないだろうか。
こいつがハムちゃんだと分かり話せるようになった今でさえも、愛して止まないハムちゃんとおしゃべりができるようになった嬉しさよりも、じゃじゃ馬でおてんばなハムちゃんの印象の中からわずかに抱いていた可愛げが消失してしまった喪失感の方が優っている。
この染み付いた残念な雰囲気を感じとった時、私はこいつがほぼ間違いなくハムちゃんなのだと心から頷くことができた。
仕方なく抱き上げ手のひらの上に乗せてやると、にゃぱぁ~とはじける笑顔を見せた後、すかさず手のひらを入念に舐め回し始めた。
この一瞬で私の手にがっちり縋り付いて離さない姿勢をキメる熟練の動きは他のネコには到底真似できない芸当であろう。
太鼓判を押してもいい。こいつは紛れもなく私のハムちゃんだ。
事情を説明すると、女子大生は私にネコ型ハムちゃんを快く引き渡してくれた。
しかしその表情は限りなく冷め切っており、今までの慈愛に満ちた笑みとの温度差からか私は結露し切ったガラスが曇り、冷や汗を流しているのを見ているような気分になった。
あんなに可愛がっていたハムちゃんを見てどうしてこんなに表情を強張らせるのだろうか。
それを考えた時、彼女らはきっと、私の手に縋り付き一心不乱に舐め回すハムちゃんの姿を見て生理的嫌悪感を抱いてしまったのではなかろうかという結論に至った。
それはさながら、酒の席で図らずも可愛がっていた後輩の受け入れ難い性癖の片鱗を見てしまった時のような、行き場のない消化不良な感情と似たものなのかもしれない。
何はともあれハムちゃんの返還を無事成し遂げた私たちは、当初の予定通りショッピングセンターPORCAに向かって歩き出す。
安堵感からか出掛けた時に感じていた空腹がふつふつと舞い戻ってくるのを感じる。
ひと仕事終えたんだ。今日はちょっとだけ贅沢をして美味いものを食おう。
つちのこ寿司にしようか。やにわにステーキも捨てがたいな。
食欲で頭を満たし目的地への期待感を煽る。
掌には唾液のテロテロとした心地の良い不快感。行く先にはカジノのごとくネオンライトの輝きを放つショッピングセンターPORCA。
現在時刻は20時でPORCAの閉店時間は21時だ。
私たちは白線トランポリンの横断歩道を渡り終え少し小走りになりつつ、一歩また一歩と空腹を満たすための歩みを進めた。
両足に一匹ずつ。
ハムちゃんとスターくんというTHE・安直な名前で飼っている。
「なぜ靴の上で?」という声もあると思うが、飼っているのだから仕方ない。
受け入れていただきたい。
「え?靴の上で飼えるの?」という声もあると思うが、現に飼えている。
これも受け入れていただきたい。
それを踏まえた上で今回は、友達の圭の家に遊びに行く話をしよう。
ここ半年で急に動物博愛主義に目覚め、思いつく限りの動物を屋内にほぼ野放しで飼い始めた圭の家にである。
なぜ手に余る程の動物を飼うのか、それは逆に動物を軽視していないだろうかと個人的には思うのだが、以前それをふと口走ったらすごい形相で睨まれたので彼なりのポリシーがあるのだと察して静観を決め込むこととしている。
また、ただ野放しで飼っているだけなら危険を伴うためお邪魔したくはないのだが、躾をしっかりしているのか動物たちは節度ある距離感を保ってくれているので誘いに応じている。
だがもし節度ある距離感を超え、あまつさえ牙を剥き襲いかかってこようものならば、その時は金輪際家には近付かないと決めている。
そんな誓約を胸に秘めつつ、ハムちゃんとスターくんと共に訪れた圭の家の室内は、より動物が住むのに適した形に変貌を遂げていた。
小さなジャングルを思わせる植林スペースや湿度が管理された湿地スペースなど、屋内でありながら一定の生態系が築かれているであろう佇まいに私は眉をひそめた。
ありていに言うと、ドン引きした。
とりあえずハムちゃんとスターくんは靴の中に避難させることにして二階へ上がってみると、二階部分は一般的な住居の体裁を保っていたためひとまず安心した。
やはり家族と同居している手前、大掛かりな改装工事はできなかったと見える。
突飛なことを言い出し、いつもどのような距離感で接したらいいか困らされている圭の家族だが、今回ばかりは感謝する他ない。心よりのありがとうを送ろう。
そしてだいたい2時間程度圭とテレビゲームに興じて夕刻の頃、お腹がすいたので近くのショッピングモールPORCAへ食事をしに出掛けることとなった。
この家は動物に優しい反動として人間に厳しい環境を作っているのか、まるで人間が食べるに値するものがないのだ。
あるのはビタミン系の錠剤とホエイプロテインと冷凍食品の類だけ。
圭の弟が自給自足で作っている野菜はなぜか動物たちの飼料になっている。
圭の弟は野菜を育てるのが好きなだけで消費するのには関心がないらしいのだが、それにしてもほぼ全てが飼料として消費されている現実には納得しているのだろうか。
もし仮に私が丹精込めて育てた野菜が飼料として消費されたら、発狂し、そんな無礼極まりないことをしでかした奴を見つけ次第、今度の人生を野菜と離縁して過ごしたくなるほど執拗にとやかく言う自信があるのだけれど。
人の家の事情に首をつっこむのは主義ではないので胸に秘めておくとしても、不思議な感覚をどうしても感じてしまうのは許して欲しいところである。
そんなことをうだうだ考えつつ出掛けようとした時、圭の母に呼び止められた。
どうやらスマホの画面をプロジェクタで壁に映したいのだが、機械が苦手で映せないらしい。
どうしてスマホの画面を壁に映したいのかと聞くと、今大人気のソシャゲ「プリンセスステージ」通称プリステの画面をプロジェクタで映しながらガチャを引くとSSレアが出るジンクスがあるとのことだった。
「なんだそれ」とは思ったが、いつもお邪魔している手前頼られたら応えたいのが心理である。
プロジェクタ内蔵のシーリングライトとの接続とのことで難しさはあったが、 Wi-Fi接続を使えばしっかりプロジェクタとの接続できたので問題は解決した。これで存分にガチャってくれと思いながら、一階へ降りた。
一階に降りると靴の中に避難させていたハムちゃんが消えていた。
焦る私に圭は淡々と「そこにいるぞ。」と告げた。
どうやら、玄関横のハムスター用のケージに移動したようで、そこで圭のハムスターのひまわりの種を奪い取って我が物顔で食べていた。
誰に似たんだ。太々しい。
ただ、このままここに置いて出掛けてしまえば圭のハムスターの餌を食べ尽くし兼ねない。
どこか違う場所に移動してから出掛けたいのだが、こうウロチョロするんじゃ間違って鷹などのエサ箱に入って食われてしまうかもしれない恐怖はどうしても感じてしまう。
連れて出掛けるしかないのか。
靴の上が大好きなハムちゃんは靴の上に、そこまででもないスターくんは圭の手の中に収めて出掛けることとなった。
しかし出掛けるや否や圭は表情を曇らせた。
どうやら手の中のスターくんが執拗に自分の手を舐めてくるので不快に感じたらしい。
許してくれ、圭。
この子たちは毎日靴の上で生活しており、靴からでも栄養を摂るべくペロペロガシガシしてしまうのだ。
それにより、靴に付着したタンパク源や炭水化物、脂質を摂り込んで生命を繋いでいる。
いわば舐めることは習慣であり、生存戦略なのだ。
「ガシガシするのは申し訳ない」とこの子なりに気を遣っているのだから、ペロペロには目を瞑って愛でてやってくれ。
そのような祈りに似た視線を圭に送った後、私の靴の上にいるハムちゃんに視線を移す。
何もない。
靴の上には誰もいない。
え?ハムちゃん?!
焦る。
さっきの圭の家で失踪したのとは勝手が違う。ここは屋外で、圭の家以上に危うさがそこら中に転がっている。
なぜ?
いつも靴にしっかり掴まってついてきてくれていたじゃあないか。
どうして?
なにゆえに靴の上にハムちゃんがいない。周りを見回しても、そこには道ゆく人々が歩いているだけ。
身体中から血の気が引いて冷たく硬くなっていく。私は真冬のコンクリートと混ざり合う。
そんな最中、圭がある一点に指をさした。
「あそこにいる女の子二人の中心にいるの、お前の探しているハムちゃんじゃねぇの?」
視線を移すと、確かにそこには女子大生くらいの女の子二人とその中心に何か動物らしき影が見える。
血相を変え急いでその場に向かうと、そこにいたのはネコだった。
しかしそのネコはただのネコではなく、エスプレッソカップサイズのとても小さな子ネコで、あろうことか女の子とおしゃべりをしている。
大変奇妙なことではあるが、ネコならば用はない。
私が探しているのはハムスターのハムちゃんだ。ネコではない。
しかし、なぜだかそのネコから意識をそらすことができない。
そのネコがハムちゃんと同じくらいの大きさの子ネコだからなのだろうか。
ここでこいつをハムちゃんではないと決定付けてこの場を離れてしまったならば、この時の決断を一生後悔するような確信に似た落ち着かない肌触りを感じる。
私は仕方なくこの極めて小さな子ネコに話しかけた。
「お前はなんだ?」
「にゃんだとは不躾にゃんじゃにゃいかご主人。うちがこの可愛いおんにゃの子逹と楽しくおしゃべりしているところに割って入ってきておいて、開口一番その言い草は頂けにゃいにゃぁ。」
よくしゃべりおるな、このネコっころ。
だがしかし、この横暴なしゃべり口は、勝手に自分の居場所の靴から離れて圭のハムスターのケージに入り、我が物顔でひまわりの種を独占していたハムちゃんに重なるところがあるように感じる。
そう思いたいだけなのかもしれないが、とりあえず話を続けてみる。
「体のいい言葉で煙に撒くな。私はお前に『お前は何者だ』と聞いているんだ。素直に答えろ。」
「命令口調が気に食わにゃくて傷付くってのに、それだけじゃにゃくうちのことも忘れちゃったにゃんて、ダブルで心抉られちゃうにゃぁ。はぁ。察しの悪いご主人に懇切丁寧に教えてやると、うちはご主人が愛して止まにゃいハムちゃんその人なんだにゃ!さあ、歓喜に咽び泣くにゃ!」
いや、お前は人じゃなくてハムスターだろ、いや今はネコなのか!などと一瞬頭を過ぎったが、どうやらこいつが私が探していたハムちゃんのようだった。
その証拠として、この勝手にいなくなった癖に悪びれていない唯我独尊を地でいく姿勢は、私が長きに渡ってハムちゃんと過ごしてきた中で感じていたそれに違いなかった。
何度ケージに入れて逃げ出さないように頭を捻ってみても、その創意工夫を嘲笑うかの如く、いつの間にかスターくんを引き連れて靴の上に鎮座ましましていたハムちゃんの憎たらしさは、今思い出しても腸が煮えくり返るほどに脳裏に焼き付いている。
また、話すと何故か強く当たってしまうことからも、こいつがハムちゃんであると言えるのではないだろうか。
こいつがハムちゃんだと分かり話せるようになった今でさえも、愛して止まないハムちゃんとおしゃべりができるようになった嬉しさよりも、じゃじゃ馬でおてんばなハムちゃんの印象の中からわずかに抱いていた可愛げが消失してしまった喪失感の方が優っている。
この染み付いた残念な雰囲気を感じとった時、私はこいつがほぼ間違いなくハムちゃんなのだと心から頷くことができた。
仕方なく抱き上げ手のひらの上に乗せてやると、にゃぱぁ~とはじける笑顔を見せた後、すかさず手のひらを入念に舐め回し始めた。
この一瞬で私の手にがっちり縋り付いて離さない姿勢をキメる熟練の動きは他のネコには到底真似できない芸当であろう。
太鼓判を押してもいい。こいつは紛れもなく私のハムちゃんだ。
事情を説明すると、女子大生は私にネコ型ハムちゃんを快く引き渡してくれた。
しかしその表情は限りなく冷め切っており、今までの慈愛に満ちた笑みとの温度差からか私は結露し切ったガラスが曇り、冷や汗を流しているのを見ているような気分になった。
あんなに可愛がっていたハムちゃんを見てどうしてこんなに表情を強張らせるのだろうか。
それを考えた時、彼女らはきっと、私の手に縋り付き一心不乱に舐め回すハムちゃんの姿を見て生理的嫌悪感を抱いてしまったのではなかろうかという結論に至った。
それはさながら、酒の席で図らずも可愛がっていた後輩の受け入れ難い性癖の片鱗を見てしまった時のような、行き場のない消化不良な感情と似たものなのかもしれない。
何はともあれハムちゃんの返還を無事成し遂げた私たちは、当初の予定通りショッピングセンターPORCAに向かって歩き出す。
安堵感からか出掛けた時に感じていた空腹がふつふつと舞い戻ってくるのを感じる。
ひと仕事終えたんだ。今日はちょっとだけ贅沢をして美味いものを食おう。
つちのこ寿司にしようか。やにわにステーキも捨てがたいな。
食欲で頭を満たし目的地への期待感を煽る。
掌には唾液のテロテロとした心地の良い不快感。行く先にはカジノのごとくネオンライトの輝きを放つショッピングセンターPORCA。
現在時刻は20時でPORCAの閉店時間は21時だ。
私たちは白線トランポリンの横断歩道を渡り終え少し小走りになりつつ、一歩また一歩と空腹を満たすための歩みを進めた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる