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第3部 佐藤の試練
第32話 Curiosity killed the cat【好奇心は猫を殺す】
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──どういうこっちゃねん?
ヴァンを倒す方法? ヴァンの息の音を止める?
崩れたビールケースから身体を起こすと佐藤は一目散に走り始めていた。後ろからは黒いかたまりが物凄い勢いで追いかけてくる。
「待て、佐藤。話を聞け!」
(フライや……)
子猫の足では到底振り切れない。佐藤は減速するとフライを振り返った。
「来んなっ!」
フライは佐藤から少し距離を置いてゆっくりと止まった。
「佐藤……」
「こっちに来んなっちゅうねん! この裏切り者っ!」
朱に染まりかけた空を背景に二匹の猫は肩を揺らしながら対峙した。白いビニールの袋が空高く風に舞い上げられる。
「聞けっ。何を誤解してるか知らんがあれは作戦なんだ。ザンパノの仲間になったふりをして油断させているだけだ」
「作戦……?」
佐藤はふっと肩の力が抜けるような気がした。
「そうさ、これはヴァンの作戦なんだ。いってみりゃスパイさ。知ってるだろ? スパイ……ん?」
フライはゆっくりと近付いていく。
「ヴァンの……?」
「そうだ、ヴァンのだ。相手を油断させておいて──」
佐藤の体がふわりと浮いた。
『──しまった!』
いつの間にか後ろに回り込んでいたザンパノの手下シースルーに首根っこをくわえられている。
「油断させておといて……捕まえる。おい、あんまり手荒なことはしないでやってくれ」
これほど冷たい表情のフライを見るのは佐藤にとっても初めてだった。
「佐藤、話をどこまで聞いた……」
目の前のガラスに佐藤は両前足の肉球をペタリと押し付けた。
「出せーーっ! アホ! ボケ! うんこたれーーっ!」
ザンパノのねぐらはもと居酒屋である。その名残りであるビール瓶や一升瓶を収納するガラス張り冷ケースの中に佐藤は閉じ込められてしまっていた。
「小僧、おまえの名は何と言う?」
そのザンパノの問いかけにに答えたのはフライだった。
「サトウだ。安心しなよ、鳥の名前じゃない。人間の名前だ」
シースルーは念のため頭の中の鳥類図鑑を開く。
南アジアに『さとうインコ』というのがいるにはいるがまあこれは無視していいだろう。『鳥の名を持つもの』はヴァン=ブランで決まったようなものだ。名前さえわかればあとはその名を呼び瓢箪に吸い込むだけ、とは何の物語だったか。ただ──
この予言に含まれた異物。その正体が未だ不明であることがシースルーの頭には引っ掛かっていた。
「佐藤、ヴァンはこのことを知っているのか?」
フライはガラス越しに問い詰める。
「ボクが勝手についてきたんや。ヴァンは関係あらへん」
フライは少し安堵した。
「なら、おまえが屋敷に戻らなくても怪しまれる心配はないわけだな」
一方、正直に本当のことを言ってしまった佐藤は前足で口を押さえた。
『しもうた。ヘタこいた。アホやなボクは……』
「黒猫、この小さいのは少しここで預かることにするよ? 保険としてね」
「あ゛?」
「君を信用していないわけじゃない。ないが、もし、もしもだけどね、君が僕たちを裏切った場合はこのサトウとやらを解放する。そうすると……どうなるかはわかるよね?」
『──俺の裏切り行為が皆にバレる……』
フライの頭の中を見透かしたシースルーは「よくできました」とばかりにニコリと笑う。
用心深いヤツらだ。これではたとえ策略が成功したとしても結局はもう一匹……佐藤の口まで、封じなければ駄目じゃないか……。
佐藤は無垢な眼差しでフライをじっと見つめている。まるで息子のハッシュに見られているような気がしてフライは胸が締め付けられるようだった。
──くそ! なぜ、ついてきたりした? 佐藤……。
嘘が嘘を呼ぶように、まるで悪意が悪意を芋づる式に招いているようだった。
「さあ、黒猫。話をしよう。僕らが望むものを与えてくれさえすれば決して悪いようにはしない。共に倒そうよ、そのヴァン=ブランって奴を」
▼▲▼▲▼▲
がし……がしがし…………
ヴァンは片足を使い地面に小さな穴を掘る。別に意味などはない。考えごとがある時の癖みたいなものだ。
『できれば考えたくないが──』
フライの交渉がうまくいかなければザンパノと闘うことになるのは必至だ。自分より体のデカいやつとどう相見えるか? ヴァンは旅の途中で目にしてきたボス猫たちのバトルを思い返しイメージトレーニングしてみる。
ざしゃ、ざしゃざしゃ…………
今度は掘った土をもとに戻す。掘っては埋めてを三度ほど繰り返した時、門の方でどよめきが起こった。フライが戻ってきたのだ。
「フライだ」
「どうだった? フライ」
「ザンパノを見たの? やっぱりデカかったかい? 怖くなかったかえ?」
と、群がる猫たちだったがヴァンが現れるや否やフライに続く道をモーゼの『十戒』の如く割って開いた。
「ヴァン、すまん。皆も聞いてくれ。ザンパノとの交渉は……決裂した」
そのフライの言葉は一滴の雨粒のように音もなく周りに波紋を拡げていった。やがてその水面に静けさか戻った時、誰かがポツリと呟いた。
「でもさ……すげぇよ。一匹でザンパノに会いに行ったんだろ?」
「そうよ。私だったら怖くてとても…… 立派よ、フライ」
なぐさみかもしれないが皆が皆そう言ってくれることにフライは驚いた。このところ蚊帳の外が多かったため、こうしてチヤホヤされるのも久しぶりだなと思う反面、『この数時間のうちにオレは何度嘘をついたのだろう……』とも考えずにはいられなかった。
「仕方ないさ、フライ。まだ想定内のことだ」
ヴァンは言った。
「そうだよ、ヴァンならやってくれるさ!」
「そうよ、ヴァンにまかしときゃ間違いないわ」
そう──。そしてこうやって最後にはまたヴァンに全てかっさらわれてしまうのだ。
『ひょっとしてヴァンはこれを狙ってたんではないのか? 最初から俺が失敗するだろうと踏んで……』と、生臭い心の闇がまた侵食を始める。それを敏感に察知したフライは首を振って必死に自分に言い聞かせた。
──ヴァンがまともに勝負したって負けてしまえば『ゼロ』なんだ。何も得られない。だがヴァン一匹を生け贄にさえ出せば100%公園が手に入るんだ。そうさ、これは皆のためなんだ!
だがその考えすら所詮は闇の手先であることにフライはまだ気付いていなかった。
ヴァンを倒す方法? ヴァンの息の音を止める?
崩れたビールケースから身体を起こすと佐藤は一目散に走り始めていた。後ろからは黒いかたまりが物凄い勢いで追いかけてくる。
「待て、佐藤。話を聞け!」
(フライや……)
子猫の足では到底振り切れない。佐藤は減速するとフライを振り返った。
「来んなっ!」
フライは佐藤から少し距離を置いてゆっくりと止まった。
「佐藤……」
「こっちに来んなっちゅうねん! この裏切り者っ!」
朱に染まりかけた空を背景に二匹の猫は肩を揺らしながら対峙した。白いビニールの袋が空高く風に舞い上げられる。
「聞けっ。何を誤解してるか知らんがあれは作戦なんだ。ザンパノの仲間になったふりをして油断させているだけだ」
「作戦……?」
佐藤はふっと肩の力が抜けるような気がした。
「そうさ、これはヴァンの作戦なんだ。いってみりゃスパイさ。知ってるだろ? スパイ……ん?」
フライはゆっくりと近付いていく。
「ヴァンの……?」
「そうだ、ヴァンのだ。相手を油断させておいて──」
佐藤の体がふわりと浮いた。
『──しまった!』
いつの間にか後ろに回り込んでいたザンパノの手下シースルーに首根っこをくわえられている。
「油断させておといて……捕まえる。おい、あんまり手荒なことはしないでやってくれ」
これほど冷たい表情のフライを見るのは佐藤にとっても初めてだった。
「佐藤、話をどこまで聞いた……」
目の前のガラスに佐藤は両前足の肉球をペタリと押し付けた。
「出せーーっ! アホ! ボケ! うんこたれーーっ!」
ザンパノのねぐらはもと居酒屋である。その名残りであるビール瓶や一升瓶を収納するガラス張り冷ケースの中に佐藤は閉じ込められてしまっていた。
「小僧、おまえの名は何と言う?」
そのザンパノの問いかけにに答えたのはフライだった。
「サトウだ。安心しなよ、鳥の名前じゃない。人間の名前だ」
シースルーは念のため頭の中の鳥類図鑑を開く。
南アジアに『さとうインコ』というのがいるにはいるがまあこれは無視していいだろう。『鳥の名を持つもの』はヴァン=ブランで決まったようなものだ。名前さえわかればあとはその名を呼び瓢箪に吸い込むだけ、とは何の物語だったか。ただ──
この予言に含まれた異物。その正体が未だ不明であることがシースルーの頭には引っ掛かっていた。
「佐藤、ヴァンはこのことを知っているのか?」
フライはガラス越しに問い詰める。
「ボクが勝手についてきたんや。ヴァンは関係あらへん」
フライは少し安堵した。
「なら、おまえが屋敷に戻らなくても怪しまれる心配はないわけだな」
一方、正直に本当のことを言ってしまった佐藤は前足で口を押さえた。
『しもうた。ヘタこいた。アホやなボクは……』
「黒猫、この小さいのは少しここで預かることにするよ? 保険としてね」
「あ゛?」
「君を信用していないわけじゃない。ないが、もし、もしもだけどね、君が僕たちを裏切った場合はこのサトウとやらを解放する。そうすると……どうなるかはわかるよね?」
『──俺の裏切り行為が皆にバレる……』
フライの頭の中を見透かしたシースルーは「よくできました」とばかりにニコリと笑う。
用心深いヤツらだ。これではたとえ策略が成功したとしても結局はもう一匹……佐藤の口まで、封じなければ駄目じゃないか……。
佐藤は無垢な眼差しでフライをじっと見つめている。まるで息子のハッシュに見られているような気がしてフライは胸が締め付けられるようだった。
──くそ! なぜ、ついてきたりした? 佐藤……。
嘘が嘘を呼ぶように、まるで悪意が悪意を芋づる式に招いているようだった。
「さあ、黒猫。話をしよう。僕らが望むものを与えてくれさえすれば決して悪いようにはしない。共に倒そうよ、そのヴァン=ブランって奴を」
▼▲▼▲▼▲
がし……がしがし…………
ヴァンは片足を使い地面に小さな穴を掘る。別に意味などはない。考えごとがある時の癖みたいなものだ。
『できれば考えたくないが──』
フライの交渉がうまくいかなければザンパノと闘うことになるのは必至だ。自分より体のデカいやつとどう相見えるか? ヴァンは旅の途中で目にしてきたボス猫たちのバトルを思い返しイメージトレーニングしてみる。
ざしゃ、ざしゃざしゃ…………
今度は掘った土をもとに戻す。掘っては埋めてを三度ほど繰り返した時、門の方でどよめきが起こった。フライが戻ってきたのだ。
「フライだ」
「どうだった? フライ」
「ザンパノを見たの? やっぱりデカかったかい? 怖くなかったかえ?」
と、群がる猫たちだったがヴァンが現れるや否やフライに続く道をモーゼの『十戒』の如く割って開いた。
「ヴァン、すまん。皆も聞いてくれ。ザンパノとの交渉は……決裂した」
そのフライの言葉は一滴の雨粒のように音もなく周りに波紋を拡げていった。やがてその水面に静けさか戻った時、誰かがポツリと呟いた。
「でもさ……すげぇよ。一匹でザンパノに会いに行ったんだろ?」
「そうよ。私だったら怖くてとても…… 立派よ、フライ」
なぐさみかもしれないが皆が皆そう言ってくれることにフライは驚いた。このところ蚊帳の外が多かったため、こうしてチヤホヤされるのも久しぶりだなと思う反面、『この数時間のうちにオレは何度嘘をついたのだろう……』とも考えずにはいられなかった。
「仕方ないさ、フライ。まだ想定内のことだ」
ヴァンは言った。
「そうだよ、ヴァンならやってくれるさ!」
「そうよ、ヴァンにまかしときゃ間違いないわ」
そう──。そしてこうやって最後にはまたヴァンに全てかっさらわれてしまうのだ。
『ひょっとしてヴァンはこれを狙ってたんではないのか? 最初から俺が失敗するだろうと踏んで……』と、生臭い心の闇がまた侵食を始める。それを敏感に察知したフライは首を振って必死に自分に言い聞かせた。
──ヴァンがまともに勝負したって負けてしまえば『ゼロ』なんだ。何も得られない。だがヴァン一匹を生け贄にさえ出せば100%公園が手に入るんだ。そうさ、これは皆のためなんだ!
だがその考えすら所詮は闇の手先であることにフライはまだ気付いていなかった。
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