私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか

れもんぴーる

文字の大きさ
15 / 33

意外にもできる男

しおりを挟む
 我に返ったエミリアが「不採用」と告げると、自分は法学を修習しているうえに、王宮で官吏の職に就いていたため書類の作成なども得意だと猛アピールをしてきた。しかも給金はわずかで良いという。
 ディックは、こんな人材は二度とこないと雇用に乗り気だ。
 とりあえず3日間はレイノー国に滞在するとのことで、明日返事をすることになった。

 あれから逃げてきて、なんで雇わないといけないのか。なぜこんなことになっているのか。エミリアはため息をついた。


 翌日、神妙な顔をしてヨハンが現れた。
 ただ採用の合否を告げるだけなのに、死刑執行を待つような顔だ。
「バランド様、今回の採用結果について・・・誠に残念ですが・・・」
「エミリア様!無償で!無給で働かせていただきます!ですからここで働かせてください。」
 ヨハンは机越しに身を乗り出し必死でアピールしてくる。
「で、ですから残念ですが採用・・・」
「エミリア様~!」
「もう、うるさいです!採用だと言ってるでしょう!」
 半泣きのヨハンはキョトンとして
「え?さい・・よう…採用?!」
「そうです!本当に!非常に!残念な事ですが、バランド様に来ていただくことになりました!」
 ヨハンは目を丸くしたのち、ボロボロボロッと涙を落とし
「ありがとうございます・・・エミリア様。一生、一生幸せにします!」
 俯いてそういうヨハンが怖い。
「・・・やっぱり不採用にします。」
「うわあ、すいません。働きます、ちゃんと働きます!」
 採用時点でこの騒ぎ、今後が思いやられる。

 エミリアは即、不採用と判断をした。
 しかしこんな人材が他に応募してくることはないと、ディックに思いきり説得され、事業所を守るためには公私混同しないようにも説得された。
 エミリアは事業所の為に涙を飲んで、専門事務員としては優秀であろうヨハンの採用を決めたのだ。
 他に応募の見込みがなく、業務上すぐにでも欲しい人材。 
 私的な感情を封印しての決断だったが、即後悔だった。


 翌日も滞在するはずだったが、ヨハンはこちらに移住する準備を整えてくると言ってさっさと帰国して行った。
 そして三日後、荷物を持ってやってくるとエミリアの家の近くに家を借りてこの国の住民になった。


 意外にも・・・ヨハンは即戦力だった。
 
 エミリアからおおよその話を聞くと一枚の書類を作成した。
「こちらを観光開始前に説明し、サインをしていただくのはいかがでしょうか。」
 その書類にはこれまで口頭で説明していたような注意点だけではなく、禁止事項や約束事が細かく書かれ、契約を破った場合の責任の有無、トラブル時の対応などもきちんと定められていた。
 こちらの注意を聞かずトラブルが発生した場合、こちらは免責の上、損害賠償を求めることもあり得ると説明されていた。
 強い文言ではないかと思ったが、通常の観光では起こりえないことで、逆にこれに文句を言うような客は受けない方がよいという。
 エミリアは内心感心しながらも、しぶしぶといった表情で
「バランド様・・・来ていただいてよかった・・・ようです。」
 そう言った。
 ヨハンは嬉しそうに
「私の事はヨハンとお呼びください!私はあなたの部下ですから!」
「・・・いえ。専門家としてきていただいておりますので。敬意を表させていただきます。」
(仕事はこんなにできるのに・・・)

 王宮の官吏の仕事を辞めてきたヨハン、優秀でおそらく高給取りだったに違いないのに、こんないつ潰れるかわからない所にくるなんてもったいなさすぎる。
「バランド様、今日はもう終業でよろしいですわ。ここにも毎日来ていただかなくて大丈夫です。トラブル時や契約時、書類作成時の相談時に連絡いたしますので・・・」
「いえ!実務を知らないと対処が難しくなりますので毎日きます!受付でも雑用でも何でもいたします。・・・二人きりにさせられませんから。」
 ちらっとディックを見て、最後はごにょごにょとつぶやいた。

 別の日、
「ちょっと拝見しますね。」
 ヨハンはこれまでの顧客リストをパラパラ見ながら何かメモを取っていた。
 そして業務終了後、年齢や性別。客同士の関係性などリストにしたものを見せられた。
「このような情報をまとめておくといずれ役立つと思います。できればエミリア様がお客様に感じた事や聞いたことを書いておいたり、満足度や行きたい場所など聞き取り調査をしておくと、今後の観光案内ルートの提案にも役立つと思いますし。」
 年代ごとの好みや夫婦、家族、友人その関係によっても好まれるものは変わるだろう。それをいかすよう教えてくれる。
「・・・。」

 ちょろいだとか、バカだとか・・・思っていたことを心の中で詫びた。
「バランド様・・・凄いですわ。ありがとうございます。私は目の前の事に必死で全然考えもつきませんでした。これからも色々教えていただけると助かります。」
「お任せください!」
(はああぁぁ!神様聞きました?エミリア様が認めてくれましたよ!!神様、挽回のチャンスを与えて下さりありがとうございます!)
 ヨハンは天にも昇る気持ちだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

『親友』との時間を優先する婚約者に別れを告げたら

黒木メイ
恋愛
筆頭聖女の私にはルカという婚約者がいる。教会に入る際、ルカとは聖女の契りを交わした。会えない間、互いの不貞を疑う必要がないようにと。 最初は順調だった。燃えるような恋ではなかったけれど、少しずつ心の距離を縮めていけたように思う。 けれど、ルカは高等部に上がり、変わってしまった。その背景には二人の男女がいた。マルコとジュリア。ルカにとって初めてできた『親友』だ。身分も性別も超えた仲。『親友』が教えてくれる全てのものがルカには新鮮に映った。広がる世界。まるで生まれ変わった気分だった。けれど、同時に終わりがあることも理解していた。だからこそ、ルカは学生の間だけでも『親友』との時間を優先したいとステファニアに願い出た。馬鹿正直に。 そんなルカの願いに対して私はダメだとは言えなかった。ルカの気持ちもわかるような気がしたし、自分が心の狭い人間だとは思いたくなかったから。一ヶ月に一度あった逢瀬は数ヶ月に一度に減り、半年に一度になり、とうとう一年に一度まで減った。ようやく会えたとしてもルカの話題は『親友』のことばかり。さすがに堪えた。ルカにとって自分がどういう存在なのか痛いくらいにわかったから。 極めつけはルカと親友カップルの歪な三角関係についての噂。信じたくはないが、間違っているとも思えなかった。もう、半ば受け入れていた。ルカの心はもう自分にはないと。 それでも婚約解消に至らなかったのは、聖女の契りが継続していたから。 辛うじて繋がっていた絆。その絆は聖女の任期終了まで後数ヶ月というところで切れた。婚約はルカの有責で破棄。もう関わることはないだろう。そう思っていたのに、何故かルカは今更になって執着してくる。いったいどういうつもりなの? 戸惑いつつも情を捨てきれないステファニア。プライドは捨てて追い縋ろうとするルカ。さて、二人の未来はどうなる? ※曖昧設定。 ※別サイトにも掲載。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

処理中です...