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再会
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「アンヌ、ミレーユの舞台を見にいかないか」
時々別邸を訪れアンヌとも顔なじみになっていた嫡男のナリスがアンヌを誘う。
「兄上、僕たちはいつもミレーユの歌を聞いているからいいんだよ」
「だが、歌声が響くように作られた劇場で聞くのはまた違った素晴らしさがあるよ。どうかな?」
「それはとっても興味がありますが・・・私などが劇場に行くわけにはまいりません」
「大丈夫だよ、ドレスはプレゼントするから心配はいらない」
フェリクスはなんだかにやにやしながら
「アンヌ、行って来たら? たまにはご令嬢ごっこもいいんじゃない?」
「あはは、ごっこですか? そう思うと楽しそうですね。劇場というのも初めてですし、よろしくお願いします」
アンヌは初めての観劇が楽しみだった。
ナリスが差し出してくれたハンカチで涙を拭きながら、劇場を出る。
「ミレーユ様は本当に素晴らしいですね。言葉や調に精霊が宿っているようですわ」
「本当に。それもM・アッサンの歌があってこそだけどね。君の師匠という方は本当にすごい方だな」
「はい!」
ここにも同志が一人!順調に布教が進んでいるとアンヌが喜んでいると
「君は旅人の事が忘れられないのかな?」
と、ナリスが真面目な顔で聞いてくる。
「え?」
「君には胸に秘める旅人がいるのかな?」
「あ・・・それは・・・」
忘れられない人がいる。どんなに焦がれて苦しくてあがいても二度と会えない人。
旅人は自分。帰りたくても帰れない自分。時間軸がそうなっているのか定かではないけど。
いや・・・そうじゃない、もう違う生として生きている以上、この気持ちは昇華させてあげなくてはならないのだ。
「・・・いいえ、あの歌が大好きで感情移入してしまうだけです」
「そうか。君があの歌を歌う時は本当に切なそうだから・・・誰か想う者でもいるのかとおもったよ」
「そんな方がいたら御厄介になっておりません。その方のもとに飛んでまいりますから」
そんな話をしていた時、声をかけられた。
「アンジェリーヌ!!」
不機嫌さと怒りを顔面に浮かべた婚約者が立っていた。いや、元婚約者というべきか。
髪型も化粧も衣装も別人のように変わっているのによくわかったわね、とアンヌは思った。
家出をしている以上、知り合いの貴族にばれないように変装したつもりだったがロジェが声をかけてきた。
「これはグラニエ様、お久しぶりですね。私の連れに何か?」
「どういうつもりですか? これは私の婚約者ですよ、しかも家を・・・いや。とにかくアンジェリーヌを返していただきたい!」
自分がいなくなって清々しているかと思ったロジェがなぜか探していたようだ。
しかも家出したことは内緒にしようとしてくれている。この男にこんな親切心などあっただろうか。
「これはまたいきなりですね。いささか礼にかけるのではないですか?」
「あ・・いや、申し訳ない。ですが自分の婚約者がほかの令息と腕など組んでいれば誰だって許せませんよ」
「グラニエ様の婚約者? 彼女は平民ですよ。無理を言って私に付き合ってもらっただけで貴族社会とは縁のない女性です 」
「そんな嘘が通用するとでも? アンジェリーヌ、お前は何をしているんだ! どれだけみんな心配していると思ってる!」
そちらこそなんでまだ婚約者を名乗っているのだと言い返したいが、ナリスがせっかく言ってくれているのだから他人の振りをしよう。
「ナリス様、この人なんなの? 公爵家のナリス様にずいぶんな態度じゃない」
礼儀も言葉使いも全くなっていないアンジェリーヌにロジェは眉を顰める。
いつも暗くて俯いて、ロジェに気を遣っておどおどして・・・でも丁寧な言葉使いと品はあった、そして他人に対する気遣いも。そんなアンジェリーヌはどこにもいなかった。
「まさか・・・本当にアンジェリーヌじゃないのか?」
「何? まさか私に一目ぼれだったりする? 新手のお誘い? でもせっかく貴族様に見初められてもタイプじゃないなあ」
「ア、アンジェリーヌはこんな下品な女ではない!」
「私の連れに対してずいぶんと失礼だが・・・人違いだということはわかってくれたようですね」
「それは・・・大変失礼いたしました。」
「婚約者がどうかされたのですか?」
「いえ。・・・本当に申し訳ありませんでした」
ロジェは頭を下げて戻っていった。
その途端にナリスは笑って
「君、本当に侯爵令嬢なの? 本当に平民だと思っちゃったよ」
「ふふ、よかったです。バレなくて済みました。」
とても楽しかった。
しかしまだあの婚約者と縁が切れていなかったことにアンジェリーヌは驚いた。
「かばっていただき助かりました。」
「彼とは婚約を解消したように聞いていたんだけど?」
「あちらから話があり、承知しました。ですがまだ手続きをしてくれないようですね」
「あの様子じゃ、全然別れる気などなさそうだ」
「自分から言い出しておいて何を考えてらっしゃるのか。でも私は家出中ですし、近いうちに成立するのではと思います。ご迷惑をおかけしまって申し訳ありません。もしばれたときは、食堂で働いていた平民だと思っていたと言い通してくださいね」
「私の事は大丈夫だよ。ところで君は彼と本当に婚約を解消したいの?」
「はい、それはもう。すがすがしいほどに」
「そうか・・・で、その後はどうするつもり?」
「このままアンヌとして生きていくつもりです。貴族社会で生きるよりよほど自由で楽しくて生きている実感があります。今更戻れません」
「う~ん、弱ったな。」
「どうしたんですか?」
「いや、私の婚約者になってくれないかと打診をしようと思っていたのだが・・・」
「ふぁい?!」
「いつも楽しそうに笑顔でいる君を見ていて、なんだかこちら迄心が軽くなるようでね。次期公爵という立場は想像以上の重圧なんだけど、君が側にいてくれれば頑張れるよ。君は彼の婚約者として、勉強はしてきたのだろう。公爵夫人としても申し分ないしね」
「いえいえいえ! ナリス様も先ほどおっしゃったではありませんか、まるで貴族に見えないと。もはや私は平民ですのでご辞退いたしますわ。性根は平民そのものです!」
「ふふ、残念だな、本気だったんだけど。まだ時間はあるしね、これからかな」
ふう~。とんでもないことを。貴族社会にまた戻るなんてごめんだわ。ナリス様は素敵な方だけど、絶対だめだわ。
うん。元の婚約者なんかより数倍素敵だけど。
時々別邸を訪れアンヌとも顔なじみになっていた嫡男のナリスがアンヌを誘う。
「兄上、僕たちはいつもミレーユの歌を聞いているからいいんだよ」
「だが、歌声が響くように作られた劇場で聞くのはまた違った素晴らしさがあるよ。どうかな?」
「それはとっても興味がありますが・・・私などが劇場に行くわけにはまいりません」
「大丈夫だよ、ドレスはプレゼントするから心配はいらない」
フェリクスはなんだかにやにやしながら
「アンヌ、行って来たら? たまにはご令嬢ごっこもいいんじゃない?」
「あはは、ごっこですか? そう思うと楽しそうですね。劇場というのも初めてですし、よろしくお願いします」
アンヌは初めての観劇が楽しみだった。
ナリスが差し出してくれたハンカチで涙を拭きながら、劇場を出る。
「ミレーユ様は本当に素晴らしいですね。言葉や調に精霊が宿っているようですわ」
「本当に。それもM・アッサンの歌があってこそだけどね。君の師匠という方は本当にすごい方だな」
「はい!」
ここにも同志が一人!順調に布教が進んでいるとアンヌが喜んでいると
「君は旅人の事が忘れられないのかな?」
と、ナリスが真面目な顔で聞いてくる。
「え?」
「君には胸に秘める旅人がいるのかな?」
「あ・・・それは・・・」
忘れられない人がいる。どんなに焦がれて苦しくてあがいても二度と会えない人。
旅人は自分。帰りたくても帰れない自分。時間軸がそうなっているのか定かではないけど。
いや・・・そうじゃない、もう違う生として生きている以上、この気持ちは昇華させてあげなくてはならないのだ。
「・・・いいえ、あの歌が大好きで感情移入してしまうだけです」
「そうか。君があの歌を歌う時は本当に切なそうだから・・・誰か想う者でもいるのかとおもったよ」
「そんな方がいたら御厄介になっておりません。その方のもとに飛んでまいりますから」
そんな話をしていた時、声をかけられた。
「アンジェリーヌ!!」
不機嫌さと怒りを顔面に浮かべた婚約者が立っていた。いや、元婚約者というべきか。
髪型も化粧も衣装も別人のように変わっているのによくわかったわね、とアンヌは思った。
家出をしている以上、知り合いの貴族にばれないように変装したつもりだったがロジェが声をかけてきた。
「これはグラニエ様、お久しぶりですね。私の連れに何か?」
「どういうつもりですか? これは私の婚約者ですよ、しかも家を・・・いや。とにかくアンジェリーヌを返していただきたい!」
自分がいなくなって清々しているかと思ったロジェがなぜか探していたようだ。
しかも家出したことは内緒にしようとしてくれている。この男にこんな親切心などあっただろうか。
「これはまたいきなりですね。いささか礼にかけるのではないですか?」
「あ・・いや、申し訳ない。ですが自分の婚約者がほかの令息と腕など組んでいれば誰だって許せませんよ」
「グラニエ様の婚約者? 彼女は平民ですよ。無理を言って私に付き合ってもらっただけで貴族社会とは縁のない女性です 」
「そんな嘘が通用するとでも? アンジェリーヌ、お前は何をしているんだ! どれだけみんな心配していると思ってる!」
そちらこそなんでまだ婚約者を名乗っているのだと言い返したいが、ナリスがせっかく言ってくれているのだから他人の振りをしよう。
「ナリス様、この人なんなの? 公爵家のナリス様にずいぶんな態度じゃない」
礼儀も言葉使いも全くなっていないアンジェリーヌにロジェは眉を顰める。
いつも暗くて俯いて、ロジェに気を遣っておどおどして・・・でも丁寧な言葉使いと品はあった、そして他人に対する気遣いも。そんなアンジェリーヌはどこにもいなかった。
「まさか・・・本当にアンジェリーヌじゃないのか?」
「何? まさか私に一目ぼれだったりする? 新手のお誘い? でもせっかく貴族様に見初められてもタイプじゃないなあ」
「ア、アンジェリーヌはこんな下品な女ではない!」
「私の連れに対してずいぶんと失礼だが・・・人違いだということはわかってくれたようですね」
「それは・・・大変失礼いたしました。」
「婚約者がどうかされたのですか?」
「いえ。・・・本当に申し訳ありませんでした」
ロジェは頭を下げて戻っていった。
その途端にナリスは笑って
「君、本当に侯爵令嬢なの? 本当に平民だと思っちゃったよ」
「ふふ、よかったです。バレなくて済みました。」
とても楽しかった。
しかしまだあの婚約者と縁が切れていなかったことにアンジェリーヌは驚いた。
「かばっていただき助かりました。」
「彼とは婚約を解消したように聞いていたんだけど?」
「あちらから話があり、承知しました。ですがまだ手続きをしてくれないようですね」
「あの様子じゃ、全然別れる気などなさそうだ」
「自分から言い出しておいて何を考えてらっしゃるのか。でも私は家出中ですし、近いうちに成立するのではと思います。ご迷惑をおかけしまって申し訳ありません。もしばれたときは、食堂で働いていた平民だと思っていたと言い通してくださいね」
「私の事は大丈夫だよ。ところで君は彼と本当に婚約を解消したいの?」
「はい、それはもう。すがすがしいほどに」
「そうか・・・で、その後はどうするつもり?」
「このままアンヌとして生きていくつもりです。貴族社会で生きるよりよほど自由で楽しくて生きている実感があります。今更戻れません」
「う~ん、弱ったな。」
「どうしたんですか?」
「いや、私の婚約者になってくれないかと打診をしようと思っていたのだが・・・」
「ふぁい?!」
「いつも楽しそうに笑顔でいる君を見ていて、なんだかこちら迄心が軽くなるようでね。次期公爵という立場は想像以上の重圧なんだけど、君が側にいてくれれば頑張れるよ。君は彼の婚約者として、勉強はしてきたのだろう。公爵夫人としても申し分ないしね」
「いえいえいえ! ナリス様も先ほどおっしゃったではありませんか、まるで貴族に見えないと。もはや私は平民ですのでご辞退いたしますわ。性根は平民そのものです!」
「ふふ、残念だな、本気だったんだけど。まだ時間はあるしね、これからかな」
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