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アンジェリーヌとヴァランティーヌ王女
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ロッシュ公爵は執務室の窓から騎士団を見ていた。
久しぶりのアッサンの訪問に沸き立つ騎士団。
アッサンが体調を崩したからとの理由で、ここの所ずっと慰問がなかったのだ。
顔に仮面をかぶったおなじみのいでたちで登場したアッサンは拍手で迎えられていた。
しかし・・・あの仮面の下は別人なのだ。
どうなることやらと思って見ていたが、ナリスが先に皆に何か伝え、そのあとアッサンが歌い始めた。
歌声も違うだろうに、騎士団たちは驚く様子もなく、誰もがいつも通りの様子で聞き入っていた。
大方、ナリスが療養のため声質が変わったとでも言ったのかもしれない。
彼らがあっさりと彼女をアッサンとして受け入れたことにホッとしながら、先ほど、ヴァランティーヌ王女がアッサンとして自分の前に現れた時の事を思い出した。
ヴァランティーヌ王女は公爵と会うなり、にっこりと笑い、「これからもお世話になりますわ」といった。
親族でもあり、おかしなことではないが意味深な言葉で、公爵はやはり・・・と思ったのだった。
先日、人払いをして二人だけで話したいと国王に呼び出された。
国王は、ヴァランティーヌ王女の突然の回復を喜び、その奇跡にいたく感謝していた。
それとともに何か説明のつかない不思議な推測が頭から離れないという。
だが、すぐにはそれを語らず、言いたいけど、言いにくいというように言い淀んでいた。
「何かございましたか。ナリスが何かいたしましたか?」
近頃、息子が王宮に入り浸りで、王女に付きまとっている。そのことで何か問題でも起こったのかもしれない。
「いや・・・そうではない。ナリスには世話になっている。いや、過度に世話をし過ぎだがな!」
国王は、思い出したようにナリスとヴァランティーヌ王女との距離が近いと文句を言う。
「はは、まあ婚約が調いましたので仕方ありません。陛下がすぐに認めて下さるとは思いませんでしたが」
「私は反対だったんだ。だがもしかしたらまたいつ元のようになってしまうかもしれぬと・・・不安が消えないのだ。だからあの子の望むことをなんでもしてやりたいと思っている」
国王は少し遠い目をして窓の外を眺めた。
「そうですか。ただ・・・ナリスが王女との婚約を望むとは意外でした」
「そうであろう? ナリスは見てわかる程アンジェリーヌ嬢に想いを寄せていた。それがあの子が回復した途端にティーヌにご執心だ」
「決して地位や権力目当てなどではありません。・・・あんなすぐに心変わりするような人間ではないと思っていたのですが」
「わかっている。だが・・・ナリスが心変わりをしていないとしたら?」
国王は何か内緒話をするように声を潜めながら、ひどく緊張したような覚悟を決めたような声で言った。
「・・・どういうことですか?」
「ティーヌは王宮でアッサンの歌を歌っている。そしてその方の息子たちだけではなく、アンジェリーヌ嬢やその弟とも知己のように非常に親しくしているのだ。これまで会った事もないのにな」
「王女殿下はずっと意識だけはあったという事でしょうか」
「いや、そういうことではない。公爵、私は正気であることを先に言っておくぞ」
国王は、意を決したように一つ呼吸を置いた。
「はい?」
「アンジェリーヌ嬢は意識が戻ってから、歌を歌うこともなく別人のようになったと聞く。事件の前のアンジェリーヌ嬢とティーヌが同一人物だとしたら全ての説明がつくのだ」
「何をおっしゃってるのですか! そんな馬鹿なことあるわけがありません!」
そう言いかけた公爵も、アンジェリーヌ嬢の意識が戻った時にナリスが酔いどれ状態だったのにも関わらず、王女からの伝言を聞いて飛び出していった事を思い出した。
『変装して劇場に連れて行ってください』と言う伝言。
確かにナリスは変装させたアンジェリーヌ嬢を劇場に連れて行ったことがあった。
「・・・確かに・・・辻褄はあいますね。荒唐無稽ですが・・・」
国王はほっとしたように
「そうか・・・お前はわかってくれるか。奇妙だと感じたのは私一人ではなかったか。あの子の身に何が起こったのかわからないが私はあの子を愛しているんだ。どれほど不思議な事でも、あの子が何者であってもだ。お前のもとに行っても大事にしてくれるか?」
そう言った。
公爵は今日の呼び出しの意味がようやく分かった。
国王が抱える処理しきれない不思議な思いを吐露したかったのと、王女の言動に不審を抱くことがあっても、大切にして欲しいという親心だった。
国王は正気を疑われるような荒唐無稽な話をしてまで王女を守りたかったのだろう。
「もちろんでございます。わたしも陛下の推測を支持いたします。王女殿下の事は当家の力すべてでお守りすると約束いたします」
もし王女があのアンヌなら、公爵家に溶け込むことも早いだろう。公爵は守ろうとしていたアンヌを別の形で守ることになる不思議な縁に思いを馳せた。
そういうことが先日あったため、ヴァランティーヌ王女の挨拶を聞いた時にやはりアンヌと同一人物なのだと確信した。そして自分の息子たち含め、ペルシエ家の姉弟のように王女の周りに集まる者達はそのことを知って集う仲間なのだと理解したのだった。
そして、ヴァランティーヌ王女の病が完全に回復したことと、公爵家のナリスと婚約が調ったことの発表およびそれを祝うパーティが王宮で開かれた。
初めて表に出てくる王女の姿を一目見ようと多くの貴族が、王族が出てくる扉を見つめている。
重厚な扉があくと、まずは国王夫妻が入場し、その後から王太子がそれはもう嬉しそうに美しい妹王女をエスコートしてきた。
国王の挨拶のあと、美しい礼をしたヴァランティーヌに居並ぶ者達が感嘆の息を吐く。
「皆様、私の為にお集まりいただきありがとうございます。これまで私は療養のため、社交界のみならず世間の事を何も知らないままに過ごしてまいりました。これからは皆さまに御力を借りながら、国王陛下をお支えしたく存じます。どうか皆さまこれからよろしくお願いいたします」
初めて姿を現した王女は、美しいだけではなく、臣下に対して教えを乞う健気な姿勢・・・その会場にいる貴族たちの心をつかんだのであった。
そしてその後、ロッシュ公爵家の嫡男ナリスとの婚約が発表されると会場はどよめき、祝福の拍手に溢れた。
そしてあらかたの挨拶が終わると、ヴァランティーヌはアンジェリーヌとアベルの元へ行った。
「アンジェリーヌ!」
ヴァランティーヌ王女がアンジェリーヌに親し気に話しかける事に周りの貴族達が驚いている。それどころかその弟のアベルともかなり親しそうにしている姿にペルシエ侯爵の評判が急上昇する。
少し前に離縁をしたことや、一時アンジェリーヌが行方不明になっていたと噂されたことで信用、評判が落ちていたのだ。
それが一転、ペルシエ家はヴァランティーヌ王女と懇意にしていることが社交界に一気に伝わった。
そのおかげで、近い将来、ペルシエ家の事業は上向きとなり、アベルへの縁談もたくさん寄せられるようになる。婚約者のいるアンジェリーヌにでさえ釣り書きがたくさん届き、ロジェが焦り焼きもちを妬く事になる。
アンジェリーヌは、父とアベルと仲良く暮らし、ロジェにも大切にされ、本当に幸せだという。全てアンヌのおかげだと言ってくれるが、アンジェリーヌが今愛されているのはアンジェリーヌがもともと愛されていたからだ。
それにアンジェリーヌが嬉しそうだから我慢はしているが、アンヌは完全に許したわけではない。
時々ペルシエ侯爵とロジェに対して冷たい視線を飛ばすくらいは許してほしい所だ。
なぜかほんの少しペルシエ侯爵を見ると胸が痛むが、これは怒りのせいだとアンヌは権力を使って、たまにチクチクいじめるのを忘れなかった。
久しぶりのアッサンの訪問に沸き立つ騎士団。
アッサンが体調を崩したからとの理由で、ここの所ずっと慰問がなかったのだ。
顔に仮面をかぶったおなじみのいでたちで登場したアッサンは拍手で迎えられていた。
しかし・・・あの仮面の下は別人なのだ。
どうなることやらと思って見ていたが、ナリスが先に皆に何か伝え、そのあとアッサンが歌い始めた。
歌声も違うだろうに、騎士団たちは驚く様子もなく、誰もがいつも通りの様子で聞き入っていた。
大方、ナリスが療養のため声質が変わったとでも言ったのかもしれない。
彼らがあっさりと彼女をアッサンとして受け入れたことにホッとしながら、先ほど、ヴァランティーヌ王女がアッサンとして自分の前に現れた時の事を思い出した。
ヴァランティーヌ王女は公爵と会うなり、にっこりと笑い、「これからもお世話になりますわ」といった。
親族でもあり、おかしなことではないが意味深な言葉で、公爵はやはり・・・と思ったのだった。
先日、人払いをして二人だけで話したいと国王に呼び出された。
国王は、ヴァランティーヌ王女の突然の回復を喜び、その奇跡にいたく感謝していた。
それとともに何か説明のつかない不思議な推測が頭から離れないという。
だが、すぐにはそれを語らず、言いたいけど、言いにくいというように言い淀んでいた。
「何かございましたか。ナリスが何かいたしましたか?」
近頃、息子が王宮に入り浸りで、王女に付きまとっている。そのことで何か問題でも起こったのかもしれない。
「いや・・・そうではない。ナリスには世話になっている。いや、過度に世話をし過ぎだがな!」
国王は、思い出したようにナリスとヴァランティーヌ王女との距離が近いと文句を言う。
「はは、まあ婚約が調いましたので仕方ありません。陛下がすぐに認めて下さるとは思いませんでしたが」
「私は反対だったんだ。だがもしかしたらまたいつ元のようになってしまうかもしれぬと・・・不安が消えないのだ。だからあの子の望むことをなんでもしてやりたいと思っている」
国王は少し遠い目をして窓の外を眺めた。
「そうですか。ただ・・・ナリスが王女との婚約を望むとは意外でした」
「そうであろう? ナリスは見てわかる程アンジェリーヌ嬢に想いを寄せていた。それがあの子が回復した途端にティーヌにご執心だ」
「決して地位や権力目当てなどではありません。・・・あんなすぐに心変わりするような人間ではないと思っていたのですが」
「わかっている。だが・・・ナリスが心変わりをしていないとしたら?」
国王は何か内緒話をするように声を潜めながら、ひどく緊張したような覚悟を決めたような声で言った。
「・・・どういうことですか?」
「ティーヌは王宮でアッサンの歌を歌っている。そしてその方の息子たちだけではなく、アンジェリーヌ嬢やその弟とも知己のように非常に親しくしているのだ。これまで会った事もないのにな」
「王女殿下はずっと意識だけはあったという事でしょうか」
「いや、そういうことではない。公爵、私は正気であることを先に言っておくぞ」
国王は、意を決したように一つ呼吸を置いた。
「はい?」
「アンジェリーヌ嬢は意識が戻ってから、歌を歌うこともなく別人のようになったと聞く。事件の前のアンジェリーヌ嬢とティーヌが同一人物だとしたら全ての説明がつくのだ」
「何をおっしゃってるのですか! そんな馬鹿なことあるわけがありません!」
そう言いかけた公爵も、アンジェリーヌ嬢の意識が戻った時にナリスが酔いどれ状態だったのにも関わらず、王女からの伝言を聞いて飛び出していった事を思い出した。
『変装して劇場に連れて行ってください』と言う伝言。
確かにナリスは変装させたアンジェリーヌ嬢を劇場に連れて行ったことがあった。
「・・・確かに・・・辻褄はあいますね。荒唐無稽ですが・・・」
国王はほっとしたように
「そうか・・・お前はわかってくれるか。奇妙だと感じたのは私一人ではなかったか。あの子の身に何が起こったのかわからないが私はあの子を愛しているんだ。どれほど不思議な事でも、あの子が何者であってもだ。お前のもとに行っても大事にしてくれるか?」
そう言った。
公爵は今日の呼び出しの意味がようやく分かった。
国王が抱える処理しきれない不思議な思いを吐露したかったのと、王女の言動に不審を抱くことがあっても、大切にして欲しいという親心だった。
国王は正気を疑われるような荒唐無稽な話をしてまで王女を守りたかったのだろう。
「もちろんでございます。わたしも陛下の推測を支持いたします。王女殿下の事は当家の力すべてでお守りすると約束いたします」
もし王女があのアンヌなら、公爵家に溶け込むことも早いだろう。公爵は守ろうとしていたアンヌを別の形で守ることになる不思議な縁に思いを馳せた。
そういうことが先日あったため、ヴァランティーヌ王女の挨拶を聞いた時にやはりアンヌと同一人物なのだと確信した。そして自分の息子たち含め、ペルシエ家の姉弟のように王女の周りに集まる者達はそのことを知って集う仲間なのだと理解したのだった。
そして、ヴァランティーヌ王女の病が完全に回復したことと、公爵家のナリスと婚約が調ったことの発表およびそれを祝うパーティが王宮で開かれた。
初めて表に出てくる王女の姿を一目見ようと多くの貴族が、王族が出てくる扉を見つめている。
重厚な扉があくと、まずは国王夫妻が入場し、その後から王太子がそれはもう嬉しそうに美しい妹王女をエスコートしてきた。
国王の挨拶のあと、美しい礼をしたヴァランティーヌに居並ぶ者達が感嘆の息を吐く。
「皆様、私の為にお集まりいただきありがとうございます。これまで私は療養のため、社交界のみならず世間の事を何も知らないままに過ごしてまいりました。これからは皆さまに御力を借りながら、国王陛下をお支えしたく存じます。どうか皆さまこれからよろしくお願いいたします」
初めて姿を現した王女は、美しいだけではなく、臣下に対して教えを乞う健気な姿勢・・・その会場にいる貴族たちの心をつかんだのであった。
そしてその後、ロッシュ公爵家の嫡男ナリスとの婚約が発表されると会場はどよめき、祝福の拍手に溢れた。
そしてあらかたの挨拶が終わると、ヴァランティーヌはアンジェリーヌとアベルの元へ行った。
「アンジェリーヌ!」
ヴァランティーヌ王女がアンジェリーヌに親し気に話しかける事に周りの貴族達が驚いている。それどころかその弟のアベルともかなり親しそうにしている姿にペルシエ侯爵の評判が急上昇する。
少し前に離縁をしたことや、一時アンジェリーヌが行方不明になっていたと噂されたことで信用、評判が落ちていたのだ。
それが一転、ペルシエ家はヴァランティーヌ王女と懇意にしていることが社交界に一気に伝わった。
そのおかげで、近い将来、ペルシエ家の事業は上向きとなり、アベルへの縁談もたくさん寄せられるようになる。婚約者のいるアンジェリーヌにでさえ釣り書きがたくさん届き、ロジェが焦り焼きもちを妬く事になる。
アンジェリーヌは、父とアベルと仲良く暮らし、ロジェにも大切にされ、本当に幸せだという。全てアンヌのおかげだと言ってくれるが、アンジェリーヌが今愛されているのはアンジェリーヌがもともと愛されていたからだ。
それにアンジェリーヌが嬉しそうだから我慢はしているが、アンヌは完全に許したわけではない。
時々ペルシエ侯爵とロジェに対して冷たい視線を飛ばすくらいは許してほしい所だ。
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