所詮私は他人でしたね でも対価をくれるなら家族の役割を演じてあげます

れもんぴーる

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動き出した事件

「おはようございます!」
 翌日、シルは朝早く店の準備をするために階下に降りた。 
「おはよう、シルちゃん。今日は休んでいいって言っただろ?」
「もう大丈夫。ルルさん、ありがとう。ルルさんがいてくれるから私もう大丈夫だよ。」
「・・・あんたは本当にもう・・・」
 ルルは滲み出た涙をぬぐうと
「さ、準備が終わったら特製朝ごはんつくるからね!」
 二人はいつものように、開店準備を始めた。


 シルは、マルクと別れるともう決めていた。
 マルクもアナベルの犠牲者ともいえる。自分の事を愛してくれているのも本当だろう。自分にも、その気持ちが本気だと伝わってくるだけに、苦しくて悲しくて可哀想で・・・
 自分だってマルクの事をそんな簡単に忘れることも、嫌いになることもできない。
 それでも、マルクを見る度にアナベルの事を思い出さずにはいられない。この先一緒になってお互いが幸せになれるとは思えない。
「やっぱり・・・運命にはさからえないのね。」
 ぽつりとシルはつぶやいたが、運命の神がそれを聞いていれば、それは運命ではなくマルクの弱さが引き起こしたことだといっただろう。


 苦しい気持ちを押し込めたまま、日々を過ごしていた時、一人の騎士がシルを訪ねてきた。
「セシル・シャリエ嬢はいらっしゃいますか? 私は王宮騎士団総団長付きのトカードと申します。」
「・・・。どういったご用件でしょうか。私はもう平民として過ごしております。」
「アルフォンス団長があなたにお話を聞きたいので、来てもらうように申しております。」
 そこにルルが飛び出してきてシルを抱きしめた。
「なんですか?!この子は取り調べを受けるような子じゃありませんよ⁉ また濡れ衣を着せるつもりですか⁉」 
 娘を守るように騎士を全身で威嚇するルルにセシルは嬉しくなる。
 トカードと名乗った騎士は、苦笑して
「いえ、セシル嬢からはお話を伺いたいだけなのです。この店に仰々しく騎士が押し掛けたら迷惑になるかと思い、お手数ですが来ていただくことにした次第です。あなたの殺人未遂の件で内密に調査を行っております、その事情をご本人の口からもお聞きしたいと団長が申しております。」

 まさかの内容だった。
 もう何年も前の、それもなかった事にされた事件。今更どうして。

「本当かい?これまで散々貴族には騙されてきたんだ。信用できないよ。このままこの子が連れ去られて口封じされることだってあるんだからね!」
「・・・ルルさん。ありがとう。」
 セシルは自分を抱きしめてくれるルルの腕に手を添える。
 トカードは困ったように
「わかりました。今日は突然押し掛けて申し訳ありませんでした。また改めて連絡いたします。」
 そう言って騎士は戻っていった。

 やっとルルは力を抜いて、大きなため息を吐いた。
「ルルさん・・・強い。」
「当たり前だよ。親はね、子供守るためなら命でもかけられるんだよ。」
 セシルはポロポロ涙を落とすとルルを抱きしめ返すのだった。 

 

 あれから、マルクは食堂に顔を見せなかった。
 このまま自然消滅というわけにはいかないだろうから、セシルからきっちりと婚約を解消する旨手紙を出さなくてはならないだろう。
 別れる決心をしたものの、いざ完全に縁を切るとなると躊躇してしまい、なかなか手紙を書くことが出来なかった。
 そろそろけじめをつけなければならないと考えながら、セシルがテーブルを拭いているとドアが開いて二人の男が入って来た。
「いらっしゃいませ。」
 セシルが笑顔を浮かべて迎え入れたが、
「あれ?」
と、うっかり声を出してしまった。

 一人の男の顔に見覚えがあったからだ。昨日騎士服に身を包んでやってきた、トカードと名乗った騎士が私服で立っていたのだ。そしてトカードの隣には背の高い男が立っていた。
 そちらの騎士もどこかで見たことがあるなとセシルは首をかしげながら、テーブルに案内して注文を聞きに行った。
「セシル嬢、先日は失礼しました。」
 トカードが頭を下げる。
「・・・いえ。今日はお食事に来られたのではないのですか?」
「いえ、食事をさせてもらおうと思っています。それで、閉店後お話を聞かせていただければと。」
 今度はトカードではない方の男が答える。
「セシル嬢、お久しぶりですね。私はアルフォンス・ヴァロワです。以前夜会でお会いしたことがあるのですが覚えておられませんか?」
 しばらく考えて、セシルはアッと思い出した。

 夜会で、どこかの令息に絡まれていたところを助けてくれた騎士だ。そしてマルクと参加した騎士団の会に参加した時も声をかけてくれた総団長。
 騎士服ではない、シンプルな服装をしていたからすぐには気がつけなかった。
「・・・総団長様。その節はありがとうございました。」
 セシルは頭を下げた。
「いえ。それより、今日突然にきて申し訳ありませんでした。どうも騎士団に来ていただくのは不安なようですので。」
 と、こちらを睨みつけているルルの方をちらっと見る。

「ですから、私服でならご迷惑をおかけしなくて済むかと思い伺いました。閉店後、こちらで事情聴取をさせていただいてもよろしいでしょうか?規則で二人が原則ですので、記録係及び証人としてトカードと参りました。」
「・・・わかりました。ルルさん。」
 とセシルが呼びかけると、
「この騎士様の事をシルちゃん知っているんだね?」
 セシルが頷くと、ルルは閉店の看板をだして外灯を消し、鍵をかけてくれた。
「さ、騎士様。本当に食事されますか?気を使っていただかなくて結構ですよ。」
 アルフォンスとトカードは顔を見合わせて苦笑すると
「申し訳ない、ではさっそく本題に入らせてもらいたい。」
 と言った。

 ルルは、三人に紅茶を出すと
「シルちゃん、なんかあれば私を呼ぶんだよ。私は厨房で片付けているからね。」
 そういって、厨房に入っていった。

「いい店主ですね。」
「はい。私の母代わりです。」
「そうですか。それは良かった。あなたに信用できる人がいて。」
 そう言って微笑むアルフォンスに胸が痛んだ。
 きっとこの総団長はセシルに起こった事全てをもう知っている。
「それで、今更私の殺人未遂ってどういう事でしょうか。」
「・・・先日、あなたの婚約者の事で元家族ともめ事がありましたね。」
「・・・はい。」
「私はシャリエ子爵と以前から顔見知りではあったのですが、子爵から昔の事件の罪を問えるのかと相談を受けました。」
「え?シャリエ子爵が?」
「そうです。今回の事で、子爵はひどく後悔されていた。もっと早くちゃんと対処していれば君あなたを傷つけずに済んだのにと。ただあなたのために公にせず、内密に何とかしてほしいと。」
「子爵が・・・」
「そうです。シャリエ子爵はアナベル嬢を離籍し、子爵夫人とも離縁されました。」
「え!? 離縁?」
 セシルは驚いた。
 まさかあの子爵がアナベルと妻を見放すとは思わなかった。

「ええ。アナベル・・・容疑者ですので呼び捨てにさせていただきますが、彼女が数年前にあなたを階段から突き落とした件、意識のないあなたの顔に枕を押し付けた件、それ以外にも様々な冤罪をあなたに着せたと聞いております。子爵はアナベルを離籍したうえで平民として、貴族の娘を害した罪人として裁いて欲しいと。その裏付けとしてあなたにお話を聞きたかったのです。」
「・・・・そうですか。」
「夫人に関しては、同情もするが、それ以上に人として看過できないと離縁されました。二人の考え方を更生させようと領地で頑張っていたがもう無理だと・・・あなたの事をひたすら心配されていましたよ。遅くなって済まないとも」
「・・・。」

 いまさら・・・本当に今更だ。大事なものは全て失った。
 家族も婚約者も居場所も。
 そしてようやく愛し合えた人との幸せな未来も。

「せっかく来ていただきましたが、もういいのです。何も元に戻りませんし、正直証言するために思い出すのも嫌です。関わりたくありません。」
「そうですね、その気持ちはわかります。」
 共感してくれるアルフォンスにホッとしたが、
「ですが私は、話を聞いた以上彼女にはしっかりと罰を受けてもらうつもりです。あんな人間を匿っていた子爵に憤りを感じるくらいに私は怒っているのですよ。」
 そう言いながらにっこり笑うアルフォンスが少し怖く感じた。

「団長、その笑み恐いですよ。収めてください。」
 トカードが注意する。
「失礼した。それでセシル嬢、あなたは頷くか首を横に振るだけでいい。それでも辛くなったら中止すると約束しよう。」
 そこまで言われ、しかも自分の件で偉い総団長自らが調査してくれている。
 その申し出に頷いたのだった。

 その日は簡単な確認だけだった。
 二回めからはトカードが書類を携えて、聞き取りをはじめ、克明に記載されていく。
 途中言葉に詰まるセシルに、アルフォンスもトカードもせかすことなく休憩をとってくれた。
 二人とも本業が忙しいはずなのに、食堂の閉店時間近くに客を装ってきてくれる。一度目の訪問の時に、次からは騎士団に向かうと言ったが、ここの方が誰にも見られず内密で処理できることと、自分たちもリラックスできるから気にしないでいいと言われ甘えている。
 ルルも、二人を信用してくれたようで紅茶以外にサンドイッチなど軽食を用意してくれるようになった。



 そしてようやく、数回にわたる聴取が終わりを迎えた。
「長らく、辛いことに付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。これで子爵の訴えの真偽は確認できましたし、内々とはいえアナベルをきちんと裁くとお約束いたします。」
「ありがとうございました。本来ならすることのない仕事ですのに、ご迷惑をおかけしました。」
 セシルは頭を下げた。
 この二人には感謝しかない。マルクの話を聞くのも話すのも辛く、思わず涙がこぼれそうになった時も二人は黙って待ってくれた。

「あの、今日このあとお急ぎでしょうか?」
「いえ、とくには。」
「では、もう一度お茶を入れなおします。」
「いえ、お構いなく。セシル嬢もお疲れでしょう。」
「いいえ。私もお礼をしたくて・・・少々お待ちください。」
 セシルは厨房に行くと、熱いお茶を入れなおし、それとともに昼間に作っておいたクッキーを添えた。

「ほう、これは美味しい!甘ったるいのかと・・・いや失礼。」
 思わずと言った感じでトカードが漏らしたが、セシルもそれに笑った。
「はい、甘いクッキーではありません。トマトを干したものと胡椒とチーズのクッキーです。男性の方も食べていただけるかと思いまして。」
「本当に美味しい。このようなものは初めていただきました。ワインにもよく合いそうですね。」
 アルフォンスもお世辞ではないような笑顔で食べてくれている。
「よろしければたくさんあります。作り過ぎてしまったのでお家で召し上がっていただければ・・・」
 誉め言葉に嬉しくなったセシルは思わず言ってしまった。

 顔を見合わす二人の騎士に、図々しかったと一気に興奮が冷めた。
「申し訳ありません!ぶしつけなことを申しました!」
 慌てるセシルに
「いえ、本当にご迷惑でなければいただけますか?」
「私も。こんなおいしいクッキーを他の隊員にも食べさせてやりたいので。」
 二人が気を使ってかそう言ってくれたので、セシルは袋にクッキーをたくさん入れてリボンで簡単にラッピングをして渡した。
「ほう、これはまた可愛らしい。このままプレゼントに出来そうですね。ありがたくいただいていきます。」
 二人はラッピングも褒めてくれながら、帰っていった。

 ルルと二人で見送りながら、調査官があの二人でよかったとセシルは思った。
 もっと厳しく、または淡々と聴取を進められたならセシルはもっと辛い思いをしたはずだ。
 このあと、アナベルにどういう沙汰が下されるのかは知らないが、これでもう本当にこれ以上関わることはないだろう。これにてゲームの呪縛からも完全に解放されたと思いたい。

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