魔女の恋文【宛先知れず】

寄賀あける

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 ドアを叩く音は断続的に、すすり泣きは継続的に、寝室にまで聞こえてくる。それでもドアの前の居間にいるよりは幾らかマシだった。とても落ち着けるものではなかったが、聞こえないふりをしていつも通りのんびりと、心情的にはとてものんびりとは言えないが過ごした。

 しばらくして、ジゼルが低いテーブルの上を片付け、魔法陣が描かれたビロードのシートを広げた。
「少し、カードを見てみよう」
美しい装飾のカードを持ちだしてくる。

うらない?」
ロファーの問いにジゼルは答えない。シートの上でぐるぐるとカードをき混ぜ、ひとまとめにすると、二つの山に分けた。

 もともと下にあったほうの山を手に取り、一枚一枚、表に返してシートの上に並べていく。
「過去の座に『火』が出ている。現在の座は『遭遇』で、近未来は『暴露』だ。そして解決策は……『変身』となっている」
「どういうこと?」
カードを片付けながら、今度はジゼルも答える。

「火のカードは西の街の火事を指すんだろうね。遭遇のカードは、ロファーは気付いてなくても、どこかで遭遇してて、それで恋心に火がついたってところだと思う」
その程度なら俺にも判りそうだ、と思いながらロファーが先を促す。

「うん、それで?」
「あとは、判らない。占いは専門外だ」
「おい、なんか誤魔化してないか?」
クスリとジゼルが笑う。

「魔導士にもいろいろいるのだよ。星を読むのを得意とする星見魔導士、学者は真理を探求するのに向いた特性を持っているし、占いが得意な魔導士だっている。わたしは占いにはあまり向いていない。あれこれ考えを巡らすなんて、面倒で好きじゃない――さぁ、この辺で説明は終わり。夜も更けた、寝よう」
おまえはどんなことだって面倒なんだろう? そう言いたいロファーだったが言えばまた、ご機嫌を損ねるのでやめておいた。

 ベッドに潜り込んでからも、当然のようにドアを叩く音とすすり泣く声は続いている。
「我が住処の周囲が果樹園だというのがあだになったな」
寝返りを打ってジゼルが言う。

「人通りがないから人目もない。隣家が気づくこともない。やりたい放題だ」
「結界から摘まみ出す事はできないのか?」
「そんな種類の結界にしておけば良かった。街人しか来ないと思っていたから、念のための他者魔導術無効しかしていない。これがあれば敷地内はわたしの領域だ。普通なら、わたしに用のない魔導士は遠慮して入らない」
言いながら、怒りが込み上げるのか、ジゼルの体が小刻みに震える。よしよし、と、ロファーが懐にジゼルを包み込む。

「ロファー?」
「うん?」
「ずっと傍にいてくれる?」
クスッとロファーが笑う。今まで何度同じセリフを聞かされたことか。

 物心ついたころからずっと、森の中の一部屋しかない建屋に閉じ込められ、一人で過ごしていたとジゼルは言っていた。朝夕、世話係は部屋を訪れたが用事を済ませると、すぐに帰って行ったらしい。

 それを寂しいと思ったこともない、寂しいという気持ちもよく判らない、とジゼルは言った。友達は? と聞くと、森の小鳥たち、となんの疑問も持たない明るい笑顔で答えた。その時、ロファーがジゼルに抱いた思いを、ジゼルはきっと知らないだろう。

「ずっと傍にいるよ」
「一生いてくれる?」
それにはロファーも少し口籠くちごもる。

「そうだね、ジゼルがいてくれ、と言うのなら」
何も考えず、もう寝ようよ。ロファーが言うと、少しだけロファーの顔を見詰めてから、ジゼルはロファーの胸元に潜り込んで目を閉じた。

 糞生意気で、自分勝手で、我儘な魔導士は、ほんの子どもで、だけど、自分を守ってくれる大人が必要だと、やっと気が付き始めた。本来なら親の役目、それが自分にできるだろうか? 不安に思いながらも、ジゼルを守るのは自分だと、ロファーは考え始めている。

 あと何年、この魔導士は自分を頼ってくれるのだろうと、時どきロファーは思う。きっとそのうちロファーを必要としなくなる。そうなって欲しい。けれどその時、きっと俺は物凄く寂しいのだろう。

 見た目の年齢の割には心が幼い魔導士の、実際の年齢をロファーは知らない。聞けば、魔導師に年齢を聞くものじゃないとはぐらかされ、五千年くらい前に生まれたのかも、なんて揶揄からかわれる。見た感じだと十四くらいかと思う。まるきり子どもとも言えない年齢だが、ロファーの目には子どもに過ぎない。そうじゃなければ、たとえ性別不明でも同じベッドで眠るなんてできない。懐に抱いて眠るなんてとんでもない。育ちすぎた子ども、ロファーはそんな目でジゼルを見ていた。

 ジゼルが寝息を立て始める。ロファーはそっとジゼルから離れ、ベッドの端に寄った。今夜は何度殴られ、蹴られるのだろう? 苦笑しながら仰向けになると天窓から星空が見えた。空は晴れ渡っているのだろう。やがてロファーも睡魔に引き込まれていった ――

 ドンドンドン! ドンドンドン!

 誰かがドアを叩いている。マーシャがミルクを持ってきたかな? いや、それにしては音が大きい……半覚醒のまま、ロファーが上体を起こす。ジゼルもさすがに気付いたようで、目を擦っている。

 窓を見るとまだ外は暗い。そして、そう、すすり泣きが聞こえない。

 ドンドンドン!

 再度の物音に、ロファーが音の出どころを探す。ジゼルが起きだして、身構える。

 ドンドンドン!

「そこか!」
ジゼルとロファー、同時に天窓を見上げた。そこには外から中を覗きこむ人影があった。

「おのれ!」
ロファーが止める暇はなかった。

 身体からスパークをほとばしらせたジゼルがドアに向かう。
「ジゼル、待て!」
慌ててロファーが追いかける。が、間に合わない。

 バン! と音を立て、ドアを蹴り開け、外に躍り出たジゼル、屋根を見上げて怒鳴り声を上げた。
「このぉ、おい! 降りてこい! どうやって屋根に上った!」
ロファーも慌てて建屋から出て、ジゼルの横で屋根を見上げた。

 すると、屋根に半ば隠れながら返答がある。
「降りてもいいけど、攻撃しない?」

「馬鹿か! 人の眠りを妨げやがって、ぶん殴ってやるから来い!」
いつものジゼルからは想像できない酷い言葉遣いだ。

「あら、わたくしを殴る? そんなことして父があなたを許すかしら?」
「また、親の七光りか? あいにく前にも言ったが、ここは南の陣地だ。あなたの父上は北ギルドでは権力をお持ちだろうが、ここではなんの権限もない」

 ジゼルの口調はきついが、言葉使いは普段通りに戻っている。少しは冷静になったかと、ロファーがほんの少し安心する。

「あなたは魔導術が使えるけれど、わたしはここじゃあ使えない。不公平だわ」
「自分でわざわざ出向いておいて、勝手な言いぐさは如何いかがなものか?」
「だってそちらが隠してしまうのだもの。こうでもしなければどうにもならない」

「あいにく譲る気はない」
「本人も同じ考え? 飼猫ではなく、わたくしの夫に、と望んでいるのですよ?」
「よくも知らない女にれる男がどこにいる、と、当のロファーが言ったがな」

「惚れて欲しいとは思っていないからご心配なく。わたくしの物にできればそれでいいの」
「物扱いか!」
と、急にジゼルが吹き出した。

 どこにあるか判らないジゼルのツボにまったようだ。

 笑い転げるジゼルの横でロファーがオロオロしていると、
「ロファー、ここに来て、星がきれいよ」
と、屋根の上から声がする。

 ジゼルが更に笑い転げ、ロファーはたまらず悲鳴を上げる。

「ジゼル、なんとかしろ!」
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