きみの愛。ぼくの恋。すべてが『まぼろしだ』としても

寄賀あける

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2部 朝陽に照らされる部屋

22

いつこじれたのだろう
生まれたての我が子の名を考える時
そこにはでる心、いつくしむ心があったはずだ
その心で名付なづけた
それがどこかでゆがめられ、失われ
我が子を苦しめる怪物に変わった
確かにあったはずだ
愛が実ると書いて愛実あいみ
そう名付けたのは親心だ

なぜ消えてしまったのだろう――





 九月の連休前に、懐空かいあ由紀恵ゆきえに電話して都合を聞いている。
「来てくれるの? 嬉しい……でも、お友だちと旅行に行く約束があるの」
由紀恵は残念そうだ。

「正月に来なさいよ、泊まってゆっくりしていって――新しいお布団、用意しておく。ダブルにする?」
揶揄からかうなよ、と言う懐空を由紀恵が面白そうに笑う。

「同棲してるのに今さらでしょ――早く結婚して、孫の顔、見せないさいよ」
「うわ、なにそれ。そのセリフ、親が言う定番過ぎて笑える」

 由紀恵は旅行に行くんだってと愛実に伝えると、いいなぁ、とうらやましがった。懐空が、僕たちもどこかに行く? と気を使うが、今からじゃどこももう一杯よ、と笑った。お正月が楽しみと言う愛実に、母さんと三人で旅行もいいねと懐空が言えば、行きたいと愛実がはしゃいだ。ただ、お正月はいきなり過ぎるし寒い、卒業が決まった春先に行こう、と提案した。

 トウモロコシは予想どうりの大収穫で、でたり、天ぷらにしたり、と愛実が腕を振るった。それでも食べきれないと、茹でて実をほぐしたものを、愛実は冷凍保存したようだ。

 愛実はトウモロコシの皮を干して人形を作ったりもしていた。少しでもゴミを減らすのだそうだ。エコでしょ? と笑っていた。それでも大量のゴミが出た。

 忠司たちにも持って行けと袋を渡されたので、学食で落ち合う。
「へぇ……一緒に実家に行ったんだ? お母さん、どんな反応だった?」
「なんか、僕なんかいなくてもよさそうだった。二人でずっと笑いころげてたよ」

「そっかぁ。良かったじゃないか。懐空には悪いと思いつつ、実は心配してた。一番のは親かな、って」
「うん、忠司の言ってること、判るよ。心配してくれてありがとう」

 卒業して就職して、五年目には結婚しようって二人で決めたんだ、と忠司が言った。
「結婚式には必ず呼ぶからな。鹿児島になるけど、必ず来てくれよ――懐空たちのほうが先になるかな? 式には必ず呼んでくれよ」

 もちろんさ、と答え、その日はそれで忠司とは別れた。莉々香りりかの就職の件を忠司は言い出さなかった。懐空もわざわざ訊かなかった。きっとまだ決まらないのだろう。

 五年も愛実を待たせられないと、その時、懐空は思っている。はっきり言ってこないけれど、愛実は子どもを欲しがっている。なるべく早くに、だ。女の人がいくつまで子どもを産めるか、懐空にははっきりした知識はなかったけれど、すでに愛実は三十四だ。たぶんこれ以後、どんどんリスクが高まるはずだ。

 待たせてもあと二年――懐空はそう考えていた。その日、帰宅した懐空は、忠司が礼を言っていたとは伝えたが、忠司と莉々香が五年を目途めどに結婚を考えている話はしなかった。愛実が余計なことを考えそうな気がした。

 十月半ば、教員採用試験の合格発表があった。幸い懐空は合格していた。あとは教員免許を取得でき、卒業できれば四月からの採用が決まる。

 配属先は住所を考慮されることから、四月からの住所予定を実家の住所で届け出ようと思っていた。もし、由紀恵に同居を拒まれても、近くに部屋を借りるつもりだった。四月時点の住所はとしての届け出だ。

 十一月に入り、懐空の卒論はほぼ完成していた。あとは推敲すいこうを重ね、十二月の提出期限まで完成度を高めていくだけだと思っていた。

 担当教授に一度読んでもらったが、その時は誤字脱字が指摘されただけだった。
「この方向で問題ない。期待している」
と最後に書かれていた。

 愛実が映画を見に行きたいと言い出したのは十二月に入ってすぐの頃だった。
「お正月映画で、懐空の地元で撮影したのがあるのよ」
と言う。

「へぇ……もう公開なんだ? 一人で帰ったことがあるだろ。あの時、駅に『当地にて順調に撮影中』ってポスターが貼ってあったんだ。母さんに聞いたら、撮影はとっくに終わったって言ってたけどね」

 聞けばクリスマス前の公開だという。甘いラブストーリーをクリスマスムードに酔う恋人たちに届けようとでも言うのだろう。

に行きたい?」
懐空が問うと、微妙、と愛実が言う。微妙ですか、と懐空が笑うと、
「年齢差のある恋人が、どうそれを乗り越えるか、なんだって……」
と、つい懐空が黙り込みそうなことを愛美が言った。

「そうなんだ? 原作が恋愛小説ってことしか知らなかった」
「原作があるの?」
「うん、ちょっと古い小説でね。母さんの本棚にあるんだけど、読んでない」
「へぇ……お母さんはこのお話、好きなのね」
「それがあまり覚えてないって言ってた。でもさ、僕の名前はヒロインを真似まねたって、昔、聞いた事がるよ」
「そうなんだ? でも、ヒロイン? 何て名前なの?」

「僕が生まれた年に出版されてて、大ヒットだったらしい。だからだと思うよ。その時は読んだのかもね――ヒロインの名前はなつかしい海でナツミ」
「なるほど、本当に真似てるみたいね。でも、海より空が素敵かも。読み方も全然違うし」

 お母さんが懐空を産んだ頃に読んだ小説が原作で、その小説を懐空の名付けの参考にしたのなら、やっぱり観に行きたいと愛実が言う。フェリイチェは例年通り25日で年内の営業を終える。休みに入ったら行こうと、約束した。

 由紀恵のところへは大晦日に行くことにしている。愛実も由紀恵も、三人で初詣に行きたいと懐空に言った。
「おせち料理、作っていこうかな」
と言うので、それは二人で相談して決めたら、と懐空は言うしかなかった。

 大学が冬休みに入る直前、懐空は卒論を提出している。年明けすぐに学年末考査が始まる。卒論と考査の結果次第で教員免許も卒業も決まる。もうひと踏ん張りだ。

 今年のクリスマスプレゼントはバッグにした。イルミネーションに彩られたショーウインドウで見かけた時、正月に出かけるときに丁度いいと思った。人気のカジュアルブランドのナイロンバッグ、手で持つこともショルダーにすることもできる。内部も機能的で、何室にも別れていた。そして猫のチャームが付いていた。

 愛実からはシルバーに輝くオイルライターだった。イルカが浮き彫りにされたデザインだった。愛実はきっと湘南の海を連想したんだろうと懐空は思った。

 吸い過ぎないでね、と言われ、つい、ごめん、と懐空は謝っている。パソコンに向かいながらつい吸ってしまう。煮詰まった時、ほぐしてくれるような気がしていた。

 フェリイチェの今年のクリスマスケーキはタルトタタンをアレンジした物だった。丸いドーム状に作られたタルトタタンに粉糖の雪が降っている。それがカットされて2ピースずつ配られた。

 クリスマスの翌日は家でゆっくりし、その翌日に映画を見に出かけた。

 年上の女性に憧れる大学生、拒絶しながらも大学生にかれていく女性……二人の葛藤かっとうが描かれた物語の終盤しゅうばんは、女性の苦しまぎれの一言で結末を迎える。

 僕の愛を信じて欲しいと迫る大学生に、稲村ヶ崎いなむらがさきから江の島まで、泳ぎきったら信じてあげる、と女性が告げる。そう言えば大学生があきめると思ったのだ。

 だが、大学生は迫りくる台風の中、引き留める女性を振り切って、海に飛び込む。泣き叫ぶ女性が大学生を呼び続ける。でもその声は届かない。死なないで、愛しているの――

 映画はそこで終わっている。大学生は嵐の海を泳ぎ切るのか、それとも? そんな感じのエンディングだ。

 愛実は随分熱心に見入っていたが、懐空は途中で眠くなってしまって、愛実に怒られはしないかと冷や冷やしていた。映画が終わり、明るい屋外に出た時はホッとした懐空だ。

 映画館を出ると、素敵だった、と愛実は夢見心地だ。懐空はどうだったと聞かれ、
「僕に聞かないで……あれは不合理だ、そこは矛盾してる、とか言い出すから」
と、しどろもどろに答える。

 すると愛実は笑いながら
「恋愛なんて、不合理と矛盾のかたまりなのにね」
と言って懐空を思わずうならせた。

「あみさん、それ、名言かも」
「かも、なのね――よし、お昼は鴨南蛮蕎麦かもなんばんそばね」

 その日はその地域では割りと都会の駅に来ていた。デパートが何軒も立ち並び、整備されたショッピングモールもある。大きな国営公園――麗奈とクリスマスイルミネーションを見、忠司たちと花見をした――もあって人通りも多い。

 蕎麦屋もすぐに見つかり、二人で鴨南蛮を注文した。ふうふう言いながら食べ、美味しかったと箸をおく。

「さて、あみさん、これからどこに行こう? 行きたいところある?」
店を出て懐空が愛実に微笑む。
「まだ帰らなくていいの?」
愛実は嬉しそうだ。

「うん、今日は一日、遊んじゃおう。あみの行きたいところに行くよ」
「ホント? でも、懐空っていつもわたしなのね。懐空に行きたいところはないの?」
「え……いや、考えたことがない。僕って無趣味だ」
「……確かに。懐空の趣味は勉強なんじゃないかと思ってた」

 それじゃ、ペットショップをのぞきたい、と愛実が言う。スマホで検索すると、大きなペットショップの支店が近くにあった。

 子犬や子猫を楽しそうに愛実が眺める。奥のほうに小動物のケージが並べられ、そこにはボタンインコやコザクラインコのケージもあった。ラブバードだ、と思いながら、そう言えば、そろそろ発表だ、と、懐空がふと考え込む。

 果たして僕はスタートラインに立てるだろうか――
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