きみの愛。ぼくの恋。すべてが『まぼろしだ』としても

寄賀あける

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2部 朝陽に照らされる部屋

23

『キミは昔と変わらない』
『いいえ、年を取ったわ。もう、お婆ちゃんよ』
『僕にはそうは思えない。それに、年なら僕もとった』
『そうね、そして相変わらずわたしよりずっと年下』
『僕にはどうにもできないことを責めるのかい?』
『そんなつもりはないの。でも現実からは目をらせない』
『現実ならば目の前にいる……今でもキミは素晴らしい』
『困った人……そんな嘘にだまされるような年じゃないのよ』
『嘘なもんか。愛しているよ』
『……放して、もう帰らなきゃ』
『次はいつ会える?』
『もう会えない。もう会わないわ』
『無理だ』
『我がままで自分勝手。昔のまま』
『違う。キミは僕が誘えばまた会ってくれる。キミには僕を拒むなんて無理だ』
『――自信があるのね……泣きたくなるわ』



 連絡が来た時、なんと返事をしてよいか、懐空かいあはすぐには判断できなかった。本当ですか、は相手を疑っているようで言えず、僕でいいんですか、も違うと思った。結局、やっと口から出た言葉は『ありがとうございます』の一言だった。

 連絡は受賞する意思の確認だったようだが、相手は随分と話し好きのようで、しかも懐空の作品を随分と買っていてくれたようだった。

「いやぁ、杉山すぎやま先生が難色なんしょくを示した時は冷や冷やしましたよ」
と笑う。

 選考委員の一人、杉山涼成りょうせいは、懐空の作品を読んで、最初は『わたしの文体に似ている』と不快な顔をしたらしい。

 だが、最終的には、固い骨組みに支えられながら流麗りゅうれい筆致ひっち、理論的な展開は個性的に繰り広げられているが、随所に取り入れられる心理描写・情景描写により読み手に無理なく受け入れられるうえ、ミスリードも誘っているのは見事、と絶賛してくれたそうだ。

 他の選考委員の評価も教えてくれたが、懐空は最初に言われた杉山の評だけで胸がいっぱいになり、覚えていない。

「もちろん、次作も考えていますよね?」
と聞かれ、えぇ、それなりに、と答え、電話を切った後に、もちろんです、と言えばよかったかと後悔している。

 正式な発表は大晦日、ホームページ上で、と言われた。一月の下旬には期間限定で全文がホームページ上に掲載される。そして六月の出版を目指す。

 電話を切った後、懐空はすぐに『ちょっと昼寝する』と愛実あいみに断ってベッドに潜り込んだ。なんの電話だったの? と聞く愛実に、あとでね、とだけ答え、話さずにいた。何をどう話していいか判らなかった。

 なんだか現実味がなくて、昼寝して目が覚めたら、夢を見ていた、ってことになるんじゃないかと、違うと知っていてもそう感じた。

 ヘンに胸がいっぱいで、こんな緊張の仕方は初めてだと思い、自分がちゃんと呼吸できている気がしない。とにかく寝よう、そう思った。今は眠る時だ、なぜだかそう決めつけた。すごく眠かった。

 詳しい事はメールすると言っていた。そのメールを見れば、現実味が湧くんだろうか? ベッドに潜り込み、頭まで布団をかぶって目を閉じた。心配した愛実が、どうしていいか判らない様子で、見守っているのを感じた。そしてあっという間に眠っていた。

 いつになくぐっすり眠ったと思う。夢も見ていないように感じた。目が覚めると部屋は薄闇の中で、あかりをけに起きて、それからベッドに腰かけた。気配に気が付いたのだろう。愛実が部屋に入ってくる。

「懐空、大丈夫?」
愛実が不安げに懐空を見詰める。ベッドに腰かけたまま、懐空は愛実を見上げた。

「すごく疲れていたんだ、きっと」
ポツリと懐空が言った。目頭が熱くなるのを感じた。
「自分でも気づかないうちに、疲れてたんだ、きっと」
「懐空? どうしたの?」

 愛実がゆっくりと懐空に近寄る。愛実を見上げる懐空のほほに涙がつたう。
「懐空?」
「うん、心配しなくていい。少し安心しただけだから。緊張してたのがゆるんだだけだから」

 そうは言われても懐空を放っておけない愛実が懐空に寄り添えば、懐空は愛実に寄りかかって、暫く声を出さずに泣き続けた。

 ようやく涙が止まった懐空は愛実に微笑んで、
「お腹すいた。焼肉、食べに行こうよ」
と、言った。すごく空腹だった。ボリュームがあって味の濃いものが食べたかった。

 懐空から話を聞いた愛実が、それならお祝いだ、忠司ただしたちも誘おうと言い出す。

「ダメだよ。忠司たちを呼ぶのはいいけど、受賞したなんて言ったら、焼肉代を出すって言うに決まってる」
と、懐空が反対する。それじゃあ、食べ終わってお店の外に出るまで忠司たちには言わない、お金はわたしが出す、と愛実が譲らない。

「わたしも嬉しいの、お祝いしたいの。どうして判ってくれないの!?」
怒ったよう言う愛実に、とうとう懐空も折れて忠司に電話すると、こっちも食事、これからなんだ、と一緒に行くことになった。

 久しぶりに会えて嬉しい、とはしゃぐ愛実に、今日の愛実あみさん、いつも以上にテンション高い、と莉々香りりかも一緒になってはしゃぐ。お店に迷惑だよ、と懐空にたしなめられて、愛実は『ごめん』と謝るが、莉々香は『懐空くんはうるさい』とむくれる。忠司が莉々香を窘めても、ペロッと舌を出すだけだ。

「莉々香も向こうで保育士の仕事が決まったんだ」
ぽつりと忠司が言えば、おめでとう! と、またも愛実が大喜びする。

「今日はめでたい! 乾杯!」
酒に弱い愛実がビールですっかり酔っぱらっている。莉々香はどうも笑い上戸のようで、ケラケラ笑ってばかりいる。懐空と忠司は弱り切って、よその客や店員に謝ってばかりだ。

 愛実はやたらと注文し、次々と焼いては、さあ食え、わたしが焼いた肉を、食べられないとは言わせないよ、と意味不明に脅迫きょうはくしてくる。忠司と二人、どんどん食べるものの、最後には食べきれそうもなくなってくる、それでも愛実が注文用のタッチパネルを持つので、最後には懐空がパネルを隠した。

 すると今度は店員を呼ぼうとする。慌てて懐空が、店員に謝り、忠司が、そろそろ帰ろう、と助け舟を出したのに、えぇ、もう? と、莉々香は不満そうだ。

「判った、うちに行こう」
懐空の妥協案に、やっと愛実と莉々香がうなずいた。

 ちゃんと家まで無事に行けるか心配した懐空だが、店を出ると、愛実も莉々香も普通に静かに歩き始める。愛実は莉々香と肩を寄せ合い、なにか話をこっそりしているようだ。

「悪いな、なんか莉々香、はしゃぎ過ぎで」
「いいや、あみも同じ……困ったもんだ」
懐空と忠司も女二人の後ろから、少し離れて話しながら歩いた。

「良かったのか? すっかりご馳走になって」
会計の時、自分が出すと言い張って聞かない愛実に、出させてやって、と忠司に頼んだ懐空だ。

「うん、出かける前からあみ、言ってたから。ちょっとお祝いしたいことがあって、焼肉に行くことにしたんだ。それに、莉々香さんの就職が決まったって聞いて、それもお祝いもしたかったんだよ」
「なんだ、何かのお祝いだったんだ? なんのお祝い? 私学の教職もねらっていたとか?」
「いや……」

 忠司には言おうと思っているのに、いざとなると言い出せないものなんだな、と思った。なんて言っていいか判らない。下手な言い方をしたら自慢話になりそうだ。でも、忠司が僕ではなく、もし他人から聞いたら? 

 なんとなく、今、言わなければ、どこかで誰かから忠司は知ることになりそうな気がした。そしたら忠司は、なんで教えてくれなかった、と裏切りに感じるんじゃないだろうか?

「僕さ」
「うん?」

 前を行く二人の女をニヤニヤ眺めていた忠司が、急に真面目腐った声音になった懐空を見る。
「小説書いているんだ」
「うん、卒論も小説にしたんだよね。知ってるよ。いつか読ませてくれるって、約束したよな」
「うん……で、新人賞に応募した。卒論とは別に書いていたのがあるんだ」

 忠司が立ち止まった。
「それで?」
忠司にあわせて懐空も立ち止まった。忠司の顔はなにかを期待している。予想通りの答えを懐空が言うのを待っている。

「受賞した」
「……マジか」
「うん」
「うおおおぉぉーーーー!!!」

 愛実や莉々香よりももっと忠司のほうが近所迷惑だった。遠くまで響きそうな忠司の叫び声に、愛実と莉々香が驚いて振り返った。
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