神影ひなた の シャドウ・ビジネス

寄賀あける

文字の大きさ
95 / 120
第3部 愛と憎しみに導かれて

95  陽に受け継がれる記録

 受け入れて貰えない謝罪は、あるいは許されない謝罪よりも過酷かもしれない。新たに配られたコーヒーを口に含みながら雷雅らいがは思う。そして、そこまでの罪を目の前に座る男は犯したのだろうか、とも思う。この男の罪はんだろう?

 目の前に、暴行される人がいてもを助けず見て見ぬふりをして警察を呼ぶこともしなかった、そんなところか? でもそれって、きっと法律では裁けない罪だ。だから余計に罪深いのか?

 もし、自分がこの男の立場だったらどうしていただろう……それを考えると責めることはできない。きっとコイツと同じで、何もできずにオロオロするだけだ。そこで雷雅は気が付く。謝罪を受け入れられないんじゃない、謝罪して欲しいと思っていない。少なくとも僕は。

 マスターや煌一・ひなたの気持ちはまた別かもしれない。でも、僕は謝罪なんかして欲しくなかった。全力を尽くしたと言って欲しかった。違うのか? そうじゃないのなら、その事こそ謝って欲しい。

 コーヒーカップを置いた雷雅が俯いて顔をしかめる。ギュッと肩に力が入り、口を強く噛み締める。龍弥たつやが雷雅の肩を抱き、
「お話は終わりですか?」
と静かな声で男に尋ねた。

 いや、と男がそれに答え、
「ここまでは今までの経緯です」
龍弥を見た。つまりこれからのことを話したいと、言っている。奥から咳払いが聞こえ、煌一こういちが姿を現し、ひなたがそれに続いた。

「そうなると、俺たちの意向も無視できない。そうでしょう?」
煌一の声は威圧的だ。マスターが奥から煌一とひなたのカップを運び、すぐそばに腰かけた。

「まず、先に言っておきます。あなたは雷雅の許可と、という事でここに入っていただきました。が、お判りと思いますが、影でもあるあなたのご家族をお入れするわけにはいきません」
「はい、重々承知しております。兄と母とはわたしが連絡を取り、こちらのお考えに背くことのないようにいたします」

 フンと煌一が侮蔑の表情で男を見る。
「もう充分、こちらの意に反することをなさっておいでに見えますが?」
「はい、申し訳――」
「煌一さん」

 黙っていた雷雅が割って入る。
「それを言っていたら話は進まない――僕たちは敵の奥深くに入り込める駒を手に入れた。そう思ったほうがいい」
煌一が鼻白み、龍弥が雷雅の肩に回していた手を放した。もう必要ない、龍弥はそう思ったのだろう。雷雅の目からは涙が消えている。

「そうだ、もう一つ判らないことがある」
雷雅が男を見る。
「母が入院した日、僕は災厄魂さいやくこんと遭遇している。僕の存在はその時点で知られていたのではありませんか?」

 男も雷雅を見て答える。
「相手がだと判っても、災厄魂はその人の性別も年齢も認識しません。つまり雷雅と確定できない。見つけたをわたしかもしれないと父は思い、兄もそれに同意した――ショッピングセンターでキミと遭遇した災厄魂は兄が操っていました。キミを認識させていない。父がキミの存在を確認したのは影の総本部で間違いありません」
「そうですか……」
カップに手を伸ばし、雷雅がコーヒーを口に含んだ。男も同じようにカップを手に取る。

 しばらく沈黙が場を包んだが、それを破ったのはひなただった。
朱方あけかたさんでしたね? あなたのお話が嘘とは思いません。少なくともあなたがたにとっては真実――義祖母そぼは他界し、わたしたちに真実を知る方法がない以上、わたしたちもあなたのお話を真実として考えたいと思います」
煌一は嫌な顔をしたが何も言わない。

「そうなると、朱方さんのお父さんの目的は突き詰めれば義祖母の心を取り返し添いたい、そんな思いに集約されるのではないでしょうか?」
「いい年をしてと呆れるばかりですが、はい、わたしもそう思います。だから計画外に影の総本部を襲ったとき、さやかさんに迫り、叶わないと知ると、事もあろうか思う相手であるさやかさんを殺めてしまった」

「かわいさ余って、なんて言葉もありますから――でも、もしそうなら、義祖母が亡くなった今、お父さんは何を求めているのでしょうか? 自分が義祖母を手に掛けたのは影のせいだとでもお思いなのでしょうか?」
「もともと父は目的を、と影を消滅させることとすり替えていました。も影も、もっと自由に生きていいはずだと」

「だとすると、影を殺すことが目的ではないはずですよね?」
「えぇ、多少の殺傷は仕方あるまいと考え、そのうえで影を掌握する、そう考えているようです」
「掌握したらどうするつもりで?」

「影の一族の生活を大きく変えると言っていました――母から聞いていた影の人々の暮らし、能力ちからが高いものは狩人かりびとになることを強要され、親元からさえ引き離される。学校にも行かせて貰えない。そんな馬鹿なことはやめさせる。もちろん結婚だって本人同士の合意でと、ごく普通の生活をさせたい。シャドウ・ビジネスは廃止するか、公にする。そう考えています」

「なるほど――それで朱方さん、お父さんの考えは実現可能と思いますか?」
「それは……災厄魂や闇の存在、そのあたりをクリアする必要はあるものの、母から聞いている影の一族の暮らしが本当ならば、改善したほうがいいと思います。実現不可能ではないはずです、多くの人がしている暮らしです」

 ここで黙って聞いていた煌一・マスター・雷雅・龍弥が揃って身動みじろぎした。
「おや……影の皆さん、雷雅も含め、実現不可能だと思っている?」
男が苦笑した。

 ひなたがそんな男に質問を続ける。
「なぜ、影の暮らしが今のようになったかをご存じですか?」
「災厄魂の処理と、一部権力者のためだけにその能力ちからを使うため、そして能力ちからを高めるため」
ひなたが煌一と顔を見かわした。それを見て男が苦笑する

「違う、とおっしゃりたいようですね」
の一族にはそう記録されているのですか?」
はずいぶん昔に影からさえも身を隠した。影に関する記録は完璧なものではありません。ところどころで遭遇した影との記録が引き継がれているにすぎません――そこには誤解も含まれる。もし違うのならば、お教え願いたい。記録を修正していかなければいつまでたっても正されません」
男がひなたを見詰めた。

 ふとひなたが表情を和らげる。
「やはりライガによく似ている――いいえ、ライガが朱方さんに似ているのですね」
ひなたの笑みに男が少しだけ硬さを消した。

「朱方さんのおっしゃる通り、影も普通に生活していけたらと、わたしも考えているのです。わたしは中学校から通うことができました。でもわたしは多少我儘を通せる立場にあり、そうでない者は学校を知識でしか知りません――この狩人かりびとは」
と、ひなたが龍弥を示す。男がチラリと龍弥を見る。

「二十ですが雷雅の護衛をさせるため年齢を偽らせ、高校一年に潜入させました。学校に通ったことはありません――先日、学校は必要かと、この狩人かりびとに問いました。雷雅に高校を辞めて貰うかどうかを検討していた時です。すると不要と答えました」
「それは――」
何か言おうとする男をひなたが制する。

「まぁ、お聞きください――不要と言ってから、こうも言いました。不要だからと言って辞める必要もない、と。一見不要なものが人生を豊かにする、この狩人かりびとはそう結論を出しました」

「いや……はい――」
男はひなたの言葉を肯定するか否定するか迷っているようだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!

TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。 その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。 競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。 俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。 その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。 意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。 相変わらずの豪華客船の中だった。 しかし、そこは地球では無かった。 魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。 船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。 ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ…… 果たして、地球と東の運命はどうなるの?

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

名もなき民の戦国時代

のらしろ
ファンタジー
 徹夜で作った卒論を持って大学に向かう途中で、定番の異世界転生。  異世界特急便のトラックにはねられて戦国時代に飛ばされた。  しかも、よくある有名人の代わりや、戦国武将とは全く縁もゆかりもない庶民、しかも子供の姿で桑名傍の浜に打ち上げられる。  幸いなことに通りかかった修行僧の玄奘様に助けられて異世界生活が始まる。  でも、庶民、それも孤児の身分からの出発で、大学生までの生活で培った現代知識だけを持ってどこまで戦国の世でやっていけるか。  とにかく、主人公の孫空は生き残ることだけ考えて、周りを巻き込み無双していくお話です。