憧憬のエテルニタス

寄賀あける

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第二部 疑惑   それぞれの思惑

五章 語り始めた星 (5)

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 北の魔女の居城の地下室に、いつもの通りジャグジニアがさかずきの聖水を取り換えに来ていた。

「どうした、あれからかれこれ三か月は過ぎようぞ。おまえの心を覗きこんだやからの特定はできたのか?」
相変わらず『秘密』がジャグジニアをさいなんでいた。

 ジョゼシラとビルセゼルトの結婚式の翌朝、『秘密』は
「北の魔女ともあろう者が誰かに心を覗き見られ、気付きもしていない」
と嘲笑した。いつものように相手をせず、去ろうとするジャグジニアを引き留めたのは
「サリオネルトは相変わらず食わせ物だな」
という『秘密』の一言だった。

 動きを止めたジャグジニアに、更に『秘密』が追い打ちを掛ける。
「そうだ、知っているか? おまえの夫のホヴァセンシルが、このところ東の魔女デリアカルネと頻繁に連絡を取っているぞ」
動きを止めたジャグジニアを『秘密』はニヤニヤと眺めている。

「ジョゼシラの媚瞳術も冴えわたっているようだな。あの瞳でビルセゼルトを射止めたが、あの魔女は強欲だ。ほかにも男を作らねば良いがな」
ケラケラと『秘密』が笑う。
「サリオネルトあたりを狙いそうだな。夫の双子の弟、さぞかし食い応えがあることだろうよ」
『秘密』が下卑た笑いを見せる。

「ジョゼシラとサリオネルト、あの二人、どこか似ている。本当のことしか言わないくせに、上手に真実を隠し、相手の誤解を誘導するのが巧い。さぞや気が合うことだろうな」

 その日ジャグジニアは、やっとのことで『秘密』を振り切り、地下室から姿を消した。だがあれ以来、心の中に何かが生まれ、何を信じてよいのか判らなくなりつつある。

 もちろんジャグジニアとて、『秘密』が自分の不安をついた攻撃を仕掛けていると気が付いている。けれど、『もしや』と時には思ってしまう。

 たとえばサリオネルト……ジョゼシラがエネルギー切れになったとき、いとも容易たやすく部屋に暖炉を出現させ、その暖炉を消すのにジョゼシラでさえ苦労した。示顕じげん王かもしれないと、かつて言われたあの男は、何かを隠しているのではないか?

 そしてジョゼシラ……力の強さと感情を自分で抑えることもできないくせに、母親が南の魔女であるがため、将来を約束されたあの魔女の、ビルセゼルトを見詰める潤んだ瞳、あの瞳がビルセゼルトに『守りたい』と思わせた。あの強力な魔女にあんな瞳ですがられれば、落ちない男はいないように思える。

 そして我が夫ホヴァセンシル……泣いて縋ろうが自分の都合を優先させる男。

 一緒にいるときは常に優しく接してくれるし、づかいも忘れない。そして城を訪れた時は、必ずジャグジニアを求め、そして激しく愛してくれる。けれど、どんなに引き留めても、必ず街へと戻ってしまう。ひょっとしたら、わたしは欲望のけ口に過ぎないのではないか? そんな不安をジャグジニアは持ち始めていた。

 こんな時にマリがそばにいてくれたなら、どんなにわたしは救われただろう。けれどそのマリは、いぶかしいサリオネルトの妻。そうでなければ、どんな悩みも打ち明けられたのに。

 ビリーとサリー、あの双子はわたしを傷付けてばかりいる。そんな思いがジャグジニアの心に芽生えていた。

 さかずきに泉水を汲み、台の上に戻す。そして瞑想し部屋の結界を確かめる。どこにも痂疲かひはない。すると、今日は珍しく口数が少なかった『秘密』が、ポツンと言った。

「どうやらジャグジニア、おまえ妊娠したな」
振り向きたい衝動をジャグジニアが抑える。

「この部屋に現れた時から様子が奇怪おかしいと、ずっとおまえを見ていた。間違いないぞ、妊娠だ」
いけない、こんなヤツに惑わされてはいけない……

「果たしてホヴァセンシルは喜んでくれるかな?」
聞くな、聞いてはいけない、コイツが言っているのは出鱈目だ。

「あぁ、言い忘れた。その腹の子は生まれてこない運命だぞ」

 耐えられない……ジャグジニアは地下室から逃げかえった。耳に『秘密』の哄笑がこびり付いてしまったようだ。

 それからのジャグジニアはふさぎ込むことが多くなり、北の魔女の居城に仕える者たちが心配して、夫ホヴァセンシルに頻繁に連絡したが、ホヴァセンシルが帰城したのはそれからひと月のちのことだった。

 やつれ果てた妻にさすがのホヴァセンシルも慌て、自身の職務は弟と応援の魔導士に頼み、ジャグジニアのそばを離れずにいた。そうこうしているうちにジャグジニアの妊娠が確かなものになる。

「癒術魔導士が今回は諦めろと言っている」
ホヴァセンシルが妻の目を見ることができないまま言った。
「今のおまえの体力では、出産に耐えられないだろうとな」

 ジャグジニアはホヴァセンシルの手を取った。
「なぜ、あなたはここに?」

「ジャグジニア?」
「仕事が忙しくて、滅多に帰っても来ないのに、このところずっとここにいるようです。わたしの不幸を見て楽しんでいるのですか?」
「なにを言っているんだ?」
思いもしない妻の言葉に、思い当たることのないホヴァセンシルは慌てる。

「ずっと、そばにいて欲しいとわたしは願っていました。でも、あなたは忙しいと街に居続けた」
それなのに、こんな時に居るのはなぜだろうと思ったのです……ジャグジニアに表情はなく、ただ静かに夫を見つめるだけだ。

「おまえが心配だからじゃないか。だから仕事を投げ打って、こうしてここにいるんじゃないか」
「なぜ、もっと早くそうしてくれなかったのですか? 今できるのなら、今までだってできたはず」

「それは……俺にだって責任ってものがある」
そう言いながらホヴァセンシル自身も、なぜだろうと思わずにいられなかった。そうしなかったから、今、妻にこうして責められているのだ。妻をこんなに苦しめてしまったのだ。

「判った、街の魔導士の仕事はやめる。おまえを一生大事にすると俺は誓ったが、その思いは今も変わっていない」
一番大事なのはジャグジニア、おまえだ。誰よりもお前を愛している。

「では、わたしがあれほど欲しがっていると知っていて、なぜ子どもを諦めろと?」
「おまえが大事だいじだからだ。こらえてくれ、俺はおまえを失いたくない。健康を取り戻せば、子はまた授かる」

 ジャグジニアの瞳から、やっと涙がこぼれ始めた。
「わたしはあなたと一緒になってから、堪えてばかりのような気がします」

 その二日後、結局ジャグジニアの体力では妊娠を継続できず、ジャグジニアの思いもホヴァセンシルの心配も手の届かないところで、ジャグジニアの腹の子の命は消えた。
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