憧憬のエテルニタス

寄賀あける

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第五部 遁走   守られる者 守られる愛

二十一章 遺志 (4)

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 さて、ロハンデルトの事だが、我らが従弟ブランシスに預けたいと思う。

 本来ならばわたしの兄であり、ロハンデルトの伯父であるビリーに預けるのが順当なのだろう。だが、北の悪魔はロハンデルトの行方を追うはずだ。隠さなくてはならない。

 ロハンデルト……ロファーの隠し場所は市井の人々の中が一番だと思う。魔導界に置くのは安全に見えて、危うい。悪魔がホビスさえも取り込んだことを考えると、そう思えて仕方ない。

 兄を信じられないのかと、ビリーは思うかもしれない。信じていないわけじゃないんだ。ビリーなら、何があっても護ってくれると知っている。

 わたしはロファーの力を封印した。しかも二十二年の長きに渡る。神秘術・魔導術を扱えないロファーを魔導界に置くことに不安を感じている。両親がわたしを里子に出した気持ちを実感している。

 シスには市井の人の中に里親を探せと指示を出した。そしてなるべく身近な関係になってロファーを守れと言ってある。封印された力は高位魔導士でもそう簡単に察知できないことを考えれば、やはりそうするのが一番だ。

 魔導界に残って、常に危険に曝されるより、誰にも知られず、街人として生きる。静かな生活はロファーの人間性を豊かに育むことだろう。判ってくれ、ビリー。

 この長い手紙もそろそろ終わりを迎える。そして今、わたしは大きくため息をついた。もう一度だけ、わたしの愚痴を聞いて欲しい。ビリーにしか言えない。

 ビリー、この期に及んで、何を言うか、と笑わないでくれ。わたしは……

 死にたくない。死ぬのが怖い。怖くて、恐ろしくて、どうしていいのか判らない。

 人とは強欲なのだと今さら思う。それともわたしだけがそうなのか? マリがいなければ生きていけない、その思いは確実にわたしの中にある。それなのに、マリが命を落とすと判っている今でも、死に恐怖を感じている。

 矛盾しているのに、どちらもわたしにとって真実だ。わたしにはビリーの強さがないのかと思う。ビリーは、わたしとジョゼのどちらを選ぶか問われたとき、両方選ぶと選択した。その強さがわたしにあれば、事態は変わっていただろうか?

 あぁ、そうだ、不思議なのは、思い出すのが幸せだったころばかりだという事だ。幸せだったころ、いや、少し違う、今でもわたしが幸せなのは変わらない。悩みのないころ、と言った方が当たっている。

 一番思い出すのは子どもだったころ、ビリーと一緒に木に登り、暖かな陽だまりで転寝うたたねしていた頃。

 あの頃、わたしが唯一ビリーより上手に出来たのは木登りだった。さっさと狙いの場所に陣取り、苦労して登ってくるビリーを、得意になって待ったものだった。

 あの暖かな陽の光、穏やかな風の匂い、二度と戻れない静かに過ぎていく日常。なぜあの日々は永遠に続くことがないのだろう?

 判っている、永遠でないからこそ、新たな幸せを見つけられるのだと。判っている、永遠でないからこそ、思い出は美しく心を満たすのだと。

 だが、憧れずにいられない。優しさに包まれた日々よ、永遠であれと。

 ビリー、今、判ったことがある。わたしが死を恐れるのは、きっと幸せだからだ。わたしが生きた日々は幸せなものだった。だからだ。

 最後に。

 この先、試練の時を迎える。どれだけビリーを手助けしたかったか。傍にいて、支えてあげられないことがどれほど悔しいか。出来る事なら生きて、悪魔との戦いにビリーと共に尽力したかった。

 それができないと判った今、わたしが出来る事は、ビリーの安全を願い、そして幸せを祈るだけだ。幸せでいて欲しい。大好きなビリー、大事だいじな双子の兄さん、泣かせてごめんね。愛しているよ―――  サリオネルト




 ビルセゼルトは長い手紙を、時に顔色を変え、時に食い入るように、そして時に何かに気付いたように瞳をきらめかせながら読み続けた。そして最後にさめざめと涙を流し、暫くそのまま目を閉じて動かなかった。

 やっと落ち着くと深い溜息をつき、
「ブランシス」
従弟の名を呼んだ。

 ビルセゼルトを見詰めていたブランシスが慌てて立ち上がろうとする。
「怪我をしたと聞いた。そのまま座っているといい。畏まることはない、従兄弟いとこじゃないか」
そして、ひざまずいたままのモネシアネルに『あなたも座りなさい』といたままの椅子を勧めた。

「この手紙の内容を話す前に、シスの話を聞きたい」
ビルセゼルトの言葉に、ブランシスが居住まいを正す。

「サリーの手紙には、市井の人にロファーを託せと書かれていた」
シス、ロファーを頼む。本来なら兄であるビリーに頼むべきだろう。だがこの先、世に起こることを考えるとシスに頼むのが最善だと思っている。

 居を移そうとしている夫婦を探し出せ。そして魔導士が一人も住んでいない街に誘導し、ロファーを預けろ。その際、ロファーに充分なかねを持たせることを忘れるな。

 できれば夫婦に子はいないほうが望ましい。妻が妊娠していないことが肝心であり、そして必ず愛し合っている夫婦でなければならない。

 新たな土地で暮らすなら、妻の妊娠期間を周囲が気にすることなく、貰い子であると気付かれ難い。妻が妊娠していては、貰い子だと知られてしまう。愛し合う夫婦なら、子に愛を教えられる。

 すまないが、できればシスには魔導士をやめて、市井に紛れて暮らすことを望む。ロファーを預けた夫婦の同業者になってくれるのが一番だが、魔導士以外なら何でもいい。

 シスが魔導士を生業なりわいとしてギルドに登録されていれば、シスを探す者も出てくることだろう。ロファーの行方を知っていると察して追う者もいるだろう。

 だが、シスが魔導士をやめ、他の生業で生きているとしたら、接触してこない可能性が高くなる。生業が魔導士でなくなればギルドの後ろ盾がなくなり、それではロファーを護れるはずがないと高をくくると考えられる。リスクを負うことで、逆に目暗ましを掛ける。

 少なくとも魔導士を続けるよりはマシなはずだ。しかし、くれぐれも用心をおこたらないで欲しい。

 生業なりわいを変える理由は、従兄の死を目の当たりにして魔導士が怖くなったとか、魔導士同士の争いに嫌気がさしたとか、少しでも心に浮かぶ辞める理由を使うといい。欠片でも思っていれば嘘にはならない。

 勿論、魔導士を生業としないだけで、その力を放棄しろとは言っていない。むしろさらに精進を重ね、きたるべき時に備えて欲しい。

 ロファーを託す相手が他にいれば、シスにはビリーを助けて欲しいくらいだ。だけど、敵が誰かを考えればロファーを頼めるのはシスしかいないし、心情的にも従弟いとこであるシスに頼みたい。

 後々を考えると、預けた夫婦にロファーとシスの関係を知られてはならない。だから、ロファーを捨て子と見せかけるのがいいと思う。

 そして必ずその夫婦がロファーを見付け、育てようと思うような仕掛けをして欲しい。

 ロファーに『庇護者の寵愛』を使うとか、妻に『母性のとりこ』とか、夫に『庇護者の誉れ』を使うのもいいかもしれない。

 ロファーは『すべてのことわりを知る剣』と『大地』の加護を享けている。そのうえ剣の守護があるから術は掛かりにくいし、コツがいる。その辺り、ビリーに相談するといい。どんな術を使うかや、術の掛けかたが判らない時はビリーを頼れ。

 そうだ、忘れるところだった。『総ての理を知る剣』の事だが、あれはシスが保管して、来るべき時、ロファーに渡してやってくれ。あの剣は勝手に消えてしまうかもしれないが、その時は慌てなくていい。必要な時には必ず、自らロファーのもとに現れる。

 そしてロファーを見守って欲しい。二十二年の時は長いが、見捨てずにいてやってくれ。そして導いてやって欲しい。

 やがてシスにも子ができて、他人の子など、と思うときが来るかもしれない。でも、どうかこの従兄をあわれんで、護ると言った約束を思い出しておくれ。

 シスはモネシアネルと一緒になるのだと、わたしは思っていたが、実際どうなんだい? わたしはシスに相談もしないで、モネシアネルに『シスを助けてやってくれ』と頼んでしまった。

 モネシアネルは星見魔導士として優秀であり、魔女としても頼もしく、そして慎ましい女性だ。星見としての才能は必ずシスを助けるだろう。そして芯の強さはシスを支え、語るべき言葉を選ぶ賢さはシスを慰めてくれるだろう。大事にしなくてはいけないよ。二人に幸多かれと祈る。

 ここまで書き終えて、なにを勝手なことを言っているのだろうと、手紙を読み返して、自分で自分に呆れている。自分の子を他人に押し付け、従弟の情に頼って、その子を護れと言っている。押し付けられる養親夫婦やシスとモネシアネルの気持ちを、全く省みようとしていない。

 自己弁護すれば、恥の上塗りになりそうだが、決してその夫婦やシスの幸福を願っていないわけではないんだ。何を言っても言い訳に過ぎないが、ロファーの存在が、関わる人々にとって幸せなものであれば、と願っている。

 すまない、もう時間がない。もっといろいろ書きたいが、そうもできない。

 ロファーを頼む、シス。わたしのためにシスが西の城住みになったと、知っていた。感謝している。いい従弟を持ったと、嬉しく思っている。

 モネシアネルと幸せに……感謝を込めて、サリオネルト
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