幸せな花嫁

寄賀あける

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 お披露目が終わり、祝言の日取りも決まればやることを一つずつ熟していく日々が始まった。思いを叶えた娘は母親の目から見てさえ眩しいほど、日に日に美しくなっていく。

 昨日は手代の親が夫婦そろってお顔を見せられた。

 自分たちの息子にこんな有難いお話しをいただけるとは、と、過分な結納になんとお礼を言っていいものか、と、何度も頭を下げられて、こちらが恐縮してしまうほどだった。これがあの子の本当の母親なんだと、あたしにとっても感慨深いものだった。

 帰りは立派になった息子に送られていったが、その後姿を見送るあたしは、やはり妬かずにいられない。手代が自分の母親に見せる笑顔はあたしが見たことない物だ。でも、それを言ったところで、どうなるもんでもない。手代に同じ笑顔をねだっても、無理難題というものだ。

 それよりあたしが気になるのは、手代にはまだ何か引っかかることがあるように思えてならないことだ。話が決まったあの日、手代の言葉に嘘や誤魔化しは感じなかった。娘の気持ちに応えると、そう思ってくれたのだとあたしは感じていた。

 弁天さまでのやり取りを聞いた時、『さすが我が娘』と思ったもんだ。『あたしがおまえの幸せになりたい』なんて、そうそう言えるもんじゃない。言って『おまえがあたしの幸せ』までだ。手代はさぞ心を揺り動かされたことだろう。だから話を承知したのだとあたしは踏んでいる。

 手代の様子が変だ、ということはない。あれ以後もそれまで同様、変わりない。他所他所よそよそし過ぎることもなければ近寄り過ぎると言ったこともない。そうたやすく打ち解けるはずもないのだし、生真面目な手代らしいと言えば手代らしい。

 だけど、そう、なんて言うんだろうね、祝言を間近に控えた緊張感も高揚感もない。日々、淡々と過ごしているのだ。まるで全てを諦めているかのようにも見える。
「いったいどうしたもんだかね」
膝に眠る子猫を撫でながら、つい呟いた。

「自分を幸せ者だと言ったじゃないか」
目の前にいもしない手代を詰ってみる。すると子猫が目を覚まし、にゃおんと問いかけるように鳴いた。

「おまえを責めちゃいないよ」
笑いながら子猫に話しかける。

 娘の部屋に衣紋えもんを置くようになってから、部屋に入れて貰えなくなった子猫は、もっぱらあたしの部屋に入り浸るようになっていた。

「ただね、心配なんだ」
手代のことがね、最後は心の中で呟く。

 あの子は誰かを気に掛けている、そう思えてならない。あたしの娘の真心に触れ、それに応えようと決心したものの、どうもその誰かが消えてくれない。その誰かが消えるのを手代はじっと待っているのだろう。それがあたしには諦めのように見えるのだ。きっとそうだ。

 あたしの娘は自分の幸せに有頂天で、そのあたり、きっと少しも気付いちゃいない。そのほうがいい。娘は真っぐに手代を見つめている。いずれ手代が見つめる相手もあたしの娘に変わるはず。今はそう信じて待つほかはない。

 思えはこくなことをしたもんだ。いくら遠慮しないで言えと言われても、好いたおなごがいるなんて、手代の身分で言えるはずないじゃないか。うちの人が言ったように、手代の年ごろで好いたおなごがいたってちっとも可怪おかしな話じゃない。だけど、主人あるじ相手に言えるもんじゃない。番頭さん辺りに探りを入れて貰えば少しはましだったかもしれない。だけど、今更だよ。

「あたしが本当のおっさんだったら、気が付いていたのかね」
そうだね、本当のおっさんならね。でも、あたしは本当のおっさんじゃあないから気付けなかった。自分が情けない。

 子猫が立ち上がり、ググッと伸びをする。そして身体をあたしにこすり付けてきた。
「おやおや、あたしを慰めるつもりかい」
にゃおんと子猫が返事する。

「本当に賢い子猫だね」
少し気持ちが軽くなり、そのまま子猫を抱いて庭に出ると、メジロが梅の木にいるのが見えた。梅花にくちばしを差し込んで、どうやら蜜を吸っているようだ。二羽でいるのはつがいなのだろう。互いに近づいては相手を見、離れては蜜をすい、そしてまた相手を見る。

 手代に思う相手がいるとして、その相手は手代をどう思っているのだろう? もしも、言いわした仲ならば、さぞ、あたしたちを恨んでいるに違いない。

 その考えはあたしを身震いさせた。人の恨みを買って、あたしの娘と手代は幸せになれるんだろうか。ああ、そうだ、なんでこんなことに今まで気が付かなかったのだろう。誰かを泣かせて自分たちだけ幸せになろうなんて、そんな虫のいい話、うまくいくはずないじゃないか。

 いや、だからって、それこそ今更だし、だいたい『言い交わし』ているかどうかも判らない。そもそもそんな相手がいるということさえ、あたしの勝手な思い込みかもしれない。

 またも落ち着かなくなったあたしに、お琴のお師匠さんがおいでだと、女中が告げに来た。そう言えば、久しぶりにお茶をごちそうになりに行くよ、世間話でもしようじゃないかと、さっき知らせがあったばかり。

「こないだのお大福、結構なお味で……いつもながら有難うございます」
いただき物だけど、うちじゃ食べきれないから、とうぐいす餅をお持ちになった。来る途中で買い求めたとひと目で判るが黙っていた。

「お嬢さん、婿どのが決まったそうで」
お琴のお師匠さんはあたしよりずいぶんとしが行っているはずだが、なんの、あたしより、ずっと艶やかでいらっしゃる。にっこりと笑むその顔に見とれてしまいそうだ。

「やっとのことで……わがままに育ててしまいました」
「わがままかどうかはともかく、あの手代さんを選んだんだ、男を見る目は母親譲りというものだね」
「あたしはね、うちの人に見染められて、断り切れずに嫁いで来たんだけどね」
「じゃあ、そういうことにしておこうか」
と、二人して笑った。

「うちの娘は男を見る目があるのかね」
「おや、ないと思っちゃいないだろう」
お茶をすすりながらお師匠さんが言う。

「あると思えたから、少なくとも手代さんが見込みのある男だからこの話、決めたのでしょうよ」
そりゃそうなのだけれども……

「お師匠さんを見込んで、ちょっと内緒話をしてもいいかい?」
おや、何か悩み事かい? お師匠さんが薄く笑う。
「見込まれたんじゃ嫌とは言えない。聞こうじゃないか」

 あたしが娘の時も、この師匠にお琴を習った。うちの人より師匠のほうがあたしにとっては付き合いが長い。厳しい師匠だったけど、サバサバして豪快で面倒見もよく、弟子の娘たちを可愛がってくれた。弟子たちも師匠を慕い、悩み事を相談する娘も多かった。それに、なんといっても顔が広い。あたしの知らない手代の話をお師匠さんなら知っているかもしれなかった。

「それじゃあなにかい、手代さんに思いわした相手がいると、おまえはそう思っているのかい?」
一通り、あたしの話を聞くとお師匠さんは怒ったようにそう言った。

「おまえにそう思われたんじゃ、手代さんも浮かばれないね。真面目なあの手代さんが、主人あるじの目を盗んで女を作っていたんじゃないかと、おまえはそう疑っているんだね?」
「いえいえ、お師匠さん、あたしは何も、そう決めつけたんじゃないんだよ。もしそうだったら、どうしよう、と気に掛けているだけで」

 しどろもどろに言い訳するあたしに
「手代さんを信じることだね。花嫁の母親であるおまえが水を差しちゃいけないよ」
せっかくの祝い事にミソを付けるもんじゃない。

「娘の思いが通じたんだ。母親のおまえは素直に喜んでやればそれでいいんだよ」
お師匠さんはそう言って笑った。
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