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2章 魔法使いは真夜中に
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それでさ、とクルテがゴルゾンに問う。
「このまま遊び暮らして、時どき悪さしてって生活を続けていくの?」
ゴルゾンはクルテを見詰めながら
「イヤだって言ったところでどうにもならん。このまま飼い殺しにされるしかない。ヤツに逆らったらこの街では生きていけないんだ」
「ソイツから街を取り戻したら? んー、まぁ、そうなるとお手当は貰えなくなるから、自分で稼がなきゃならなくなるけど」
「……自分で稼ぐ、か。今になってよく判る。地道に働いてた時のほうが毎日充実してた。幸せだった。今は、生きながら腐り果てていくのを待ってるようなもんだ」
「もう一度、充実した毎日を取り返そうよ」
なんとかしてあげる、なんて言うなよ、クルテ――ピエッチェの心の叫びは聞こえたのか、聞こえてないのか?
「僕たちがなんとかするよ。だから、もう一度頑張ってみない?」
クルテの言葉にゴルゾンが項垂れる。
「……無理だ。無理に決まってる」
「無理かどうかは見てれば判るよ。ただ、すぐにとはいかない。まずはカラクリを調べてみる」
「だいたい、そんなことしたってあんたらになんの得があるって言うんだ?」
「得? うーーん……ねぇ、ピエッチェ、なんの得があるんだ?」
急に振られたピエッチェが慌てて答える。もちろんクルテから指示があって返答に困りはしない。
「なんの得にならなくっても、しなくちゃいけないのが人助けだ――そろそろ宿に戻る。あまり遅くなっても迷惑になるからな。それとゴルゾン。俺たちが解決に乗り出そうとしてることは誰にも言うなよ、判ったな? 向こうに気取られたら終りだ」
と言うわけで、宿に戻ったのはいいが、なぜかマデルまで部屋に来た。いつの間に買い入れたのか、酒瓶を出してきて『さぁ、飲むわよぉ』と来た。追い返されるとは露ほども思っていないようだ。
「あららん、わたしの部屋よりずっといいわ。ベッド、空いてないの?」
「飲んだら自分の部屋に戻れ」
ピエッチェはイラっとしている。
冷たいピエッチェを相手にしても無駄と思ったのか、
「そんなこと言わないで、一緒に寝ない?」
とクルテを見詰めるマデル、クルテはマデルをチラッと見ただけで、どう思っているのか読めない。歓迎はしないが拒むほどでもないってとこか?
カッチーはマデルのあまりの図々しさに怒りを隠さない。
「追い出しますか?」
ピエッチェの苛立ちを感じ取っているのもありそうだ。ピエッチェはイライラしているのが見ただけで判るが黙っている。頭の中がクルテの『黙ってろ』で埋め尽くされていた。それで余計にイライラしている。
それでも暫くすると
「なぁ、おまえ、宿の前の持ち主とはどういう関係だ?」
とマデルに訊いた。
一瞬キョトンとピエッチェを見たが、すぐにフフンとマデルが笑った。
「関係なんかあるわけないじゃないの。わたし、この街に初めて来たのよ? 三日目だけどね」
「それにしちゃあ、随分と余計なことに首を突っ込んでくるな」
「あんたと同じさ、ピエッチェ。どこから見たって胡散臭い話よね。悪巧みしか感じられないわ……わたしはね、困ってる人を見て見ないフリするヤツが嫌いだし、人を困らせたって自分さえいいってヤツはもっと嫌いなんだ――クルテが言うように何かカラクリがある。ピエッチェ、あんたたちに協力したいって思ってるんだよ」
「断る」
ピエッチェの即答にクルテがクスッと笑った。断れと指示を出したけど、もうちょっと言いようってモンがあるだろう? クルテがマデルに言い繕う。
「ピエッチェはマデルを心配してるんだ。捕まったら乱暴されて、しかも売り飛ばされちゃうよ?」
「あら、売り飛ばされたらクルテが買い戻してよ――その前に、守ってくれるでしょう?」
「そーだね、気が向いたらね」
「なによ、気が向いたら、なの?」
まるでじゃれ合い、ピエッチェがますますムッとし、目のやり場に困ったカッチーがさりげなく目を逸らし、それでもチラチラ盗み見る。
「だって、敵の正体が判らないんだから、保証なんか出来っこないじゃん」
「敵の正体って、なに言ってんの? この宿の現在の主人ってことでしょ?」
「表向きはね。でもさ、在ったり無かったりする地下室とかカジノが気になる。それと人身売買が禁じられているこの国で、ゴルゾンたちに集めさせた人たちを売っぱらってるってのは考えにくい。だったら目的は別にある。それは何か?」
「でも、どうやって調べるつもり? 宿の従業員もグルみたいよね?」
「そうだね、この街に昔から住んでるのなら、何か弱味でも握られて言いなりってことも考えられるけど、流れ者だってなると、もともと手下だったのを呼び寄せたのかもしれないね。まぁ、まずはこの宿の建物自体を調べてみるつもりだ」
「今から?」
「うん? 夜は眠るもんさ。夜中に宿の中をウロウロしたら怪しさ満載、不審がられるのは巧くない。昼間の方がいい。昼間なら、部屋を間違えたとか、気分転換に散歩がてら廊下をフラフラしてたとか、幾らでも言い訳できる」
「宿の中に何かあるかしら?」
「まずは地下室を見つけたいよね。ひょっとしたら、今まで売り飛ばされた人たちが閉じ込められているかもしれない」
「クルテはその人たちが生きていると思っているのね?」
「生きていて欲しいなと思っているよ」
うふふ、とマデルが笑う。
「なんだかクルテのこと、本気で好きになりそうだわ」
「好きになるのは勝手だけどさ、僕にその気はまったくないよ」
「もう! つれないんだから!」
拗ねるマデル、でも物凄く楽しそうだ。ニヤッとクルテを見て、ピエッチェを見る。
「そうよね、クルテにはピエッチェがいるもんね。あんないい男がいたんじゃわたしなんか出る幕ないよね」
マデルが笑う。
「なんだ、それ?」
訊き咎めるのはピエッチェ、
「俺とクルテがどうにかなってるとでも言いたそうじゃないか」
するとマデルが
「あぁら、違うとは言わせないわよ?」
ピエッチェを見てニヤニヤする。
「酒場でクルテが絡まれた時、ピエッチェったらまるで姫ぎみを守る騎士みたいだったじゃない。俺の連れをどうする気だ? なんて言っちゃってさ。俺の女をどうする気だって言ってるみたいだったわ」
すると
「なんだ、僕が女役?」
ケラケラ笑うクルテ、ピエッチェが舌打ちし、
「コイツ、見た目がヒョロヒョロで、言っちゃあなんだがマデル、あんたよりよっぽどか弱そうに見える。つい庇う癖がついただけだ。それに俺は男に興味なんかない」
顔を顰めた。
ニヤニヤが止まらないマデル、
「酒場に入った時、綺麗な女の子が酔っ払いに絡まれてるって思ったもんよ。クルテ、今度女装してみなさいな。わたしがお化粧してあげる。きっと似合うわよ」
それから酒瓶を振って、
「もう空だわ……仕方ないから部屋に戻るかな? ピエッチェ、わたしと一緒に寝る?」
ピエッチェを流し目で見る。
「見境のないヤツだな……酔い過ぎか? さっさと自分の部屋に行け」
「はいはい、オヤスミ――カッチーはもう少し大人になったら誘うからね」
「こらっ!」
ケラケラ笑い声を残してマデルが部屋を出て行った。顔を赤くしたカッチーが呟く。
「大変なのと知り合っちゃいましたね」
クルテはクスクス笑うばかり、
「おまえはあの女、気に入ってるんだろう?」
ピエッチェに訊かれ、
「そうだね、そうかもしれない――まぁ、まだ判らない。よく観察しなくちゃ」
と答えた。
「なにを考えてる?」
ピエッチェが探るが、もう寝るよと寝室に行ってしまった。
寝室には入り口から見て左右にそれぞれ二台のベッドが中央の通路に足を向けるよう、合計四台置かれていた。
ピエッチェが寝室に行くと入り口すぐの右側のベッドにクルテが潜り込んでいた。すでに眠りについているようだ。どうせ眠ってなんかいない、カッチーの手前、眠ったふりをしているだけだと思ったピエッチェ、自分もベッドに潜り込んだ。
小用に行くと言っていたカッチーが寝室に来て、どさっとベッドに身体を放り出す音がした。
「ふかふかだ……」
カッチーの小さな声が聞こえ、すぐ寝息に変わっていった。
なにしろいろいろあり過ぎだ。コゲゼリテ村を今日、出てきたばかりなのに、何日も経ったように感じる……そんな事を考えているうち、いつの間にか眠ってしまったピエッチェだった。
どれほど眠ったのかは判らない。いきなり聞こえた雷鳴のような響きでピエッチェが目を覚ます。だけどそれはカッチーの鼾だった。目覚めてみればどうってことのない、少し大きいだけのただの鼾だ。
カッチーの鼾を聞きながら、これくらいの音で目が覚めるなんて自分で思っている以上に疲れているかもしれないと、夜の闇の中でピエッチェが思う。
ふとクルテが気になって寝返りを打つ。ピエッチェは右側奥のベッド、隣の入り口側にクルテはいるはずだ。
(あれ……?)
目の前のベッドはペチャンコだ。他のベッドだったっけ? そう思って身体を起こして部屋を見渡す。明るさを絞ったランプで照らされて、部屋は仄明るい。
通路の向こうのベッドにカッチー、そして入り口側のベッド二つには誰もいない。
(姿を消した? そのほうが休めるのか?)
意識でクルテに話しかけるが応答はない。
またどこかに出かけた? コゲゼリテでもピエッチェが寝ている間に部屋からいなくなったことがあった。あの時は女神の森に金を取りに行ったと言っていたが、今度はどこに行っている?
精神体になって宿の中を探っているのだろうかと考えて、それは違うと自分で打ち消した。酒場では食べているふりをしていただけだったが、宿に戻ってからはマデルの勧めを断り切れず、酒を飲み燻製肉を齧っていた。あれは飲んだふり食べたふりじゃなかった。
食べた物の消化が終わらないうちは別の姿になれないはずだ。それとももう消化済みなんだろうか?
(……?)
寝室の扉の向こうに気配を感じピエッチェが緊張する。
(クルテ?)
心の中で呼びかけるがやはり返事はない。と言う事はクルテじゃない。ベッドの横の棚に置いておいた剣にそっと手を伸ばす。
ゆっくりと、こちらを窺うように扉が開いた。
「あら、ピエッチェ、起きていたのね」
ピエッチェを見て侵入者がニンマリと笑う。マデルだ。
「マデル……何しに来た?」
「そんな怖い顔しないでよ。あれまぁ、剣なんか持っちゃって、襲わないからそんなもの、仕舞いなさいな――カッチーはぐっすり眠ってるみたいね」
ピエッチェが睨みつける中、マデルは遠慮もなしに寝室に入り、ピエッチェのベッドに腰を降ろした。そしてニヤッと笑い、
「ねぇ、クルテって何者?」
と言った。
マデルから目を離さず、ピエッチェが問い返す。
「どう言う意味だ? クルテは俺と一緒に旅をしている。友人だ」
「そんなことを訊いてるんじゃないわ……あの子、どこか奇怪しい」
「奇怪しいって、どこが? そんな事より、どうやって部屋に入った? しっかり鍵は掛けたぞ」
ピエッチェの背中が冷たくなる。こいつ、クルテが人間ではないって気づいているのか?
ふふふ、とマデルが笑う。
「クルテが開けてくれたのよ。って、わたしを入れるためじゃないけどね。ピエッチェったら気が付いてなかったの? クルテ、部屋を出てったわ」
人間の姿のままどこかに行ったと言う事か? 敵に気取られるから拙いって、そう言ったのはクルテなのに?
「クルテって歳は十八くらい? それにしては落ち着いてるし、度胸もある。相当場数を踏んでるよね。でも、そんな事じゃないの」
ピエッチェが考え込んだことにも気づかずマデルが話を続けた。
「ピエッチェ、あなたの剣はザジリレン流だった。元騎士だったってのは嘘じゃないって判る。ザジリレンの騎士だったのね。でもクルテは? 男たちを相手にしたあの身のこなしは見たことがない。少なくともザジリレンの格闘技じゃない。目にもとまらぬ速さで躱して、迷いなく打ち込んでた。自己流? それにしたってあの若さで? どこで習得したのかしら? あなたたち、どこで知り合ったか教えてよ」
「それは……」
どうやらマデルはクルテが人間じゃない事には気が付いていないようだ。でも、出会いの経緯をどこまで話していいものか?
「あら、言えないようなことなの?」
「そんなことはない――矢を受けて川に落ちた俺をクルテが助けてくれたんだ」
「つまり命の恩人?」
「うん、そうなるな……俺は十日も眠り続け、その間クルテは俺の傷の手当てをしたり、水を飲ませたりしてくれていた」
「眠ってたのに判るんだ?」
「あとから聞いたことだよ。でも一度だけ、何日目かは判らないが少しだけ意識が戻ったことがある。その時、誰かが薬を貼り替え、着替えさせてくれたのには気が付いてた。それがクルテなんだと思う」
「なるほどねぇ……なんでクルテはあなたを助けたのかしら?」
「理由なんか聞いちゃいないよ」
助けた理由は唆魔ゴルゼへの仕返しにピエッチェを利用するためだ。が、それはマデルに言えることではない。
「そっか……で、騎士をやめて旅に出ることにしたピエッチェがクルテを誘ったのね? それはどうして?」
「どうしてって言われても……十日眠り続けたあと、元通りに動けるようになるまで一月、ずっとクルテの世話になり、居所を家族にも告げなかった。今さら帰れない。だから旅に出ることにした。クルテが勝手についてきただけだ」
「なんで家族に連絡しなかったのよ?」
「クルテが調べてくれたんだが、俺が動けるようになった時には死んだものだと思われて葬式も済んでいた。そこに片腕がダメになった俺が帰ったところで迷惑を掛けるだけさ」
「そっかぁ……辛いね。でもクルテは? クルテに家族は居なかったの?」
「身の上を根掘り葉掘り訊くのは気が引けて大して聞いていないし、クルテも自分のことをわざわざ俺に言わなかった。俺はクルテのことを詳しくは知らないんだ――だけど親はいないってクルテが言った。どこの出身かとか、どうして親がいないのかは聞いてない。コゲゼリテで村人に齢を訊かれて、十八だって答えてたな」
「ふぅん、なるほどね――まぁ、ピエッチェがクルテを信頼してるのには納得したわ。命の恩人じゃ大事にしたくもなるよね」
「ん? うん、まぁな。そりゃあな、大事にするのが人の道ってモンだろう?」
クルテを大事にしようなんて、俺は思っていたっけ? ちょっと気拙いピエッチェだ。
「でもさ、そうなるとピエッチェがクルテにゾッコンなんじゃなくて、クルテがピエッチェにゾッコンってことみたいね」
「なんだよ、それ?」
「だってそうでしょ? なんで見ず知らずの怪我人を一か月も看病できる? ピエッチェ、あんた、クルテに惚れられてるんだよ」
「はぁ?」
クスクス笑うマデル、マデルの勘違いに呆気にとられるピエッチェだ。
「このまま遊び暮らして、時どき悪さしてって生活を続けていくの?」
ゴルゾンはクルテを見詰めながら
「イヤだって言ったところでどうにもならん。このまま飼い殺しにされるしかない。ヤツに逆らったらこの街では生きていけないんだ」
「ソイツから街を取り戻したら? んー、まぁ、そうなるとお手当は貰えなくなるから、自分で稼がなきゃならなくなるけど」
「……自分で稼ぐ、か。今になってよく判る。地道に働いてた時のほうが毎日充実してた。幸せだった。今は、生きながら腐り果てていくのを待ってるようなもんだ」
「もう一度、充実した毎日を取り返そうよ」
なんとかしてあげる、なんて言うなよ、クルテ――ピエッチェの心の叫びは聞こえたのか、聞こえてないのか?
「僕たちがなんとかするよ。だから、もう一度頑張ってみない?」
クルテの言葉にゴルゾンが項垂れる。
「……無理だ。無理に決まってる」
「無理かどうかは見てれば判るよ。ただ、すぐにとはいかない。まずはカラクリを調べてみる」
「だいたい、そんなことしたってあんたらになんの得があるって言うんだ?」
「得? うーーん……ねぇ、ピエッチェ、なんの得があるんだ?」
急に振られたピエッチェが慌てて答える。もちろんクルテから指示があって返答に困りはしない。
「なんの得にならなくっても、しなくちゃいけないのが人助けだ――そろそろ宿に戻る。あまり遅くなっても迷惑になるからな。それとゴルゾン。俺たちが解決に乗り出そうとしてることは誰にも言うなよ、判ったな? 向こうに気取られたら終りだ」
と言うわけで、宿に戻ったのはいいが、なぜかマデルまで部屋に来た。いつの間に買い入れたのか、酒瓶を出してきて『さぁ、飲むわよぉ』と来た。追い返されるとは露ほども思っていないようだ。
「あららん、わたしの部屋よりずっといいわ。ベッド、空いてないの?」
「飲んだら自分の部屋に戻れ」
ピエッチェはイラっとしている。
冷たいピエッチェを相手にしても無駄と思ったのか、
「そんなこと言わないで、一緒に寝ない?」
とクルテを見詰めるマデル、クルテはマデルをチラッと見ただけで、どう思っているのか読めない。歓迎はしないが拒むほどでもないってとこか?
カッチーはマデルのあまりの図々しさに怒りを隠さない。
「追い出しますか?」
ピエッチェの苛立ちを感じ取っているのもありそうだ。ピエッチェはイライラしているのが見ただけで判るが黙っている。頭の中がクルテの『黙ってろ』で埋め尽くされていた。それで余計にイライラしている。
それでも暫くすると
「なぁ、おまえ、宿の前の持ち主とはどういう関係だ?」
とマデルに訊いた。
一瞬キョトンとピエッチェを見たが、すぐにフフンとマデルが笑った。
「関係なんかあるわけないじゃないの。わたし、この街に初めて来たのよ? 三日目だけどね」
「それにしちゃあ、随分と余計なことに首を突っ込んでくるな」
「あんたと同じさ、ピエッチェ。どこから見たって胡散臭い話よね。悪巧みしか感じられないわ……わたしはね、困ってる人を見て見ないフリするヤツが嫌いだし、人を困らせたって自分さえいいってヤツはもっと嫌いなんだ――クルテが言うように何かカラクリがある。ピエッチェ、あんたたちに協力したいって思ってるんだよ」
「断る」
ピエッチェの即答にクルテがクスッと笑った。断れと指示を出したけど、もうちょっと言いようってモンがあるだろう? クルテがマデルに言い繕う。
「ピエッチェはマデルを心配してるんだ。捕まったら乱暴されて、しかも売り飛ばされちゃうよ?」
「あら、売り飛ばされたらクルテが買い戻してよ――その前に、守ってくれるでしょう?」
「そーだね、気が向いたらね」
「なによ、気が向いたら、なの?」
まるでじゃれ合い、ピエッチェがますますムッとし、目のやり場に困ったカッチーがさりげなく目を逸らし、それでもチラチラ盗み見る。
「だって、敵の正体が判らないんだから、保証なんか出来っこないじゃん」
「敵の正体って、なに言ってんの? この宿の現在の主人ってことでしょ?」
「表向きはね。でもさ、在ったり無かったりする地下室とかカジノが気になる。それと人身売買が禁じられているこの国で、ゴルゾンたちに集めさせた人たちを売っぱらってるってのは考えにくい。だったら目的は別にある。それは何か?」
「でも、どうやって調べるつもり? 宿の従業員もグルみたいよね?」
「そうだね、この街に昔から住んでるのなら、何か弱味でも握られて言いなりってことも考えられるけど、流れ者だってなると、もともと手下だったのを呼び寄せたのかもしれないね。まぁ、まずはこの宿の建物自体を調べてみるつもりだ」
「今から?」
「うん? 夜は眠るもんさ。夜中に宿の中をウロウロしたら怪しさ満載、不審がられるのは巧くない。昼間の方がいい。昼間なら、部屋を間違えたとか、気分転換に散歩がてら廊下をフラフラしてたとか、幾らでも言い訳できる」
「宿の中に何かあるかしら?」
「まずは地下室を見つけたいよね。ひょっとしたら、今まで売り飛ばされた人たちが閉じ込められているかもしれない」
「クルテはその人たちが生きていると思っているのね?」
「生きていて欲しいなと思っているよ」
うふふ、とマデルが笑う。
「なんだかクルテのこと、本気で好きになりそうだわ」
「好きになるのは勝手だけどさ、僕にその気はまったくないよ」
「もう! つれないんだから!」
拗ねるマデル、でも物凄く楽しそうだ。ニヤッとクルテを見て、ピエッチェを見る。
「そうよね、クルテにはピエッチェがいるもんね。あんないい男がいたんじゃわたしなんか出る幕ないよね」
マデルが笑う。
「なんだ、それ?」
訊き咎めるのはピエッチェ、
「俺とクルテがどうにかなってるとでも言いたそうじゃないか」
するとマデルが
「あぁら、違うとは言わせないわよ?」
ピエッチェを見てニヤニヤする。
「酒場でクルテが絡まれた時、ピエッチェったらまるで姫ぎみを守る騎士みたいだったじゃない。俺の連れをどうする気だ? なんて言っちゃってさ。俺の女をどうする気だって言ってるみたいだったわ」
すると
「なんだ、僕が女役?」
ケラケラ笑うクルテ、ピエッチェが舌打ちし、
「コイツ、見た目がヒョロヒョロで、言っちゃあなんだがマデル、あんたよりよっぽどか弱そうに見える。つい庇う癖がついただけだ。それに俺は男に興味なんかない」
顔を顰めた。
ニヤニヤが止まらないマデル、
「酒場に入った時、綺麗な女の子が酔っ払いに絡まれてるって思ったもんよ。クルテ、今度女装してみなさいな。わたしがお化粧してあげる。きっと似合うわよ」
それから酒瓶を振って、
「もう空だわ……仕方ないから部屋に戻るかな? ピエッチェ、わたしと一緒に寝る?」
ピエッチェを流し目で見る。
「見境のないヤツだな……酔い過ぎか? さっさと自分の部屋に行け」
「はいはい、オヤスミ――カッチーはもう少し大人になったら誘うからね」
「こらっ!」
ケラケラ笑い声を残してマデルが部屋を出て行った。顔を赤くしたカッチーが呟く。
「大変なのと知り合っちゃいましたね」
クルテはクスクス笑うばかり、
「おまえはあの女、気に入ってるんだろう?」
ピエッチェに訊かれ、
「そうだね、そうかもしれない――まぁ、まだ判らない。よく観察しなくちゃ」
と答えた。
「なにを考えてる?」
ピエッチェが探るが、もう寝るよと寝室に行ってしまった。
寝室には入り口から見て左右にそれぞれ二台のベッドが中央の通路に足を向けるよう、合計四台置かれていた。
ピエッチェが寝室に行くと入り口すぐの右側のベッドにクルテが潜り込んでいた。すでに眠りについているようだ。どうせ眠ってなんかいない、カッチーの手前、眠ったふりをしているだけだと思ったピエッチェ、自分もベッドに潜り込んだ。
小用に行くと言っていたカッチーが寝室に来て、どさっとベッドに身体を放り出す音がした。
「ふかふかだ……」
カッチーの小さな声が聞こえ、すぐ寝息に変わっていった。
なにしろいろいろあり過ぎだ。コゲゼリテ村を今日、出てきたばかりなのに、何日も経ったように感じる……そんな事を考えているうち、いつの間にか眠ってしまったピエッチェだった。
どれほど眠ったのかは判らない。いきなり聞こえた雷鳴のような響きでピエッチェが目を覚ます。だけどそれはカッチーの鼾だった。目覚めてみればどうってことのない、少し大きいだけのただの鼾だ。
カッチーの鼾を聞きながら、これくらいの音で目が覚めるなんて自分で思っている以上に疲れているかもしれないと、夜の闇の中でピエッチェが思う。
ふとクルテが気になって寝返りを打つ。ピエッチェは右側奥のベッド、隣の入り口側にクルテはいるはずだ。
(あれ……?)
目の前のベッドはペチャンコだ。他のベッドだったっけ? そう思って身体を起こして部屋を見渡す。明るさを絞ったランプで照らされて、部屋は仄明るい。
通路の向こうのベッドにカッチー、そして入り口側のベッド二つには誰もいない。
(姿を消した? そのほうが休めるのか?)
意識でクルテに話しかけるが応答はない。
またどこかに出かけた? コゲゼリテでもピエッチェが寝ている間に部屋からいなくなったことがあった。あの時は女神の森に金を取りに行ったと言っていたが、今度はどこに行っている?
精神体になって宿の中を探っているのだろうかと考えて、それは違うと自分で打ち消した。酒場では食べているふりをしていただけだったが、宿に戻ってからはマデルの勧めを断り切れず、酒を飲み燻製肉を齧っていた。あれは飲んだふり食べたふりじゃなかった。
食べた物の消化が終わらないうちは別の姿になれないはずだ。それとももう消化済みなんだろうか?
(……?)
寝室の扉の向こうに気配を感じピエッチェが緊張する。
(クルテ?)
心の中で呼びかけるがやはり返事はない。と言う事はクルテじゃない。ベッドの横の棚に置いておいた剣にそっと手を伸ばす。
ゆっくりと、こちらを窺うように扉が開いた。
「あら、ピエッチェ、起きていたのね」
ピエッチェを見て侵入者がニンマリと笑う。マデルだ。
「マデル……何しに来た?」
「そんな怖い顔しないでよ。あれまぁ、剣なんか持っちゃって、襲わないからそんなもの、仕舞いなさいな――カッチーはぐっすり眠ってるみたいね」
ピエッチェが睨みつける中、マデルは遠慮もなしに寝室に入り、ピエッチェのベッドに腰を降ろした。そしてニヤッと笑い、
「ねぇ、クルテって何者?」
と言った。
マデルから目を離さず、ピエッチェが問い返す。
「どう言う意味だ? クルテは俺と一緒に旅をしている。友人だ」
「そんなことを訊いてるんじゃないわ……あの子、どこか奇怪しい」
「奇怪しいって、どこが? そんな事より、どうやって部屋に入った? しっかり鍵は掛けたぞ」
ピエッチェの背中が冷たくなる。こいつ、クルテが人間ではないって気づいているのか?
ふふふ、とマデルが笑う。
「クルテが開けてくれたのよ。って、わたしを入れるためじゃないけどね。ピエッチェったら気が付いてなかったの? クルテ、部屋を出てったわ」
人間の姿のままどこかに行ったと言う事か? 敵に気取られるから拙いって、そう言ったのはクルテなのに?
「クルテって歳は十八くらい? それにしては落ち着いてるし、度胸もある。相当場数を踏んでるよね。でも、そんな事じゃないの」
ピエッチェが考え込んだことにも気づかずマデルが話を続けた。
「ピエッチェ、あなたの剣はザジリレン流だった。元騎士だったってのは嘘じゃないって判る。ザジリレンの騎士だったのね。でもクルテは? 男たちを相手にしたあの身のこなしは見たことがない。少なくともザジリレンの格闘技じゃない。目にもとまらぬ速さで躱して、迷いなく打ち込んでた。自己流? それにしたってあの若さで? どこで習得したのかしら? あなたたち、どこで知り合ったか教えてよ」
「それは……」
どうやらマデルはクルテが人間じゃない事には気が付いていないようだ。でも、出会いの経緯をどこまで話していいものか?
「あら、言えないようなことなの?」
「そんなことはない――矢を受けて川に落ちた俺をクルテが助けてくれたんだ」
「つまり命の恩人?」
「うん、そうなるな……俺は十日も眠り続け、その間クルテは俺の傷の手当てをしたり、水を飲ませたりしてくれていた」
「眠ってたのに判るんだ?」
「あとから聞いたことだよ。でも一度だけ、何日目かは判らないが少しだけ意識が戻ったことがある。その時、誰かが薬を貼り替え、着替えさせてくれたのには気が付いてた。それがクルテなんだと思う」
「なるほどねぇ……なんでクルテはあなたを助けたのかしら?」
「理由なんか聞いちゃいないよ」
助けた理由は唆魔ゴルゼへの仕返しにピエッチェを利用するためだ。が、それはマデルに言えることではない。
「そっか……で、騎士をやめて旅に出ることにしたピエッチェがクルテを誘ったのね? それはどうして?」
「どうしてって言われても……十日眠り続けたあと、元通りに動けるようになるまで一月、ずっとクルテの世話になり、居所を家族にも告げなかった。今さら帰れない。だから旅に出ることにした。クルテが勝手についてきただけだ」
「なんで家族に連絡しなかったのよ?」
「クルテが調べてくれたんだが、俺が動けるようになった時には死んだものだと思われて葬式も済んでいた。そこに片腕がダメになった俺が帰ったところで迷惑を掛けるだけさ」
「そっかぁ……辛いね。でもクルテは? クルテに家族は居なかったの?」
「身の上を根掘り葉掘り訊くのは気が引けて大して聞いていないし、クルテも自分のことをわざわざ俺に言わなかった。俺はクルテのことを詳しくは知らないんだ――だけど親はいないってクルテが言った。どこの出身かとか、どうして親がいないのかは聞いてない。コゲゼリテで村人に齢を訊かれて、十八だって答えてたな」
「ふぅん、なるほどね――まぁ、ピエッチェがクルテを信頼してるのには納得したわ。命の恩人じゃ大事にしたくもなるよね」
「ん? うん、まぁな。そりゃあな、大事にするのが人の道ってモンだろう?」
クルテを大事にしようなんて、俺は思っていたっけ? ちょっと気拙いピエッチェだ。
「でもさ、そうなるとピエッチェがクルテにゾッコンなんじゃなくて、クルテがピエッチェにゾッコンってことみたいね」
「なんだよ、それ?」
「だってそうでしょ? なんで見ず知らずの怪我人を一か月も看病できる? ピエッチェ、あんた、クルテに惚れられてるんだよ」
「はぁ?」
クスクス笑うマデル、マデルの勘違いに呆気にとられるピエッチェだ。
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