秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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2章  魔法使いは真夜中に

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 角を曲がって五・六歩行くと前方に六人の男が立ちはだかった。
「ふふん、いい女じゃねぇか」
見るからに腕っぷしの強そうな男が言った。この男が親玉なのだろう。

「でしょう、ゴルゾンさん? で、ヒョロっとしたのもでしょう?」
店でクルテに絡んだ男がニヤニヤ答える。
「確かに綺麗な顔をしてやがる。売れば高値がつきそうだ。でもよ、俺は男に興味はない。おまえらで楽しめや。だがな、売れなくなるような傷は付けるな」

 けてきていた連中がピエッチェたちの後ろにバラバラと広がって道を塞ぐ。こっちは七人だ。

「ピエッチェさん……十三人もいますよ?」
カッチーが心細そうな声を出した。

「やい! その女と痩せっぽちを置いてけ。そしたらおまえとガキは見逃してやる」
ゴルゾンが大声でピエッチェに言った。ピエッチェがムッと答える。

「何を言っているのやら? 俺たちはこの先に用がある。道をけて貰おう」
ピエッチェの 声には 少しも 怯んだ様子はない。むしろ男たちを馬鹿にした響きがある。今度はゴルゾンがムッとする。圧倒的な数の優位に、抵抗されるとは思っていなかったのだろう。

「てめぇども、やっちまえ!」
その声に、男どもが一斉に剣をさやから抜いた。

 ピエッチェも剣を抜いて連れの三人を後ろ手にかばう。
「後ろは僕に任せて!」
クルテの声が背後から聞こえるが、剣を持っているのはピエッチェだけだ。

(どうするつもりだ!?)
心の中でクルテに叫ぶピエッチェ、
(わたしを誰だと思っている?)
あざけるようなクルテの声が頭の中で響く。『知るもんか』と思うが、クルテが任せろというなら大丈夫だろう。前方に注意を払う。

(男どもの剣を払うだけでいい。できればぶん殴って気絶させろ)
(ふん! 判ってる!)
いくら悪人だろうと命まで奪うことはない。少しらしめればいいと思っていたピエッチェだ。

 ニタニタとイヤらしい笑いを浮かべながら囲みをせばめてくる男たち、カッチーとマデルを間に挟み、ピエッチェとクルテが背中合わせに身構える。

「うひゃ!」

 奇妙な叫びがピエッチェの後方で聞こえた。クルテに飛び掛かったヤツがいる―― ついピエッチェの 注意がれる。するとその隙を突いて 繰り出される剣、ガツッ! と鈍い音を立ててピエッチェがその剣を弾き飛ばす。その寸前、背後から『ドスン』とこぶしを腹に打ち込む音、
「ぐがほっ!」
と苦悶する男の声がして、
「早い!」
と驚く幾つかの呟きが聞こえた。

(クルテのヤツ……)

 ピエッチェが苦笑した。姿を消してかわしてから横に姿を現して一発入れたな――ピエッチェが弾いた剣がカランと音をたて、どこかに落ちた。目の前の、剣を弾かれた男が呆気にとられ、笑ったピエッチェに腰を抜かす。自分に向けられた笑いと勘違いしたようだ。

「ゴルゾンさん、こいつら、思ったよりも強いみたいだ」
「たった二人と女と子ども、さっさとやっちまえ!」
ゴルゾンの怒鳴り声に、退き気味だった男たちが奮い立つ。
「行くぞ!」
男の一人が叫び、一斉に斬り付けてきた!

 次々に剣を弾くピエッチェ、クルテはかわしては殴ったり蹴ったりしながら、ぶっ倒れた男たちの間をくぐり抜け、カッチーとマデルを乱闘の中から出そうとしている。そんなクルテの前に立ったのはゴルゾンだ。

「逃げられると思っているのか?」

 見ているだけだったが仲間の劣勢とクルテの動きに、じっとしていられなくなったようだ。クルテがゴルゾンを睨みつける。

「おまえ、こんなちっぽけな街で、なにを威張り腐ってる? 猿山のボス猿か?」
クルテの冷ややかな声、
「ちっぽけな街だろうと、知ったこっちゃねぇ」
答えるゴルゾンは割と冷静だ。

 ところがクルテの後ろにいたマデルが前に出てきて、
「誰かに命じられてるんじゃなくて?」
と問うと、わずかに顔色を変えた。

「四・五年前までは平和な街だったって聞いたわ。それが一気に酔っ払いだらけになって、働き者が怠け者になった――食えなくなって乱暴や盗みを働くようになったのはなぜよ?」
「うるせぇ! おまえらには関係ないだろ!」

 虚勢を張るゴルゾンが少しひるむ。それはマデルの後ろでピエッチェが、最後の一人をしたのが見えたからかもしれない。見渡せば道には十二人の男がのたうち回るか気絶しているかだ。真っ青な顔で、股間を抑えてピョンピョン飛び跳ねているのはクルテに蹴られた時、当たりどころが悪かったのだろう。

 剣をさやに納めてピエッチェもゴルゾンの前に立つ。

「なんだか今、面白い話が聞こえたようだが?――詳しく聞かせて貰おうか」

 ゴルゾンがピエッチェをじっと見た。そしてクルテを見、すぐにピエッチェに視線を戻した。どう見ても主導権を握っているのはクルテでなくピエッチェと判断したようだ。

「あんたら、何者だ?」
「ただの旅人だ」
ピエッチェが苦笑する。

「ただの旅人? フン! 少なくとも貴族、しかも剣はかなりの腕前。そんなヤツが騎士にもならず、ぶらぶらと旅をしているはずがない」
「左肩を傷めて、騎士としては役立たずになった」
ピエッチェがクルテの指示でそう言った。

「ほら、これ以上は上がらない」
左腕を上げてみせる。ほとんど上がらず、肘を曲げただけに見えなくもない。
下手へたを打ったか?」
「矢をまともに食らっちまった」
苦い思い出にピエッチェがつい顔をしかめた。

「あんたのことは判った――そっちのヒョロヒョロは?」
今度はクルテの品定めをするようだ。

「僕? 僕は見ての通りさ。こんなチビで瘦せっぽちじゃ見栄えが悪いって親父に追い出された――家出したってのが本当だけど」
と、クスッと笑う。

「やっぱり二人とも貴族なんだな?」
「貴族じゃいけないかい?」
「貴族さまじゃ俺たち平民の苦労は判らないだろうと思っただけだ」

「そんなことない!」

 叫んだのはカッチーだ。
「二人は俺の村にいた魔物を退治してくれた。それに村の子どもたちに読み書きを教えてくれたんだ。他の貴族と一緒にすんな!」
食って掛かるカッチーをクルテが抑える。

「おまえ、どこの村の子だ?」
「俺はコゲゼリテ、温泉の村だ」
「あの村に魔物が出るとは聞いてないぞ?」

「温泉が枯れたり、騎士病の噂は知ってるだろう? どっちも魔物の仕業だった。それをピエッチェさんが見抜いて退治してくれた――騎士病で行方不明だった村人は全員帰ってきたし、温泉もまた湧いた」
「それは本当なのか?」

「嘘だと思うならコゲゼリテに行ってみたら? 英雄ピエッチェのことは誰に聞いても話してくれる」
「おい……俺は英雄なんかじゃない」
居心地の悪さにピエッチェがカッチーをたしなめる。

「英雄ピエッチェ? 聞いたことがないが……まぁいい、信用しよう。その単純なガキがそんな巧い嘘を吐けるとは思えない」
「単純!?」
怒りだしそうなカッチーを今度もクルテが苦笑して抑えた。

「この街の現状を聞く気があるならついてきな――おい、おまえたち! 今夜は解散だ。びてるヤツを介抱してやれ」

 ゴルゾンが宿とは反対方向に歩き始めた。迷わずついて行くマデル、戸惑うピエッチェ、クルテが
「乗り掛かった舟だよ、ピエッチェ」
と、笑ってゴルゾンのあとを追う。

 これってクルテの思惑通りの展開なんじゃないかと、面白くないピエッチェだ。コゲゼリテでも気が付けば魔物退治をさせられていた。

「行かないんですか?」
のぞき込んでくるカッチーに頷いて
「いや、行くぞ、カッチー」
やっぱりピエッチェは歩き出す。

 今度は何が待っている? まだ、魔物が出るとは限っちゃいない――

 連れて行かれたのは裏通り……一棟に幾つも扉が並んでいて、それぞれ別の住居になっているようだ。 貸家なのかもしれない。 そんな建物が 狭い道の両脇に 並んでいる。

 俺の家だと呟いて、ゴルゾンがはいっていったのもそんな扉の一つ、いつ掃除したか判らないほど埃だらけの部屋に通された。きっと他の部屋も似たようなものだろう。適当に座れと言われても、あるのは大きめのテーブルに椅子が六脚だけ、選びようもない。

「昔はネエちゃんが言うとおり、この街の連中はみんな働き者だった。変わったのは街で一番の鍛冶屋が宿屋の主人に騙されて、工場こうばを取られた時からだ」

 ゴルゾンが詰まらなそうに話し始めた。

「あの宿屋だって、ソイツが前の持ち主を騙して取り上げたようなもんだ」
「騙すって?」
博打ばくちだよ――ある晩のこと、酒場で旅の男が『カードで遊ぼう』って言い出した。最初は掛け金も少額だった。それに勝ったり負けたりで、それなりにみんな楽しんでた。だんだん額が大きくなって、気がつけば言い出しっぺの男の一人勝ち。みんなが止めたのに、宿の前の持ち主は男の挑発に乗って宿の権利を賭けて、やっぱり負けた。今考えれば、きっと何か仕掛けがあったんだろうさ」

 今さらだけどよぉ、と苦笑するゴルゾン、
「たった一晩で?」
と、マデルが蒼褪める。
「そうだよ、ネエちゃん。馬鹿な話だろう?」
「それで宿の前の持ち主はどうなったの?」

「どうにか取り返そうと男に交渉した。が、返して欲しかったらカードで勝って取り返せって言われてな。当然勝てない。家財道具を売っぱらって金を作って挑むが無理だ。俺たちが見かねてアイツを止めようと家を訪ねた時には遅かった。女房子どもも道連れさ」

 マデルが息を飲む。一家心中の悲惨さに大きく動揺したようだ。だがそれだけではなさそうだとピエッチェは感じていた。

「宿を手に入れた男も暫くは温和おとなしかったんだ。以前と変わらず宿は経営を続けたし、むしろ前より繁盛してた。まぁ、どんどん宿代は上がっていったし、いつの間にか夕食は出さなくなって何人か解雇されもした。でも、そんなこともあるかって程度にしか思わなかった」

 ゴルゾンが大きな溜息を吐く。
「ある日、街はずれにカジノができた。カジノって言ってもカードとルーレットだけ。今でもある。ちょっとした金額で遊べる、そんな店だった」
「そこもだんだん掛け金が高額になって行ったとか?」
訊いたのはピエッチェだ。

「いんや、今でも良心的な店だ。が、客が変わった」
「客が変わった? 余所よその街から来るとかか?」
「そうじゃない。うーーん……その前に、街一番の鍛冶屋の話だ。宿の主が鍛冶屋にある日こう言った。商人たちがここの鍛冶屋は馬鹿だと言ってる。言われれば言われたとおりの数を揃える。そのくせ品質は他で買えば倍の値段を取られるようなものばかりだ――もっと作る数を減らして、価格も上げた方がいいって鍛冶屋をそそのかしたんだよ」

「それで鍛冶屋はその言葉を信じたのか?」
「信じられるもんか。でもよ、試しに価格交渉をしてみろって言われれば、そうだなって思っちまうもんじゃないか? そんでもって商人は渋い顔をしたものの二倍の値段を付けた。男の言ってたことは本当だったと思っちまった」
「うん……それでどうした?」

「でも、数を減らすのは難しい。鍛冶屋は何人も職人を雇って仕事をさせていた。作る数を減らせばソイツらが困る。そしたらあの男、金を払って休ませればいいって笑った。どうせ元は取れる。先行投資だと思えばいいって言ったんだ。元手が足りなければ貸すとも言った」
「それで鍛冶屋は男から金を借りてしまった?」

「いや、蓄えを崩して職人たちに金を払った――男が言うとおり、それでも鍛冶屋の収入は以前よりも増えて行った。しかも、作る数が減れば減るほど、高値を出しても品物を回して欲しいと商人たちは必死になった。この街はどんどん裕福になっていった。そのうち、街中の鍛冶屋がそうなった。仕事は月に数日しかしない。時間を持て余して、カジノに行くようになっていった。働く予定もないから、一日中酒浸りにもなる」
「カジノは今でも良心的なんだろう?」
「そうさ、でもよ、いる時間が長くなればなるほど出て行く金額も増える、そりゃあそうだ、どんなに良心的だって胴元の取り分がある。勝てるわけがないんだ――いくら負けようが気にならなくなっちまった」

「あんまり感心できた生活ではないが、他人に迷惑をかけているようでもないな……裕福な街なのにどうして女を襲ったり、売ったりしようなんて考えるようになったんだ? 俺たちを襲った時、そんな事を言ってたのを忘れたとは言わせないぞ」

 ゴルゾンが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「働かなくても金が入る、その金で遊ぶ。するとどうなる?――たまに仕事をしたって身が入らねぇ。それじゃあ品質は落ちる一方だ。すると商人だって、今までのような値段じゃ買ってくれなくなる」
「一気に転落か……」
ピエッチェが考え込む。
「それで食いっぱぐれるようになって悪さをするようになった?」
「いや……」

 急にゴルゾンが口籠る。
「そうじゃないんだ。食いっぱぐれるようなことはないんだ」
「と言うと?」
「あの男……宿の今の主人あるじが、『こうなったのには自分にも責任がある』って言って仕事をなくした連中に金をくれる。この金で、今まで通りカジノで遊び、酒を飲めって」

「いや、待て、生活を立て直せというのではなくて?」
「うん。なんかさ、アイツ、俺たち以外の鍛冶屋をどこかで見つけたらしくて、そこで作らせた武具や農具をこの街で売り捌いてるようなんだ」
「街の利益は独り占め?」
「そうなるな、この街で働いてるのは宿か酒場に雇われてる連中だけ、酒場は雇われた店主に任されてるが、結局はあの男の持ち物になってる。いいや、この街の物は全部、ヤツの持ち物だ。この家だって持ち主はあいつ、まぁ、家賃を払っちゃいないがな」

「儲けは宿の主が独占しててもだ、それを分配されてるってことだな? つまり食うにも遊ぶにも困ってない、ならば、なおさら女を売ろうって発想が判らない」
「売るのは俺たちじゃない……若くて見栄えがいいなら男女を問わない。売るから連れて来い、あの男がそう言った。売り物にならないほどの傷を付けなきゃ連れてくる前に好きにしてもいい。生活の面倒を見てやってるんだ、それくらいのことはしてくれてもいいんじゃないか、そう言われれば逆らえねぇ」

 ピエッチェが、低く唸る。
「だからってなぁ……」
するとクルテが
「売り飛ばすって、どこに売り飛ばしてるんだろうね? この国って人身売買は許可されてるの?」
と問う。

「連れて行くだけで、どこに売ってるかなんて知らないほうが身のためだ。人身売買は勿論、売春宿も禁じられているんだからな。もし役人にバレたら従業員を紹介しただけって言おうと思ってる」
「バレたりしないはずだよ」
含みのある言い方をするクルテ、イヤな予感しかしないピエッチェだ。

 とは言うものの、このままにしていいはずがないとも思っている。
「宿の主人あるじってどこに住んでる? 宿にいつもいるのか?」
ピエッチェがゴルゾンに訊いた。

「あぁ、ヤツはいつでも宿にいる。改装して作った地下の部屋だ。売り物にするため捕まえたのはそこに連れて行く。けど、呼ばれるまで来るなって言われて……捕まえたのを置いとくのも面倒だから連れて行っても、なぜか地下に行けないんだ」
「地下に行けない?」
「うん、あったはずの地下への入り口がない。宿の従業員に訊くと、地下なんかないって言われる。そのくせ呼ばれた時に行くと、地下室でお待ちだ、って同じ従業員が言うんだ。普段は見えない隠し扉なのかも」

「その従業員って、昔からこの街に住んでる人?」
横からクルテが訊いた。
「それと、カジノだけど、旅人でも行ける?」

「いつの間にかこの街に住み着いてたヤツだ。カジノはどうなんだろう?――いつだったか酒場で知り合った旅人を連れて行こうとしたら、あるはずのカジノがどこにも見つけられなかった。あん時は飲み過ぎなのかと思ったが――宿の地下室と同じ?」

 なるほどね……クルテがニヤリと笑った。
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