秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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2章  魔法使いは真夜中に

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 およそ酔っぱらいはたちが悪いと相場が決まっている。楽しく飲んでいる分には騒がしいだけだが、これが他人にからみだすと手が付けられない。

 長々ながながと説教を始める者、同じ話を繰り返し聞かせる者、わけもなく怒り出す者、なぜか判らないがぐずぐずと泣き続ける者……そんな酔っぱらいの相手をするのは苦労する。中でも厄介なのは相手をどうにかしようと口説きだすヤツだ。

 それもまだ、だけなら可愛いもんだ。力づくで来られた日には、口説かれた相手だって自分の身を守ろうと必死にならざるを得ない。

 デレドケの裏路地にある酒場ムニリーで、その夜のは一目見て旅人と判る三人連れのうちの一人、小柄で端正な顔立ち、長い黒髪を背中で緩く束ねた若者だった。すれ違いざまに座って飲んでいた酔っ払いに腕を掴まれ、足を止められる。
「何をする、手を離せ!」
若者の後ろにいた連れの少年が、驚いて酔っ払いを怒鳴りつけた。

「ガキはすっこんでな、こっちのやたら綺麗な顔したニイちゃんに用があるんだよ。いいや、ニイちゃんって言うより別嬪べっぴんさんだ。本当にが付いてるのか見せてみろよ」
酔っ払いと一緒に飲んでいた男どもがゲラゲラと笑う。

 その笑い声に、三人連れのもう一人、先頭で奥のテーブルに向かっていた男が振り返る。こちらは長身、服の上からでも鍛えてあるのが見て取れる力強い体躯、整った顔立ちは育ちの良さを漂わせている。腕を掴まれた若者より二、三歳上と言ったところか。何があったのだろうと、様子をうかがっている。

「俺たちと一緒に飲もうぜ。こんなガキよりずっと楽しいぞ」
腕を掴んだ男がニタニタと若者を見る。男の仲間が
をじっくり教えてやるよ」
と言えば、再び男どもがワッと笑い声をあげた。

 若者は冷めた表情で男たちのテーブルを見て、
「ここには空席がないようだが?」
と涼しい声で言う。
「空席? ここが空いてる、俺の膝に座ればいい」
グッと若者の腕を引っ張った。

「いい加減にしろ!」
憤る少年、
「うぬ!?」
腕を引っ張った酔っ払いの顔色が変わる。力を込めたはずなのに、若者はびくともしない。

「てめぇ……こんな細い腕、折っちまうぞ!」
さらに男は力を込めたのだろう、若者の腕を掴んだ手がぶるぶると震え始める。ところが若者は平然と男を見ているだけだ。

「おい、おい。こんなヒョロヒョロに力負けかぁ?」
酔っ払いの仲間たちがあざけり笑い、男の顔が真っ赤に染まる。赤くなったのは羞恥に加えて、さらに力を込めたからかもしれない。

「俺の連れをどうする気だ?」

 そう言ったのは奥に行っていた若者の連れの男、若者の横に戻ってきて酔っ払いどもに睨みを利かせた。

「その手を放して貰おうか?」

 若いが威圧感のある低い声、見れば腰には剣を下げている。酔っ払いの仲間の一人は『やめとけ』と呟いたが、他の連中は若者の連れを睨みつける。若者の腕を掴んだ男は怖い顔で若者から目を離さない。

 その時、店の空気が一変した――自在戸じざいどが開き、外の空気が流れ込む。新たな客が入ってきたのだ。それに気づいた客の一人が『ほぉ……』と溜息を吐いた。その溜息が小波さざなみのように伝播していく。

 いち早くそれに気づいたのが『やめとけ』といった男、仲間を小突いてあごで新参の客を指す。うるさそうな顔をした男の仲間も示されたほうを見て表情を変えた。

 新参の客が揉めている三人連れと酔っ払いどもに近付いてくる。店の奥のテーブルに向かっているらしい。若者の腕を掴んでいた男も近づく気配に注意をらし、若者から新参の客に視線を移す。
「ほぅ……」

 とうとう酔っ払いが掴んでいた腕を放した。フンと鼻で笑った若者が、何事もなかったかのように奥のテーブルへと進んでいった。若者の連れも無意味なトラブルは避けたいのだろう、酔っ払いたちを一睨ひとみらみしただけで何も言わず若者のあとを追った。

 店の客が注目する中、新参の客が奥へと進む。三人連れが椅子に座るのを見て、
「あら……」
と言った。
「そこ、わたしが座ろうと思っていたのに」

 新参の客、歳は三十前と言ったところ、谷間がのぞけそうなほど広く開けた胸元に隠れているのは大振りな膨らみ、キュッと締まった腰の下も豊満だ。栗色の髪をうねらせ、下がり気味の目尻には右にポツンと黒子ほくろがある。細い鼻梁、大きめの口には厚い唇、飛びぬけて美人と言うわけではないがなんとも色っぽい。他の客たちが注目するのも頷ける。

「あいにく俺たちが先なんだ。悪いな」
「ほかに空いてるテーブルがないのよね」

 女が店を見渡した。若者に絡んできた酔っ払いどもが『こっちで飲もう。おごるぞ』と声を掛けてくる。

「あいつら、クルテさんの時と、随分態度が違う」
と少年がムッと呟いた。

「あら、坊や。こっちの綺麗な顔のおニイさんはクルテって言うの?」
「坊やじゃない!」
「やめろ、カッチー」
ピエッチェがたしなめる。

「坊やじゃなくてカッチーね。それで、こっちのおニイさんは?」
ピエッチェが明白あからさまに不快を示す。

「悪いがこれから食事だ。俺たちが先に入店し、俺たちが先にこのテーブルに席を取った。何を言われても譲らないぞ」
強い口調のピエッチェにクルテがクスッと笑った。

「そんなに怖い顔するなよ、ピエッチェ。僕は別に相席でもいいよ」
「クルテ!」
「おネエさんだって、僕たちに出て行けなんて言わないでしょう?」
「もちろんよ!」

 ピエッチェにお構いなしに、女がクルテの前、ピエッチェの隣の椅子にさっさと座る。成り行きを見ていたカッチーが目を丸くしてクルテとピエッチェを見比べた。

「わたし、マデリエンテ。マデルって呼んで」

 どうなる事かと見守っていた店員がおずおずと注文を取りに来た。
「この女とは別会計に」
とピエッチェが言ったのに、クルテが
「一緒でいいよ」
さらりと言う。

「お近づきの印に、奢らせて貰ってもいいよね?」
マデルに微笑むクルテ、もちろんマデルは大喜びだ。ますますカッチーが目を丸くする……ピエッチェの頭には『黙ってろ』とクルテの声が響いていた。

 注文を取り終えた店員に何か耳打ちされたピエッチェが、クルテに絡んだ連中をそっと盗み見る。

「僕たちを襲うか、マデルを襲うか相談してるね」
クルテが小さな声で言った。

「あら、やだ。わたし、襲われちゃうの?」
嬉しそうにマデルが笑う。

「この人、飲む前から酔ってるんじゃない?」
カッチーが誰にともなく言った。

 ピエッチェは……難しい顔で黙っていた。

 旅の途中だと言うマデル、行き先は決めていないと言う。

「クルテたちはどこに?」
「僕たちは魔物退治――この辺りで魔物が出て困ってるようなところ、知らない?」

 また口から出任でまかせを、と思うがクルテの『黙ってろ』で、何も言えないピエッチェだ。そんなピエッチェをマデルが意味深な目で盗み見る。

「なるほど納得、たくましいはずだわ……ピエッチェならちょっとした魔物くらい片手で倒せそうよね」
料理と一緒に自分も食べられてしまいそうな気がして、ピエッチェがゾッとする。

 料理は全てクルテが注文したがどれもマデルの好みに合っていたらしく、
「これ、食べたかったのよね」
と大喜びだ。さてはマデルの心を読んで注文したなと思うピエッチェ、けれどカッチーが嬉しそうに食べているのを見ると文句も厭味も言えない。ババロフの家では出したくても出せなかったご馳走ばかりだ。

 しゃべっているのはもっぱらマデル、微笑んで相槌あいづちを打つ クルテ、カッチーは食べ盛り、皿を空けるのが自分の役目とばかり食べるのに専念している。ピエッチェは黙ったまま料理を口に運び、ビールのグラスを傾けている。

「食事の時くらい、怖い顔しなくてもいいのに」
「ピエッチェはもともとそんな顔だよ――果物でも頼もうか?」
「果物は苦手、甘いものは大好きよ」

 なんでそんな女に気を遣ってるんだ? クルテを睨むが反応はない。

「クルテは少食なのね」
「そうなんだ。だからいつまで経っても痩せっぽち」
「その割には腕の力は凄いよね」
「あの酔っ払いがヘナチョコなだけだよ」
「そうだったの?」

 ニヤッと女が笑う。そしていきなり、
「あんな酔っ払いは物の数にも入らない? 頼りになるわぁ!」
と嬌声を上げた。そしてクルテが声を立てて笑う。

「おい!」

 絡んできた男たちを慌てて窺うピエッチェ、マデルの声とクルテの笑いは男たちにも届いている。ピエッチェが危惧した通り、こちらを忌々し気に睨んでいる。

「なに挑発してる!?」
小声で抗議するピエッチェに、
「あら、ピエッチェ、わたしを守ってくれないの?」
マデルが大声で答える。

「この街に宿は一軒しかないわ。つまりわたしとあなたたちは同じ宿。わざわざ別々に帰るの? まさか、か弱いわたしを見捨てる気?」
「か弱そうには見えないぞ?」
「あら、こう見えてもの!」
急に声を小さくしたマデル、隣に座っているのをいい事にピエッチェの腕に絡みつく。

 いきなり触れて来た柔らかに弾む物にギョッとしたが胸元を覗き込んでしまう。そんな自分に慌てたピエッチェ、急いで腕を振り払ってクルテの様子を窺った。クルテはフン! と不機嫌そうに鼻を鳴らし、ピエッチェから目を逸らす。

 なんだか気まずいピエッチェ、でも何がこんなに気まずいんだ? そうか、きっとクルテはマデルを気に入ってる。そのマデルに抱き着かれたからだ。クルテが拗《す》ねたのがその証拠だ…………適当に自分を納得させたピエッチェだ。

 一瞬で不機嫌を消したクルテ、微笑んでカッチーに尋ねる。
「カッチー、お腹いっぱいになった?」
「うん、もうお腹いっぱい! こんなに腹いっぱいになったのって初めてかも。ご馳走さまでした!」
「それじゃあ、そろそろ宿に戻ろうか? マデルもいいよね?」
「もちろんよ」

 ところが、
「いや待て、俺はまだだ」
ピエッチェがごねる。頭の中に飛んできたクルテの指示で言わされた。

「物足りない、もう少し何か頼めよ」
「仕方ないなぁ」
クルテが店員を呼ぶ。

「何か甘いもの、ある?」
「カスタードプディングならご用意できます」
「それじゃあ、それを二つ……それとチーズの盛り合わせとビール」

 甘い物なんか食わんぞと心の中で叫んでいたピエッチェが注文品を聞いてほっとする。もう少し飲みたいと実は思っていた。

 すぐにプディングが来てカッチーとマデルが喜び、間を置かずチーズの皿とビールが運ばれてくる。そのタイミングでクルテに絡んだ連中が店から出て行った。

「あぁら、あの酔っ払い、帰っちゃったわよ」
クスクス笑うマデル、
「やり過ごせてよかったです」
カッチーがほっとする。

「なんだ、坊や、なんにも気にしてないと思ったら、ちゃんと見てたのね?」
「坊やじゃないってば!」
「はいはい、カッチー。可愛いわね」
カッと赤くなるカッチー、ピエッチェが、
「子どもを揶揄うな」
と、たしなめると、
「それじゃあ大人の男を揶揄おうかな?」
マデルがニヤリとする。

 絡んでくるかとピエッチェが身構える。けれどマデルのターゲットはクルテのようだ。

「クルテ、わたしもビールが欲しかったなぁ」
「気が利かなくてごめん、ビールはまた今度」
「あら、だったらクルテと二人で飲みたいわ」
「そうだね、その時はね」
クルテがマデルに微笑むのを見てピエッチェがイラっとする。残りのビールを一気に飲み干した。

「そろそろ頃合いかな?」
クルテがニヤッとする。
「カッチー、食べたかったらチーズの残り、食べちゃって――勘定は幾らに?」
クルテが店員を呼んだ。

 店に入った時は夕暮れだったが、外に出るとすっかり夜のとばりが降りていた。が、散在する酒場から漏れる灯りで思いのほか街は明るい。

「宿は予約を入れてるの?」
マデルの問いに、
「街に入ってすぐに確保して支払いも済ませてる」
クルテが答える。

「よかったわ。この時間だと部屋にきがないかもしれない。あっても足下あしもとを見られて倍の宿賃を取られるよ――クルテってしっかり者ね。一緒にいると安心する」
「マデルはこの街に詳しいの?」
「今日で三日目。この街を出てからどこに行くか決めてないの」

「あの店は初めてなんだ?」
「宿の外で食事をしたのは初めてよ。一日目は疲れちゃってすぐ寝たし、昨日は朝食が美味しくって食べ過ぎちゃったの。で、夜は要らないかなって」
「へぇ、朝食は旨いって噂に聞いたけど、本当なんだ……宿はあの角を曲がってすぐだったね」
「そうね、あの角を曲がって少し行けば宿ね。あそこを通らなければ宿には行けないし、宿があるのはどん詰まり――うふふっ! 待ち伏せにもってこいの場所だわ」

 店を出た時から、けられているのは判っている。クルテに絡んだ連中は、仲間を集めて襲ってくるつもりらしい。人数が増えた上、店にいた顔がいくつか見えない。いないヤツ等は別の仲間と道を曲がったところで待っているのだろう。要は挟み撃ちにするつもりだ。

 もちろんピエッチェも気付いている。何度も『けられてるぞ』とクルテに意識で話しかけている。向こうから仕掛けてくるのを待ってろ、とクルテに言われていた。

 いよいよ曲がり角、ピエッチェの緊張が高まっていく。
(来るぞ、ピエッチェ。カッチーを守れ、抜かるなよ!)

 ピエッチェの頭にクルテの声が響いた――
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