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3章 画家は絵筆を貪りつくす
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それにしたってさ、とマデルがクルテとピエッチェを見比べる。
「あんたたち、相当な金持ちだよね。路銀をケチらないどころか、こんな部屋に泊まらせてくれる……ピエッチェは賞金で稼いだとかって言ってたけど、クルテは? ピエッチェは指輪のこと、知らなかったよね。ってことは、宝石はクルテのもの。どうやって手に入れたのさ?」
真剣な眼差しのマデルをクルテがクスッと笑う。
「盗んだんじゃないかと思ってる? 心配いらないよ。ピエッチェが持ち主だから」
「ピエッチェは知らないみたいなのに?」
「俺が?」
マデルとピエッチェが同時に言った。
「そうさ、宝石の持ち主はピエッチェ。もちろん盗んだとかじゃないし、ただ、ピエッチェは怪我のショックでいろいろ忘れてるみたいなんだ」
「なんだよ、それ?」
「だってこの宝石は僕がピエッチェを見つけた時、ピエッチェが持っていた物なんだよ。元気になってから見せたのに『俺のじゃない』って言うし、その時のことも忘れちゃってるし」
「そう言えば生死の境を彷徨ってたんだっけ? 十日も眠り続けて元のように動けるまで一か月……記憶があいまいになっても仕方ないのかな?」
とマデル、納得したのかしないのか、よく判らない。
「でもさ、なんでピエッチェに渡さなかったの? おまえの持ち物だぞって教えてあげたら良かったんじゃない? まさかネコババする気だった?」
「よく思い出せないうちに売り飛ばすとか言い出さないかが心配だったんだよ――きっと大切なものだ。肌身離さず持ってたんだから。戦場に持って行かないよね、宝石なんて」
「なるほどね」
クスクス笑いは気になるが、とりあえずマデルは納得したようだ。
難しい顔で納得しないのはピエッチェ、
「クルテ、ちょっと話がある。二人きりで話したい」
と、立ち上がった。頭の中に何か言ってくるかと思ったが、
「それじゃあ寝室で」
着替えに使った寝室にクルテが向かう。
「イヤ、外でいいよ、屋上で」
寝室と聞いて、ピエッチェがなんだか急に怖気づく。クルテと寝室で二人きり? 抵抗を感じるのはなぜだ? そんなピエッチェを開け放たれた扉の向こうから、
「ピエッチェ? 話があるんだろう?」
クルテが呼んでいる。
マデルは気付いてニヤニヤ見ているがカッチーは
「どうしたんですか? クルテさんが待ってますよ?」
不思議がる。
「あぁ……」
自分でも判らない躊躇いの理由を言えるわけもなく、
「その……アップルパイ、俺とクルテの分、取っといてくれ」
取り繕ってからクルテが待つ部屋に入った。
扉は明けたままにしておこう、そう思ったのにクルテに
「ちゃんと閉めなよ」
と言われ、内緒話をするのに開け放しはないかと、閉めた。
大きなベッドが二台、奥にはカーテンの掛かった窓、クルテはゆったりした一人用のソファーに腰かけている。『立ってないで座りなよ』と、対面に置かれたもう一つのソファーを指さした。
二つあるソファーはどちらも一人用で薄いグレー、壁に作り付けの机とそれ用の椅子は明るい木目、部屋いっぱいの敷物はベージュ、ベッドのカバーは薄いピンクの小花柄だ。どれも落ち着いたデザインで、外壁の趣味の悪さと打って変わって品の良さを感じる。
「それで? 話しって何さ?」
ピエッチェが座るとすぐに切り出したクルテ、なのに
「イヤ、あの宝石なんだけど――」
と話し始めた途端、『黙れっ!』がピエッチェの頭に木霊する。
(馬鹿か、おまえ? 今、グレナムの剣って言おうとしたな?)
(え、だって、だって……)
(カッチーはともかく、マデルはこの国の王室魔法使いなんだぞ? グレナムの剣を知ってるかもしれないとは考えないのか? 見たことなんかないだろうが、話しに聞いたことくらいあると思ったほうがいい。知っていればおまえの素性にも気が付くだろう。声に出さずに話せ。まったく、不用心でいけない)
(あ……)
でも、それってつまり?
(あの宝石、やっぱりグレナムの!?)
(それがどうした?)
「なんであんなにバラけてるんだよっ!」
思わず立ち上がるピエッチェ、見あげるクルテは、
「持ち運びに便利だから」
とケロッとしている。
「持ち運びって……」
呆然と立ち尽くすピエッチェの手を引いてクルテが座らせる。
「心配するな、ちゃんと修復できるから」
そう言ってから会話を意識に切り替えたクルテだ。
(グレナムの剣はおまえの国ザジリレンに隠してある。本体と鞘、別々にだ)
(あぁ、滝の洞窟の中だよな?)
(ん? そうだな、今はそう言うことにしておこう。でだ――)
(そう言うこと!?)
(興奮するな……ピエッチェ、おまえは人がいい。隠し事が苦手だ。だから、まだ、剣の在り処は知らないほうがいい)
(うむ……でも、それならなんで宝石を外した?)
(誰にも見つからないように隠しはしたが、絶対とは言い切れない。世の中に絶対なんて殆どないからな――もし見つかっても宝石が外されていればグレナムの剣だなんて判らない。だからだよ)
(それで、どうして宝石は持ってきたんだ?)
(宝石はそれだけで価値がある。盗まれないためには自分で持っているのが一番)
とりあえず宝石が剣から外され、ここにある理由は判った。だけどなんとなく、納まらないピエッチェだ。
(本当に元通りに直るのか?)
クルテがピエッチェを見詰める。
(大丈夫。わたしがカテロヘブを見捨てるはずがないだろう?)
(どういう意味だよ?)
(グレナムの剣は王位を示す大事な剣だって言ってたよね? カテロヘブを王位に戻すのに必要な剣だ、粗末には扱えないってこと)
「あっ!?」
つい、声に出したが、
(そう言えば、精霊が宿ってるって言ったのはクルテだったよな? 宝石を取ったりして、精霊は大丈夫なのか?)
と慌ててピエッチェが心の中で尋ねる。
「大丈夫だよ」
クルテも声に出し、ニッコリ微笑んだ。それから、
(精霊には手を出さない――心配しなくていい)
ピエッチェから目を逸らすと俯いて、悲しげな溜息を吐いた。
取っておけと言った手前、食べないわけにもいかずアップルパイを食べるピエッチェ、
「僕にもアップルパイ?」
クルテが複雑な顔で見るから、甘さしか感じられない。美味いんだか不味いんだかよく判らない。
「なによ、クルテ、やけに嬉しそうね」
マデルがニヤニヤとクルテに言った。
「嬉しいって言うか、話があるって言い出したピエッチェって怒ってたじゃん? なのに、ちゃんと僕の分もって気にしてくれたのが意外だから驚いただけ」
マデルもカッチーも何を話していたかは訊いて来ない。気になっているだろうが、内緒話の内容が明かされることはないと判っている。
「意外ってのもあるけど、それ以上に嬉しいんじゃないの?」
揶揄うマデルに
「うーーん……嬉しいのかな?」
と首を傾げるクルテ、
「あんたって揶揄い甲斐がないよねぇ」
マデルが呆れた。
お茶が済んでからはのんびり過ごした。疲れてるんで今日はもう出かけないとクルテが言ったからだ。
そこで、屋上でカッチーに稽古をつけることにしたピエッチェ、カッチーは大喜びだ。
「鞘を付けたまま振ってみろ」
ニヤニヤしながらピエッチェが言った。
「はい!」
元気よく答えたもののカッチー、やっとのことで頭上にあげた剣を振り降ろしてフラっとした。
「重いだろう? 木の枝とはわけが違う。まずは重さに慣れることだ。鞘はつけたまま、両手で持って好きなように振れ……肩を傷めるなよ」
クルテは近くのベンチでそんな二人を見るともなしに見ている。マデルは居間のソファーに寝転んでウトウトしていた。
カッチーが十回程度、剣を振ったところでクルテが立ち上がる。
「そろそろ終わったほうがいい」
「始めたばかりだぞ?」
「初めて剣を握ったんだ。すぐにマメができる」
「マメができて潰れて、できて潰れてって、そうやって慣れていくもんだ」
「あぁ、だからピエッチェの手はそんなにゴツいんだね――カッチー、今日はもう終わり。毎日少しずつでいい。焦ったって強くはならないよ」
ムッとしたピエッチェが自分の掌を見ているうちに、クルテはカッチーを連れて部屋に入ってしまった。
確かにゴツい……それに比べてクルテの手は柔らかくてスベスベだった。
(アイツ、そう言えば剣も細身を選んでたっけ?)
軽い物を選んだってことだ。それに、すぐに疲れたって言う。思ったよりも体が弱い? そう思ってすぐに打ち消す。
アイツは魔物で本体がない。生身の身体は作り物だ。でも、その生身の身体の維持はやっぱり負担が大きいんだろうか? カッチーとマデルがいるからか、最近クルテはずっと人間の姿のままだ。梯子やシャボンに化けたけど、まるきり消えてしまった記憶がない。
「ピエッチェさん、夕飯が来ましたよ」
テラス窓からカッチーが呼び、『おう』とピエッチェも部屋に戻った。
ピエッチェが部屋に入るとクルテが給仕係にチップを渡しているとことだった。
「朝も部屋にお願いできますか?」
クルテに訊かれ給仕係が頬を染める。
「はい、もちろんです……何時ころお持ちいたしますか?」
「出来るだけ遅い時間に」
「かしこまりました」
時間を告げて部屋を出ようとした給仕係が、意を決したように振り返る。
「あの……差支えなければ、お名前を教えていただけませんか?」
給仕係の顔は真っ赤だ。クルテは唖然として給仕係を見ている。
「今のセリフ、宿の支配人に告げ口されたくないならさっさと消えろ」
ピエッチェの怒声に、給仕係は慌てて部屋を出た。
「どう言うつもりだ、あいつ?」
ぶつくさ言うピエッチェをマデルが笑う。
「クルテを男装してる女だと思ったんじゃない? この部屋には五人いるはず、なのに四人しかいない。食事も四人分しか頼まれない。ってことは噂の美女はクルテだってね」
「噂の美女?」
「あんだけ綺麗で上品なら噂にもなるよ」
「女装してたクルテさん、すっごく綺麗でしたもんね。知らなきゃ俺でもボーっとなりそう」
カッチーもマデルと同意見らしい。
「そうだったか?」
ピエッチェは認めたくないようだ。
「なんだったらクルテ、ずっと女装してたら? あんたなら、あちこちでチヤホヤされていろいろ便宜をはかって貰えるよ」
「どうする?」
マデルの提案にクルテがピエッチェを見る。
「だめだめ! おまえが女の格好してると落ち着かない!」
「あら、どうして落ち着かないの?」
笑うマデル、カッチーが真面目な顔で言った。
「クルテさんの女装、とってもいいと思うけど、動き難そうですよね」
「カッチーの言うとおりだ。俺たちは遊びに来てるんじゃない」
ピエッチェは我が意を得たりとばかり決めつける。
「クルテはどっちがいいのよ?」
マデルが訊けば、
「僕? 僕はピエッチェの言うとおりにする。女装には慣れてないから動き難いのは確か――それより食事にしよう。冷めちゃうよ」
クルテが言った。
「おう、飯だ、飯!」
ピエッチェが顔を赤くして言い、マデルがクスッと笑った。
例によってマデルがカッチーにテーブルマナーを教えながら食事が進む。
「パンは一口大に千切ってから食べるのよ」
「マデルさん、食べた気がしません」
「好きに食べていいぞ、カッチー」
見かねてピエッチェが言えば、
「カッチー、貴族の嗜みだ、いつか役に立つ。よく見てごらん、ピエッチェだってそうしてるよ」
クルテが水を差す。ムッとしたが、クルテの言う通りなのでピエッチェも黙った。
「いずれは貴族に復権するつもりなのね?」
マデルがクルテを見た。
「もちろんさ。僕はともかく、ピエッチェはこのまま市井に埋もれていいわけがない」
「ザジリレンに戻るってこと?」
「そうなるね――そのために他国で名をあげる、それが旅の目的だよ」
「ふぅん。フレヴァンスさまを助けるのも、そのため?」
クルテがマデルをチラリと見た。
「そのためだけじゃない。でも、否定はしない――マデルと懇意になれてよかったとも思ってる」
「そっか。珍しく正直だね」
クスッと笑ったマデル、
「フレヴァンスさまを無事に助け出すのに活躍してくれたら、国王に会えるように必ず手配するよ」
と言った。
驚いたのはカッチーだ。
「国王に会う?」
「そうだよ、その時はカッチーも一緒だ。王宮での晩餐に招かれるかもしれない。マナーを覚える気になった?」
クルテが微笑み、カッチーが大真面目に言った。
「はいっ! 頑張ります!」
面白くないのはピエッチェ、だが何も言わなかった。国王に会うことになるかもしれないと、フレヴァンスを助けるとクルテが言い出した時から考えていた。でも、会えば自分の身分はバレる。ローシェッタ国王とは王太子だったころに二回、王の名代として顔を合わせた。戴冠式にも来てくれた。顔を覚えている。こちらが覚えているなら向こうも覚えている可能性大だ。
カテロヘブは家臣を手に掛け激流に身を投げて死んだ――その噂はきっとローシェッタ国王の耳にも届いているはずだ。カテロヘブと判れば捕らえられ、罪人としてザジリレンに送られることになるかもしれない。
「マデルは一番手前の部屋、カッチーは真ん中、僕とピエッチェが一番奥の部屋」
「やっぱりクルテはピエッチェと同じ部屋がいいんだ?」
ニヤニヤするのはマデル、
「俺、一人でベッド二つ使っていいんですか!?」
ちょっとズレたことを言ったのはカッチーだ。
「だってさ、僕はピエッチェを守らなきゃ。どこに魔物が潜んでいるか判らないもんね」
「こんなところに魔物がいるのかしらねぇ」
「魔物ですか!?」
意味深な笑みを見せるマデルに、怖そうな顔をするカッチー、ピエッチェが、
「まず出ないから安心しろ。念のためだ」
と微笑む。
「でも、クルテさんがピエッチェさんを守るんですか?」
「そうだよ、僕はそのために居るんだ」
クルテがピエッチェを見、ピエッチェがクルテを見た。
「まぁ、本当のところは、カッチーの大鼾からの避難だがな」
ピエッチェが珍しくガハハと笑った。
「あら、ピエッチェ、笑うとますますいい男じゃないの」
とマデル、
「えっ? 大鼾? 俺が?」
カッチーは自覚がなかったようだ。
クルテと二人きりなら今夜こそ起こして、腕にしがみ付いている理由を聞こう。もし、想像通りずっと生身でいることによる負担が原因なら、夜の間は姿を消しておけと言おう。そう考えているピエッチェだった。
「あんたたち、相当な金持ちだよね。路銀をケチらないどころか、こんな部屋に泊まらせてくれる……ピエッチェは賞金で稼いだとかって言ってたけど、クルテは? ピエッチェは指輪のこと、知らなかったよね。ってことは、宝石はクルテのもの。どうやって手に入れたのさ?」
真剣な眼差しのマデルをクルテがクスッと笑う。
「盗んだんじゃないかと思ってる? 心配いらないよ。ピエッチェが持ち主だから」
「ピエッチェは知らないみたいなのに?」
「俺が?」
マデルとピエッチェが同時に言った。
「そうさ、宝石の持ち主はピエッチェ。もちろん盗んだとかじゃないし、ただ、ピエッチェは怪我のショックでいろいろ忘れてるみたいなんだ」
「なんだよ、それ?」
「だってこの宝石は僕がピエッチェを見つけた時、ピエッチェが持っていた物なんだよ。元気になってから見せたのに『俺のじゃない』って言うし、その時のことも忘れちゃってるし」
「そう言えば生死の境を彷徨ってたんだっけ? 十日も眠り続けて元のように動けるまで一か月……記憶があいまいになっても仕方ないのかな?」
とマデル、納得したのかしないのか、よく判らない。
「でもさ、なんでピエッチェに渡さなかったの? おまえの持ち物だぞって教えてあげたら良かったんじゃない? まさかネコババする気だった?」
「よく思い出せないうちに売り飛ばすとか言い出さないかが心配だったんだよ――きっと大切なものだ。肌身離さず持ってたんだから。戦場に持って行かないよね、宝石なんて」
「なるほどね」
クスクス笑いは気になるが、とりあえずマデルは納得したようだ。
難しい顔で納得しないのはピエッチェ、
「クルテ、ちょっと話がある。二人きりで話したい」
と、立ち上がった。頭の中に何か言ってくるかと思ったが、
「それじゃあ寝室で」
着替えに使った寝室にクルテが向かう。
「イヤ、外でいいよ、屋上で」
寝室と聞いて、ピエッチェがなんだか急に怖気づく。クルテと寝室で二人きり? 抵抗を感じるのはなぜだ? そんなピエッチェを開け放たれた扉の向こうから、
「ピエッチェ? 話があるんだろう?」
クルテが呼んでいる。
マデルは気付いてニヤニヤ見ているがカッチーは
「どうしたんですか? クルテさんが待ってますよ?」
不思議がる。
「あぁ……」
自分でも判らない躊躇いの理由を言えるわけもなく、
「その……アップルパイ、俺とクルテの分、取っといてくれ」
取り繕ってからクルテが待つ部屋に入った。
扉は明けたままにしておこう、そう思ったのにクルテに
「ちゃんと閉めなよ」
と言われ、内緒話をするのに開け放しはないかと、閉めた。
大きなベッドが二台、奥にはカーテンの掛かった窓、クルテはゆったりした一人用のソファーに腰かけている。『立ってないで座りなよ』と、対面に置かれたもう一つのソファーを指さした。
二つあるソファーはどちらも一人用で薄いグレー、壁に作り付けの机とそれ用の椅子は明るい木目、部屋いっぱいの敷物はベージュ、ベッドのカバーは薄いピンクの小花柄だ。どれも落ち着いたデザインで、外壁の趣味の悪さと打って変わって品の良さを感じる。
「それで? 話しって何さ?」
ピエッチェが座るとすぐに切り出したクルテ、なのに
「イヤ、あの宝石なんだけど――」
と話し始めた途端、『黙れっ!』がピエッチェの頭に木霊する。
(馬鹿か、おまえ? 今、グレナムの剣って言おうとしたな?)
(え、だって、だって……)
(カッチーはともかく、マデルはこの国の王室魔法使いなんだぞ? グレナムの剣を知ってるかもしれないとは考えないのか? 見たことなんかないだろうが、話しに聞いたことくらいあると思ったほうがいい。知っていればおまえの素性にも気が付くだろう。声に出さずに話せ。まったく、不用心でいけない)
(あ……)
でも、それってつまり?
(あの宝石、やっぱりグレナムの!?)
(それがどうした?)
「なんであんなにバラけてるんだよっ!」
思わず立ち上がるピエッチェ、見あげるクルテは、
「持ち運びに便利だから」
とケロッとしている。
「持ち運びって……」
呆然と立ち尽くすピエッチェの手を引いてクルテが座らせる。
「心配するな、ちゃんと修復できるから」
そう言ってから会話を意識に切り替えたクルテだ。
(グレナムの剣はおまえの国ザジリレンに隠してある。本体と鞘、別々にだ)
(あぁ、滝の洞窟の中だよな?)
(ん? そうだな、今はそう言うことにしておこう。でだ――)
(そう言うこと!?)
(興奮するな……ピエッチェ、おまえは人がいい。隠し事が苦手だ。だから、まだ、剣の在り処は知らないほうがいい)
(うむ……でも、それならなんで宝石を外した?)
(誰にも見つからないように隠しはしたが、絶対とは言い切れない。世の中に絶対なんて殆どないからな――もし見つかっても宝石が外されていればグレナムの剣だなんて判らない。だからだよ)
(それで、どうして宝石は持ってきたんだ?)
(宝石はそれだけで価値がある。盗まれないためには自分で持っているのが一番)
とりあえず宝石が剣から外され、ここにある理由は判った。だけどなんとなく、納まらないピエッチェだ。
(本当に元通りに直るのか?)
クルテがピエッチェを見詰める。
(大丈夫。わたしがカテロヘブを見捨てるはずがないだろう?)
(どういう意味だよ?)
(グレナムの剣は王位を示す大事な剣だって言ってたよね? カテロヘブを王位に戻すのに必要な剣だ、粗末には扱えないってこと)
「あっ!?」
つい、声に出したが、
(そう言えば、精霊が宿ってるって言ったのはクルテだったよな? 宝石を取ったりして、精霊は大丈夫なのか?)
と慌ててピエッチェが心の中で尋ねる。
「大丈夫だよ」
クルテも声に出し、ニッコリ微笑んだ。それから、
(精霊には手を出さない――心配しなくていい)
ピエッチェから目を逸らすと俯いて、悲しげな溜息を吐いた。
取っておけと言った手前、食べないわけにもいかずアップルパイを食べるピエッチェ、
「僕にもアップルパイ?」
クルテが複雑な顔で見るから、甘さしか感じられない。美味いんだか不味いんだかよく判らない。
「なによ、クルテ、やけに嬉しそうね」
マデルがニヤニヤとクルテに言った。
「嬉しいって言うか、話があるって言い出したピエッチェって怒ってたじゃん? なのに、ちゃんと僕の分もって気にしてくれたのが意外だから驚いただけ」
マデルもカッチーも何を話していたかは訊いて来ない。気になっているだろうが、内緒話の内容が明かされることはないと判っている。
「意外ってのもあるけど、それ以上に嬉しいんじゃないの?」
揶揄うマデルに
「うーーん……嬉しいのかな?」
と首を傾げるクルテ、
「あんたって揶揄い甲斐がないよねぇ」
マデルが呆れた。
お茶が済んでからはのんびり過ごした。疲れてるんで今日はもう出かけないとクルテが言ったからだ。
そこで、屋上でカッチーに稽古をつけることにしたピエッチェ、カッチーは大喜びだ。
「鞘を付けたまま振ってみろ」
ニヤニヤしながらピエッチェが言った。
「はい!」
元気よく答えたもののカッチー、やっとのことで頭上にあげた剣を振り降ろしてフラっとした。
「重いだろう? 木の枝とはわけが違う。まずは重さに慣れることだ。鞘はつけたまま、両手で持って好きなように振れ……肩を傷めるなよ」
クルテは近くのベンチでそんな二人を見るともなしに見ている。マデルは居間のソファーに寝転んでウトウトしていた。
カッチーが十回程度、剣を振ったところでクルテが立ち上がる。
「そろそろ終わったほうがいい」
「始めたばかりだぞ?」
「初めて剣を握ったんだ。すぐにマメができる」
「マメができて潰れて、できて潰れてって、そうやって慣れていくもんだ」
「あぁ、だからピエッチェの手はそんなにゴツいんだね――カッチー、今日はもう終わり。毎日少しずつでいい。焦ったって強くはならないよ」
ムッとしたピエッチェが自分の掌を見ているうちに、クルテはカッチーを連れて部屋に入ってしまった。
確かにゴツい……それに比べてクルテの手は柔らかくてスベスベだった。
(アイツ、そう言えば剣も細身を選んでたっけ?)
軽い物を選んだってことだ。それに、すぐに疲れたって言う。思ったよりも体が弱い? そう思ってすぐに打ち消す。
アイツは魔物で本体がない。生身の身体は作り物だ。でも、その生身の身体の維持はやっぱり負担が大きいんだろうか? カッチーとマデルがいるからか、最近クルテはずっと人間の姿のままだ。梯子やシャボンに化けたけど、まるきり消えてしまった記憶がない。
「ピエッチェさん、夕飯が来ましたよ」
テラス窓からカッチーが呼び、『おう』とピエッチェも部屋に戻った。
ピエッチェが部屋に入るとクルテが給仕係にチップを渡しているとことだった。
「朝も部屋にお願いできますか?」
クルテに訊かれ給仕係が頬を染める。
「はい、もちろんです……何時ころお持ちいたしますか?」
「出来るだけ遅い時間に」
「かしこまりました」
時間を告げて部屋を出ようとした給仕係が、意を決したように振り返る。
「あの……差支えなければ、お名前を教えていただけませんか?」
給仕係の顔は真っ赤だ。クルテは唖然として給仕係を見ている。
「今のセリフ、宿の支配人に告げ口されたくないならさっさと消えろ」
ピエッチェの怒声に、給仕係は慌てて部屋を出た。
「どう言うつもりだ、あいつ?」
ぶつくさ言うピエッチェをマデルが笑う。
「クルテを男装してる女だと思ったんじゃない? この部屋には五人いるはず、なのに四人しかいない。食事も四人分しか頼まれない。ってことは噂の美女はクルテだってね」
「噂の美女?」
「あんだけ綺麗で上品なら噂にもなるよ」
「女装してたクルテさん、すっごく綺麗でしたもんね。知らなきゃ俺でもボーっとなりそう」
カッチーもマデルと同意見らしい。
「そうだったか?」
ピエッチェは認めたくないようだ。
「なんだったらクルテ、ずっと女装してたら? あんたなら、あちこちでチヤホヤされていろいろ便宜をはかって貰えるよ」
「どうする?」
マデルの提案にクルテがピエッチェを見る。
「だめだめ! おまえが女の格好してると落ち着かない!」
「あら、どうして落ち着かないの?」
笑うマデル、カッチーが真面目な顔で言った。
「クルテさんの女装、とってもいいと思うけど、動き難そうですよね」
「カッチーの言うとおりだ。俺たちは遊びに来てるんじゃない」
ピエッチェは我が意を得たりとばかり決めつける。
「クルテはどっちがいいのよ?」
マデルが訊けば、
「僕? 僕はピエッチェの言うとおりにする。女装には慣れてないから動き難いのは確か――それより食事にしよう。冷めちゃうよ」
クルテが言った。
「おう、飯だ、飯!」
ピエッチェが顔を赤くして言い、マデルがクスッと笑った。
例によってマデルがカッチーにテーブルマナーを教えながら食事が進む。
「パンは一口大に千切ってから食べるのよ」
「マデルさん、食べた気がしません」
「好きに食べていいぞ、カッチー」
見かねてピエッチェが言えば、
「カッチー、貴族の嗜みだ、いつか役に立つ。よく見てごらん、ピエッチェだってそうしてるよ」
クルテが水を差す。ムッとしたが、クルテの言う通りなのでピエッチェも黙った。
「いずれは貴族に復権するつもりなのね?」
マデルがクルテを見た。
「もちろんさ。僕はともかく、ピエッチェはこのまま市井に埋もれていいわけがない」
「ザジリレンに戻るってこと?」
「そうなるね――そのために他国で名をあげる、それが旅の目的だよ」
「ふぅん。フレヴァンスさまを助けるのも、そのため?」
クルテがマデルをチラリと見た。
「そのためだけじゃない。でも、否定はしない――マデルと懇意になれてよかったとも思ってる」
「そっか。珍しく正直だね」
クスッと笑ったマデル、
「フレヴァンスさまを無事に助け出すのに活躍してくれたら、国王に会えるように必ず手配するよ」
と言った。
驚いたのはカッチーだ。
「国王に会う?」
「そうだよ、その時はカッチーも一緒だ。王宮での晩餐に招かれるかもしれない。マナーを覚える気になった?」
クルテが微笑み、カッチーが大真面目に言った。
「はいっ! 頑張ります!」
面白くないのはピエッチェ、だが何も言わなかった。国王に会うことになるかもしれないと、フレヴァンスを助けるとクルテが言い出した時から考えていた。でも、会えば自分の身分はバレる。ローシェッタ国王とは王太子だったころに二回、王の名代として顔を合わせた。戴冠式にも来てくれた。顔を覚えている。こちらが覚えているなら向こうも覚えている可能性大だ。
カテロヘブは家臣を手に掛け激流に身を投げて死んだ――その噂はきっとローシェッタ国王の耳にも届いているはずだ。カテロヘブと判れば捕らえられ、罪人としてザジリレンに送られることになるかもしれない。
「マデルは一番手前の部屋、カッチーは真ん中、僕とピエッチェが一番奥の部屋」
「やっぱりクルテはピエッチェと同じ部屋がいいんだ?」
ニヤニヤするのはマデル、
「俺、一人でベッド二つ使っていいんですか!?」
ちょっとズレたことを言ったのはカッチーだ。
「だってさ、僕はピエッチェを守らなきゃ。どこに魔物が潜んでいるか判らないもんね」
「こんなところに魔物がいるのかしらねぇ」
「魔物ですか!?」
意味深な笑みを見せるマデルに、怖そうな顔をするカッチー、ピエッチェが、
「まず出ないから安心しろ。念のためだ」
と微笑む。
「でも、クルテさんがピエッチェさんを守るんですか?」
「そうだよ、僕はそのために居るんだ」
クルテがピエッチェを見、ピエッチェがクルテを見た。
「まぁ、本当のところは、カッチーの大鼾からの避難だがな」
ピエッチェが珍しくガハハと笑った。
「あら、ピエッチェ、笑うとますますいい男じゃないの」
とマデル、
「えっ? 大鼾? 俺が?」
カッチーは自覚がなかったようだ。
クルテと二人きりなら今夜こそ起こして、腕にしがみ付いている理由を聞こう。もし、想像通りずっと生身でいることによる負担が原因なら、夜の間は姿を消しておけと言おう。そう考えているピエッチェだった。
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