秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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4章  聖堂の鐘、鳴りやまず

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 けれどギュームはすぐに気を取り直したようで、
「それよりお姉さんと弟さんをお呼びになられては? ご一緒しましょう」
クルテに微笑んだ。

「ふたりは疲れたと言って聖堂で休んでいるんです――あのぉ……お茶をいただいたら、今夜使うお部屋に行ってもいいでしょうか?」
「これは! 気が利かず申し訳ない。早くお着替えになってお休みになりたいですよね。どれでもお好きな部屋をお使いください。そう言いましても、全て同じ作りですが」

「それから、聖堂の向こう側に食堂がありましたが厨房をお借りしてもよろしいですか?」
「お食事なら我が家でご用意いたしましょう」
「そこまでは甘えられません。それに持参した食料を使って荷物を少しでも軽くしたいんです」
「食料持参でご旅行? キャンプでもするおつもりでしたか? モーシャンテンならキャンプもいいでしょうが。湖で魚釣りもできるそうですよ――厨房もご遠慮なくお使いください。たきぎなどは、行けば判るようになっております。井戸は厨房の裏口を出たところ、外になりますが屋根があるので雨が降っていても支障ございません」

 しばらくお茶を飲みながら雑談を続けた。話題はもちろんレムシャンのことだ。ギュームに聞かれるまま答えるのはクルテ、ピエッチェは口から出任せをと思いながら黙って聞いていた。

 クルテによるとレムシャンは勤めていた宿の娘に見初められ、もうすぐ結婚することになっていた。働き者のレムシャンは宿にとって今ではなくてはならない存在、宿の後継者は娘の兄だが、その兄にも頼りにされ、いずれは二人で宿を盛り立てていくだろう。

 途中、ギュームが
「ひょっとしてその宿は……」
と宿の名を口にした。クルテがその通りだと答えると、
「ではレムシャンのお相手はグレーテ……さぞ美しいお嬢さんになられた事でしょうな」
嬉しそうに微笑んだ。

 クルテの話を頷きながら聞いているギューム、時には涙ぐみさえし、聞いているだけのピエッチェが後ろめたさを感じてしまった。

「さて、そろそろおいとまします――あまり待たせると義姉あねが心配しますから」
そう言ってクルテが立ち上がった時にはホッとしたピエッチェだ。

「出立するとき、四人そろってご挨拶に伺います」
ギュームに礼を言い、来た道を引き返していった。

 聖堂裏側の通路まで来ると、
「よくもあんな出任せを言えたな」
ピエッチェが苦情を口にした。言いたくてうずうずしていたが、ギュームに聞かれるわけにはいかない。ここまでくれば大丈夫だ。

「出任せ?」
「宿で働き続けるとか、レムシャンとグレーテが結婚するようなことを言ったじゃないか」
「出任せじゃない。きっとそうなる」
「おまえ、予知もできるのか?」
「できない――夕食を運んで来た時にグレーテの兄の心を読んだ。もちろん確定ではないけど、そうなって欲しいと彼は望んでいた」

「しかし……グレーテはともかくレムシャンは、仇だと思っていた相手と一緒になる決心をするかな?」
「グレーテの妊娠に大きく揺れていた。産んで欲しいと願っていた」
「それも読んだのか?」
「ほかになにがある?」

「そうだとしても、簡単にはいかないものだぞ?」
「そうだね……でも、もし巧くいかず、何かの拍子でそれをギュームが知ったとしても、わたしの話を嘘だとは思わない」
「なぜそう言い切れる?」
「生きるとは、出会いと別れの繰り返し」
「なんだ、それ?」
「だいたい、嘘だと思われてもなんの支障もない」
そりゃあ、そうかもしれないけど……

「それよりギュームの心も読んだのだろう? 何か判ったか?」
「それは後で話す――聖堂に着いた。マデルたちの前では話せない」

 食堂を掠め、聖堂へのドアを開く。すると入り口の扉付近でカッチーが立ち上がった。
「ピエッチェさん! クルテさん!」
マデルは椅子に座って前列の背凭せもたれに腕を乗せていた。
きじを使役できるなんて、大したもんだね。先に言っといてよ」
と笑う。

 ふたりに近付きながら、
「雉じゃなく鳥が使役できる。あとリスとかの小動物も」
平然と言うクルテ、マデルが驚いて、
「あんた、凄い魔法使いなんじゃないの?」
クルテをマジマジと見た。

 なんとなく、追及されたくないと感じたピエッチェが話をらす。
「そんな事より、宿泊用の部屋が使えるから荷物を運ぼう」
置かれていた自分の荷物を持ち上げた。

「早く着替えたほうがいい――うん? マデルもカッチーも、大して濡れてないな」
「そうなんですよ、ピエッチェさん!」
嬉しそうに答えるのはカッチーだ。
「マデルさんが毛布を屋根にしてくれて、大して濡れずに済んだんです」

 マデルが魔法を使って浮かべた毛布の下を移動してきたという。毛布はピンと張られ雨を弾いてくれた。荷物もピエッチェの分はマデルが魔法を使って移動させたらしい。
「どうせならカッチーのもって思ったけど、毛布を張って移動させながらだとピエッチェの分でやっとだったんだ」
マデルが悔しそうに言った。
「聖堂が見えた時は泣きたくなったよ……もう、ヘトヘト」

「バスもある……あ、でも、どうやって湯を沸かすんだ? まぁいいや、見りゃあ判るだろう」
「長く使ってないから、まずは掃除じゃないかな? 頼むね、ピエッチェ」
「なんだ、俺かよ?」
「あ、俺がやります」
「じゃあ、ピエッチェとカッチー、二人で風呂掃除。その前に、本当に使えるかをピエッチェが確認して」

 入ってすぐの部屋をピエッチェとクルテ、その向かい側をマデル、そしてカッチーはマデルの隣だ。

 荷物を置いてから見に行くと、浴室には大きな浴槽が二つあった。さっき見た時は通路からのドアの影で見えなかった場所にもう一つドアがあって、その奥がかまど室だった。竈に接しているあたりの浴槽には木の柵がある。

「竈で火を焚けば浴槽の壁が熱せられて湯になる仕組みだな。浴槽の中の木の柵は熱い壁に触らないためのものだ」

 たきぎは竈室の奥に積まれていた。デッキブラシなどの掃除用具やバケツなども、薪と少し離して置いてあった。マデルが小さな火をおこし、煙突が機能しているかを念入りに調べて言った。

「大丈夫、詰まってない」
「それじゃあ、水さえ運べば風呂に入れるってことですね! すぐに掃除します!」
カッチーが喜び勇んでバケツを持って出て行った。掃除用の水を汲みに厨房裏の井戸に行ったのだろう。

 食堂の厨房も使えると聞いてマデルが様子を見に行っていたが、掃除用の水を運んで来たカッチーと一緒に戻ってきて、
「塩も胡椒もあった。充分使えるよ」
と、喜んだ。それから『干し肉を戻すね』と言って再び厨房に向かった。当初の予定通り、戻した干し肉と芋・人参・玉ねぎを煮こむつもりだ。

「どうだ、井戸は使えそうか?」
「はい、綺麗に掃除されていました。ずっと使ってるんじゃないでしょうか? マデルさんが鍋を持って来たんで汲んであげました」
「マデルも水を見て大丈夫だって言ったんだな?」
「はい、いい水ねって嬉しそうでした」
「なら安心だ。掃除を始めるぞ」

「酷いなぁ、ピエッチェさん、俺のこと信用してませんよね?」
「水にあたると怖いからなぁ」
笑い飛ばすピエッチェにカッチーが苦笑いした。

 クルテは暫く掃除を見ていたが、
「もうダメ……」
と言って出て行った。どうしたのだろうと見に行くと、聖堂裏の通路から入ってすぐのソファーで転寝うたたねを始めた。そう言えば眠いって言ってたなと思い、放っておいた。

 掃除が終わると二人掛かりで浴槽に水を溜めた。マデルが芋の皮を剥いている横を通り抜け、クルテがソファーですっかり眠っているのを眺めながら数往復し、マデルから貰って来た火種で竈に火を点けた。

「どれくらいで入れるようになりますか?」
「そうだな……時どき水を掻き混ぜれば少しは早く沸くだろうけど、風呂焚きはしたことないからなぁ」

 そこにマデルが戻ってきて、
「クルテ、向こうですっかり眠ってたよ」
と笑う。
「あぁ……そろそろ起こして手伝わせるか」
なんとなく申し訳ない気分になったピエッチェが行こうとすると、
「いいよ、さっきも眠いって言ってたじゃないか。寝かしといてあげよう。野菜の下ごしらえは済んだし、あとは肉が戻るのを待って煮るだけだしね」
マデルが止めた。

 風呂が沸くまでお茶でも飲もうとマデルが言った。
「もう淹れてある。クルテが寝てる部屋に置いてきたから行こう」
沸くのを風呂場で待っていることもない。三人で入口の部屋に移動した。

 しかし驚いたよ、とソファーに座るとマデルが笑った。
「何かが突進してくると思ったら雉だ。しかもこっちに真っ直ぐ向かってくるじゃないか。やり過ごそうと思って退いたら、グイッと方向を変える。なんだ? と思っているうちに足元でピタッと止まった」

「そうなんですよ、魔物なのかって、怖かったです」
「魔物じゃないのはすぐ判ったけどさ――で、こっちを見上げるからよく見たら何か咥えてる。ま、それはすぐピンと来たけど」
「マデルさん、雉のクチバシに手を出すから、突かれるんじゃないかって俺、冷や冷やしました」

 時間をおいては風呂に行っていたカッチーが三度目に、
「いい湯加減です――マデルさん、先に入りますか?」
と言った。

「湧いたなら火を落とす。ちょっと待ってろ」
ピエッチェがすぐに立ち上がった。

「そっか、火を焚いたままだとマデルさんが茹であがっちゃいますもんね」
「その前に、わたしだったら風呂から出るさ」

 ピエッチェと入れ違いにマデルが風呂に行くと、ピエッチェがクルテを覗き込んだ。
「そろそろ起きろよ」

 すぐにクルテが起き上がり、
「マデルは?」
と目をこすりながら聞く。
「茹でマデルを食べる夢を見てた――なんか、お腹すいた」

「茹でマデル? なんだ、そりゃ?」
ピエッチェは呆れたが、カッチーは大笑いだ。

「リンゴ、食べていい?」
カッチーの笑いを気にせずクルテが訊いた。

「ちゃんと食事の時に食べておかないからすぐに腹が減るんだ――仕方ないな、一個だけだぞ」
ピエッチェの答えに喜んだクルテがカッチーを見詰める。
「へっ?」
キョトンとするカッチー、ピエッチェが舌打ちし、
「おまえ、箱に入れっぱなしだろう?」
と言えば、アッと立ち上がる。

「ピエッチェさんは、もう出したんですか?」
「出して厨房まで持ってったさ」
「いつの間に――クルテさん、すぐ持ってきますからね」
「どうせなら、果物は全部持って来い」

 カッチーがテーブルにリンゴとオレンジの山を作ると、ニッコリ笑んだクルテがリンゴに手を伸ばした。
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