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4章 聖堂の鐘、鳴りやまず
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風呂を終えたピエッチェが寝室で寛いでいると、次に入浴したクルテがすぐに戻ってきた。
「なんだ、風呂は?」
「入ったけど……水みたいだったからさっさと出てきた」
「うん? もっと熱くするか?」
出る前に、加減を見て竈に薪を追加しておいた。程よいか、むしろ少し熱いくらいになっているはずだ。ヘンだと思うが、クルテは熱めの湯が好きなのだと思うことにした。
「もういい。水浸しの一日だな」
「姿を消して乾かせばよかったのに」
ピエッチェが言うなりクルテの姿が消える。
「マデルたちの手前、ピエッチェと同じように濡れたままでいるしかなかった」
一瞬で姿を現したクルテが怠そうにベッドに横になる。当然すっかり乾いている。
「眠い……」
「また? 夕飯まで眠るか?」
「その前に話しておきたい」
「なにを?」
「雉に持って行かせた手紙には『魔物は森に追っ払った。暫くは出て来ない。だから聖堂も、聖堂に至る道も安全』って書いた」
「カッチーが怖がってないのも、マデルが魔物のことを訊こうとしないのもそれでなのか?」
「ピエッチェは魔物退治に失敗した。追っ払うことしかできなかった。ピエッチェが森の領域を去ればまた出てくる。平気な顔をしているけど、実は落ち込んでいる。だから魔物の件には触れるな」
「俺は二人に同情されちゃった?」
ピエッチェが苦笑する。
クルテが身体を起こしてベッドに腰かける。
「それよりピエッチェ、気付いていたか?」
「うん?」
「ギュームの部屋には水滴が落ちていなかった」
ピエッチェがジロリとクルテを見る。
「ギュームが妻だと思っている一緒にいて気配を消した何か、ソイツが部屋に入ってすぐにモップでも掛けたんじゃ?」
「あぁ、考えられなくもない――だが、びしょ濡れのわたしたちを見た時のギュームの反応から、それはないと思う。少し前に妻がびしょ濡れで戻り床を拭いたのなら、雨のせいだと判る」
「そう言われればそうだな。雷には気が付いていたが、やっぱり降り出したかって顔をしてた」
「だから、ギュームの妻以外にもここには何かいると思った方がいい」
「俺たちは追っていたヤツを見失った?」
「と言う事だな――しかし、どこに隠れたんだか」
「ギュームの部屋じゃないのか?」
「水滴がなかったのに?」
「何も知らないギュームが、何も考えず拭いたとかは?」
「あぁ……そうか、それもあり得る。たまにはいいこと言うじゃないか」
クルテがピエッチェに明るい笑顔を見せた。微妙に貶された気分だが、褒められたと思っておこうとピエッチェが思う。
「あと、気になるのは女神像。聖堂から誰が持ち出したのか?」
「どれくらいの大きさなんだろうな?」
「それからなぜ、代わりの聖職者が来ないのか? 繋ぎとは言えギュームにここの管理を任せるのも奇怪しい」
「ギュームに依頼した聖職者が本物だったとは限らない」
「そしてなぜヤツは鐘楼に行こうとしたのか?」
「今の時点で鐘楼と決めてかかるのはどうだろう?」
「それともう一つ……ギュームは建物から出られないと言ったのに、外にある井戸には屋根があると知っていた。辻褄が合わない」
「屋根があるから建物の一部って考えてるとか?」
「そっか、なるほど。井戸も一度は見ておいた方がいいな」
「それで? これからどうする?」
ピエッチェの問い掛けにクルテがニヤリとピエッチェを見る。
「今夜だ、ピエッチェ。マデルとカッチーが寝てからだ」
「そうだな、敵の正体も狙いも判らないのに二人を巻き込みたくない――で、何をする気だ?」
「まずは井戸を見に行こう。それから建物の中を詳しく調べる」
「うん、それから?」
「鐘楼に上る」
「どうしても気になるんだな。そのあとは?」
「そのあとは……そのあと考える」
「そうか!」
笑うピエッチェをクルテが不思議そうに見る。
「なにが楽しい?」
「笑ったからか? 楽しいというより『面白い』だな」
「面白いって? 何が?」
「おまえがだよ。ボケッとしてるかと思うと、こんな時はポンポン受け答えする」
「ふぅん。それって面白いんだ?……ボケッとしてる?」
「出会った頃はなんか横柄で小生意気で、なんか張りつめてるみたいだし……掴みどころがないなって感じてた。だけど最近は弱みを見せたり頼ってきたり、我儘を平気で言うし」
「それが面白いんだ?」
「うーーん………親しみやすくなったってことなんだけど」
「親しみやすいと面白い?」
「えっと……てか、なんでそこを追求する?」
「ピエッチェ、今、わたしと話してて楽しいって感じてた。自覚がなかった?」
「えっ? いや……うーん、もしそうだとしたら、おまえがスラスラ返事を寄こすからじゃないか?」
「そうなのかな? 魔物退治の相談なのに楽しいなんて不思議だった」
「魔物退治が楽しいわけないだろ?」
「そうだよね……まぁ、いいや、もう寝る」
腰かけたまま、クルテがドサッと身体を後ろに倒す。
「どうせ寝るならちゃんとベッドに入れよ。飯ができたら起こしてやるから」
「ピエッチェは?」
「俺?」
「寝ないの? 夜、寝る暇ないかも」
少し迷ってからピエッチェが問う。
「一緒に寝て欲しいのか?」
「うん。抱き締めて」
コイツは魔物だ、そう思いながらピエッチェが立ち上がる。嬉しそうにクルテがベッドに潜り込み、そこにピエッチェも入っていく。
ピエッチェが抱き寄せると、クルテが胸に頭を押し付けて来た。そして静かに言った。
「そうだ、言い忘れてた……ギュームが妻だと思っているのはギュームの妻だ」
「えっ?」
「ギュームの亡くなった妻、レムシャンの母親だ。少なくともギュームはそう思っている」
「それって、まさか幽霊? それともギュームがそう思い込まされているだけか?」
驚いたピエッチェがクルテの顔を覗き込む。が、クルテの返事はない。すでに寝息を立てていた。
クルテが言うとおり、夜に動くのなら少しは仮眠を取ったほうがよさそうだ。そう思うのに寝付けない。クルテの言葉が気になっていた。
『何が楽しい?』
俺はクルテとの会話を楽しんでいたのか? 自分に問う。いいや、違う。確かに高揚感はあった。だけどそれは、魔物退治という非日常に対するものだ。相手がクルテだからじゃない。
そして愕然とする。クルテは何が楽しいのかと訊いた。なのに『何』を考えもしないで、対象をクルテと決めつけている。それって……?
腕の中のクルテは穏やかに眠っている。顔が見たいと思った。その思いを打ち消すためにギュッと目を閉じる。なんだか今日はクルテの身体がいつもより熱い。でもそれは気のせいだ。俺自身がどうかしちまってるんだ。だって……コイツは魔物だ。
揺り起こしたのはマデルだった。
「食事にするから起きて」
いつの間にか寝入ってしまったらしい。ハッとして腕を緩める。クルテはまだぐっすり眠っている。
「カッチーに行かせようかと思ったけど、自分で来てよかったよ。こんなところ、見せられないよね。ほら、クルテ、起きなさいってば」
マデルがクルテの肩を叩き、やっとクルテも目を覚ます。
「……母さま?」
目を擦りながらクルテが呟く。
母さま? クルテ、おまえ、親はいないって言ってなかったか? でも、今それを問い詰めるわけにもいかない。
「あぁ、マデル……」
「わたしゃ幾らなんでも、あんたの母親に間違えられるような齢じゃないよ」
「そうだよね。マデルはお姉さん――なんか、夢を見てたから」
ベッドから降りたピエッチェが笑う。
「そう言えば、マデルって幾つなんだ?」
「ふふん、こんな時は『女に齢を訊くな』って答えるところなんだろうけど、まぁ、隠す意味もない。二十八だよ」
「へぇ、俺より八つも上なんだ?」
「それはお世辞のつもりかい? 若見えするねって?」
「そう言うことにしておこうか?」
「そう言うことってどういうこと?」
ベッドに腰かけたものの、まだ半分眠っているようなクルテが不思議そうにピエッチェを見る。
「マデルは実年齢より若く見えるってことだよ」
答えるピエッチェ、
「若く見られると嬉しいの?」
さらにクルテがピエッチェを見て、今度は泣きそうな顔で言った。
「わたし、子どもに見られるのはイヤ」
「えっ?」
「あぁあ、この子、まだ眠ってるよ――クルテ、しゃっきりしなさいな。食事にするよ。入り口の部屋に運んである。早く行かないとカッチーに全部食べられちまう」
「そうだな、行こう。ほら、クルテ、立てるか?」
「わたしはリンゴで――」
「なによっ? わたしが作ったものは食べたくないって言うの?」
「ちゃんと食べろ。でないとまたすぐ腹が減るぞ」
二人掛かりで叱られて、ますます泣きそうなクルテだ。それでも立ち上がって二人について部屋を出た。
部屋を出るとすぐにいい匂いがした。
「やっぱり寝てたんですか?」
カッチーがピエッチェとクルテを見て笑う。
「クルテさんって寝起きは機嫌が悪いタイプなんですね」
「まだ寝ぼけてるみたいよ」
「食べれば目も覚めるさ」
「リンゴがない……」
「リンゴとオレンジは皿に入れて、そっちに置いてありますよ」
カッチーが他のソファーセットのテーブルを指し、クルテがそちらに視線を移す。
「リンゴが九個、オレンジが十個」
「まだあるから心配ないって」
「本当に寝ぼけてるんですね」
果物の皿の横には鍋と深皿、マデルが料理を皿によそう。
「ほらクルテ、熱いから気を付けて」
ピエッチェとカッチーの前には何も言わず置いたが、クルテにだけは注意したマデルだ。
「わたし、子ども扱い?」
「いい加減目を覚ませよ」
ピエッチェがイライラと言った。
「クルテさんを子ども扱いするはずないじゃないですか」
そう言ったのはカッチーだ。
「俺はいつでも子ども扱いですけど」
と笑う。
「それにしても、本当に寝ぼけてるみたいですね。いつも、こんなでしたっけ?」
「そうでもないんだけどなぁ……」
ピエッチェがクルテを見ながら言った。
暫くクルテは放っておこうと食事を始める。
「やっぱり塩って料理には欠かせませんね!」
芋を食べながらカッチーが嬉しそうに言う。
クルテは暫くお茶を飲みながらボーっとしていたが、
「お茶、お替りある?」
料理が冷める頃に漸く目が覚めたようだ。
茶のお替りを一口飲んでから食べ始める。
「これ、マデルが作った? 美味しい……」
料理はお気に召したようだ。
「明日の朝も同じものだよ。もうひと鍋作ってある」
「うん、明日、食事が終わったら出発しよう。食料はもう終りだよね?」
「あぁ、全部使った」
「午後にはセレンヂュゲ、着いたらまず宿探し」
「美味しい食事を出してくれる宿にして」
「マデルは食べるのが好きだよね」
「いい食事といい睡眠は美容にいいのさ」
「今のままでも魅力的」
カッチーが『やっとクルテさん、お目覚めですね』とこっそり笑ってピエッチェに言った。
「なんだ、風呂は?」
「入ったけど……水みたいだったからさっさと出てきた」
「うん? もっと熱くするか?」
出る前に、加減を見て竈に薪を追加しておいた。程よいか、むしろ少し熱いくらいになっているはずだ。ヘンだと思うが、クルテは熱めの湯が好きなのだと思うことにした。
「もういい。水浸しの一日だな」
「姿を消して乾かせばよかったのに」
ピエッチェが言うなりクルテの姿が消える。
「マデルたちの手前、ピエッチェと同じように濡れたままでいるしかなかった」
一瞬で姿を現したクルテが怠そうにベッドに横になる。当然すっかり乾いている。
「眠い……」
「また? 夕飯まで眠るか?」
「その前に話しておきたい」
「なにを?」
「雉に持って行かせた手紙には『魔物は森に追っ払った。暫くは出て来ない。だから聖堂も、聖堂に至る道も安全』って書いた」
「カッチーが怖がってないのも、マデルが魔物のことを訊こうとしないのもそれでなのか?」
「ピエッチェは魔物退治に失敗した。追っ払うことしかできなかった。ピエッチェが森の領域を去ればまた出てくる。平気な顔をしているけど、実は落ち込んでいる。だから魔物の件には触れるな」
「俺は二人に同情されちゃった?」
ピエッチェが苦笑する。
クルテが身体を起こしてベッドに腰かける。
「それよりピエッチェ、気付いていたか?」
「うん?」
「ギュームの部屋には水滴が落ちていなかった」
ピエッチェがジロリとクルテを見る。
「ギュームが妻だと思っている一緒にいて気配を消した何か、ソイツが部屋に入ってすぐにモップでも掛けたんじゃ?」
「あぁ、考えられなくもない――だが、びしょ濡れのわたしたちを見た時のギュームの反応から、それはないと思う。少し前に妻がびしょ濡れで戻り床を拭いたのなら、雨のせいだと判る」
「そう言われればそうだな。雷には気が付いていたが、やっぱり降り出したかって顔をしてた」
「だから、ギュームの妻以外にもここには何かいると思った方がいい」
「俺たちは追っていたヤツを見失った?」
「と言う事だな――しかし、どこに隠れたんだか」
「ギュームの部屋じゃないのか?」
「水滴がなかったのに?」
「何も知らないギュームが、何も考えず拭いたとかは?」
「あぁ……そうか、それもあり得る。たまにはいいこと言うじゃないか」
クルテがピエッチェに明るい笑顔を見せた。微妙に貶された気分だが、褒められたと思っておこうとピエッチェが思う。
「あと、気になるのは女神像。聖堂から誰が持ち出したのか?」
「どれくらいの大きさなんだろうな?」
「それからなぜ、代わりの聖職者が来ないのか? 繋ぎとは言えギュームにここの管理を任せるのも奇怪しい」
「ギュームに依頼した聖職者が本物だったとは限らない」
「そしてなぜヤツは鐘楼に行こうとしたのか?」
「今の時点で鐘楼と決めてかかるのはどうだろう?」
「それともう一つ……ギュームは建物から出られないと言ったのに、外にある井戸には屋根があると知っていた。辻褄が合わない」
「屋根があるから建物の一部って考えてるとか?」
「そっか、なるほど。井戸も一度は見ておいた方がいいな」
「それで? これからどうする?」
ピエッチェの問い掛けにクルテがニヤリとピエッチェを見る。
「今夜だ、ピエッチェ。マデルとカッチーが寝てからだ」
「そうだな、敵の正体も狙いも判らないのに二人を巻き込みたくない――で、何をする気だ?」
「まずは井戸を見に行こう。それから建物の中を詳しく調べる」
「うん、それから?」
「鐘楼に上る」
「どうしても気になるんだな。そのあとは?」
「そのあとは……そのあと考える」
「そうか!」
笑うピエッチェをクルテが不思議そうに見る。
「なにが楽しい?」
「笑ったからか? 楽しいというより『面白い』だな」
「面白いって? 何が?」
「おまえがだよ。ボケッとしてるかと思うと、こんな時はポンポン受け答えする」
「ふぅん。それって面白いんだ?……ボケッとしてる?」
「出会った頃はなんか横柄で小生意気で、なんか張りつめてるみたいだし……掴みどころがないなって感じてた。だけど最近は弱みを見せたり頼ってきたり、我儘を平気で言うし」
「それが面白いんだ?」
「うーーん………親しみやすくなったってことなんだけど」
「親しみやすいと面白い?」
「えっと……てか、なんでそこを追求する?」
「ピエッチェ、今、わたしと話してて楽しいって感じてた。自覚がなかった?」
「えっ? いや……うーん、もしそうだとしたら、おまえがスラスラ返事を寄こすからじゃないか?」
「そうなのかな? 魔物退治の相談なのに楽しいなんて不思議だった」
「魔物退治が楽しいわけないだろ?」
「そうだよね……まぁ、いいや、もう寝る」
腰かけたまま、クルテがドサッと身体を後ろに倒す。
「どうせ寝るならちゃんとベッドに入れよ。飯ができたら起こしてやるから」
「ピエッチェは?」
「俺?」
「寝ないの? 夜、寝る暇ないかも」
少し迷ってからピエッチェが問う。
「一緒に寝て欲しいのか?」
「うん。抱き締めて」
コイツは魔物だ、そう思いながらピエッチェが立ち上がる。嬉しそうにクルテがベッドに潜り込み、そこにピエッチェも入っていく。
ピエッチェが抱き寄せると、クルテが胸に頭を押し付けて来た。そして静かに言った。
「そうだ、言い忘れてた……ギュームが妻だと思っているのはギュームの妻だ」
「えっ?」
「ギュームの亡くなった妻、レムシャンの母親だ。少なくともギュームはそう思っている」
「それって、まさか幽霊? それともギュームがそう思い込まされているだけか?」
驚いたピエッチェがクルテの顔を覗き込む。が、クルテの返事はない。すでに寝息を立てていた。
クルテが言うとおり、夜に動くのなら少しは仮眠を取ったほうがよさそうだ。そう思うのに寝付けない。クルテの言葉が気になっていた。
『何が楽しい?』
俺はクルテとの会話を楽しんでいたのか? 自分に問う。いいや、違う。確かに高揚感はあった。だけどそれは、魔物退治という非日常に対するものだ。相手がクルテだからじゃない。
そして愕然とする。クルテは何が楽しいのかと訊いた。なのに『何』を考えもしないで、対象をクルテと決めつけている。それって……?
腕の中のクルテは穏やかに眠っている。顔が見たいと思った。その思いを打ち消すためにギュッと目を閉じる。なんだか今日はクルテの身体がいつもより熱い。でもそれは気のせいだ。俺自身がどうかしちまってるんだ。だって……コイツは魔物だ。
揺り起こしたのはマデルだった。
「食事にするから起きて」
いつの間にか寝入ってしまったらしい。ハッとして腕を緩める。クルテはまだぐっすり眠っている。
「カッチーに行かせようかと思ったけど、自分で来てよかったよ。こんなところ、見せられないよね。ほら、クルテ、起きなさいってば」
マデルがクルテの肩を叩き、やっとクルテも目を覚ます。
「……母さま?」
目を擦りながらクルテが呟く。
母さま? クルテ、おまえ、親はいないって言ってなかったか? でも、今それを問い詰めるわけにもいかない。
「あぁ、マデル……」
「わたしゃ幾らなんでも、あんたの母親に間違えられるような齢じゃないよ」
「そうだよね。マデルはお姉さん――なんか、夢を見てたから」
ベッドから降りたピエッチェが笑う。
「そう言えば、マデルって幾つなんだ?」
「ふふん、こんな時は『女に齢を訊くな』って答えるところなんだろうけど、まぁ、隠す意味もない。二十八だよ」
「へぇ、俺より八つも上なんだ?」
「それはお世辞のつもりかい? 若見えするねって?」
「そう言うことにしておこうか?」
「そう言うことってどういうこと?」
ベッドに腰かけたものの、まだ半分眠っているようなクルテが不思議そうにピエッチェを見る。
「マデルは実年齢より若く見えるってことだよ」
答えるピエッチェ、
「若く見られると嬉しいの?」
さらにクルテがピエッチェを見て、今度は泣きそうな顔で言った。
「わたし、子どもに見られるのはイヤ」
「えっ?」
「あぁあ、この子、まだ眠ってるよ――クルテ、しゃっきりしなさいな。食事にするよ。入り口の部屋に運んである。早く行かないとカッチーに全部食べられちまう」
「そうだな、行こう。ほら、クルテ、立てるか?」
「わたしはリンゴで――」
「なによっ? わたしが作ったものは食べたくないって言うの?」
「ちゃんと食べろ。でないとまたすぐ腹が減るぞ」
二人掛かりで叱られて、ますます泣きそうなクルテだ。それでも立ち上がって二人について部屋を出た。
部屋を出るとすぐにいい匂いがした。
「やっぱり寝てたんですか?」
カッチーがピエッチェとクルテを見て笑う。
「クルテさんって寝起きは機嫌が悪いタイプなんですね」
「まだ寝ぼけてるみたいよ」
「食べれば目も覚めるさ」
「リンゴがない……」
「リンゴとオレンジは皿に入れて、そっちに置いてありますよ」
カッチーが他のソファーセットのテーブルを指し、クルテがそちらに視線を移す。
「リンゴが九個、オレンジが十個」
「まだあるから心配ないって」
「本当に寝ぼけてるんですね」
果物の皿の横には鍋と深皿、マデルが料理を皿によそう。
「ほらクルテ、熱いから気を付けて」
ピエッチェとカッチーの前には何も言わず置いたが、クルテにだけは注意したマデルだ。
「わたし、子ども扱い?」
「いい加減目を覚ませよ」
ピエッチェがイライラと言った。
「クルテさんを子ども扱いするはずないじゃないですか」
そう言ったのはカッチーだ。
「俺はいつでも子ども扱いですけど」
と笑う。
「それにしても、本当に寝ぼけてるみたいですね。いつも、こんなでしたっけ?」
「そうでもないんだけどなぁ……」
ピエッチェがクルテを見ながら言った。
暫くクルテは放っておこうと食事を始める。
「やっぱり塩って料理には欠かせませんね!」
芋を食べながらカッチーが嬉しそうに言う。
クルテは暫くお茶を飲みながらボーっとしていたが、
「お茶、お替りある?」
料理が冷める頃に漸く目が覚めたようだ。
茶のお替りを一口飲んでから食べ始める。
「これ、マデルが作った? 美味しい……」
料理はお気に召したようだ。
「明日の朝も同じものだよ。もうひと鍋作ってある」
「うん、明日、食事が終わったら出発しよう。食料はもう終りだよね?」
「あぁ、全部使った」
「午後にはセレンヂュゲ、着いたらまず宿探し」
「美味しい食事を出してくれる宿にして」
「マデルは食べるのが好きだよね」
「いい食事といい睡眠は美容にいいのさ」
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