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6章 待ち過ぎた女
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拾い集めた花を籠に挿しては、クルテが泣きそうな顔をしている。手分けして探した花は、数本は見落としたかもしれないがほとんど回収できただろう。傷んでいるかと思ったらそうでもなかった。まだまだ充分に美しい。
集めた花を座席の空いたところにおいて一本ずつ籠に挿していくが、思ったようにはいかないらしい。
「花屋は慣れているから上手にできるんだよ。同じようにできると思うな――花ってだけで綺麗なんだから、拘らなくてもいいだろ?」
ピエッチェが宥めるが、
「活けかたひとつで豪華にも可憐にも変わる」
クルテは納得できないようだ。
「気に入らないなら、ギュリューでまた買えばいいじゃないか」
「それじゃ間に合わない」
何に間に合わないんだ?
魔鳥が去ったあとは小鳥たちの囀りも戻った。木立を通り過ぎる風は爽やかだが、夏がすぐそこに来ていると知らせている。耳を撫でた春風はクルテの指、柔らかさと暖かさ、そして優しさにピエッチェが春風と感じただけだ。
「そう言えば、魔鳥の魔法は人間相手だけ?」
「そうなのかな? 判らない」
「リュネは温和しいもんだったぞ? 魔鳥を見上げてたけど、驚きもせずじっとしてた」
「リュネの耳は魔法で塞いでおいた。動くなって言ったから動かなかった」
なるほどね。
「リュネはおまえに忠実だな」
「仲良しだから」
「仲良しなのか?」
「カッチーともピエッチェとも仲良くしてって頼んでおいた」
「マデルは?」
「お揃いにした。だから仲良し」
リュネの鬣とクルテ・マデルの髪の編み方はそれぞれ違う。リボンも色違い、それでもお揃いと言えるのか? お揃いにすれば仲がいいってわけでもないぞ。まぁ、いいか。クルテはそう思っている。
リボンの色は、葦毛のリュネは紅、栗色の髪のマデルは深紅、どちらも髪(毛)色を引き立てている。単に好みの問題だとピエッチェ本人は気付いていないが、中でも薄紅色のリボンはクルテの黒髪によく似合うと感じていた。
前方が開けているのが見えてきた。木立もそこから先は途切れているようだ。森が終りに近づいている。
「これでいいか」
クルテが花籠を持ち上げて眺めた。花はすべて活け終わっている。
「綺麗にできてるぞ」
「リュネ、停まって」
ピエッチェには答えないクルテ、リュネはピエッチェの手綱を無視して足を止めた。
「御者は必要ないんじゃないのか?」
愚痴るピエッチェ、クルテは今度も何も答えない。花籠を持って御者台からポンと飛び降りた。
「おい、どこに行く?」
道の端に向かうと花籠を足元に置き周囲を見渡すクルテ、
「あった!」
何かを見つけて藪に踏み込んでいく。心配したピエッチェが御者台から降りて追おうとする。が、何か拾うとクルテはすぐに戻ってきて
「取り返した」
と笑んだ。手にしているのは抜身の剣、柄をピエッチェに向けて差し出してくる。鞘は腰に括り付けたままだ。
「俺の剣?」
間違いない、シャーレジアに譲って貰った剣だ。
「魔鳥が落としていったのかな?」
荷台でマデルが呟くが、カッチーのほうがしっかり見ている。
「ここにあるって知ってたような感じですよ?」
自分の席に乗り込みながらクルテが言った。
「森の女神に頼んだ。花籠と剣を交換しろ」
それは頼みじゃなく命令だ。
「クルテったら、森の女神とも話しができる?」
「マデルさん、驚くのはそこじゃないです。森の女神が実在するってところです」
カッチーとマデルの遣り取りに苦笑いしながらピエッチェが御者台に乗り込んだ。
「花籠一つと交換してくれるとは……この剣、女神はどんだけ安物だと思ったんだろうな?」
手綱を手にするとクルテの声が頭の中で聞こえた。
(御者が居なければ、すれ違う人が不審に思う)
(俺は目眩ましに必要だって?)
(違う、それだけじゃない。手綱を持ってもらえば繋がってるってリュネが思う。安心する)
(だったらおまえが居れば俺じゃなくても、マデルでもカッチーでもいいってことだよな)
(ほかの人じゃダメ――わたしが本心から頼れるのカテロヘブだけ。お願いだから隣に居て)
面白くなさそうな顔で
「行くぞ!」
とピエッチェが手綱を取る。それを見てクルテが微笑む。顔は怒っていても、心の中では満足しているピエッチェをクルテは知っていた。
ギュリューの街は前回来た時となんとなく雰囲気が違う。建物の外壁が色とりどりなのは変わっていない。街並みも同じだ。だが、どこか張り詰めた空気が漂っている気がする。理由はすぐに判った。
「王室魔法使いが視察に来てるんですよ」
宿の受付が声を潜めて言った。
「しかも誰だと思います? なんとラクティメシッスさま、腕利きの魔法使いってだけじゃなく王太子でもあらせられる。なんでこんな田舎街に? 何かあるんじゃないかってみんなビクビクしてるんです」
ビクビクしている本当の理由は脱税だろう、と思うが言わずにいる。旅行客がこの街の秘密を知っているのは都合が悪そうだ。
頼んだのは六人部屋、ベッドが二台の寝室が三つある。四人だが寝室は三つ欲しいと言ったらこの部屋にしろと言われた。割高だが広い居間があるから四人でのんびりできると言う。その部屋ならお茶を無料でサービスすると聞いてクルテが
「お茶菓子もある?」
と確認すると、受付係が
「ありますよ――お茶は受付で言ってくれればいつでもご用意します。お茶菓子は有料だけど、一度だけお好きなものを特別に無料で提供させていただきます。内緒ですよ」
と微笑んだ。
夕食にはまだ早い時刻だ。まずは部屋で休憩しようと、すぐにお茶を持ってきてもらうことにした。お茶菓子はイチゴのケーキを二つ、それとブルーベリーケーキを二つとクルテが決めた。誰も何も言わなかったが思ったことは同じだ。イチゴはマデルとカッチー、ブルーベリーはピエッチェのため、クルテも同じものを食べる。お茶が部屋に運ばれると、クルテがケーキの皿を予測通りに配った。
「それにしても、ラクティメシッスさまは本当にお忙しい。グリュンパの視察が終わったばかりですよね?」
ケーキを頬張ってカッチーが呟く。
「セレンヂュゲに常駐だったんじゃなかったですか?」
「そうね、視察なんて年に二度もあれば多いほう。聖堂の森にギュームを迎えに行ったのだって異例中の異例。何かあったのかしら?」
マデルはケーキのイチゴをフォークで弄びながら物憂げな眼をする。
「会いに行こうか?」
ピエッチェがマデルに尋ねるが、
「忙しくしてる人のところへ行って、『なんでここに?』って訊いて邪魔するの?」
と不貞腐れてマデル答える。気を遣ったつもりのピエッチェ、頭の中でクルテに『ばぁ~か』と嘲笑されてムスッとする。
「夕食はお客が大勢でわいわい喋ってるような店にする」
ピエッチェを蔑んだことなど噯にも出さずクルテが言った。ケーキに乗っていたブルーベリーをピエッチェの皿に移している。
「きっと、何か聞ける」
「そう巧くいくか?」
ムスッとしたままピエッチェが、クルテのブルーベリーを口に入れた――
クルテの予測に反して、そしてピエッチェの予測通り、居酒屋でラクティメシッスの噂は聞けなかった。街人が集まりそうな店を選んだのに無駄だったようだ。
「前回の宿にギュームの所在を訊きに行く。あそこで訊けば何か判る」
クルテはまったく気にしていないようだ。
「レムシャンとグレーテ、巧く行ってるといいけど」
マデルの言葉に
「大丈夫、聖堂の鐘は鳴った、二人は必ず結ばれる」
クルテが太鼓判を押す。
居酒屋に長居は無用と早々に食事を終わらせ、グレーテの父親と兄が営む宿に向かった。
「宿泊客じゃないんだ……宿の主人か、居ればレムシャンを呼んで欲しいんだが?」
受付係は見たことのない顔だった。従業員の入れ替えがあったのか?
「ご用件を伺わなければ、どちらもお呼びできません」
どちらもと言う事は、レムシャンはまだここで働いていると思ってよさそうだ。
「二人とは知り合いなんだ。主人の息子や娘のグレーテ、レムシャンの父親ギュームのことも知っている。ピエッチェが訪ねてきたと言ってくれないか?」
「当宿の主人に子どもはおりません……それにグレーテさんは妹です」
受付係が笑う。
「でも、判りました。すぐにお呼びいたします――スナックサロンでお待ちくださいませ」
どうやらこの短期間に代替わりしたらしい。
言われた通りスナックサロンに席を取る。すぐに給仕係が注文を取りに来るが
「客じゃないんだ、済まない」
と、何もオーダーしなかった。
居心地の悪さに辟易していると見覚えのある若い男が慌ててやってきた。宿の主人の息子――今の主人だ。
「申し訳ありません。受付係はまだ雇って間もなくて……すぐにでも応接室にお移りください。こちらです」
オーダーを取りに来た給仕係もついてきて、蒼褪めた顔で申し訳ありませんでしたと謝っている。
「気にしなくっていいのよ」
マデルの微笑みにホッとした顔をしていた。
厨房を通り抜け、従業員の控室と思しき部屋にある少し立派なドアの中、そこが応接室だった。凝った彫刻が施された、低いが大きなテーブルがデンと置かれ、三人掛けのゆったりしたソファーの対面には一人用のソファーが三つ、両脇にはスツールが一つずつあった。
お掛けくださいと言って、主人が座ったのはスツールだ。三人掛けのソファーにピエッチェとクルテが座り、対面にマデルとカッチーが腰かけた。
「お部屋の方は最上階でよろしいですか?」
にこやかに主人が問う。
「いいえ、すでに宿は決めてあります――今日はギュームさんの居所をお教えいただきたく参上しました」
「なんで他の宿になど! いつでもピエッチェさんたちにはお部屋を提供するつもりでおります。あ、それを見越してご遠慮なさった?」
見透かされたピエッチェ、苦笑する。
「それで、ギュームさんは? レムシャンさんはこちらの宿で今も働いているようですね?」
「えぇ、おかげさまでこの宿で尽力してくれると言ってくれました――まぁ、その、グレーテとも正式に婚姻いたしました」
「それはおめでとうございます。お二人はご一緒にお住まいで?」
「はい、ギュームさんも一緒です。グレーテに迎えに来させましょう。あれは出産を見越して宿の業務からは外しました。で、代わりに従業員を雇い入れたんです」
宿の主人の言葉にマデルがホッとする。反面クルテは関心がなさそうで、なぜかテーブルを睨みつけている。
いったん席を離れ控室に居た従業員に頼んでから宿の主人が席に戻った。
「すぐに来ると思います。それまでお茶でも差し上げましょう――果物もお持ちしますね」
クルテの果物好きを覚えてくれていたようだ。
「ところで、ギュリューの街の様子が何だか以前と違うように感じるのですが?」
ピエッチェの質問に宿の主人の顔が曇った。
集めた花を座席の空いたところにおいて一本ずつ籠に挿していくが、思ったようにはいかないらしい。
「花屋は慣れているから上手にできるんだよ。同じようにできると思うな――花ってだけで綺麗なんだから、拘らなくてもいいだろ?」
ピエッチェが宥めるが、
「活けかたひとつで豪華にも可憐にも変わる」
クルテは納得できないようだ。
「気に入らないなら、ギュリューでまた買えばいいじゃないか」
「それじゃ間に合わない」
何に間に合わないんだ?
魔鳥が去ったあとは小鳥たちの囀りも戻った。木立を通り過ぎる風は爽やかだが、夏がすぐそこに来ていると知らせている。耳を撫でた春風はクルテの指、柔らかさと暖かさ、そして優しさにピエッチェが春風と感じただけだ。
「そう言えば、魔鳥の魔法は人間相手だけ?」
「そうなのかな? 判らない」
「リュネは温和しいもんだったぞ? 魔鳥を見上げてたけど、驚きもせずじっとしてた」
「リュネの耳は魔法で塞いでおいた。動くなって言ったから動かなかった」
なるほどね。
「リュネはおまえに忠実だな」
「仲良しだから」
「仲良しなのか?」
「カッチーともピエッチェとも仲良くしてって頼んでおいた」
「マデルは?」
「お揃いにした。だから仲良し」
リュネの鬣とクルテ・マデルの髪の編み方はそれぞれ違う。リボンも色違い、それでもお揃いと言えるのか? お揃いにすれば仲がいいってわけでもないぞ。まぁ、いいか。クルテはそう思っている。
リボンの色は、葦毛のリュネは紅、栗色の髪のマデルは深紅、どちらも髪(毛)色を引き立てている。単に好みの問題だとピエッチェ本人は気付いていないが、中でも薄紅色のリボンはクルテの黒髪によく似合うと感じていた。
前方が開けているのが見えてきた。木立もそこから先は途切れているようだ。森が終りに近づいている。
「これでいいか」
クルテが花籠を持ち上げて眺めた。花はすべて活け終わっている。
「綺麗にできてるぞ」
「リュネ、停まって」
ピエッチェには答えないクルテ、リュネはピエッチェの手綱を無視して足を止めた。
「御者は必要ないんじゃないのか?」
愚痴るピエッチェ、クルテは今度も何も答えない。花籠を持って御者台からポンと飛び降りた。
「おい、どこに行く?」
道の端に向かうと花籠を足元に置き周囲を見渡すクルテ、
「あった!」
何かを見つけて藪に踏み込んでいく。心配したピエッチェが御者台から降りて追おうとする。が、何か拾うとクルテはすぐに戻ってきて
「取り返した」
と笑んだ。手にしているのは抜身の剣、柄をピエッチェに向けて差し出してくる。鞘は腰に括り付けたままだ。
「俺の剣?」
間違いない、シャーレジアに譲って貰った剣だ。
「魔鳥が落としていったのかな?」
荷台でマデルが呟くが、カッチーのほうがしっかり見ている。
「ここにあるって知ってたような感じですよ?」
自分の席に乗り込みながらクルテが言った。
「森の女神に頼んだ。花籠と剣を交換しろ」
それは頼みじゃなく命令だ。
「クルテったら、森の女神とも話しができる?」
「マデルさん、驚くのはそこじゃないです。森の女神が実在するってところです」
カッチーとマデルの遣り取りに苦笑いしながらピエッチェが御者台に乗り込んだ。
「花籠一つと交換してくれるとは……この剣、女神はどんだけ安物だと思ったんだろうな?」
手綱を手にするとクルテの声が頭の中で聞こえた。
(御者が居なければ、すれ違う人が不審に思う)
(俺は目眩ましに必要だって?)
(違う、それだけじゃない。手綱を持ってもらえば繋がってるってリュネが思う。安心する)
(だったらおまえが居れば俺じゃなくても、マデルでもカッチーでもいいってことだよな)
(ほかの人じゃダメ――わたしが本心から頼れるのカテロヘブだけ。お願いだから隣に居て)
面白くなさそうな顔で
「行くぞ!」
とピエッチェが手綱を取る。それを見てクルテが微笑む。顔は怒っていても、心の中では満足しているピエッチェをクルテは知っていた。
ギュリューの街は前回来た時となんとなく雰囲気が違う。建物の外壁が色とりどりなのは変わっていない。街並みも同じだ。だが、どこか張り詰めた空気が漂っている気がする。理由はすぐに判った。
「王室魔法使いが視察に来てるんですよ」
宿の受付が声を潜めて言った。
「しかも誰だと思います? なんとラクティメシッスさま、腕利きの魔法使いってだけじゃなく王太子でもあらせられる。なんでこんな田舎街に? 何かあるんじゃないかってみんなビクビクしてるんです」
ビクビクしている本当の理由は脱税だろう、と思うが言わずにいる。旅行客がこの街の秘密を知っているのは都合が悪そうだ。
頼んだのは六人部屋、ベッドが二台の寝室が三つある。四人だが寝室は三つ欲しいと言ったらこの部屋にしろと言われた。割高だが広い居間があるから四人でのんびりできると言う。その部屋ならお茶を無料でサービスすると聞いてクルテが
「お茶菓子もある?」
と確認すると、受付係が
「ありますよ――お茶は受付で言ってくれればいつでもご用意します。お茶菓子は有料だけど、一度だけお好きなものを特別に無料で提供させていただきます。内緒ですよ」
と微笑んだ。
夕食にはまだ早い時刻だ。まずは部屋で休憩しようと、すぐにお茶を持ってきてもらうことにした。お茶菓子はイチゴのケーキを二つ、それとブルーベリーケーキを二つとクルテが決めた。誰も何も言わなかったが思ったことは同じだ。イチゴはマデルとカッチー、ブルーベリーはピエッチェのため、クルテも同じものを食べる。お茶が部屋に運ばれると、クルテがケーキの皿を予測通りに配った。
「それにしても、ラクティメシッスさまは本当にお忙しい。グリュンパの視察が終わったばかりですよね?」
ケーキを頬張ってカッチーが呟く。
「セレンヂュゲに常駐だったんじゃなかったですか?」
「そうね、視察なんて年に二度もあれば多いほう。聖堂の森にギュームを迎えに行ったのだって異例中の異例。何かあったのかしら?」
マデルはケーキのイチゴをフォークで弄びながら物憂げな眼をする。
「会いに行こうか?」
ピエッチェがマデルに尋ねるが、
「忙しくしてる人のところへ行って、『なんでここに?』って訊いて邪魔するの?」
と不貞腐れてマデル答える。気を遣ったつもりのピエッチェ、頭の中でクルテに『ばぁ~か』と嘲笑されてムスッとする。
「夕食はお客が大勢でわいわい喋ってるような店にする」
ピエッチェを蔑んだことなど噯にも出さずクルテが言った。ケーキに乗っていたブルーベリーをピエッチェの皿に移している。
「きっと、何か聞ける」
「そう巧くいくか?」
ムスッとしたままピエッチェが、クルテのブルーベリーを口に入れた――
クルテの予測に反して、そしてピエッチェの予測通り、居酒屋でラクティメシッスの噂は聞けなかった。街人が集まりそうな店を選んだのに無駄だったようだ。
「前回の宿にギュームの所在を訊きに行く。あそこで訊けば何か判る」
クルテはまったく気にしていないようだ。
「レムシャンとグレーテ、巧く行ってるといいけど」
マデルの言葉に
「大丈夫、聖堂の鐘は鳴った、二人は必ず結ばれる」
クルテが太鼓判を押す。
居酒屋に長居は無用と早々に食事を終わらせ、グレーテの父親と兄が営む宿に向かった。
「宿泊客じゃないんだ……宿の主人か、居ればレムシャンを呼んで欲しいんだが?」
受付係は見たことのない顔だった。従業員の入れ替えがあったのか?
「ご用件を伺わなければ、どちらもお呼びできません」
どちらもと言う事は、レムシャンはまだここで働いていると思ってよさそうだ。
「二人とは知り合いなんだ。主人の息子や娘のグレーテ、レムシャンの父親ギュームのことも知っている。ピエッチェが訪ねてきたと言ってくれないか?」
「当宿の主人に子どもはおりません……それにグレーテさんは妹です」
受付係が笑う。
「でも、判りました。すぐにお呼びいたします――スナックサロンでお待ちくださいませ」
どうやらこの短期間に代替わりしたらしい。
言われた通りスナックサロンに席を取る。すぐに給仕係が注文を取りに来るが
「客じゃないんだ、済まない」
と、何もオーダーしなかった。
居心地の悪さに辟易していると見覚えのある若い男が慌ててやってきた。宿の主人の息子――今の主人だ。
「申し訳ありません。受付係はまだ雇って間もなくて……すぐにでも応接室にお移りください。こちらです」
オーダーを取りに来た給仕係もついてきて、蒼褪めた顔で申し訳ありませんでしたと謝っている。
「気にしなくっていいのよ」
マデルの微笑みにホッとした顔をしていた。
厨房を通り抜け、従業員の控室と思しき部屋にある少し立派なドアの中、そこが応接室だった。凝った彫刻が施された、低いが大きなテーブルがデンと置かれ、三人掛けのゆったりしたソファーの対面には一人用のソファーが三つ、両脇にはスツールが一つずつあった。
お掛けくださいと言って、主人が座ったのはスツールだ。三人掛けのソファーにピエッチェとクルテが座り、対面にマデルとカッチーが腰かけた。
「お部屋の方は最上階でよろしいですか?」
にこやかに主人が問う。
「いいえ、すでに宿は決めてあります――今日はギュームさんの居所をお教えいただきたく参上しました」
「なんで他の宿になど! いつでもピエッチェさんたちにはお部屋を提供するつもりでおります。あ、それを見越してご遠慮なさった?」
見透かされたピエッチェ、苦笑する。
「それで、ギュームさんは? レムシャンさんはこちらの宿で今も働いているようですね?」
「えぇ、おかげさまでこの宿で尽力してくれると言ってくれました――まぁ、その、グレーテとも正式に婚姻いたしました」
「それはおめでとうございます。お二人はご一緒にお住まいで?」
「はい、ギュームさんも一緒です。グレーテに迎えに来させましょう。あれは出産を見越して宿の業務からは外しました。で、代わりに従業員を雇い入れたんです」
宿の主人の言葉にマデルがホッとする。反面クルテは関心がなさそうで、なぜかテーブルを睨みつけている。
いったん席を離れ控室に居た従業員に頼んでから宿の主人が席に戻った。
「すぐに来ると思います。それまでお茶でも差し上げましょう――果物もお持ちしますね」
クルテの果物好きを覚えてくれていたようだ。
「ところで、ギュリューの街の様子が何だか以前と違うように感じるのですが?」
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