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6章 待ち過ぎた女
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ギュリューへの道程の三分の二は過ぎただろうか。クルテが突然、
「停まれ」
と低い声で言った。ピエッチェが手綱を捌くまでもなくリュネが足を止める。
バサバサと、鳥が飛び交う羽音はさっきからしていた。御多分に漏れず、この森にも鳥類が多く生息している。羽搏く音をいちいち気にしていても仕方ない。が、聞こえていた囀りが聞こえなくなっている。何かが変わった。
ピエッチェが左手を上げ、耳栓装着準備を合図する。魔鳥が鳴き始めたら即座に耳に差し込めと指示してある。
と、クルテが立ちあがった。キリリと弓を引き、向かってくるものが視界に入ればすぐにでも矢を放てそうだ。
「殺さないんじゃなかったのか?」
小さな声でピエッチェが問う。
「威嚇しないとは言ってない」
緊張を解くことなくクルテが答えた。
囲まれている。見られているのを痛いほど感じる。こちらの隙を窺っている……
「魔鳥、だよな?」
「判り切ったことをなぜ訊く?」
「いったい俺たちの何を狙っている?」
「知るか! ヤツらに訊け」
バサッ! 一羽が枝から枝へと飛んだ。チラリと見えたその影は思ってたより小さい。カラスくらいだ。
「さして大きくないな」
「気が散る! 話しかけるな!」
バサッ! また一羽、別の枝から飛び立って他の枝に移った。魔鳥は次々に、一羽、また一羽と木立を移動しては少しずつ集まってきているようだ。総数はどれほどか? ギギッっと聞こえたのは魔鳥の声か? ピエッチェが耳栓をする。腰を浮かし荷台を見るとマデルが頷いた。それに頷き返し、腰を下ろす。クルテは弓を構えたままで、耳を塞いだ様子はない。コイツは魔物だ。耳栓なんか不要なのだろう。あとでマデルに何か言われたら、魔法で防いだとでも言えばいい。
急なクルテの動き、咄嗟にクルテの視線の先を見ると放たれた矢が狙った先には真っ黒な鳥、矢はギリギリを掠めて魔鳥の後ろに消えた。
「カラス!?」
ピエッチェの口を突いて出た疑問、耳栓越しの自分の声はヘンにくぐもって響く。イヤ、耳の中で聞こえているのか?
次の矢をクルテが放つ。真後ろだ。今度も当たらない。威嚇だからわざと当てないのか? 矢は魔鳥を掠めると今度も消えた。向こうに飛んでいったのではなく、文字通り消えている。いつもと違って、過ぎた先で旋回して戻ってはこない。
また別の枝から魔鳥が姿を現した。今度は一羽ではなく二羽三羽と次々に数を増やしている。クルテも次々に矢を放つが追いつくか? 深くは考えず、ピエッチェが剣に手を伸ばす。
(抜くな!)
クルテの怒鳴り声がピエッチェの頭で轟く。
(抜くな! 森の女神の従者を傷つけるな!)
殴られたような頭痛、それを堪えて、
(だからって、どうする? おまえ一人じゃ手に負えないだろ?)
頭の中で話しかけるが、矢を射るのに忙しいクルテからの返答はない。頭上にはあっという間に無数の魔鳥、輪を描くように飛び回っている。
きっとギギッと奇声を上げているのだろうがピエッチェには聞こえない。様子に変化がないところを見るとクルテはやはり魔鳥の魔法に影響されないようだ。
しかし、魔鳥? 普通のカラスとどう違う? どう見たってただのカラス、まぁ、カラスなら鳴き声はカァカァか。他に違いは?
魔鳥たちを見上げながらピエッチェが思う。森の女神の従者とクルテは言った。事前の説明では女神が自分を守らせるため鳥を魔物にしたとも言っていた。こいつら、もとはただのカラスか?
傷つけるなとクルテが言ったのは、森の女神への義理立てなんだろう。クルテを生み出したのも森の女神、いわば仲間みたいなもんか? 各森に居ると言う女神はどんな関係なんだろう? ひょっとしたら親戚なのか? だとしたら、親戚の家臣を傷つけるわけに行かないクルテの心情は理解できる。
ピエッチェの視界に矢ではなく弓が飛び込んできた。クルテが弓を投げたのだ。
(どうした?)
(矢が尽きた)
(これ以上髪を抜くとハゲるってこと?)
(カテロヘブの馬鹿!)
クルテが投げた弓が一羽の魔鳥にぶつかり跳ね返る。クルクルと旋回するように落下する弓を他の魔鳥が足で掴んだ。耳栓のせいで聞こえないが、弓を掴んだ魔鳥がグワグワと何か叫んでいるようだ。
「なにっ!?」
周囲の魔鳥がクルテの弓を中心に群がっていく。蟻に集られた飴玉のように、弓はすぐさま見えなくる。群がった魔鳥は一塊と化していき、やがてゆっくりと地に降りたった。
「合体? 一羽に変化した?」
遠く聞こえる自分の声は夢の中みたいだ。
人間の三倍はありそうな巨大な鳥が立っている。鶏をでっぷりさせたようなフォルム、羽根は相変わらず黒いがガッチリした足と太い首、カラスにはない赤い鶏冠と肉垂は雄鶏そのものだ。 鶏もどきの巨大な魔鳥は空を仰ぎ、細く短い嘴を小さく開けている。嘴の下の赤い肉垂がヒクヒク動いているところを見ると鳴いているに違いない。きっと、時を告げるような鳴き声を上げているのだろう。
呆気にとられているピエッチェの剣を、クルテがサッと抜き取った。
「クルテ! 何をする気だ!?」
止める間もなくクルテが御者台から飛び降りる。打ち合わせにないその動きと、剣を奪われた不覚に動揺したピエッチェはすぐには動けない。クルテは剣を掲げ、魔鳥に向かって駆けていく。
「クルテ、待て!」
追おうとして立ち上がったが、手綱を持ったままだ。慌てて放そうとするがなぜか手綱がこんがらがっていて手間取ってしまう。魔鳥の足元に辿り着いたクルテがサッと剣を横に振った。
切っ先は本体に届いていない。宙を舞うのは切り離された羽毛、ひらひらフワフワと散っていく。魔鳥が頭を下に向けクルテを見た。クルテが何か言っている。そのクルテに向かって魔鳥が嘴を振り下ろした!
「クルテ!」
ピエッチェの叫びはクルテに届いているか? 思い切り横に飛んで回避したクルテ、勢い余って膝をつく。舌打ちしたようだ。が、すぐさま立ち上がり、魔鳥に向かって再び叫んだ。いったい何が起きている? クルテはなんて言っている? ピエッチェが耳栓に手を伸ばす。
(馬鹿っ! 耳栓を外すんじゃない!)
頭に響くクルテの声、
(すぐ行くから俺と代われ)
手綱の絡みを解きながらピエッチェが応答する。
(おまえは動くな、わたしに任せろ)
(任せておけるか! 相手は隙だらけ、なのにおまえは表面を掠めただけ、本体は無傷だぞ)
(わざとだ。言っただろう、傷をつけないって)
(本当にわざとなのか?)
ツンツンと地面を啄むようにクルテを追う魔鳥、クルテは走り回って逃げている。このままでは疲れがクルテの動きを鈍らせ、魔鳥の餌食になるだろう。剣を振り回してはいるものの羽根にすら届かない。キラキラと木漏れ日に刃が光る。
手綱はなかなか解けない。右手を解放しているうちに左手に絡んでいる。クルテからも目が離せない。それで巧くいかないのか? それとも魔鳥の魔法による幻覚か? 鳴き声は聞こえていないが影響されてしまっている? あるいは……まさかクルテの魔法?
焦れるばかりのピエッチェが
「あっ!」
と息を飲む。とうとうクルテが捕まった? いや、嘴はクルテの足元の地面に刺さっている。すかさずクルテが魔鳥の首にしがみついた。
頭を上げる魔鳥、クルテは魔鳥の首に跨って鶏冠に抱き着いている。それでも剣は放していない。いいぞ、クルテ! その剣で魔鳥の首を斬り落とせ!
ところがクルテ、抱き着いた鶏冠から前に身を乗り出すように剣を魔鳥の目の前でフラフラさせるだけだ。魔鳥が忙しなく首を振るのはクルテを振り落とすためではなく、剣の動きにつられてか? 陽光を受けてキラキラ光る抜き身の剣、さぞや目障りなことだろう――違う、魔鳥は剣を欲しがっている?
『魔鳥が欲しいのは人間の持ち物、女神への捧げもの――中でも光るものが好き』
でも、だからってどうする気だ、クルテ? いつまでも魔鳥と遊んでなんかいられないぞ? いずれ振り落とされる。鋭い嘴でズタズタにされたらどうする? 鉤爪で身体を抑え込まれ、腕を捥がれ首を引き抜かれ、目玉を――俺を真直ぐに見詰める深緑色の美しい瞳を、魔鳥なんかに奪わせるもんか!
「クルテ! クルテ、もういい、魔鳥は助けられない!」
ピエッチェが叫ぶ。森の女神への遠慮なんかしていられるか! くそっ! 手綱なんか切っちまうか? でも切ろうにも刃物がない。剣はクルテが持っている。そうだ!
「クルテ! 剣を俺に寄越せ、俺に向かって投げろ!」
魔鳥は剣を追ってこっちに来るはずだ。それを俺が迎え撃つ。手綱が絡んでいないほうの手で剣を受け取り、それでヤツの首を斬り落とす。クルテには無理でも、俺にならできる!
クルテがチラリとピエッチェを見た。そしてニヤリと笑った。
(剣は必ず取り返す)
(えっ!?)
(雷のシャーレジアの剣、今のおまえにあれ以上の剣はない)
(いや、取り返すって?)
応えより早く、剣は高く飛んでいった。クルテが空に向かって投げたのだ。魔鳥は翼を広げ、それを追う。クルテは魔鳥の首にしがみついたままだ。
「クルテーーっ!!!」
ピエッチェが叫ぶ。荷台でマデルとカッチーが立ち上がった。ピエッチェの手首から手綱は外れてくれない。剣は上へ上へと向かう。それを追う魔鳥も上昇していく。勢いは止まらないまま木の高さを超えそうだ。
「なっ!」
木立を超えた途端、剣が輝いた。木漏れ日ではなくまともに陽の光を受けたか? その輝きは木漏れ日を掻き消し、ピエッチェたちの周囲をも白い光で満ち溢れさせた。余りの眩しさに思わず目を閉じ、掌で避ける。が、それも一瞬だ。
光が消えた気配、すぐに頭上を見るが魔鳥も剣もクルテも見えない。
「……クルテ?」
ピエッチェの声は溜息か呟きか囁きか? 茫然とするピエッチェがふと横を見る。耳元にまるで春風が吹いたような感触、何かが触れたような気がした。
「あ……?」
春風がピエッチェの耳栓を取った。
「クルテ?」
「ほかの誰かのほうが良かったのか?」
クスッと笑ってクルテが御者台から降りる。続いて降りようとするピエッチェ、手綱を外そうとするが既に手に手綱はない。
マデルが
「クルテ!」
と叫び、慌てて荷台から降りようとする。カッチーが慌ててそれに手を貸した。
「あんた、魔鳥に連れて行かれたんじゃ!?」
クルテに駆け寄ったマデルが叫ぶ。
「えっ? ずっと御者台で矢を射っていたけど?」
クルテが笑う。そして周囲を歩き回る。
「花籠の花を矢に使った。拾い集めるのを手伝って」
「花を矢に?」
「鳥さんを傷つけたくなかった」
「鳥さんって、あんた……」
泣き笑いのマデル、カッチーはすぐに動いてあちこちに落ちている花を拾い始めた。
クルテは魔鳥が飛び去ったことや剣を囮に使ったことを隠したいらしい――だが、剣は? どうやって取り返す?
「停まれ」
と低い声で言った。ピエッチェが手綱を捌くまでもなくリュネが足を止める。
バサバサと、鳥が飛び交う羽音はさっきからしていた。御多分に漏れず、この森にも鳥類が多く生息している。羽搏く音をいちいち気にしていても仕方ない。が、聞こえていた囀りが聞こえなくなっている。何かが変わった。
ピエッチェが左手を上げ、耳栓装着準備を合図する。魔鳥が鳴き始めたら即座に耳に差し込めと指示してある。
と、クルテが立ちあがった。キリリと弓を引き、向かってくるものが視界に入ればすぐにでも矢を放てそうだ。
「殺さないんじゃなかったのか?」
小さな声でピエッチェが問う。
「威嚇しないとは言ってない」
緊張を解くことなくクルテが答えた。
囲まれている。見られているのを痛いほど感じる。こちらの隙を窺っている……
「魔鳥、だよな?」
「判り切ったことをなぜ訊く?」
「いったい俺たちの何を狙っている?」
「知るか! ヤツらに訊け」
バサッ! 一羽が枝から枝へと飛んだ。チラリと見えたその影は思ってたより小さい。カラスくらいだ。
「さして大きくないな」
「気が散る! 話しかけるな!」
バサッ! また一羽、別の枝から飛び立って他の枝に移った。魔鳥は次々に、一羽、また一羽と木立を移動しては少しずつ集まってきているようだ。総数はどれほどか? ギギッっと聞こえたのは魔鳥の声か? ピエッチェが耳栓をする。腰を浮かし荷台を見るとマデルが頷いた。それに頷き返し、腰を下ろす。クルテは弓を構えたままで、耳を塞いだ様子はない。コイツは魔物だ。耳栓なんか不要なのだろう。あとでマデルに何か言われたら、魔法で防いだとでも言えばいい。
急なクルテの動き、咄嗟にクルテの視線の先を見ると放たれた矢が狙った先には真っ黒な鳥、矢はギリギリを掠めて魔鳥の後ろに消えた。
「カラス!?」
ピエッチェの口を突いて出た疑問、耳栓越しの自分の声はヘンにくぐもって響く。イヤ、耳の中で聞こえているのか?
次の矢をクルテが放つ。真後ろだ。今度も当たらない。威嚇だからわざと当てないのか? 矢は魔鳥を掠めると今度も消えた。向こうに飛んでいったのではなく、文字通り消えている。いつもと違って、過ぎた先で旋回して戻ってはこない。
また別の枝から魔鳥が姿を現した。今度は一羽ではなく二羽三羽と次々に数を増やしている。クルテも次々に矢を放つが追いつくか? 深くは考えず、ピエッチェが剣に手を伸ばす。
(抜くな!)
クルテの怒鳴り声がピエッチェの頭で轟く。
(抜くな! 森の女神の従者を傷つけるな!)
殴られたような頭痛、それを堪えて、
(だからって、どうする? おまえ一人じゃ手に負えないだろ?)
頭の中で話しかけるが、矢を射るのに忙しいクルテからの返答はない。頭上にはあっという間に無数の魔鳥、輪を描くように飛び回っている。
きっとギギッと奇声を上げているのだろうがピエッチェには聞こえない。様子に変化がないところを見るとクルテはやはり魔鳥の魔法に影響されないようだ。
しかし、魔鳥? 普通のカラスとどう違う? どう見たってただのカラス、まぁ、カラスなら鳴き声はカァカァか。他に違いは?
魔鳥たちを見上げながらピエッチェが思う。森の女神の従者とクルテは言った。事前の説明では女神が自分を守らせるため鳥を魔物にしたとも言っていた。こいつら、もとはただのカラスか?
傷つけるなとクルテが言ったのは、森の女神への義理立てなんだろう。クルテを生み出したのも森の女神、いわば仲間みたいなもんか? 各森に居ると言う女神はどんな関係なんだろう? ひょっとしたら親戚なのか? だとしたら、親戚の家臣を傷つけるわけに行かないクルテの心情は理解できる。
ピエッチェの視界に矢ではなく弓が飛び込んできた。クルテが弓を投げたのだ。
(どうした?)
(矢が尽きた)
(これ以上髪を抜くとハゲるってこと?)
(カテロヘブの馬鹿!)
クルテが投げた弓が一羽の魔鳥にぶつかり跳ね返る。クルクルと旋回するように落下する弓を他の魔鳥が足で掴んだ。耳栓のせいで聞こえないが、弓を掴んだ魔鳥がグワグワと何か叫んでいるようだ。
「なにっ!?」
周囲の魔鳥がクルテの弓を中心に群がっていく。蟻に集られた飴玉のように、弓はすぐさま見えなくる。群がった魔鳥は一塊と化していき、やがてゆっくりと地に降りたった。
「合体? 一羽に変化した?」
遠く聞こえる自分の声は夢の中みたいだ。
人間の三倍はありそうな巨大な鳥が立っている。鶏をでっぷりさせたようなフォルム、羽根は相変わらず黒いがガッチリした足と太い首、カラスにはない赤い鶏冠と肉垂は雄鶏そのものだ。 鶏もどきの巨大な魔鳥は空を仰ぎ、細く短い嘴を小さく開けている。嘴の下の赤い肉垂がヒクヒク動いているところを見ると鳴いているに違いない。きっと、時を告げるような鳴き声を上げているのだろう。
呆気にとられているピエッチェの剣を、クルテがサッと抜き取った。
「クルテ! 何をする気だ!?」
止める間もなくクルテが御者台から飛び降りる。打ち合わせにないその動きと、剣を奪われた不覚に動揺したピエッチェはすぐには動けない。クルテは剣を掲げ、魔鳥に向かって駆けていく。
「クルテ、待て!」
追おうとして立ち上がったが、手綱を持ったままだ。慌てて放そうとするがなぜか手綱がこんがらがっていて手間取ってしまう。魔鳥の足元に辿り着いたクルテがサッと剣を横に振った。
切っ先は本体に届いていない。宙を舞うのは切り離された羽毛、ひらひらフワフワと散っていく。魔鳥が頭を下に向けクルテを見た。クルテが何か言っている。そのクルテに向かって魔鳥が嘴を振り下ろした!
「クルテ!」
ピエッチェの叫びはクルテに届いているか? 思い切り横に飛んで回避したクルテ、勢い余って膝をつく。舌打ちしたようだ。が、すぐさま立ち上がり、魔鳥に向かって再び叫んだ。いったい何が起きている? クルテはなんて言っている? ピエッチェが耳栓に手を伸ばす。
(馬鹿っ! 耳栓を外すんじゃない!)
頭に響くクルテの声、
(すぐ行くから俺と代われ)
手綱の絡みを解きながらピエッチェが応答する。
(おまえは動くな、わたしに任せろ)
(任せておけるか! 相手は隙だらけ、なのにおまえは表面を掠めただけ、本体は無傷だぞ)
(わざとだ。言っただろう、傷をつけないって)
(本当にわざとなのか?)
ツンツンと地面を啄むようにクルテを追う魔鳥、クルテは走り回って逃げている。このままでは疲れがクルテの動きを鈍らせ、魔鳥の餌食になるだろう。剣を振り回してはいるものの羽根にすら届かない。キラキラと木漏れ日に刃が光る。
手綱はなかなか解けない。右手を解放しているうちに左手に絡んでいる。クルテからも目が離せない。それで巧くいかないのか? それとも魔鳥の魔法による幻覚か? 鳴き声は聞こえていないが影響されてしまっている? あるいは……まさかクルテの魔法?
焦れるばかりのピエッチェが
「あっ!」
と息を飲む。とうとうクルテが捕まった? いや、嘴はクルテの足元の地面に刺さっている。すかさずクルテが魔鳥の首にしがみついた。
頭を上げる魔鳥、クルテは魔鳥の首に跨って鶏冠に抱き着いている。それでも剣は放していない。いいぞ、クルテ! その剣で魔鳥の首を斬り落とせ!
ところがクルテ、抱き着いた鶏冠から前に身を乗り出すように剣を魔鳥の目の前でフラフラさせるだけだ。魔鳥が忙しなく首を振るのはクルテを振り落とすためではなく、剣の動きにつられてか? 陽光を受けてキラキラ光る抜き身の剣、さぞや目障りなことだろう――違う、魔鳥は剣を欲しがっている?
『魔鳥が欲しいのは人間の持ち物、女神への捧げもの――中でも光るものが好き』
でも、だからってどうする気だ、クルテ? いつまでも魔鳥と遊んでなんかいられないぞ? いずれ振り落とされる。鋭い嘴でズタズタにされたらどうする? 鉤爪で身体を抑え込まれ、腕を捥がれ首を引き抜かれ、目玉を――俺を真直ぐに見詰める深緑色の美しい瞳を、魔鳥なんかに奪わせるもんか!
「クルテ! クルテ、もういい、魔鳥は助けられない!」
ピエッチェが叫ぶ。森の女神への遠慮なんかしていられるか! くそっ! 手綱なんか切っちまうか? でも切ろうにも刃物がない。剣はクルテが持っている。そうだ!
「クルテ! 剣を俺に寄越せ、俺に向かって投げろ!」
魔鳥は剣を追ってこっちに来るはずだ。それを俺が迎え撃つ。手綱が絡んでいないほうの手で剣を受け取り、それでヤツの首を斬り落とす。クルテには無理でも、俺にならできる!
クルテがチラリとピエッチェを見た。そしてニヤリと笑った。
(剣は必ず取り返す)
(えっ!?)
(雷のシャーレジアの剣、今のおまえにあれ以上の剣はない)
(いや、取り返すって?)
応えより早く、剣は高く飛んでいった。クルテが空に向かって投げたのだ。魔鳥は翼を広げ、それを追う。クルテは魔鳥の首にしがみついたままだ。
「クルテーーっ!!!」
ピエッチェが叫ぶ。荷台でマデルとカッチーが立ち上がった。ピエッチェの手首から手綱は外れてくれない。剣は上へ上へと向かう。それを追う魔鳥も上昇していく。勢いは止まらないまま木の高さを超えそうだ。
「なっ!」
木立を超えた途端、剣が輝いた。木漏れ日ではなくまともに陽の光を受けたか? その輝きは木漏れ日を掻き消し、ピエッチェたちの周囲をも白い光で満ち溢れさせた。余りの眩しさに思わず目を閉じ、掌で避ける。が、それも一瞬だ。
光が消えた気配、すぐに頭上を見るが魔鳥も剣もクルテも見えない。
「……クルテ?」
ピエッチェの声は溜息か呟きか囁きか? 茫然とするピエッチェがふと横を見る。耳元にまるで春風が吹いたような感触、何かが触れたような気がした。
「あ……?」
春風がピエッチェの耳栓を取った。
「クルテ?」
「ほかの誰かのほうが良かったのか?」
クスッと笑ってクルテが御者台から降りる。続いて降りようとするピエッチェ、手綱を外そうとするが既に手に手綱はない。
マデルが
「クルテ!」
と叫び、慌てて荷台から降りようとする。カッチーが慌ててそれに手を貸した。
「あんた、魔鳥に連れて行かれたんじゃ!?」
クルテに駆け寄ったマデルが叫ぶ。
「えっ? ずっと御者台で矢を射っていたけど?」
クルテが笑う。そして周囲を歩き回る。
「花籠の花を矢に使った。拾い集めるのを手伝って」
「花を矢に?」
「鳥さんを傷つけたくなかった」
「鳥さんって、あんた……」
泣き笑いのマデル、カッチーはすぐに動いてあちこちに落ちている花を拾い始めた。
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