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7章 絡みつく視線
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「無駄なことはやめろ」
舌打ちしたピエッチェがシミジミ面倒そうに言う。
「あんたらが何人がかりで来ようが、俺を倒せやしない」
対する男、動じないピエッチェに動じたようだ。おそらくこの男が男たちのリーダーだ。しかし、虚勢を張っているだけの善良な街人、刃傷沙汰に慣れているはずもない。
「なにぉお? ふざけんな! そっちこそ、なんで俺たちの邪魔をする? 関係ないんだからすっこんでろ!」
声は大きいが及び腰だ。
コイツは頼まれて来ただけだ。この騒動の首謀者じゃない。少し脅せば依頼人の名を吐くか? なんて考えながらピエッチェが気にするのは、リーダーの後ろに控えた男たち、図体がデカいうえ面構えも重苦しいのが揃っている。
リーダーの男か首謀者に、頼まれたか金で雇われたかしたんだろう。指示があればいつでもやってやるぞ、そんな顔でピエッチェを見ている。が、まだ剣は抜いていない。アイツらに抜かせたらチョイと厄介そうだ。
「関係ないと、なぜ思う? 親戚かも知れないじゃないか」
「親戚だと? 親戚なのか?」
「そうじゃないとは言い切れないだろうって言ったんだ」
「ふん! 親戚だったら、あの夫婦とおんなじ目に遭わせてやろうじゃないか。身包み剥いで街から追い出してやる」
「なんだ、おまえたち、盗人か?」
「なんだとっ!?」
「理由もなく他人の物を奪うヤツを盗人って言う。そんなことも知らないのか?」
「理由ならあるとも!」
「へぇ、どんな理由だ?」
「そ、それは……それはなんだ、一言じゃ言えないような深い理由だ」
ピエッチェの背後でクスッと笑ったクルテ、ピエッチェの頭の中でこっそり言った。
(コイツ、命じられてここに来てるだけだ。引き出せる情報は首謀者のことだけ)
(もう読み取り済みじゃないのか?)
(それが……ピエッチェに気を取られて、その方面のことを考えてくれない)
もっと巧く話を持って行けってことか。
「一言じゃあ言えない理由ねぇ……おまえさ、本当はなんでこの店を襲うのか、聞いてないんだろ?」
「な、なにをぉ!?」
「誰に命じられたか知らないが、ソイツ、おまえを信用しちゃいないってことだ。だから理由を聞かせてくれなかった」
「ち、違うっ! そんなはずがあるもんか。この店を取り戻せたら、俺に任せてくれるって言ったんだ!」
「へぇ、なるほどね。でも、こんな方法で取り戻していいのか? 向こうだって懸命に貯めた金でここを買い、店の調度を整え、やっとの思いで自分の店を持ったんだ。それを考えたら可哀想だぞ?」
「そりゃあ、そうかもしれないが」
「おまえだって自分の店を持ちたいんだろう? だったらあの夫婦の気持ちだって判るんじゃないのか? こんな方法で取り上げた店で自分の夢を果たせるのかい?」
「うーーーん……」
リーダーの男が考え込んでしまった。さて、何を考えているんだろう? クルテは何も言って来ない。
「おい、いい加減にしろ」
太い声で言ったのはリーダーの後ろに控えていた男の一人だ。
「そいつは時間稼ぎをしているだけだと判らないのか? さっき、小僧っ子が駆け出して行ったぞ」
男の言葉にリーダーがギョッとする
「へっ?」
「警備兵を呼ばれたら面倒だ。やるならさっさとやったほうがいい」
やっぱりこの男のほうが厄介だ。しっかりこちらの動きを把握している。そして同様の男が五人、その五人の男の首領がコイツだ。
グリュンパからギュリューまで森を抜けるには護衛を雇うと聞いた。きっとこの五人はその護衛を請け負っている輩だ。いつも魔物を相手にしているんだ、人間相手なら赤子の手を捻るようなもんだと気安く引き受けたんだろう。
「なんの、あんたたちがいるんだ。他は頼りにならないが、あんたらならあんな男の一人くらいすぐに片付けてくれるんだろ?」
五人以外はどれもリーダーと変わらない街人が、リーダーを入れて六人だ。すでにビビってピエッチェからなるべく遠くに退いている。
「すぐに片付けるのは無理そうだ。アイツ、相当な手練れだ」
「そんな……」
蒼褪めるリーダーを男が軽く笑う。
「なに、時間が掛かるってだけだ。必ず仕留めてやる。だから早いとこ始めろ」
「しかし、中にはまだ客がいる。無関係の客を巻き込むなって言われてるんだ」
「あの二人か……いったいどんだけノンビリ飯食ってやがる?」
男がチラリと店の窓へと目を向ける。今日はレースのカーテンが掛けられて、中の様子を見ることはできない。
すぐさまクルテの声が頭の中で聞こえてくる。
(無理やり夫婦を店から追い出すところを誰にも見られたくないらしい。目撃者がギュリューじゃなくてセレンヂュゲに訴えないか、首謀者が気にしてる)
(それ、客じゃなくてもいいだろ? 夫婦が直接訴えれば同じことだぞ?)
(訴えが夫婦からなら、店を失った夫婦が言い掛かりをつけたって訴え返すつもりなんだよ)
なるほど。
できることなら警備兵が来るまで討ち合いになりたくない。討ち合いになった流れで店に乱入されれば、どうしたって被害が出る。カッチーは首尾よく警備兵をここに来させることができるだろうか? たかが小競り合いに出張っていけない、ラクティメシッス捜索に忙しいと言われてないだろうか? 一番いいのは捜索隊が通りがかってくれることだが、そう都合よく行くはずもない。
「よし、こうしよう!」
野太い声の男がリーダーから目を逸らしピエッチェを見た。が、話しの相手はリーダーだ。
「店の前で喧嘩騒ぎを起こせば、食事どころじゃなくなって客も逃げていく。先にコイツからやっちまえばいい」
ゆっくりピエッチェに近付きながら男が剣に手を伸ばす。待ってましたとばかりに、男の手下も動き出した。
「待てっ!」
五人の男に向かってピエッチェが声を張り上げる。
「俺たちはこの店で食事をしたいだけだ。ここを通してくれ、食事が終わるまで待ってくれればそれでいい」
男が言う通り、ここで騒ぎになればラクティメシッスとマデルが出てくる。場合によってはこいつら、厳しく罰せられるかもしれない。が、それだと首謀者は知らぬ存ぜぬを押し通し、お咎めなしだ。どれくらい店の事情をマデルは話しただろう?
「なんだ、怖じ気づいたか? 思ったよりも不甲斐ないヤツだ……久しぶりに人間相手にいい運動になるかと思ったが、見込み違いか?」
男がピエッチェを嘲笑う。
「飯なら他で食え。今すぐ消えれば見逃してやるよ」
舌打ちしたピエッチェ、見逃してやるのはこっちなのにと思うが言うわけにもいかない。
「今夜はどうしてもこの店で食う。そう決めてるんだ」
こうなったらやけくそだ。笑いたきゃ笑え。
「俺は梃子でもここを動かないぞ!」
「なんだ、コイツ? いかれてやがる――だったら痛い思いをして貰おうか?」
男がとうとう剣を抜いた。と……
ヒュン! 男が踏み出そうとした足下に飛んできたのは一本の矢、ピエッチェの後ろからだ。
「なにっ!?」
思わず足を止めて男がピエッチェの肩越しにクルテを見た。ピエッチェも首だけ回してチラリとクルテを見る。
「近づくな。一歩でも前に出てみろ、今度は心臓を射抜く」
クルテの凛とした声が夜の闇に響いた。
「わたしは外したことがない……さぁ、どうする?」
ちょっと待て、と思うのは敵ではなくピエッチェだ。
(おまえ、心臓を射抜くって、やりすぎだ)
(ビビッて逃げてくれるかもって思った)
それにいつの間に弓を? って、これは聞くまでもないか。
ところが相手はビビるどころか笑い出した。
「なんだ、おまえ、女か? 勇ましいこった」
声を聞いて女だと判断したんだろう。
「女に守られるとは、ますます情けない……俺はなっ! 女は守るもんだと思ってるんだ。女に守って貰うような根性なしの男は、虫唾が走るほど大嫌いなんだよっ!」
「くそっ! ピエッチェ、抜け!」
弓を捨てたクルテが叫ぶ。自分も剣を抜いたのだろう、シュルンと金属が擦れる音がした。さすがにこの近距離では矢は不利だ。ビビらせもできなかった。
サッと抜いた剣を構えることなく男の剣を受けたピエッチェ、ガツッと鈍い音がして目の前で火花が散った。男の剣をしっかり捕えている。
「なんだ、使えるんじゃねぇか」
男がピエッチェを睨みつけて言った――
店内では窓際の席に座ったマデルがカーテンの隙間から、そっと外の様子を窺っていた。
「始まったのかい?」
ゆったりとティーカップを傾けて、微笑んだのはラクティメシッスだ。
食事なんかとっくに終わっている。店の隅ではオーナー夫婦が怯えた様子で佇んでいる。
「はい、予測通りです」
マデルがカーテンをしっかり閉めてから答えた。
「予測通り?」
ラクティメシッスが面白そうに笑う。
「あなたの予測は、わたしを探して捜索隊が来るというものだったね」
「えぇ、だから、わたしのではなく……あなたの予測通り、と言う事です」
互いに名を呼ばず『あなた』と言おうと約束していた。気恥ずかしさにマデルが口籠る。
ラクティメシッスから貰った魔法の鏡で概要は既に伝えてある。
『身分を隠して出かけるのは久しぶりだね。子どものころ以来だ』
すぐその気になったラクティメシッス、
『目的はともかく、マデリエンテとデートだなんて嬉しいな』
ニコニコとご機嫌だ。
『ラクティメシッスさま、遊びに行くわけじゃありません』
『判っています。でもね、マデル、どうせなら楽しんだほうがいい。何をやるにも楽しんで、それで目的も果たせればいいと思いませんか?』
『それはそうかもしれませんが……』
『そうとなったら早く会いたい。これからその店に行きましょう』
おっとりしているのかセッカチなのか、ラクティメシッスに急かされて店の中で待ち合わせた。
先に来ていたラクティメシッス、マデルが遅くなったことを詫びる間を与えず、
『わたしの想い人は今夜も美しい……』
と給仕係がいるのもお構いなしに大袈裟に賛美する。しかも、微笑む給仕係に向かって、
『さっき言った通り、今夜こそ、色よい返事を貰いたいんです。心が酔いしれるような美味しい料理、期待してますからね』
と言い出した。給仕係も心得たもので
『かしこまりました』
と厨房に引っ込んでしまった。
『ラク……あなた、いったい何を言ったの?』
『うん? お店にってことでしょうか? あなたに頼まれたことが巧く行くようにいろいろと言いましたよ?』
『いろいろ、って?』
『プロポーズにウンと言って貰えるような料理をって頼みました』
『あの……わたし、お料理次第でオーケーしちゃうって思われてるんですか?』
ラクティメシッスがクスッと笑う。
『そうは思ってませんよ。でも、切っ掛けは必要なんじゃありませんか?』
そしてマデルの手を握った。
『目的を果たすため、あなたははいとしか答えられない。そうですよね?』
舌打ちしたピエッチェがシミジミ面倒そうに言う。
「あんたらが何人がかりで来ようが、俺を倒せやしない」
対する男、動じないピエッチェに動じたようだ。おそらくこの男が男たちのリーダーだ。しかし、虚勢を張っているだけの善良な街人、刃傷沙汰に慣れているはずもない。
「なにぉお? ふざけんな! そっちこそ、なんで俺たちの邪魔をする? 関係ないんだからすっこんでろ!」
声は大きいが及び腰だ。
コイツは頼まれて来ただけだ。この騒動の首謀者じゃない。少し脅せば依頼人の名を吐くか? なんて考えながらピエッチェが気にするのは、リーダーの後ろに控えた男たち、図体がデカいうえ面構えも重苦しいのが揃っている。
リーダーの男か首謀者に、頼まれたか金で雇われたかしたんだろう。指示があればいつでもやってやるぞ、そんな顔でピエッチェを見ている。が、まだ剣は抜いていない。アイツらに抜かせたらチョイと厄介そうだ。
「関係ないと、なぜ思う? 親戚かも知れないじゃないか」
「親戚だと? 親戚なのか?」
「そうじゃないとは言い切れないだろうって言ったんだ」
「ふん! 親戚だったら、あの夫婦とおんなじ目に遭わせてやろうじゃないか。身包み剥いで街から追い出してやる」
「なんだ、おまえたち、盗人か?」
「なんだとっ!?」
「理由もなく他人の物を奪うヤツを盗人って言う。そんなことも知らないのか?」
「理由ならあるとも!」
「へぇ、どんな理由だ?」
「そ、それは……それはなんだ、一言じゃ言えないような深い理由だ」
ピエッチェの背後でクスッと笑ったクルテ、ピエッチェの頭の中でこっそり言った。
(コイツ、命じられてここに来てるだけだ。引き出せる情報は首謀者のことだけ)
(もう読み取り済みじゃないのか?)
(それが……ピエッチェに気を取られて、その方面のことを考えてくれない)
もっと巧く話を持って行けってことか。
「一言じゃあ言えない理由ねぇ……おまえさ、本当はなんでこの店を襲うのか、聞いてないんだろ?」
「な、なにをぉ!?」
「誰に命じられたか知らないが、ソイツ、おまえを信用しちゃいないってことだ。だから理由を聞かせてくれなかった」
「ち、違うっ! そんなはずがあるもんか。この店を取り戻せたら、俺に任せてくれるって言ったんだ!」
「へぇ、なるほどね。でも、こんな方法で取り戻していいのか? 向こうだって懸命に貯めた金でここを買い、店の調度を整え、やっとの思いで自分の店を持ったんだ。それを考えたら可哀想だぞ?」
「そりゃあ、そうかもしれないが」
「おまえだって自分の店を持ちたいんだろう? だったらあの夫婦の気持ちだって判るんじゃないのか? こんな方法で取り上げた店で自分の夢を果たせるのかい?」
「うーーーん……」
リーダーの男が考え込んでしまった。さて、何を考えているんだろう? クルテは何も言って来ない。
「おい、いい加減にしろ」
太い声で言ったのはリーダーの後ろに控えていた男の一人だ。
「そいつは時間稼ぎをしているだけだと判らないのか? さっき、小僧っ子が駆け出して行ったぞ」
男の言葉にリーダーがギョッとする
「へっ?」
「警備兵を呼ばれたら面倒だ。やるならさっさとやったほうがいい」
やっぱりこの男のほうが厄介だ。しっかりこちらの動きを把握している。そして同様の男が五人、その五人の男の首領がコイツだ。
グリュンパからギュリューまで森を抜けるには護衛を雇うと聞いた。きっとこの五人はその護衛を請け負っている輩だ。いつも魔物を相手にしているんだ、人間相手なら赤子の手を捻るようなもんだと気安く引き受けたんだろう。
「なんの、あんたたちがいるんだ。他は頼りにならないが、あんたらならあんな男の一人くらいすぐに片付けてくれるんだろ?」
五人以外はどれもリーダーと変わらない街人が、リーダーを入れて六人だ。すでにビビってピエッチェからなるべく遠くに退いている。
「すぐに片付けるのは無理そうだ。アイツ、相当な手練れだ」
「そんな……」
蒼褪めるリーダーを男が軽く笑う。
「なに、時間が掛かるってだけだ。必ず仕留めてやる。だから早いとこ始めろ」
「しかし、中にはまだ客がいる。無関係の客を巻き込むなって言われてるんだ」
「あの二人か……いったいどんだけノンビリ飯食ってやがる?」
男がチラリと店の窓へと目を向ける。今日はレースのカーテンが掛けられて、中の様子を見ることはできない。
すぐさまクルテの声が頭の中で聞こえてくる。
(無理やり夫婦を店から追い出すところを誰にも見られたくないらしい。目撃者がギュリューじゃなくてセレンヂュゲに訴えないか、首謀者が気にしてる)
(それ、客じゃなくてもいいだろ? 夫婦が直接訴えれば同じことだぞ?)
(訴えが夫婦からなら、店を失った夫婦が言い掛かりをつけたって訴え返すつもりなんだよ)
なるほど。
できることなら警備兵が来るまで討ち合いになりたくない。討ち合いになった流れで店に乱入されれば、どうしたって被害が出る。カッチーは首尾よく警備兵をここに来させることができるだろうか? たかが小競り合いに出張っていけない、ラクティメシッス捜索に忙しいと言われてないだろうか? 一番いいのは捜索隊が通りがかってくれることだが、そう都合よく行くはずもない。
「よし、こうしよう!」
野太い声の男がリーダーから目を逸らしピエッチェを見た。が、話しの相手はリーダーだ。
「店の前で喧嘩騒ぎを起こせば、食事どころじゃなくなって客も逃げていく。先にコイツからやっちまえばいい」
ゆっくりピエッチェに近付きながら男が剣に手を伸ばす。待ってましたとばかりに、男の手下も動き出した。
「待てっ!」
五人の男に向かってピエッチェが声を張り上げる。
「俺たちはこの店で食事をしたいだけだ。ここを通してくれ、食事が終わるまで待ってくれればそれでいい」
男が言う通り、ここで騒ぎになればラクティメシッスとマデルが出てくる。場合によってはこいつら、厳しく罰せられるかもしれない。が、それだと首謀者は知らぬ存ぜぬを押し通し、お咎めなしだ。どれくらい店の事情をマデルは話しただろう?
「なんだ、怖じ気づいたか? 思ったよりも不甲斐ないヤツだ……久しぶりに人間相手にいい運動になるかと思ったが、見込み違いか?」
男がピエッチェを嘲笑う。
「飯なら他で食え。今すぐ消えれば見逃してやるよ」
舌打ちしたピエッチェ、見逃してやるのはこっちなのにと思うが言うわけにもいかない。
「今夜はどうしてもこの店で食う。そう決めてるんだ」
こうなったらやけくそだ。笑いたきゃ笑え。
「俺は梃子でもここを動かないぞ!」
「なんだ、コイツ? いかれてやがる――だったら痛い思いをして貰おうか?」
男がとうとう剣を抜いた。と……
ヒュン! 男が踏み出そうとした足下に飛んできたのは一本の矢、ピエッチェの後ろからだ。
「なにっ!?」
思わず足を止めて男がピエッチェの肩越しにクルテを見た。ピエッチェも首だけ回してチラリとクルテを見る。
「近づくな。一歩でも前に出てみろ、今度は心臓を射抜く」
クルテの凛とした声が夜の闇に響いた。
「わたしは外したことがない……さぁ、どうする?」
ちょっと待て、と思うのは敵ではなくピエッチェだ。
(おまえ、心臓を射抜くって、やりすぎだ)
(ビビッて逃げてくれるかもって思った)
それにいつの間に弓を? って、これは聞くまでもないか。
ところが相手はビビるどころか笑い出した。
「なんだ、おまえ、女か? 勇ましいこった」
声を聞いて女だと判断したんだろう。
「女に守られるとは、ますます情けない……俺はなっ! 女は守るもんだと思ってるんだ。女に守って貰うような根性なしの男は、虫唾が走るほど大嫌いなんだよっ!」
「くそっ! ピエッチェ、抜け!」
弓を捨てたクルテが叫ぶ。自分も剣を抜いたのだろう、シュルンと金属が擦れる音がした。さすがにこの近距離では矢は不利だ。ビビらせもできなかった。
サッと抜いた剣を構えることなく男の剣を受けたピエッチェ、ガツッと鈍い音がして目の前で火花が散った。男の剣をしっかり捕えている。
「なんだ、使えるんじゃねぇか」
男がピエッチェを睨みつけて言った――
店内では窓際の席に座ったマデルがカーテンの隙間から、そっと外の様子を窺っていた。
「始まったのかい?」
ゆったりとティーカップを傾けて、微笑んだのはラクティメシッスだ。
食事なんかとっくに終わっている。店の隅ではオーナー夫婦が怯えた様子で佇んでいる。
「はい、予測通りです」
マデルがカーテンをしっかり閉めてから答えた。
「予測通り?」
ラクティメシッスが面白そうに笑う。
「あなたの予測は、わたしを探して捜索隊が来るというものだったね」
「えぇ、だから、わたしのではなく……あなたの予測通り、と言う事です」
互いに名を呼ばず『あなた』と言おうと約束していた。気恥ずかしさにマデルが口籠る。
ラクティメシッスから貰った魔法の鏡で概要は既に伝えてある。
『身分を隠して出かけるのは久しぶりだね。子どものころ以来だ』
すぐその気になったラクティメシッス、
『目的はともかく、マデリエンテとデートだなんて嬉しいな』
ニコニコとご機嫌だ。
『ラクティメシッスさま、遊びに行くわけじゃありません』
『判っています。でもね、マデル、どうせなら楽しんだほうがいい。何をやるにも楽しんで、それで目的も果たせればいいと思いませんか?』
『それはそうかもしれませんが……』
『そうとなったら早く会いたい。これからその店に行きましょう』
おっとりしているのかセッカチなのか、ラクティメシッスに急かされて店の中で待ち合わせた。
先に来ていたラクティメシッス、マデルが遅くなったことを詫びる間を与えず、
『わたしの想い人は今夜も美しい……』
と給仕係がいるのもお構いなしに大袈裟に賛美する。しかも、微笑む給仕係に向かって、
『さっき言った通り、今夜こそ、色よい返事を貰いたいんです。心が酔いしれるような美味しい料理、期待してますからね』
と言い出した。給仕係も心得たもので
『かしこまりました』
と厨房に引っ込んでしまった。
『ラク……あなた、いったい何を言ったの?』
『うん? お店にってことでしょうか? あなたに頼まれたことが巧く行くようにいろいろと言いましたよ?』
『いろいろ、って?』
『プロポーズにウンと言って貰えるような料理をって頼みました』
『あの……わたし、お料理次第でオーケーしちゃうって思われてるんですか?』
ラクティメシッスがクスッと笑う。
『そうは思ってませんよ。でも、切っ掛けは必要なんじゃありませんか?』
そしてマデルの手を握った。
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