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7章 絡みつく視線
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食事が終わり、クルテがピエッチェに寄り掛かってウトウトし始め、カッチーが使用済みの食器を受付に運び、そして戻ってきた。
「アルったら、『姉さんはデートかい? 今夜は一段といい女っぷりだったね』なんて言うんですよ」
「ふぅん、アルの好みはあんな感じってことだな」
「マデルさんが? それともあんな服装が?」
「その言葉だけじゃマデルがアルの好みかどうかは判らないけど、服はシックなほうが好きなんだろうね」
「アルの奥さんも一緒になって『お姉さん、おしゃれね』なんて言ってニコニコしてるんです。亭主が他の女を褒めてるのに、ですよ?」
「ふぅん……それはアルを信用してるからだと思うぞ」
そうか。少しでもクルテが他の男と仲良くすると面白くないのは、俺はクルテを信じてないってことか。いや、アイツは魔物、他のことはともかく――やめた、こんなことを考えるからダメなんだ。
「俺、恋人ができたとして、もしその彼女が他の男を褒めたりしたら猛烈に妬きそうです」
「まぁ、それはその時の彼女の性格やおまえとの関係性で変わってくるんじゃないのかな」
「そんなもんなんですかねぇ。ピエッチェさんは、いつも妬いてますよね。クルテさんは信用できないってことですか?」
くそっ! 痛いところを突いてきやがった!
「信用も何も、俺とクルテはそんなんじゃないって。そりゃあ、まぁな、大切な存在ではあるけどな」
今、カッチーに言えるのはこれくらいだ。実は一方的にクルテに夢中です、なんて言えるか。
「大切な存在って、恋人ってことじゃないんですか?」
「そう感じる相手は恋人だけじゃないだろ? 家族とか友人とか」
「そりゃそうですけど……やっぱりマデルさんの言う通りなのかなぁ」
「ん? マデルはなんて言ってるんだ?」
「えっとぉ、怒らないでくださいよ?」
だったら言うなよ、と思うが気になる。相手が怒りそうなことをなんでわざわざ言うんだろう? しかも言う前に『怒るな』なんて、反則だ。狡いぞ。
「判った、怒らないから言ってみろ」
誘惑に負けてしまった……
「イヤ、言ったのはマデルさんですからね。俺じゃないですから」
さらに予防線を張るカッチー、ピエッチェの顔色を窺っている。
「クルテさんって、ピエッチェさんの好みのタイプじゃないのかもって」
「えっ?」
「だから、あんなにクルテさんがアピールしてるのに、のらりくらりと躱しているのかもねって、マデルさんが」
「マデルが? いや、俺が?」
言ったのはマデルかもしれないが、ここで躱しているのがマデルでないのは判り切っている。
「もちろんピエッチェさんですよ――ピエッチェさんは決めかねているって。クルテさんを嫌ってはいないし憎からず思ってはいるけど、ほら、いつか言ってたじゃないですか。一人の人と一生添いたいって。その一人の人がクルテさんでいいのかって迷ってるんじゃないのかなって、まぁ、マデルさんがそう言ってたんです」
「そうか、マデルが……」
呆気にとられるピエッチェ、マデルには見抜かれていると思い込んでいた。でもそうか、マデルはクルテが魔物だと知らない。強力な魔法使いだと思っている。クルテをなんとか人間にして、心を繋ぐのはそれからだとピエッチェが考えているとは想像もしないだろう。クルテとの関係を深めようとしないピエッチェを煮え切らないと感じ、心を決められずにいるからだと受け取ったってことか。
「心配してました。このままピエッチェさんが気持ちを固めればいいけど、やっぱり違うってなったら、クルテさんが可哀想だって。まぁ、俺もその点はマデルさんに同意です」
ピエッチェが怒りそうもないと見てとったか、カッチーが自分の意見も織り込んできた。
「気を持たせて結局フルなんて残酷です。でも、ピエッチェさんの場合、仕方ないのかなぁ?」
どう仕方ないんだ?
「ピエッチェさんだって、クルテさんを受け入れたいって思ってるんでしょう? だけど、いまいち踏ん切りがつかない。それってやっぱりクルテさんが少し変わっているからですか?」
そうだね、クルテは変わっている。一番変わっているところは魔物だってことだが?
「でもピエッチェさん、視点を変えるとピエッチェさんしかいないんじゃないかと俺は思ってるんです。あのクルテさんと一緒に暮らせるのはピエッチェさんくらいなんじゃないかなぁ?」
そこまでクルテはヘンか?
「それに、クルテさんの反応をピエッチェさんはいつも面白がってますよね? 楽しんでるって言うか。窘めたり叱ったりしてるけど、目が優しいんですよ、自分で気が付いてますか?」
鏡でも使わない限り、自分の眼差しを見ることができるヤツはいないぞ、カッチー?
「ってか、ピエッチェさん、何か言ってくださいよ。さっきから俺ばっか喋ってる。怒ってもないし気を悪くしたようにも見えないけど、なんか手ごたえなくって空しくなります」
「あぁ、済まない。そんなふうに思われてたんだなぁと思ってね」
「あ……やっぱり嫌な思いさせちゃいましたか?」
「イヤ、驚いただけだよ。クルテが好きなんだろ、隠すなよ的なことを言われると思ってたから」
カッチーがクスリと笑う。
「いまさらそんなことは言いません」
そっか、俺がクルテを好きなのは既定の事実ってか? ピエッチェが苦笑する。
「まぁさ、別にクルテが好みのタイプじゃないとか、そんなんじゃないんだ」
「そうなんですか? 貧相じゃなくなるのを待ってるとかじゃなくって?」
「なんだよ、それ?」
「冗談ですって」
笑うカッチー、ピエッチェは苦笑するしかない。
「アイツなぁ……けっこう気にしてるみたいだぞ」
「そうなんで――」
ピエッチェに寄り掛かっていたクルテがモゾっと動く。瞬時に固まるピエッチェとカッチーだ。
うーーん、と伸びをしたクルテ、ピエッチェを見ると腕を伸ばしてピエッチェの首に巻き付ける。
「貧相でも好きだって?」
「えっ? いや、なんだ? また寝ぼけて?」
この場合、クルテが寝ぼけていることよりカッチーの目が気になる。
「ちゃんと目を覚ませ」
「目はもう覚めてるよ? それに貧相よりも物騒のほうが今は問題」
「物騒?」
クルテがニヤリと笑う。
「外が騒がしくなった――耳を澄ませ。ラクティメシッス捜索隊ならいいんだけど」
「なにっ?」
顔色を変えたピエッチェがクルテの腕を解いて立ち上がる。確かに窓の向こうが騒がしい。急ぎ足でベランダに出るピエッチェのあとを、緊張した面持ちのカッチーが追った。
ピエッチェたちの部屋は二階、昼間ならベランダから道を行き交う人の顔も判る。だが今は夜、人影が蠢くのは判るが、まして道の向こうとなると人相風体を確認するのは難しい。
「八人くらいでしょうか?」
ピエッチェに続いてベランダに出てきたカッチーが小さな声で言った。
「護衛兵ってわけじゃなさそうですね」
「あぁ、街人だな」
数人の男たちが宿の斜向かいの店の前で屯している。
「そしてラクティメシッスを探しているわけでもない。もしそうなら、何も店の前で足踏みするはずがない」
「ひょっとしたら王太子さまのご来店を知って、一目顔を拝もうと集まったとか?」
「何かコソコソ話している気配は合致するが、それならもっと楽し気であっていいはずだ」
「楽しそうではないですね、むしろ――」
「むしろ不穏な空気が漂っている」
カッチーの言葉を遮ったのはクルテだ。いつの間にかカッチーの後ろに立っている。
ピエッチェがレストランの前を睨みつけたまま、
「店を襲う気なのか?」
と、声を潜めて言う。
「なかなか出て行かないから業を煮やして実力行使に出ようってか?」
「そんなところだね――行こう。ラクティメシッスとマデルがいるからヤツらは返り討ちにされるのがオチだ。だけど、できればそれは避けたい。ラクティメシッスが出れば事が大きくなり過ぎる」
言い終わるなり、持っていた剣をピエッチェに渡してクルテが身を翻す。
「カッチーは念のため、宿に警備隊の詰め所の場所を訊いてからこい」
カッチーの返事を待たずにピエッチェも部屋を出て行った。
受付にいたアルが
「今は出ないほうがいい」
とピエッチェとクルテを引き留めた。
「なんか、気配が奇怪しい」
「斜向かいのレストランの前に人が集まってるぞ。気になるから見に行ってくる」
「やめなって! アイツら、馬鹿なこと、考えてる」
いつものような軽さはなく、真剣だ。
「何か聞いてるのか?」
ピエッチェの問いに、
「店をぶっ壊すって。だから見て見ぬふりをしろって言いに来た。やめとけって言ったんだけど、余所者は黙ってろって言われたよ。警備隊に駆け込んだりしてみろ、次はこの宿だからなって脅されもした」
悔しげに答える。
「心配ない、そんなことはさせない」
「ちょっと! 待てってば!」
アルを無視して宿から出る。何があっても知らないぞ! アルの叫びが後ろに聞こえた。
レストランに向かって真っすぐ、だがゆっくりとした歩調で進むピエッチェ、クルテはすぐ後ろを同じ歩調で進む。街灯の灯が遠ざかり、店の窓から漏れる柔らかな光だけが頼りの暗さに変わる頃、追いついたカッチーがクルテに並んだ。
「今日はここで夕食にしよう」
ピエッチェの声が暗がりに響く。集まった連中に聞こえるよう、大きな声で言った。
「あぁん?」
数人の男が反応を示しピエッチェを見た。
「なんだ、手前? この店は今日、俺たちの貸し切りだ。他に行きな」
喧嘩腰で追っ払いにかかってきた。
「奇怪しいな? 予約してあるんだが?」
ここはハッタリをかましてみる。嘘だが、どうせバレっこないし、バレたってかまわない。
「予約だと? こんな店に予約かよっ!?」
男たちの中に笑い声が上がる。
「この店はまともなモンを出しやしない。腐った肉を食いに来たか?」
「腐った肉を出すような店を、あんたたち、貸し切りにするんだ?」
「うっ……それはなんだ、きゅ、救済してやろうってんだ」
「救済? 客になってやって少しは売り上げに貢献しようってことか?」
「ま、まぁ、そんなとこだな」
「だったら、予約客を追い返してたら救済にならないぞ」
「ムぅ……」
「それに、貸し切りなのになんで店に入らないんだ? 店の前を貸し切ったのか?」
「うっさい! つべこべ言うな! だいたい手前、何者だ!? どうせ旅人かなんかだろう? 街のトラブルに首突っ込んでんじゃねえ!」
「ほほう。街のトラブルね。つまりあんたたち、ここでトラブルを起こす気でいるってことだな?」
「それがどうした? 余所者は引っ込んでろ。痛い目、見せるぞ!」
「痛い目を見るのはそっちだよ」
言ったのはクルテだ。
「温和しくお家に帰ってネンネしな」
「なにぃ!?」
男が腰の剣を抜いた。ちっと舌打ちするピエッチェ、カッチーがサッと駆け出して行った。
「アルったら、『姉さんはデートかい? 今夜は一段といい女っぷりだったね』なんて言うんですよ」
「ふぅん、アルの好みはあんな感じってことだな」
「マデルさんが? それともあんな服装が?」
「その言葉だけじゃマデルがアルの好みかどうかは判らないけど、服はシックなほうが好きなんだろうね」
「アルの奥さんも一緒になって『お姉さん、おしゃれね』なんて言ってニコニコしてるんです。亭主が他の女を褒めてるのに、ですよ?」
「ふぅん……それはアルを信用してるからだと思うぞ」
そうか。少しでもクルテが他の男と仲良くすると面白くないのは、俺はクルテを信じてないってことか。いや、アイツは魔物、他のことはともかく――やめた、こんなことを考えるからダメなんだ。
「俺、恋人ができたとして、もしその彼女が他の男を褒めたりしたら猛烈に妬きそうです」
「まぁ、それはその時の彼女の性格やおまえとの関係性で変わってくるんじゃないのかな」
「そんなもんなんですかねぇ。ピエッチェさんは、いつも妬いてますよね。クルテさんは信用できないってことですか?」
くそっ! 痛いところを突いてきやがった!
「信用も何も、俺とクルテはそんなんじゃないって。そりゃあ、まぁな、大切な存在ではあるけどな」
今、カッチーに言えるのはこれくらいだ。実は一方的にクルテに夢中です、なんて言えるか。
「大切な存在って、恋人ってことじゃないんですか?」
「そう感じる相手は恋人だけじゃないだろ? 家族とか友人とか」
「そりゃそうですけど……やっぱりマデルさんの言う通りなのかなぁ」
「ん? マデルはなんて言ってるんだ?」
「えっとぉ、怒らないでくださいよ?」
だったら言うなよ、と思うが気になる。相手が怒りそうなことをなんでわざわざ言うんだろう? しかも言う前に『怒るな』なんて、反則だ。狡いぞ。
「判った、怒らないから言ってみろ」
誘惑に負けてしまった……
「イヤ、言ったのはマデルさんですからね。俺じゃないですから」
さらに予防線を張るカッチー、ピエッチェの顔色を窺っている。
「クルテさんって、ピエッチェさんの好みのタイプじゃないのかもって」
「えっ?」
「だから、あんなにクルテさんがアピールしてるのに、のらりくらりと躱しているのかもねって、マデルさんが」
「マデルが? いや、俺が?」
言ったのはマデルかもしれないが、ここで躱しているのがマデルでないのは判り切っている。
「もちろんピエッチェさんですよ――ピエッチェさんは決めかねているって。クルテさんを嫌ってはいないし憎からず思ってはいるけど、ほら、いつか言ってたじゃないですか。一人の人と一生添いたいって。その一人の人がクルテさんでいいのかって迷ってるんじゃないのかなって、まぁ、マデルさんがそう言ってたんです」
「そうか、マデルが……」
呆気にとられるピエッチェ、マデルには見抜かれていると思い込んでいた。でもそうか、マデルはクルテが魔物だと知らない。強力な魔法使いだと思っている。クルテをなんとか人間にして、心を繋ぐのはそれからだとピエッチェが考えているとは想像もしないだろう。クルテとの関係を深めようとしないピエッチェを煮え切らないと感じ、心を決められずにいるからだと受け取ったってことか。
「心配してました。このままピエッチェさんが気持ちを固めればいいけど、やっぱり違うってなったら、クルテさんが可哀想だって。まぁ、俺もその点はマデルさんに同意です」
ピエッチェが怒りそうもないと見てとったか、カッチーが自分の意見も織り込んできた。
「気を持たせて結局フルなんて残酷です。でも、ピエッチェさんの場合、仕方ないのかなぁ?」
どう仕方ないんだ?
「ピエッチェさんだって、クルテさんを受け入れたいって思ってるんでしょう? だけど、いまいち踏ん切りがつかない。それってやっぱりクルテさんが少し変わっているからですか?」
そうだね、クルテは変わっている。一番変わっているところは魔物だってことだが?
「でもピエッチェさん、視点を変えるとピエッチェさんしかいないんじゃないかと俺は思ってるんです。あのクルテさんと一緒に暮らせるのはピエッチェさんくらいなんじゃないかなぁ?」
そこまでクルテはヘンか?
「それに、クルテさんの反応をピエッチェさんはいつも面白がってますよね? 楽しんでるって言うか。窘めたり叱ったりしてるけど、目が優しいんですよ、自分で気が付いてますか?」
鏡でも使わない限り、自分の眼差しを見ることができるヤツはいないぞ、カッチー?
「ってか、ピエッチェさん、何か言ってくださいよ。さっきから俺ばっか喋ってる。怒ってもないし気を悪くしたようにも見えないけど、なんか手ごたえなくって空しくなります」
「あぁ、済まない。そんなふうに思われてたんだなぁと思ってね」
「あ……やっぱり嫌な思いさせちゃいましたか?」
「イヤ、驚いただけだよ。クルテが好きなんだろ、隠すなよ的なことを言われると思ってたから」
カッチーがクスリと笑う。
「いまさらそんなことは言いません」
そっか、俺がクルテを好きなのは既定の事実ってか? ピエッチェが苦笑する。
「まぁさ、別にクルテが好みのタイプじゃないとか、そんなんじゃないんだ」
「そうなんですか? 貧相じゃなくなるのを待ってるとかじゃなくって?」
「なんだよ、それ?」
「冗談ですって」
笑うカッチー、ピエッチェは苦笑するしかない。
「アイツなぁ……けっこう気にしてるみたいだぞ」
「そうなんで――」
ピエッチェに寄り掛かっていたクルテがモゾっと動く。瞬時に固まるピエッチェとカッチーだ。
うーーん、と伸びをしたクルテ、ピエッチェを見ると腕を伸ばしてピエッチェの首に巻き付ける。
「貧相でも好きだって?」
「えっ? いや、なんだ? また寝ぼけて?」
この場合、クルテが寝ぼけていることよりカッチーの目が気になる。
「ちゃんと目を覚ませ」
「目はもう覚めてるよ? それに貧相よりも物騒のほうが今は問題」
「物騒?」
クルテがニヤリと笑う。
「外が騒がしくなった――耳を澄ませ。ラクティメシッス捜索隊ならいいんだけど」
「なにっ?」
顔色を変えたピエッチェがクルテの腕を解いて立ち上がる。確かに窓の向こうが騒がしい。急ぎ足でベランダに出るピエッチェのあとを、緊張した面持ちのカッチーが追った。
ピエッチェたちの部屋は二階、昼間ならベランダから道を行き交う人の顔も判る。だが今は夜、人影が蠢くのは判るが、まして道の向こうとなると人相風体を確認するのは難しい。
「八人くらいでしょうか?」
ピエッチェに続いてベランダに出てきたカッチーが小さな声で言った。
「護衛兵ってわけじゃなさそうですね」
「あぁ、街人だな」
数人の男たちが宿の斜向かいの店の前で屯している。
「そしてラクティメシッスを探しているわけでもない。もしそうなら、何も店の前で足踏みするはずがない」
「ひょっとしたら王太子さまのご来店を知って、一目顔を拝もうと集まったとか?」
「何かコソコソ話している気配は合致するが、それならもっと楽し気であっていいはずだ」
「楽しそうではないですね、むしろ――」
「むしろ不穏な空気が漂っている」
カッチーの言葉を遮ったのはクルテだ。いつの間にかカッチーの後ろに立っている。
ピエッチェがレストランの前を睨みつけたまま、
「店を襲う気なのか?」
と、声を潜めて言う。
「なかなか出て行かないから業を煮やして実力行使に出ようってか?」
「そんなところだね――行こう。ラクティメシッスとマデルがいるからヤツらは返り討ちにされるのがオチだ。だけど、できればそれは避けたい。ラクティメシッスが出れば事が大きくなり過ぎる」
言い終わるなり、持っていた剣をピエッチェに渡してクルテが身を翻す。
「カッチーは念のため、宿に警備隊の詰め所の場所を訊いてからこい」
カッチーの返事を待たずにピエッチェも部屋を出て行った。
受付にいたアルが
「今は出ないほうがいい」
とピエッチェとクルテを引き留めた。
「なんか、気配が奇怪しい」
「斜向かいのレストランの前に人が集まってるぞ。気になるから見に行ってくる」
「やめなって! アイツら、馬鹿なこと、考えてる」
いつものような軽さはなく、真剣だ。
「何か聞いてるのか?」
ピエッチェの問いに、
「店をぶっ壊すって。だから見て見ぬふりをしろって言いに来た。やめとけって言ったんだけど、余所者は黙ってろって言われたよ。警備隊に駆け込んだりしてみろ、次はこの宿だからなって脅されもした」
悔しげに答える。
「心配ない、そんなことはさせない」
「ちょっと! 待てってば!」
アルを無視して宿から出る。何があっても知らないぞ! アルの叫びが後ろに聞こえた。
レストランに向かって真っすぐ、だがゆっくりとした歩調で進むピエッチェ、クルテはすぐ後ろを同じ歩調で進む。街灯の灯が遠ざかり、店の窓から漏れる柔らかな光だけが頼りの暗さに変わる頃、追いついたカッチーがクルテに並んだ。
「今日はここで夕食にしよう」
ピエッチェの声が暗がりに響く。集まった連中に聞こえるよう、大きな声で言った。
「あぁん?」
数人の男が反応を示しピエッチェを見た。
「なんだ、手前? この店は今日、俺たちの貸し切りだ。他に行きな」
喧嘩腰で追っ払いにかかってきた。
「奇怪しいな? 予約してあるんだが?」
ここはハッタリをかましてみる。嘘だが、どうせバレっこないし、バレたってかまわない。
「予約だと? こんな店に予約かよっ!?」
男たちの中に笑い声が上がる。
「この店はまともなモンを出しやしない。腐った肉を食いに来たか?」
「腐った肉を出すような店を、あんたたち、貸し切りにするんだ?」
「うっ……それはなんだ、きゅ、救済してやろうってんだ」
「救済? 客になってやって少しは売り上げに貢献しようってことか?」
「ま、まぁ、そんなとこだな」
「だったら、予約客を追い返してたら救済にならないぞ」
「ムぅ……」
「それに、貸し切りなのになんで店に入らないんだ? 店の前を貸し切ったのか?」
「うっさい! つべこべ言うな! だいたい手前、何者だ!? どうせ旅人かなんかだろう? 街のトラブルに首突っ込んでんじゃねえ!」
「ほほう。街のトラブルね。つまりあんたたち、ここでトラブルを起こす気でいるってことだな?」
「それがどうした? 余所者は引っ込んでろ。痛い目、見せるぞ!」
「痛い目を見るのはそっちだよ」
言ったのはクルテだ。
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